「冷やおでん二つだ」
「わかった」
孝太郎がオーダーを取り、それを俺が聞いて用意に取り掛かる
「…………孝太郎、今更なんだが」
「わり、忙しいから手短に」
「この店、喫茶店だよな?なんでおでんがあるんだ?」
「親父が好きだからに決まってんだろ?わかりきったこと聞くなよな」
「いや、でも………まあいい」
どこか納得出来ないがオーダーを受けた以上、そして店のメニューにある以上出さないわけにはいかない。いかないんだが、冷やおでんって………確かに大根に味が染み込んでうまいけどさ、なんでおでん?態々夏用に温かいのでなく少し冷えたおでんを作らなくても………どんだけ好物なんだよ店長
「今日はおでんの出が多いな」
何故か今日に限っておでんの注文がよく来る
この喫茶店に来てまでおでんを食べる人なんて決まって常連さんかメニューを見て興味を持ったチャレンジャーくらいだ。この店の常連さんは店長の昔からの知り合いらしいが………その常連さんが何故か今日に限って多いのだ。店長がいない時を見計らって来てるのか?…………いや、店長はそう嫌われるような人柄じゃないし、何より嫌いならば店には来ないだろう。それに店長と仲良さそうに話していたのも目撃している
……………もしかしたら俺は運が悪いのだろうか。今日に限って常連さんラッシュとは
幸いおでんは店長が沢山作り置きしてくれている。後は盛り付けて出すだけだ
「総一、おでんお代わりだってさ。あと、二番にショートケーキな」
「了解」
お代わりとか気前良すぎんだろ店長!?どんどん無くなってるんだぞ!?
せっせせっせと受けたオーダーを消費していく。開店から数時間、常連さんが多いからか知らないが結構人が入っている。これは決定だ、俺は運が悪い。誰か、今日から俺を超高校級の不運と呼んでくれ
「はぁ……」
今頃高坂さんの家では盛大にお誕生日パーティーでも行われているんだろうか。べ、別に行きたかったわけじゃないぞ。友達の誕生日を祝うパーティーってのを一度してみたかっただけなんだからな!
……………虚しい。しかもこれ行きたいって言ってるようなものじゃないか
どうせ俺がいなくても皆で楽しくやってるよな。うん、ダイジョブダイジョブ。店長もそう言ってる
「どうした、また溜息なんて。てか、それやめろ」
何の気なしに冷蔵庫のドアを開閉してると注意されたのでそちらを見る。孝太郎が注文された品を置いておくカウンターにもたれ掛かりながらこちらを見ていた
「孝太郎、注文はどうした」
「全部届け終わったよ。んで、珍しくも溜息吐いちゃってまぁ、どうしたんだよ。悩みがあるんなら聞くぜ。友人兼バイトの先輩の俺がな」
「ドヤ顔ウザいです先輩」
「敬語なのに何故か傷付く不思議!?」
そんなことはどうでもいい
「別に、溜息吐くことぐらい誰にだってある」
「お前はそれ自体珍しいって言ってんだよ。話せって、今なら余裕あるから」
と、言われてもだな。話したって特に良いもんでもないだろうに、何故聞きたがるのか
恐らく純粋に俺のことを心配してだろうが………こいつとの付き合いも長い方じゃない、なんだ、こんな一面もあったんだな。これは意外な発見だ
「別に、本当に大したことはないんだが………まあ、いいか」
「つまりお前、行きたいんじゃん」
「…………」
ありのままそのままに話した俺は孝太郎の言葉に押し黙る
うん、まあね。過去形ではあるが行きたかったのは事実だけど、そんなキッパリ言わなくてもいいじゃない?
