「テエェェェーーー!!」
「ヤァーーーーーー!!」
そんな掛け声と共に、道場内でお互いの手に持つ竹刀を激しく打ち合わせ、
その互いの瞳は、目の前の
そして、互いに一歩も引かない鍔迫り合いの中、赤く燃える瞳の剣士が
「もう後がないんだっ――今度こそ勝たせて貰うぞ!
「―――残念ですが、
その声と同時に、赤く燃える瞳の剣士――正也が、蒼く燃える瞳の剣士――海未に対して仕掛けた。
「っ! ……コテェッ!!」
鍔迫り合い状態を一瞬後ろに身を引く形で脱し、海未の
「甘いですよっ!」
しかし、正也のその行動を見てから海未は、素早く半歩、身を横にずらし、正也の小手の一打を軽く躱して無効化する。
「メェェーーーンッ!!」
そして海未は、竹刀を振り下ろした格好の正也のガードの開いた
「―――っ!! まだまだぁッ!!」
正也はその鋭く素早い一撃を、瞬時に引き戻した竹刀で受け止める事にギリギリ成功し、そしてまた二人の状況は、最初の鍔迫り合い状態に戻る。
「――今のを防ぎますかっ……! やはり剣を交えるごとに
「そっちこそ……! なんだ今の面、目で全く追えなかったぞ……行動先読みしないと今のでやられてたっ……!」
二人は竹刀で激しく鍔迫り合いながら、先程までの攻防戦を振り返って互いに感想を伝えあう。その互いを称える言葉を紡ぐ二人の口元は、とても楽しそうに笑っていた。
「それにしても……もっと力押しで攻めてきて下さい――本来なら男性である
少し不機嫌そうにそう言うと海未は、咎めるような視線を、剣道の面の下で正也に向ける。
その言葉は、鍔迫り合い状態である今の状態を、力で打開しようとしない正也に対する文句、そして、『もし手を抜いてるのであれば、怒ります』というメッセージも共に込められていた。
海未という、正々堂々という言葉を体現したような真面目な少女にとって、正也が自分が女だからという理由で、手を抜いているなど許せる話では無い。
――そういう性別による身体の力の差を考慮してなお、私達は互いに対等なライバルで、お互いが持てる力を、全力でぶつけ合うのが当然の礼儀なのだ――という強い想いが、この海未という少女の中にはあった。
そんな海未の想いを察したのか、正也は不敵に笑いながらこう返す。
「違う違う……勘違いだって海未、そういう俺だけが持ってる武器ってのは、こういう時に使うんじゃ無くて、ここぞって時に使う切り札なんだよ!」
自信満々にそう言いきる正也に、海未は、余計な心配だったかと自らを恥じる。
そう、正也という目の前にいる少年が、真剣勝負の礼儀を心得ない人物であるはずが無いという事を、誰よりも自分が知っているはずなのだから。
「すいません、余計な心配だったようですねっ……!」
「そうそう、海未は本当に心配性だなっ……!」
そう言うと二人はまた、鍔迫り合う互いの竹刀に力を込める。
それは、互いに一歩も譲らないという意志の表れ。
そして、またも先に正也が仕掛ける。
鍔迫り合い状態を一瞬身を引く形で脱し、海未の小手を狙おうとする――それはついさっきの攻防戦と、まったく同じ動きだった。
「同じ手は食いませんっ! メェェーーーンッ!!」
海未は、そんな正也の動きに合わせるようにして、素早く踏み込み、ガードの甘い面を狙って竹刀を素早く振り下ろす。
海未の攻撃に対する正也の驚いたような顔に、海未は自らの勝利を確信した――その時。
「そう来ると思ったっ!」
「なっ……!」
正也は、小手を狙って振り下ろしかけた竹刀を素早く引き戻し、海未の剣を真正面から受け止める。
「ここだぁぁぁーーーっっ!!」
そして、若干無理な体制で面を打ちに行って、崩れた体制の海未に正也は、攻撃を受け止めた竹刀を力いっぱい前に押し出し、海未をはじき飛ばす。
「くっ……!」
「貰ったっ! ドォォーーーッ!!」
そして正也は、前方に弾き出した海未を追うように素早く踏み込み、そのがら空きの胴に勝負を決める一撃を放った。
――勝った!
