「…………暑い」
今の状況を例えるのならばその一言で事足りるだろう
中学三年である俺から見ても風流を感じる木造建築の縁側で、右手にうちわ、左手に食べかけのスイカバーを持って寝転がる。吊るされた風鈴の音を聞こうと右手のうちわをフル稼働させるが、その努力も徒労に終わった。余計に暑くなったような気がする。何故俺はあんなことをしたのだろうか
何故こういう日に限ってクーラーが壊れるのだろうか。業者さんもこんな暑い日に直しに来てくれるとは大変な。ありがとうございます
…………いや、そもそも物とは何故壊れるのだ?
いやはや、哲学だな
再度起き上がり、目の前に広がる田んぼを見つめながら、この暑さから逃れるためにスイカバーを齧る
「……………暑い」
だがしかし、やはりスイカバーではこの暑さを吹き飛ばせないようだ。誰か俺に氷山をプレゼントしてはくれまいか。お願い誰か、300円あげるから
「あっ、ソウ兄ちゃん。こんなとこにいたんだ」
後ろから声が掛けられ、振り向くとそこには我が最愛の妹がいた。妹もこの暑さに顔を真っ赤にしながら、薄着なのにも関わらず少し着崩している。今年で中学生になったというのに、まだまだ恥じらいが足らぬ妹よ
「………どうした、兄ちゃんに何かようか」
まさかとは思うが、俺に氷山………とは言わずとも、何か涼しくなるアイテムを献上しに来てくれたのだろうか。だとしたら大した妹だ。兄ちゃんはお前を妹に持ったことを人生の誇りにしているぞ。恥じらいが足らぬとか偉そうなこと思ってすみませんでした
「こんな暑いのに相変わらずのポーカーフェイスだね兄ちゃん…………」
ほっておけ
仕方ないだろう、何故か俺はあまり顔に出にくいタイプなんだから
「それより、何かあったのか?」
「あぁ、そうそう。兄ちゃん、クーラー直ったって」
「なに!?」
我が最愛なる妹の言葉に俺はその場で飛び上がった。その際にスイカバーがべチャッ、と音を立てながら落ちてしまったが、庭に落ちたのでまあアリの餌にしといてやろう。喜べアリ共、今宵はご馳走だ
そんなことよりもクーラーが直ったということの方が大切である
俺は頰に流れる汗を拭い、クーラーのある部屋へマリオもビックリのBダッシュ!!
「あ、兄ちゃん待ってよ!」
「待たん!俺は一刻も早くクーラーに浸りたいんだ!こんな暑い中じゃあ受験勉強もままならん!」
「嘘だよね!?志望校すらまだ決めてないくせに!」
走る俺の後ろにピッタリとくっ付き、シャツを引っ張り引っ張られながら走る
玄関から今にも出て行こうとする業者さんに「「ありあっしたー!」」と二人、声を揃えて挨拶しながら、クーラーのあるリビングへと転がり込んだ
「す、涼しい………!」
「天国だよ兄ちゃん………!」
そこは既にクーラーが稼働し、密閉されていた為もあってか外よりも遥かに涼しい空気が充満していた。逆に言えば外が暑すぎたんだ。ここはまさに天国、そして外は地獄。もうあの中には戻りたくない
おお、クーラーよ!あなたはまさに救世主だ!
「こーらっ!廊下を走るんじゃありません!!」
「ふふっ、ソウちゃんもチーちゃんも元気が良いねぇ」
寝転がったままクーラーを堪能してると母さんに怒られ、爺ちゃんから微笑ましいような目で見られた
母さんが俺達の前に立ってるせいか風が良いように来ない
「それよりも母さん、そこに立たれたら風が来ないんだが」
「反省の色が見られないとは………」
「廊下を走ってすみませんでした。テヘペロ」
「兄ちゃん、無表情でやるもんじゃないよそれ………」
「じゃあやってみ」
「テヘペロ♪」
可愛い
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いつまでも床に寝転んでいるのもアレなのでそれぞれ、和風なこの家にはミスマッチなソファに座る
「はぁ〜………ほんっとクーラーって最高だね!これを作った人に私はドーナツ一年分奢ってもいいよ」
ほぅ……ドーナツ一年分か
「実は俺なんだ」
「いや、それはないでしょ」
「流石にこの夏に一年分は腐ってしまうからな。冷凍しといてくれないか?」
「ドーナツ一年分奢ってもらう気だ!?」
やはりポンデリングは欠かせないな。ポンデリングはうまい。なんであんな輪投げの輪を作るときに、ふざけちゃってこんなん作ったぜ!みたいな形してるのにうまいんだろうか。あの俺には程良い甘さ。あれと一緒にカルピスを飲むと、相乗効果というやつか…………さらにうまくなる
つまり何が言いたいかというと
「ぱないの」
「兄ちゃん、いきなり言うのやめようよ。恐いよ」
「…………すまん」
妹に恐がられて兄ちゃんショックだ…………
「言葉足らずだから悪いのよ、ソウちゃんは」
冷たいお茶が目の前に差し出され、それを受け取る。婆ちゃんだ
「そう言えば総一、高校決めた?」
ゴクゴクとお茶を流し込んでいると母さんから質問が投げられた。俺はもう中学三年生、今年は受験が控えてるが………未だ志望校を決めていない
「適当な進学校」
「つまりまだココ!って場所は決めてないわけね」
…………そうだな。特別行きたい場所もない
「野球の推薦来るんじゃない?全部蹴るの?」
「ああ」
高校に行ってまで野球をするつもりは毛頭ない。それに推薦なんて恐らく来ないだろう。目立ったことといえば、ただマグレ当たりで特大ファール打っただけだからな
「ふーん……そう」
「…………?」
なんだ?母さんが不敵に笑ったぞ
俺は母さんの顔を訝しげに見ながら残ったお茶を飲み干す。婆ちゃんからお代わりをもらい、再度口を付ける
「じゃあ、音ノ木坂に行きなさい」
ふむ、音ノ木坂か…………音ノ木坂!?
