「…………」
空を仰ぎ見れば本日は晴天なり。春だというのになんだこの天気は、地球温暖化恐るべし。そこまで暑いというわけじゃないが、徹夜明けの俺にとって、今現在陽の光は天敵にも等しい存在である。ぐふぁ、眩しい
早足で学校へ駆け込むと、下駄箱の前で孝太郎と出くわした。今日は朝練には顔を出さなかった。別に俺がいてもいなくても変わらないだろうから、今日は休むと言った風に連絡をした。後で高坂さんが理由を問いただしてくるだろうが、この顔を見れば察してくれるだろう
「おう、おはよう総一…………隈が凄いぞお前。初めて会った頃みたいだ」
俺に気付いた孝太郎が片手を上げ、少し驚いた表情を作った
「あぁ、おはよう。徹夜明けだ。懐かしいだろう?」
今、俺の目の下にはくっきりと真っ黒な隈が出来ている。今にも寝落ちしてしまいそうな程眠い。入学したばかりの頃は一週間に二度のペースで徹夜していたが、最近ではめっきりそれもなくなっていた
「いや、見てて良いもんじゃないぞ」
解せぬ
「どした、久しぶりに徹夜でアニメか?」
「いや、ちょっとアイドル系の動画を」
「へぇ……流石スクールアイドルのマネージャー」
肩を叩き、からかうような声音で言ってくる孝太郎の手を払う。間違いじゃないが、顔が腹立つ。肩を並べて廊下を歩き、後ろから走って肩を組んできた信一をあしらって教室へ辿り着いた
戸を開け中へ入ると三人娘が目に入る。高坂さんが俺に気付き声を上げ、走り寄ってきた。今日朝練に参加してないからな、絶対なんか言われる
「今日なんで朝練来なかったの!?……って、隈が凄いよ!?」
ほらな
迫ってくる高坂さんに、体勢を若干仰け反らせる。孝太郎は俺を見捨て席へ向かった。薄情な奴だ
「まあ待て高坂さん。今日は休むという旨は伝えただろ?」
「休むって言っただけじゃん!?理由聞いてないよ!どうせアニメ見てたんでしょ〜!だからそんな隈付けてるんでしょ!?」
まあそう熱くなるな。君は誤解してるんだよ
「いいか高坂さん。そうやって何事も決め付けるのは良くないことだ。きちんと物事を確かめた上で判断しなければ駄目な大人になってしまうぞ」
「あ、ごめんなさい」
うむ、わかってくれたようで何より
「惑わされてはいけませんよ穂乃果。良い事を言っているようですが、明らかに話を誤魔化そうとしています」
折角誤魔化せたと思ったのも束の間だった。園田さんめ、余計なことを言ってくれる。恨みを込めた視線を送るが睨み返された。何あの人怖い。大和撫子が鬼になってしまったようだ。もしかしたら園田さんも俺が休んだ理由を知りたいのだろうか
「アイドルについて勉強しようと思ってな。DVDとか、CDとか漁ってたんだよ。徹夜でやってたから隈が出来たんだ。オーケー?アンダスタン?」
「そうだったんだ……」
説明中にやってきた南さんも含め、三人とも納得の顔をした。結局のところ行く気力がなかっただけなんだ。是非もないネ
納得したようなので俺は自分の席へ向かう。眠い、非常に眠い。席に座った俺は頭から突っ伏した。あー、冷たくて気持ちいい。瞼を閉じれば眠気がゆっくりと押し寄せてくる。一限目が始まるまではぐっすりと眠らせてもらおうか
………あぁ、でも用意だけはしておこう
そう思いゆっくりと目を開ける。すると目の前には高坂さんの顔が。何故か知らんが真剣な顔でこちらを見つめている。なんだこいつ(無表情)
「…………」
「…………」
暫し見つめ合うが………なんだこの状況。目が合ってる分お互い離すことが出来ない状態になっている。俺が何かしただろうか?それともさっき誤魔化そうとした仕返しか。高坂さんと見つめ合いながら暫し考えるが、やはりわからん。段々相手の顔が赤くなっている。顔を赤くするくらいなら早く止めればいいのに
「せいや」
「いたっ!?」
取り敢えず高速でデコピン食らわして体を持ち上げた。机の横から離れて額を押さえる高坂さんを尻目に鞄から教材を取り出し、机の上に置いた。そして突っ伏す
「人の寝顔を見ようなんて、なかなか趣味が悪いな」
本当のことはわからんが、そう一言だけ告げて腕を枕にする。そしてもう一度瞼を閉じた
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「いたたた………」
教室に穂乃果の声だけが聞こえる。普段ならばこの時間帯は、朝登校してきた友達と挨拶を交わし、昨日見たバラエティ番組などの話をするのが普通である。だが、今現在はそれが違った
