暗殺教室 鶴久紅の事件ファイル   作:残月

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潜入と握力の時間

 

 

 

「烏間先生、大丈夫ですか?」

 

 

烏間先生に肩を貸しながら磯貝が尋ねる。

 

 

「……駄目だ。普通に歩くフリをするだけで精一杯だ。戦闘できる状態までに……30分は動けそうに無い」

 

 

磯貝に支えられながらフラフラと歩く烏間先生。

毒使いの殺し屋曰く、象ですら気絶するガスを食らって歩けてる段階で異常ですよ。

 

 

「流石にヤバいかも……」

「ここから先、私達だけで……?」

 

 

岡野と片岡が不安気に呟く。

標的のいる10階はまだまだ先だが烏間先生、姉さん、殺せんせーと大人組が現状頼る事が出来なくなってしまっている。経験と知識を重ねたプロがこの先にも待ち構えていることに俺達は皆、不安を抱いていた。

 

 

「いやぁ〜いよいよ夏休みって感じですねぇ」

 

 

殺せんせーのお気楽な一言は俺達をイラつかせた。

 

 

「一人だけ絶対安全形態のくせに!」

「渚、振り回して酔わせろ!」

 

 

矢田が叫び、それに続く菅谷の言葉に、渚は殺せんせーの入った袋を振り回した。

 

 

「にゅやぁぁぁぁぁぁっ!?」

「よーし寺坂、コレねじ込むからパンツ下ろしてケツ開いてー」

「死ぬわ!」

 

 

渚から酔った殺せんせーを受け取ったカルマが寺坂の下半身を指差しながら話す。

流石にねじ込まれる事は無かったが、ぐったりしてる殺せんせーに渚は問いかけた。

 

 

「何でこれが夏休みなの?殺せんせー」

「夏休みとは、先生の保護が及ばない所で自律性を養う場でもあります。先生と生徒は馴れ合うだけの関係じゃありません。普段の教育の結果が出るのが夏休み。キミ達ならクリアできる、この暗殺夏休みを」

 

 

ヌルフフフッと笑う殺せんせー。しかし俺達の表情は晴れない。殺せんせー、体を動かす事に関しては無茶ブリしかしないから。

 

 

「兎に角、行くしか無いか」

 

 

俺の言葉に皆は不安そうに頷いて先を進む事にした。

一先ず、敵に遭遇する事無く5階の展望回廊まで来たのだが……廊下の角から先を覗くと嫌な物が目に入った。いや、窓からの景色は最高なんだけどね。

その原因は廊下の途中に寄りかかる金髪の男性。

 

 

「メチャクチャ堂々と立ってやがる」

「あの雰囲気……いい加減解る様になってきたわ」

「ああ、間違いない。『殺る』側の人間だ」

 

 

相手に見えない聞こえない距離でヒソヒソと話す俺達。今までの経験から俺達は奴が殺る側の人間だとすぐに気づいた。

 

 

「この状況では奇襲もできず、数の利も活かせない……クソ、実弾の銃が欲しい。この島で必要になるとは思わなかった」

「つまらぬ…」

 

 

烏間先生が悔しそうに小さく呟いたと同時に何かを砕く様な音と小さな溜息が聞こえた。

なんと壁に寄りかかっていた男は素手でガラスにヒビを入れていた。どんだけ握力強いんだよ、その光景に俺達は皆驚きを隠せなかった。

 

 

「先程から小さくだが声が聞こえてるぬ。足音を聞くに手練れがと思える者が一人もおらぬ。精鋭部隊出身の教師が引率してるはずなのぬ……だ。どうやらスモッグのガスにやられたようだぬ。半ば相討ちといったところか。出てこい」

 

 

男は首を動かして出てこいと俺達に促す。下手な小細工はむしろ逆効果か……。俺達はゾロゾロと男の前に姿を現した。

ポキポキと指を鳴らす男に全員の視線が相手の手に集中する。素手で窓ガラスにヒビを入れる力。なんとも恐ろしいのだが…………それ以前に気になることがある。

 

 

「『ぬ』が多くね、オジさん?」

 

 

カルマがツッコミを入れた。その場の全員が気にしつつも怖くて言えなかったことを平然と聞いた。

 

 