「グホッ!カハッ、ケホッケホッ!!」
「大丈夫?ソウちゃん」
「だ、大丈夫。ありがとう…………ワンスモアアゲイン、母さん」
背中をさすってくれる婆ちゃんに礼を言って母さんに向けてもう一度言え、と頼む。俺の聞き間違いじゃなければ、母さんはとんでもないことを言い出してやがる
「だから、音ノ木坂学院に通いなさい」
どうやら聞き間違いじゃなかったようだ
「ちょっと待ってくれ…………音ノ木坂って確か母さんや婆ちゃんが通った高校だったよな?確かあそこは女子校だったはずだぞ。そう二人とも話していたはずだ」
「おぉ、久しぶりに見る饒舌な兄ちゃん」
「千尋、ちょっと静かにしてなさい」
そりゃ饒舌にもなるだろう。いきなり女子校に通えだなんて、あれか?もしかして母さんは、今まで俺のことを女だと思ってたのか?
「それが、来年度から共学化するらしいのよ」
なん……だと……!?
「またなんで」
「入学者数が年々減ってきてるみたいでね?手遅れになる前になんとかしようってこと」
「手遅れになる前って…………いきなり過ぎないか?それに、共学化したところで入学者数がすぐに増えるわけがない。逆効果になる可能性だってあるんだぞ」
「決定事項にそこまで言われてもね…………でも、いきなりってわけじゃないみたいよ?もう卒業しちゃうけど、モデルとして男の子が数人入ってたみたいだから」
いや、そういう問題じゃなくてだな
「そもそも、うちから何個電車を乗り継がないといけないと思ってるんだ。嫌だぞ俺は、そんなの!何より怠いし、朝何時に出ればいいんだ!?娯楽の時間だって無くなるじゃないか!」
「最後のが殆ど本音でしょ、総一」
「当たり前だ!」
アニメ鑑賞やゲームの時間を削られるなんて堪ったもんじゃない!!部活やってた頃は寝る時間を削ってまで見ていたが、音ノ木坂に通うとなると眠る時間を削るんじゃなく、無くさないといけなくなるじゃないか!
「大丈夫よ、一人暮らしさせてあげるから」
「……………なに?」
マジで?
「ノートパソコンも持って行っていいわよ。これでアニメ見放題ね」
どこからか取り出したのか黒いノートパソコンを取り出してきて俺に見せびらかすように見せる。………マ、マジで?いいのか?
うちに二台ノートパソコンがあると言っても、そのうちの一台を持って行っても良いのだろうか?
「さらにさらに〜?」
「……………」
ゴクリ、と唾を飲み込む
ま、まさかまだ何かあるのか?ノートパソコンだけでも行くと大声で言ってしまいそうなのに、これ以上のものがあるのか…………!!
「毎日、秋葉原に行けるわよ」
その言葉に、身体中に衝撃が走った
秋葉原、それは俺にとって夢のような場所。そして聖地。生まれてこのかた、親の出身が近くだったのにも関わらず未だに行ったことのないまだ見ぬ未開拓の地………!
そこに、毎日行ける……………?
「行く!!」
気付けば俺はソファから立ち上がり、シャキンと手を伸ばしてそう言っていた
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「総一〜、行くよ〜」
「……りょ」
「きちんと了解、って言いなさい」
夏のやりとりから早くも年月が過ぎ去り、受験前日になった。うちは受験場所の音ノ木坂がある東京都千代田区とは遠く………と言った程ではないが、結構離れている。始発の電車から乗っていたら間に合わないから、今日から東京にお泊まりだ
その為に現在、駅の改札にいる
ワクワクが止まらない。東京なんて行ったことないからな
「兄ちゃん、受験頑張ってね」
「全力を尽くしてこいよ」
「俺の負けは、ない」
見送ってくれる父さんと我が最愛の妹にサムズアップして俺と母さんは改札を通った
「それじゃ、レッツゴー!」
「婆ちゃんが言っていた、俺はやれば出来る子だと」
母さんは元気に、俺は某カブトムシライダーの真似をして二人へ手を振ってホームへ向かう
勉強はした。面接練習も先生方から高評価をもらっている。後は今までやってきたことをそのままやれば良いだけだ
さっきも言ったように、俺の負けはない
まずは入学するまでの話をね、書こうと思います
息抜きにやって行こう…………