正也はそう確信する。
正也は、自らの切り札である、力の面での有利をここぞという時に使い、その一撃を当てるための動きも計算し、全く無駄が無かった。
なので、これはまさに正也の、海未に一撃を加える為に練られた作戦の見事な勝利と言えるだろう――――
「流石です正也――対処が遅ければこれでやられていました」
――――しかしそれは、その一撃が決まっていたらの話だが
「う……嘘っ!?」
正也は驚愕する。
それも当然、海未の胴を狙った一撃は、海未の胴の前を素通りする形で空ぶったのだ。
――何故だ、丁度踏み込んで、胴が綺麗に決まるぐらいの距離を弾き飛ばす力で、押し込んだはずだ――と、正也はパニックになった頭で考える。
そう、正也の力加減が間違っていたわけでは確かになく、作戦は完璧なものだった。
しかし、誰が想像できようか――正也に弾き飛ばされようとした
そして海未は、正也に弾き飛ばされて崩れた体制を、後ろに出した足で着地し、一瞬で体制を立て直す。
そして
「―――ドォォーーーッ!!」
―――
攻撃を放ってがら空きの正也の胴に、一瞬でその懐に踏み込んだ海未による、見事な抜き胴が綺麗に決まった。
■ ■ ■ ■ ■
「くっそーーーー!! また勝てなかったっ!!」
今日は土曜日、俺こと織部正也は、海未のお父さんが師範代を務める『園田道場』で、俺達二人の間で
しかし、その海未との試合にまた負け、俺はあまりの悔しさで、剣道の防具の面を取った後、道場の床の上に寝っ転がってそう言い放つ。
絶対決まったと思ったのにっ! さっきの試合で俺の連敗記録にストップがかかると思ったのに!
「正直、今のは本当に危なかったです――ですが、私の勝ちですよ正也」
寝っ転がる俺を見下ろす形でそう言って、剣道の面を取り、勝ち誇った顔をする海未。
「ああーーーもうっ! 確かこれで通算307戦中、俺の61勝246負け……って事は……」
「はい、ついに私の勝率が八割を超えましたよ、正也」
「うわぁぁぁーーーー!! ついに俺の勝率が一割台にーーーーっっ!!」
俺はその揺るぎない真実に、悔しさを隠し切れない。
「そんなに気にしなくても大丈夫ですよ正也、現に正也は強くなっていっていると思います。勝率では勝っているとはいえ、私もうかうかしていられませんね」
「くっ、少しはうかうかしてても良いんですよ~海未さ~ん……」
「残念ですね正也、私が一度や二度の勝利で慢心するような人に見えますか?」
「――――見えないなぁ……」
俺はそう言うと、軽くため息をつく。
――試合数を重ねるごとに、開き続ける勝率の差と実力の差。
勿論、俺だってその差を埋める為に努力をしてない訳じゃない。しっかり毎朝の新聞配達のバイトの後のトレーニングも欠かしてないし、海未と週一でやる今日みたいな試合の時は、しっかり勝つための作戦だって毎回練ってる。
しかし、それでも開く差。
やっぱり――元から持ってる才能の差っていうのかな?
勿論、ただ才能があるというだけでなく、海未が誰よりも努力してることぐらい、俺は十分に知っている。
でも、それはつまり海未が、自分の才能を過信しない“努力する天才”だという事を表していて……その内、俺みたいに才能もあるかどうかも分からないような、中途半端な奴では到底届かないような域に、努力の末、海未は行ってしまうのかもしれない。
――本当に、こんな俺が海未の“ライバル”やってて良いのか?
――もしかしたら今までの俺の努力は、結局は全部無駄だったんじゃないのか?
俺は、こんな事を考えてはいけないとは思いつつも、ついその方向に思考が飛んでしまう。
「……正也、その……も、もし宜しければ、もう一試合どうですか?」
俺がそんなネガティブな思考をしていた時、海未が俺に、恥ずかしそうにしながらそう言った。
「え……? いいの? さっき負けたばっかりだぜ俺?」
「……はぁ、全く……いつまでさっきの敗戦を引きずっているんですか? 正也らしくもないですよ」
「まぁ、そうなんだけどさ……ちょっと今回は厳しいっていうか……」
俺は、寝っ転がっていた状態から立ち上がりつつ、海未にそう返した。
「――正直、さっきは勝率が八割を超えたと私は自慢げに言いましたが、私自身、そんな勝敗の回数に興味はないんです。
――ただ、真っ直ぐに私と剣を交えてくれる正也と、試合するのが……た、楽しくて仕方なくて……だから、だ、ダメですか?」
海未は、本当に恥ずかしそうにしながらそう言うと、俺の反応を、恐る恐る窺うようにしながらこちらを見つめる。
俺はそんな海未の言葉を聞いて、くよくよしていた自分がバカみたいに感じられた。
「楽しい……そっかぁ! そうだよな! それでいいんだよな、俺!