教室中の全ての人間が、机に突っ伏して寝ている総一に目を向ける
別にクラスメイトが机に突っ伏していようが、何をしていようが、気にせず友達と談笑するのが普通である。ただ寝ているだけなら、気にするようなことは何もない。それも朝の過ごし方の一つであるし、他にも突っ伏して寝ている人間はいる。気にすることはないはずなのだが、如何せん、寝ている人物が問題だ
宮野 総一と言えば、意外にもこの学校の二、三年生には有名なのである
いや、総一だけでない。この学校に在学する二年生男子は、全員が全員、知らない女子生徒はいない程名が知れ渡っている。今年入学した一年生はまた別であるが
何しろこの学院が共学化をして一番初めの男子生徒達だ。更にその上、騒がしい。違うクラスである青木 弥生を筆頭に、去年この学院で行われたイベント毎に騒ぎに騒ぎまくった男子共だ。去年の新入生歓迎会などは、三年生に言わせれば『バカ達の祭宴』とまで名付けられた程である
具体的には男子10人で部活動を見学して周り、荒らしに荒らしまくった
と言っても、本人達に自覚はない。普通に見学しに来て、自分の色を出していただけである
しかし、男子共はどいつもこいつも曲者揃い。そんな男子共が色を出せば、それも10人がそんなことをすれば真っ黒になる。つまりカオス
見た目は良い方だがそれに惑わされたら即負ける。初めての後輩男子、部員に加えようと見学に誘う女子勢は悉く、悉く男子共の馬鹿騒ぎについていけなかった
挙げ句の果てには自分達で部活を作ったのだから、マジふざけんな、と前生徒会長が漏らしたのは仕方のないことだったのだろう。何故か生徒会に苦情が来たらしい
原因はそれだけではないが、それから男子共の名が知れ渡っていくのである
その中で、総一はシンプルにも『鉄仮面』として知れ渡っている。無表情、何をしても無表情
『鉄仮面だよね』『無表情だよね』『あれ、楽しそうに話してる。もしかして笑って………無表情だわ』『なんか怖い』『声のテンションと顔が合ってない』とは女子達が言っていた言葉だ
しかも、無表情以外他の生徒は見たことがない
つまり、だ
『無表情以外が、なんでもいいから見てみたい………!!』
クラス全員の、一年生であった時から続くちょっとした願いである
それは穂乃果であろうと同じだった。だからせめて、寝顔はどんな感じだろうかと確かめようとしてデコピンをくらったのだった。女子に手をあげるなんざサイテー、キャー、と後ろで馬鹿な男子が言っているが誰も気にしない
そして、視線の最中にいる本人は気にせず寝るだけ
「…………え、何この空気?」
ガラリと音を立て、教室に入ってきた先生の反応は当たり前のものなのだった
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「はい、もう一本。次で最後だ、気合入れろ」
手を鳴らすと三人娘は階段を駆け上がり始める。そろそろ今日のノルマも達成だ。背中に背負ったリュックサックからスポーツドリンクと紙コップを取り出す
「お、終わったぁ」
「もうヘロヘロ……」
高坂さんと南さんが地面にへたり込んだ。その二人にドリンクの入った紙コップを手渡す。間延びした声で礼が返ってくるのを聞き、それに対しゆっくり飲むように告げる
そして園田さんにも紙コップを渡し、疑問を口にした
「園田さん、作詞の方はどうなってる?急かすようで悪いが、残り約一カ月しかない。何かわからないこととか、必要な資料があれば用意するが」
「い、いえ、そこまでして貰わなくても大丈夫ですよ。それに、作詞の方は大まかにはできてるんです」
「…………」
え、今なんて?
「………え、今なんて?」
思わず心にある事をそのままに射出してしまったじゃないか
てか、なんて言った?大まかにはできてる?
「気になる部分はあるんですが、大体できてます」
なんだろう、心なしか園田さんの顔がドヤ顔に見える。しかし、あまり自分の功績を自慢するような人間ではないので、やはり気のせいなのだろう。なんだこの有能少女、怖い。歌の歌詞をたった数日で、大まかとはいえ作ってるなんて………き、基準がわからん分余計に混乱するぅ!!いや、まさか大まかってのはアレか?こんなん作ろうと思ってるけどまだ歌詞はできてないんですみたいな、そんな感じですか?