「『ぬ』を語尾に付けるとサムライっぽい口調になると聞いたぬ。カッコよさそうだから試してみたぬ。だがそのリアクションから見るに違った様だ。間違ってるならそれでもいいぬ……この場の全員を殺してからぬを外せば恥にもならぬ」

「………サムライなら『またつまらぬ物を斬ってしまった』とかだけど」

 

 

ゴキリと両手を鳴らす男に俺は思わず口出しをしてしまった余計な一言だったか?男はムゥ……と悩む仕草を見せた。

 

 

「ならば『またつまらぬ物を砕いてしまった』ならどうだぬ?」

「あ、格好いいかも」

 

 

男の問いに不破が反応する。いや、乗るなよ不破も。

 

 

「フム、ならば今後はこのフレーズで行くかぬ」

「「決め台詞、決まっちゃったよ!?」」

 

 

殺し屋の思わぬリアクションに全員のツッコミが入る。それで良いのか殺し屋。

 

 

「そう言えばさっき下の階に居た毒使いを『スモッグ』って呼んでたけど……」

「先程のフレーズの礼もある。名乗ろう、俺のコードは『グリップ』だぬ」

 

 

速水の呟きに先程の決め台詞の礼のつもりなのか、妙に律儀に答える殺し屋。グリップって言うのか。

 

 

「『グリップ』……なるほど、アナタの武器はその素手ですね」

「その通りだぬ。身体検査に引っかかる事のない武器。近づき通りがかりに頚椎を一捻り、その気になれば頭蓋骨も握る潰せる。何より、知られてもハンデにならぬ。しかし……強い者が居ると聞いていたがその体たらく。お前達、雑魚を1人で殺るのも面倒だぬ、ボスと仲間を呼んで皆殺し…」

 

 

グリップが携帯を取り出し、連絡をされそうになった瞬間、カルマが観葉植物を植木鉢ごと持ち上げ、グリップの携帯を窓に叩き付けた。

 

 

「ねぇ、おじさんぬ。意外とプロって普通なんだね。ガラスや頭蓋骨なら俺でも割れるよ。こうしてね」

 

 

植木鉢が粉々になり、根がむき出しになった観葉植物を見せびらかしながらカルマが言う。

 

 

「ていうか、速攻で仲間を呼んじゃう辺り、中坊とタイマン張るの怖い人?」

「待て、危険だ!」

 

 

いつものようにカルマが兆発する。そういつも通りに。それを見た烏間先生は叫ぶ。

 

 

「待って下さい。ここはカルマ君に任せましょう」

「いくらなんでも無謀だ!相手はプロなんだぞ!」

 

 

カルマに全部任せると告げる殺せんせーに烏間先生の制止は止まらない。だが殺せんせーは大丈夫だと笑った。

前のカルマなら、顎をひけらかし、相手を見下すように見ていたが、今のカルマは顎を引き、油断なく相手を正面から見据えている。

殺せんせーが任せる理由なんだろうな。

そんな事を思っていたら既にゴングは鳴っていた。

 

カルマは観葉植物を男目掛けて振り下ろすが、幹を掴まれ、アッサリと握り潰される。

カルマは観葉植物を投げ捨てると襲い掛かってくるグリップの猛攻を上手く捌いていた。

力を受け止めるのでは無く受け流し、次に繋げる防御。ちゃんと見えてなきゃ出来ない事だ。

しかし防御に徹するカルマにグリップは攻撃を止め問いかける。

 

 

「どうしたぬ?攻撃しなくては永久にここを抜けれぬぞ?」

「どうかな〜あんたを引きつけといて皆がその隙にちょっとずつ抜けるのもアリかな〜って」

 

 

カルマの言葉にグリップがチラリと俺達を睨む。その目はこう語っていた『通り抜けたらソイツから始末する』と。

 

 

「…………」

 

 

「…安心しなよそんなセコい手は無しだ。今度は俺から行くからさ、正々堂々素手のタイマンで決着つけるよ」

 

 

カルマの言葉に俺と寺坂は顔を見合わせた。

 

 

「……カルマの辞書にそんな言葉あんのかよ」

「……あっても読まないんだろうな」

 

 

俺等の会話はさておき、グリップは不適な笑みを浮かべた。

 

 