オッケェ……次こそ勝つぜ海未! 再戦なんて挑んだことを、後悔させてやるっ!」
俺はそう海未に宣言すると、剣道の面を付けて再び竹刀を構える。
勿論また負けるかもしれない、今までして来た努力も、作戦も、全部無駄になるのかもしれない。
―――でも、楽しい。
努力する天才の海未に並び立つ為にする努力も、勝つために作戦を考えることも――その全てが心から楽しい。
難しいことなんか何も考えずに、ただ、そんな努力を楽しんでさえいれば――それで今まで通り、海未のライバルで居ていいんだって――そう思ったんだ。
全く……こんなことにすぐ気づけないんじゃ、カッコいい男に――なんて目標は、まだまだ遠いぜ俺っ!
そして、そんな俺の言葉を聞いた瞬間、海未はパァッと嬉しそうな笑顔になると
「はいっ! では……行きますよ!」
そう言って、海未は剣道の面を再び付け直し、こちらに向かって竹刀を構える。
――そして、再び俺達の真剣勝負の幕が上がる。
「……海未さん、慎み深い女性として
その時、道場の入り口から俺達の試合に待ったをかける着物姿の女性が、優しく微笑みながら現れた。
「お……お母さん!?」
海未はその着物姿の女性に対し、驚いたようにそう言う。
その女性は、
つまりは、海未の母親である
「海未さん、正也くん、そろそろ朝ごはんの支度を始める時間なので、そろそろ着替えてシャワー浴びて来てはどうですか?」
「え……もうそんな時間なんですか?」
「ほ、本当ですか舞華さん?」
海未と俺はそう言って同時に道場の壁に掛かっている時計を見る、そして俺と海未は互いに驚いた表情になった。
おお、俺も全く気付いてなかったけど、二人で剣道の練習を始めてからもう二時間以上も経ってるよ……時間って早いなぁ……
「ふふふ……海未さん、いつもなら、きちんと時間通りに稽古を切り上げるのに、正也君が居る時だけは毎回遅くなるんですから――そんなに、正也くんと過ごす時間が楽しいんですか?」
「な……そんっ、そんなことはありませんっ!」
「ええ!? さっき、俺と試合するの楽しいって言ってくれてなかったっけ!?」
「正也っ!? い、今それを言うのはやめてくださいっ!」
「あらあらあら……海未さん、随分と積極的ですね、ふふっ……まるで若い頃の私を見ているみたいです」
そう言うと舞華さんは、海未をからかうように軽く微笑む。
「あ、ああああ……! も、もう知りませんっーーー!!」
そう言って海未は、顔を真っ赤にしながら道場から走って出ていく。
――え? なに? もしかして俺の言った言葉のせいなの?
「ふふふっ……仕方ないですね海未さんは……それより正也くん、この後シャワーを浴びてから、もし宜しければ朝ごはんを食べていってはどうですか?」
舞華さんはそう言うと、海未が出て行った時に取り落した竹刀を拾いながら、俺に尋ねる。
「ああ……すいません
正直、朝からずっと動いていたため、おなかは空いていたが、それでもいつも毎週のようにごちそうになり続けているので流石に悪いと想い、俺はその提案を
「もう……正也くんは固いんですから。もう少し砕けた感じで、“おばさん”って呼んで軽い感じで接してくれても良いんですよ? 私も、もうそんなに若くはないんですから」
そう言って、優しい笑顔で笑う舞華さん。
その笑顔は何処か海未に似ていて、とても“おばさん”扱いは出来ないほどの、若々しさがあった。
「いえ、『目上の人には、例え親しい仲であっても敬意を払いなさい』って、良く母に教えられてきたもので……もうこの口調に関しては、どうしようもないです」
「そんな事ぐらい気にしなくてもいいですのに……流石、ひかりちゃんの息子ね、そういう、へんな所で強情なのが、あの子にとっても似てるわ……」
舞華さんは、仕方ないですねと言うように困ったようにして笑う。
――
舞華さんの言い方からもうお察しが付くと思うが、まこうことなき俺の母さんである。
普段は、近くの
そして母さんは、舞華さんと、そして穂乃果の母親である
「ですから、今日は俺の分は別に構いません。シャワーをお借りした後に、俺は帰らせて頂きます」
そう言って俺は剣道の防具を、元あったところに戻しに行こうとした。
よし!いつもなし崩し的にお世話になっちゃってたけど、今日は断れたぞ俺!
すると、そんな俺の背中に舞華さんが、悪魔のささやきを投げかける。
「……残念ですね、今日は正也君が来ると聞いていたので、昨日のお夕飯の残りだった、鶏肉の煮つけを用意していたのですが……」
ピタッと、俺の足が止まった。
―――なんだって? とりにく? いま鶏肉って言ったかこの人……?