「は〜………そう言うことはなんでもっと早くに言ってくれないんだよ」
「言えるわけないだろう。シフトも決まった後だったし」
母さんのせいで俺だって困らされたんだ。休み明けとか謝らないと駄目なんだぞ。園田さんとかから恐い反応返ってきそうなんだぞ?だってそうだよね。当日まで何の連絡もせずに急にボイコットだもんね。俺でも怒る、誰だって怒る
「あー、実はだな総一」
「どうした」
非常に申し訳なさそうに、それでいて真剣な顔を作る孝太郎に俺も自然と顔が強張っ…………いや、どうせ変わってないな。セロハンテープで無理矢理固定してやろうかな、この顔
「実は、今日は『チリンチリン♪』
何かを話そうとした瞬間にレジの呼び鈴がそれを遮る。暫しの間目を合わせた後、俺が顎でレジへ行けの合図を出すと苦い顔でレジへ向かって行った。ここからレジが見えるので、頬杖をついて眺める
「ありがとうございました、またのご来店お待ちしております。…………いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
会計を済ませた後に笑顔でお客さんを見送り、接客する孝太郎の横顔を見ると、俺もあんな風に笑えればと毎回思う
銀色に光る冷蔵庫に微かに映る自分を見る。頬を掴み、少し伸ばしてみると変な顔が出来上がった。次に口の端を人差し指で上へ押し上げてみる。ぶん殴りたくなった
無駄だと思い手を離し、肩を竦める
「総一、四番にチョコレートケーキ二つ、あとブレンドコーヒーだ」
孝太郎の声を聞きすぐさま行動に移した。保存してあるチョコレートケーキを…………
「………ない」
二つとも、ない
忙しくて既に無くなっていることに気が付かなかった。思えばこの二つだけ、他のよりも数が少なかったような気がする。さっき出したのが最後の一個だということに気が付かなかっただなんて…………!
「マジかよ………どうすんだ、総一」
「ない物はしょうがない。お客さんには悪いが、別の物を注文してもらおう」
今から作ろうにも時間がかかりすぎる。諦めてもらう他方法はない
「いや、それは駄目だ」
なに…………?
「どういうことだ」
「出来るだけお客さんのニーズには答えたいもんでな。ないなら代わりのもん作れ、なんとかしろ。…………今日は、お前が厨房を任されてるんだぞ」
「そうは言っても………」
どうしろと言うんだ
キョロキョロと周りを見回してみるが普段助けてくれる先輩方の姿はない。ここには俺一人、俺がどうにかしなければいけない。冷蔵庫を開けて材料を確かめる。チョコレートはある。パンケーキにするか?いや、うちのメニューにあるしな。孝太郎も納得しないだろう
冷蔵庫の中には他に…………色々あるなぁおい
「………ん?これは」
俺はとある物を発見する
ボウルに入ったそれは何かの生地だった。既に水を入れた後なのか丸くくるめられている
「もしかしてこれは……………よし」
決めた
「孝太郎、お客さんにチョコレートケーキがないことを伝えてきてくれ」
「だから、出来るだけ「そこにこう付け足して伝えるんだ」
「その代わり、当店にないメニューをご提供します…………ってな」
俺はそれだけ伝えてすぐに作業に取り掛かった
…………ん?まだ孝太郎が動いてないな
「何してる、早く行け」
「………ふっ、りょーかい」
そう言って何故か笑みを浮かべながら孝太郎は戻って行った
「合格だな。総一」
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お、終わった…………やっとバイトが終わった
入り口の札をcloseにした後、俺は孝太郎と二人だけになった喫茶店の机で突っ伏す。今日も一日大変だった
チョコレートケーキが無く、なんとかしろと言う孝太郎には軽く絶望感を覚えたが、なんとか乗り切れたことだし良しとしよう
あの時、冷蔵庫にあった生地はドーナツの生地だった。と言っても、普通にパンケーキの用のものだったのだが………アレを油で揚げることでドーナツを作った。チョコを溶かしてコーティングしたかったが、冷やしている時間が無かったので輪っかにすることはせず、少し薄い円状の形で二つ揚げた。その間に溶かしたチョコと、フルーツを刻んだものを少量挟み、手が汚れないように紙で包めば完成だ。お客さんに何も言われなかったし、悪くはなかったんじゃないだろうか
「いやぁ、お疲れ!頑張ったな」
「ホント疲れた。孝太郎もお疲れ様」
俺は机に突っ伏したままで孝太郎とお互いを労い合う。ホントに疲れた。このまま家に帰ってベッドに横になりたい
…………ここに泊めさせてもらえないだろうか
「そんじゃ、こっから後片付け…………」
うへぇ、そう言えば後片付けがあるんだった
「といきたいとこだが、総一。お前は行かなきゃならんとこがあるだろ?」
「は?」
今から行かなければならない場所?そんな場所…………あっ