「良い顔だぬ少年戦士よ。正直、俺の相手は其処の奴くらいと思っていたが……お前とならやれそうぬ、暗殺稼業では味わえないフェアな闘いが」

 

 

グリップは俺に視線を僅かに移していたか、その言葉と共にカルマはグリップめがけ走り、飛び蹴りを決めた。グリップは左腕で防ぎ、続くカルマの右拳を同じく左腕で防いでいた。しかしカルマは器用に体を捻りグリップの膝を蹴り飛ばす。

予想外の攻撃にグリップはカルマに背中を見せる。

その場にいる誰もが絶好のチャンスと思った、カルマもそれを見逃さずグリップとの距離を詰め、トドメを決めるという時だった…

 

ブシューとグリップの手からガスが噴射されカルマの視界を塞いだ。それは先程スモッグが使っていたのと同じガスだった。

グリップは倒れかかるカルマの頭を掴んだ。

 

 

「一丁あがりぬ。長引きそうだったんでスモッグの麻酔ガスを試してみる事にしたぬ」

「何がフェアだよ!そんなモン隠し持ってた癖に!」

 

 

グリップは右手でカルマの顔を掴み、持ち上げる。グリップが麻酔ガスを隠し持っていた事に吉田が抗議の声を上げた。

 

 

「俺は一度も素手だけとは言ってないぬ。拘ることに拘りすぎない…この仕事をやってく秘訣だぬ。至近距離でのガス噴射。予期してなければ防げぬ……さて、早速試すか『またつまらぬ物を砕いて……」

 

 

グリップが自慢気に殺しの哲学を語り、先程決めた決め台詞でカルマの頭の骨を砕こうとした瞬間、カルマが右腕を持ち上げ、同じ麻酔ガスを構えて、ガスを至近距離でグリップに浴びせた。

 

 

「奇遇だね。俺も同じ事、考えてた」

 

 

カルマは悪魔の様笑みを浮かべながらハンカチで口を覆っていた。

 

 

「ぐっ……ぬおぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 

グリップは膝をガタガタさせながら懐からナイフを出し、カルマに襲い掛かる。

 

 

「またつまらぬ物を騙してしまった……かな?」

「がぶっ!?」

 

 

しかし流石のグリップもガスで動きが鈍っていたため、アッサリと避けられ、そのまま関節を極められ床に押し倒された。つーか、カルマがそのフレーズ使うんかい。

 

 

「ほら、寺坂。こんな化け物、ガムテと人数使わなきゃ勝てないって」

「………テメェが素手で一対一タイマンとかもっと無いわな」

 

 

先程の疑問が解消すると同時に、俺達は一斉にグリップを取り押さえた。ガムテで身動きが取れなくなったグリップはカルマに話し掛ける。

 

 

「何故だ?どうして俺のガス攻撃を読めた?俺は素手以外見せていないのに………」

 

 

「とーぜんっしょ。素手以外の全部を警戒してたよ。アンタが素手での戦いをしたかったのは本当だろうけど、この状況で素手に固執し続けるようじゃ、プロじゃない。俺達を止めるためにどんな手段も使うべきだ。俺でもそうする。アンタのプロとしての意識を信じたからこそ、警戒してた」

 

 

そう言ってカルマはグリップの前に座り込んだ。この状況下でそれが出来るカルマの度胸の方が凄い気もするが。

 

 

「………ふん、大した奴だ。負けたが素晴らしい時間だったぬ」

 

 

負けたけど清々しい。殺し屋でも潔いタイプの人間が居るのだろうか?さっきも妙に律儀だったし。

 

 

「何言ってんの?本番はこれからじゃん」

 

 

そう言うカルマの手には山葵のチューブが握られていた。驚きと疑問が半々のグリップは目が点になっている。俺がカルマの持っていた鞄を覗くと山葵の他にもカラシや酢の物、納豆など明らかに嫌がる人は嫌な物が所狭しと詰まっていた。

 

 

「さぁ、おじさんぬ。プロの意地を見せる時間だよ」

「ふ、ふんぬがぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

カルマは爽やかな笑顔でグリップの鼻の穴に山葵とカラシのチューブをねじ込む。

グリップの悲鳴BGMを聞きながら俺達は次の階の攻略に向けて作戦を考え始めていた。

と言うか拷問に関わりたくなかった。

 

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