「仕方ないですね、朝から味つけが濃い物はみんな食べませんし……捨てるしかないみたいです、ああ……残念ですね……」
「―――待ってくださいっ! すっ……捨てるのはもったいないですし! 俺、そう言う事でしたら頂いていきますっ!」
俺は恥も外聞もかなぐり捨て、舞華さんの
くそぅ舞華さんっ……! 俺が鶏肉大好きなのを知ってて言ったなっ!
すると、『計画通り』ど言わんばかりにニッコリ微笑んだ舞華さんは
「そうですか正也くん。でしたら海未さんも喜びます、では海未さんの後にシャワーを浴びて待っていてください」
と言って、意気揚々と道場を後にする。
「――ああ……また断れなかった……」
俺は1人になった道場内でそう呟く。
今日はまんまと舞華さんの術中にハメられた、しかし、次回こそは断ってみせるっ!
だってさ、ライバルとの真剣勝負の後に、そのライバルの家でご飯をお世話になるって――なんかカッコ悪いって思うし!
俺はそんな思いを新たにする。
でもまた来週もお世話になっちゃいそうな気が……気のせいだよな?
「――私の妻がすまないな、正也君」
するとその時、道場の入り口から、まさに武道を修める人間として恥じないような、ガッシリとした体形の、
「あ……
「ああ、先程の試合見させて貰った。妻が先に入って行ってしまったので、出るタイミングを完全に逸してしまったがな……」
この、まさに典型的な“日本男児”を地で行くかのような風体の男性の名は、
ここ、『園田道場』の立派な師範代で、海未のお父さんでもある。
「……正也君、まだ荒いとは言え、確かな伸びしろを感じる良い戦い方だった――しかし、海未には届かなかったみたいだがな」
「――もう、自分の娘の自慢ですか潮さん?」
「当然だな、本当にあれは良く出来た娘だ。
幼い頃、もし出来ればこの道場の跡継ぎに――と、期待を背負せ過ぎて、つい必要以上に辛くあたってしまう事もあったが、海未はその期待全てに応えて見せた――正直、自慢の娘と言っても良い」
そう言って潮さんは、誇らしげに薄く微笑む。
わぁ……娘愛炸裂……流石だな潮さん……
俺はそう思い、つい苦笑いしてしまう口元を隠すように手で抑えて、顔を俯かせる。
そんな俺を見て、ショックを受けてしまったのかとカン違いしたらしい潮さんが、珍しく慌てた様子になって俺に声をかけた。
「ああ、済まない、海未だけじゃなく正也君も勿論よくやっていると思っている。
実際、先程の打ち合いは―――昔の私と、お前の父である
「……え? 昔の俺の父さんは、潮さんと今日みたいに剣道の試合やってたんですか?」
「ああ――アイツも中々負けず嫌いでな、中学時代に剣道で何回私が倒そうとも、『勝ち逃げは許さねぇ!』と威勢よく吠えて、アイツは私に何回でも挑んできたものだ。
本当に、正也君は成長するにつれて、顔も性格もどんどん
そう言って、もう届かない過去に思いを馳せるように俺を見つめながら近づき、俺の頭に手をポンと置く潮さん。
――
俺のお父さんで、カッコいい男を目指す俺にとって、いつか追いつき――そして超えたい存在だ。
そして、これは実は中学生になってから初めて知らされた話で―――その詳しい経緯までは教えてくれなかったのだか―――実は、俺のお父さんとお母さんは、中学時代から潮さんと――そして穂乃果ちゃんのお父さんと、ことりちゃんのお母さんを合わせた五人組で、とっても仲が良かったらしい。
なんでも、俺のお父さんが、俺と穂乃果達が中学校に入学した時に四家族合同で開いた、ささやかなお祝い会みたいな時に、酒に酔って言い放った内容によると――
『本当にこいつらとは、今でも正也達が知らないだけでちょくちょく飲みに行ってる仲なんだぜ!もう俺達は親友通り越して、家族みたいなもんだもんなー潮!