「そ、そうか。何かわからないことがあれば、協力するぞ」
「その……歌詞を見られるのは、恥ずかしいので」
見ていて可愛らしくはあるが、何故恥ずかしがる。どうせ皆に知れ渡るのにな。一歩踏み出す勇気ってのが大切だと思うんだよ俺は
「まあ、どうせ聴くことになるんだしいいんだが………そうだ南さん、衣装の方はどうだ?」
首を回して、地面に座り高坂さんと話をしている南さんへ話しかける。話しかけて思ったが、たった数日では進んでるも何もないか。どんな衣装を作るかとか、そこから考えなければいけないからな。悩んでいるようなら、徹夜で見たDVDのアイドル達の衣装から良さそうな部分を拝借したりとか、協力できるはずだ
「うん、どんなのを作るかは決まったよ」
「そ、そうか」
うちのアイドル達が有能すぎる件について
なんだ、これでは俺が空回りしてるみたいじゃないか。マネージャー必要としてなくね?いる必要がなくね?どうしよう、悲しくなってきた。もう俺って何もしなくてもいいんじゃないだろうか。俺だけ何もしてな………
「ん?なに?」
高坂さんを見ると口に咥えていた紙コップを手に持ち、首を傾げた。そんな彼女に俺は左腕で親指を立てる
「仲間だな、高坂さん」
何もしてない仲間!!
「なんか嫌な仲間内にされてる気がする……」
仲間宣言したのに何故か唇を尖らせて嫌な反応をされた。失礼だろ、おい。失礼な反応だったので、左腕をデコピンの形にしてやると、高坂さんは肩を跳ねさせて額を押さえた。そのままジリジリと牽制しあっていると、南さんから「そんなことしちゃめっ、だよ」と言われたので敬礼をしてからやめる
「まあ、順調に進んでいるようで何よりだ」
順調通り越してるような気もするが
陽が沈みかけている空を見上げる。本当に順調だ。まだ始まったばかりだが、少し不安だな。作曲を頼む一年生に早いところ話を付けておくべきか。そして生徒会長から目の敵にされている現状…………あれ、結局プラマイゼロ?
ならば早速明日にでも後輩ちゃんに………あぁ、明日は土曜日か
「明日のことだが………」
「穂乃果の家に集合ですよ」
「いや、俺は行かないが?A-RISEのライブに行くからな」
「え!?」
高坂さんが驚きの声をあげる。それを聞き、言ってなかったかな、と視線を上に上げて記憶を探る。うん、言ってなかったわ。これは悪いことをした
「いやぁ、この前アキバでチケット貰いまして。これは見に行かねばならないなと」
あれだ、敵情視察?
「…………それは、練習よりも大切なことですか?」
園田さん、その笑顔はダメだ。ガラにもなく縮み混んでしまいそうじゃないか。徹夜明けの朝方ならば俺の口から魂だけが逃げ去ってしまいそうだ。学校で寝たから問題無いが
「ま、まあ落ち着け?園田さん。貰い物だからな、それを無下にもできないだろ?それに考えてもみろ、敵情視察だ。映像で見るよりも生で見た方がわかることもあるだろう。な、そうは思わないか?」
「宮野君が珍しく焦ってるね、ことりちゃん」
「あ、あはは……でも無表情なのは変わらないね」
おいそこ二人、内緒話してるんじゃあない。助けてくれ、お願いだ。ドーナツあげるから、ポンデリング奢ってあげるから、ついでにカルピスも付けよう
「………まあいいです」
「お、おう……」
許してもらえたようだ。本人は納得がいってないようだが、ライブに行く理由としては本当に言った通りなんだ。他意はない。しかし、やはり口だけでは伝わらないこともあるもんだ。人間とは難しい生き物である……お、哲学っぽい
「日曜はきちんと参加するさ。明日は色々と研究してくるよ」
「では、成果を持って帰って来てくださいね」
そう言われると変にプレッシャーが掛かるんだが
「あぁ、穴が空くほど見てくるさ」
だがまあ、彼女の期待に応えられるように頑張ろう
そう思い、もう一度夕陽にやった
「宮野君、その発言はちょっと……」
「変態みたいな発言だったよね」
「え……」