「お前まさか」
突っ伏していた顔を孝太郎の方へ向ける。孝太郎を一瞬視界に捉えるが、それはすぐに消えた。目の前に何かがガサリと置かれたからだ。体を起こして見てみると、タッパーと紙包みが入ったビニール袋だった。横では俺の荷物を持った孝太郎がドヤ顔で待機している
「そのまさかだ。ほれ、残りのおでんと………お前が作ったドーナツの残り、持ってけ」
「ドーナツはわかるが、何故おでん」
「全人類が好きだからに決まってんだろ?わかりきったこと聞くなよな」
「いや、それはおかしい」
単純にお前と店長が好きなだけだろう
「いんだよ、早よ行け」
「でも、もう8時だぞ?今から行っても迷惑にしかならないだろう」
今から向かうとなると、9時近くになってしまう。和菓子屋なんてとうの前に閉まっているぞ
「それでも、祝いたかったんだろ?高坂さんの誕生日」
「……………」
…………はぁ、わかった
「行ってくる」
「おう、行ってこいや」
ビニール袋を手に取ると、背中をドンと叩かれた。その勢いで走り出す
「…………ありがとな!」
店を出る前に孝太郎にそれだけを伝えて、俺は『穂むら』へ向かって走り出した
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「はっ………はっ………」
『穂むら』の看板の前で立ち止まり、膝に手を付いて息を整える。店の電気はすっかり消えている。まあ、しょうがないことだろう
何故かここまで走ってきてしまった。なんで俺走ったんだろう………そりゃあ、走らなきゃ駄目な雰囲気はあったけど、無理して最後まで走らなくてよかったかもしれない。高校からは部活をしていないから、体力は下がっていく一方だというのに………いや、まあ土日に走り込んではいるがな
「………ふぅ」
よし、息は整った
インターホンを鳴らしても良いが、なんとなく携帯を取り出して高坂さんをコールする。連絡先は音ノ木坂に受かった時にお互い交換しあった。あまり連絡はしないがな
『はい、もしもし穂乃果です!』
すぐに携帯から快活な声が飛んでくる
「夜分遅くにすまない。宮野だ」
『ううん、全然良いよ。どうしたの?』
「取り敢えず、会って話がしたい。下まで来れるか?」
『え!?外にいるの!?わかった、今すぐ行くね!』
俺が言うとドタドタと慌てたような音がしてすぐに通話が切れる。携帯をポケットに戻し、暫し待っていると店の戸がガラガラと音を立てながら開いた
「こんばんは」
「こんばんは」
お互いにまずは挨拶を交わす
「バイト帰りかな。それって制服?」
「ん?…………あ」
そう言えば着替えずに荷物だけ引っ掴んでここまで来たんだった
「これはお恥ずかしい」
「あはは、顔は全然そんな表情してないよ?」
それはしょうがないんだ。触れないでくれ
………おっと、そうだ。こんなことをしている場合じゃない
「まず今日は、皆と一緒に誕生日を祝えなくてごめん」
「ううん、バイトだったんだよね?それじゃあ仕方ないよ!」
高坂さんは笑って許してくれた。やはり、俺がいなくても楽しくお祝い出来たようだ
安心した反面、少し寂しいような気もする
「そうか………プレゼント、俺なりに選んでみたんだがどうだ?」
「うん、可愛いプレゼントありがとう!早速付けてるんだ♪」
どう?と言いながら自分のサイドポニーを見せてくる高坂さん。見てみると、サイドポニーは苺のゴムで結ばれている
俺から高坂さんへ誕生日プレゼントは、苺のゴムだった。女の子に誕生日プレゼントなんて、千尋にくらいしかあげたことがないから何をあげれば良いのかが全くわからなか、悩んだ末にこうなった。何時ぞやに、苺が好きだと言っていたのを思い出したから、苺のゴムにしてみた
「気に入ってもらえたなら良かった」
まああまり高い物ではないが、気持ちということで
「最後に、誕生日おめでとう」
「うん、ありがとう!」
「これは遅れたお詫びと言うか………まあいい。受け取ってくれ」
右手のビニール袋を高坂さんに手渡す。高坂さんは中を開き、紙袋の中とタッパーの中身を確認するとパァ、と顔を更に輝かせた
「おいしそう!おでんにこれは……….揚げパンかな?」
うーん、惜しい
「ドーナツだ」
「ドーナツ!やったぁ!!」
ドーナツと聞くや否やその場でクルクルと回り始めた。全く、本当に賑やかな娘だ
……….そろそろ帰るかな
「それじゃあ高坂さん、俺はもう帰るよ」
「え、もう?もう少しお話したかったのに………」
「お話ならまた学校ででも出来るさ。それじゃ」
俺は踵を返して歩き出す
「あ、待って!」
しかし、高坂さんによって止められてしまった。高坂さんの手が俺の手をしっかりと掴み、側から見れば手を繋いでいるように見えなくもない
「どうした?」
「えっと………実はね?宮野君が今日来れないって聞いた時、ちょっと寂しかったんだ」
……………え?
「高校生になってから、いっつもじゃないけど宮野君と私と海未ちゃんとことりちゃんの四人でいることも少なくなかったでしょ?だからかも。宮野君にも私の誕生日、皆で一緒に祝って欲しかったかなぁ………って」
テヘヘ、と頭を掻く高坂さんの顔は街灯に照らされて、赤くした頬もはっきりと見えた
可愛い、と純粋に思ってしまう。顔には出ていないだろうが、俺の心臓はさっきからいつもよりも早いビートを刻んでいた。これはずるい、こんなこと言われてこうならない男なんていたら、そいつは本気のホモ野郎か、もしくはその娘に魅力が無さすぎるだけだろう
…………しかし、寂しかった?俺がいなかったから?本当に?
こんな、無表情な男なのに?
「俺といても、楽しくないんじゃないか?俺は顔に出ないから」
そうだ、面白い話をしても基本俺は無表情。笑いを共有するって言うことが出来ない奴なんだ
「そんなことないよ!宮野君は海未ちゃんでも知らないことを知ってるし、なにより面白いお話してくれるよ?それに宮野君の無表情、私は羨ましいと思う時があるけどなぁ」
はぁ?羨ましい?
「俺がか?」
「だって、ポーカーとかしたら超強いじゃん!ババ抜きとかジョーカー持ってるかどうか全然わからないし。私も結構うまく隠してるのになぁ………」
トランプのことばっかりだな。と言うかそもそも、トランプが強いのは単純に園田さんがわかりやすすぎるだけだ。四人でやった時大抵園田さんがドベじゃないか
「宮野君は嫌いなの?」
…………高坂さんも高坂さんでストレートに質問してくるな
「嫌いだ。俺だって、高坂さんのように自然と笑ってみたいよ」
これが、俺の本心だった
俺だって、高坂さんや孝太郎のように自然な笑顔が作りたい。この顔のせいで、昔友達とちょっとした喧嘩だってしたことあるんだ。小さい頃は特に気にしたりしなかったけど、中学、高校となるに連れどんどん気になるようになってきた。顔の表情筋がほぼ死んでいるのかと思ったから、それっぽいのを通販で漁ってみようとも思った
………友達の誕生日を祝うのに、笑顔で祝うことすら出来ない
だから俺は嫌いなんだ。この顔が
「大丈夫だよ!」
下を俯いた俺の手を握り、高坂さんはそう言った
「今きっと、宮野君は力を溜めてるんだよ」
「………?」
力を、溜めてる……?なんのだ
「いつか、宮野君の顔が笑顔になる時まで、ずっと、ずぅっと!きっと、宮野君の顔は力を溜めてるんじゃないかな?」
「なんの為にだ?」
「最高の笑顔を作る為だよ!」
そんなわけ………
「大丈夫、きっとそうだよ。ね?」
「…………」
俺の顔は、今力を溜めてる
きっと笑顔になる、その時まで力を溜めてるのか
本当に、そうなのか?もし、本当にそうなら
「あぁ、もしそうなら、大丈夫だな」
そんなわけがないと、否定することが出来なかった
高坂さんの笑顔を見て、大丈夫だと言う彼女を見て、そんな気が起こることはなかった
「うん!………あ、ごめんね!ずっと手を握っちゃってた」
「いや、いい」
高坂が慌てて飛び退く。握られていた手が外の、夏によくある蒸し暑い空気に晒されて変な感じが残る
「ありがとう」
短くそう伝える
「どういたしまして。それじゃあ、また月曜日に会おうね!」
「あぁ、また」
店に入って行く彼女を見届けて、俺も家に向かって歩き出した
「…………力を溜めてる、か」
頬を触ってみる。相変わらず、そこには無表情があるのだろう
だけど、もうただの無表情じゃない
「きっと、人類至上最高の笑顔だな」
もうそこに、無表情が嫌いな俺はいなかった
遅ればせながら、穂乃果ちゃんお誕生日おめでとう