そう言って、子供のように無邪気に笑う父さんの顔を見ると――本当に仲が良かったんだと、心から思う事が出来たのが記憶に新しい。
その後、酒に酔った父さんは、『お前らを俺達が無理に引き合わせようとしなくても、勝手に公園で四人仲良く遊んでたのを見たときは、本当に俺達ビックリしたんだぜ~!』とか……
『もうこれって運命だよな!? なぁ! 穂乃果ちゃん達! 誰でもいいから正也を婿に貰って行って良いぜ~!』など、ドンドン悪乗りをしていくお父さんは、お母さんに医学事典で思いっきり殴られ、大人しくさせられていた。
本当に、お酒に酔った癖が悪いのさえなかったら完璧なのに……父さん。
……それにしても、いつまで潮さんは俺の頭に手を乗せているのだろうか、そろそろ恥ずかしくなってきたんですけど……よし、こうなったら……
「……そんな頃の事をまだ覚えているなんて――本当に潮さんは、俺の父さんのことが好きなんですね」
「――なっっ!? そんっ、そんなことはないっ! あのバカはむしろ嫌いだ! 中学の頃から私に散々迷惑をかけ続けてアイツは……私はあのバカにはうんざりしてるんだっ! 本当に、中学からの腐れ縁でなかったら、アイツなど既に他人だ他人っ!」
そう言って潮さんは俺から手を放すと、うろたえながらそう俺に勢いよくまくしたてる。
うん、計画通り。全く、潮さんは素直に父さんを気に入ってるって言えばいいのに……
「それに……初めて出会った時からアイツはそうだった! 何が、『おい、今にも人を殺しそうな眼をしてるな――お前』だ!
初対面の人間にそんな失礼な事を普通言うか!? 言わないだろう!? それに―――」
語るに落ちるとはまさにこのこと、嫌いな人間との初対面の会話など覚えている筈もないのに、一言一句間違えずに覚えている辺りで、もうお察しといったところだ。
さて……このままだと、また、父さんと潮さんの馴れ初め話(五時間越えの大作)を聞かされそうだ。くわばらくわばら……
「じ、じゃあ俺、海未の代わりに道場の床を雑巾がけしときますんで……」
「待てっ! まだ話は終わっていないぞ正也君!」
俺は潮さんのそんな声を振り切り、雑巾を取りに行くために道場を後にすることに成功する。
た、助かった……本当に潮さんは、俺の父さんの話をすると長いからな……俺の父さんのこと、どんだけ好きなんだよ潮さん……
■ ■ ■ ■ ■
そして俺はシャワーを浴びた後、俺は朝ごはんを頂いてから海未の家を後にしていた。
ああ……鶏肉は美味しかったなぁ……本当に鶏肉はずるい。
焼いてよし、煮込んでよし、揚げてよしなオールラウンダー
しかもそのくせして、どの部位を食べても余分な脂っぽさを感じないし、身が引き締まっていておいしいし……! え、鶏肉の皮はって? 馬鹿言わないでほしい……あの部分こそが鶏肉の部位の中で一番至高っ……! 噛めば噛むほどに鶏肉のうまみが口の中で広がって……。
……だめだ、さっき食べた鶏肉の煮つけが美味しすぎたせいか、冷静で居られない。
海未のお母さんは、本当に料理上手だ。流石というほかない。
そしてその次に食べた、だし巻き卵もまた美味しかった。
鶏肉好きな俺は、勿論卵も大好きだ。親子丼を考えた人はきっと神。
最早俺は、鳥が生み出すものならなんだって好きな自信がある。
俺が『だし巻き卵美味しいですね!』、と言ったら舞華さんはニッコリと笑って『そうですか……良かったですね、海未さん』と言い、海未に視線を向けると、真っ赤になって俯く海未がいた。
どうやら海未は最近になって料理も習い始めたらしく、まずはだし巻き卵からマスターしたそうだ。
本当にプロが作ったのと遜色ないレベルで美味しかったので、海未が作ったのと思って、もう一度食べるとおいしさよりその驚愕が勝った。
ただでさえ、習字や舞踊なども出来るのに、この上料理まで身に着けようというのか海未は……俺も頑張らないとな……
そして聞けば、どうやら海未は次に鳥料理にチャレンジするらしい、なのでマスターしたら是非食べたいと言っておいた。
――あれ? なんかチャレンジする料理が俺の好物に偏っているような……? 気のせいか、たまたまだよな、うん。
「さて、今日はやる事が沢山あるぞー! まずは『穂むら』に行って揚げまんじゅう10個買って、そして武司に届けないと―――そして……」
♪~♪~♬~
俺がそう言って今日の予定を声に出して確認しやる気を出していた時に、ふと携帯電話に着信があった。
そして、その携帯の画面に表示された名前を見て、俺は呟く。
「――はいはい、勿論、今日の一番大事な予定を忘れてるつもりはないよ、お姫様」
俺は一呼吸置いた後、その相手からの電話に出る。
「おはよう! 今日は随分電話かけるの早いんだな――――
俺の忙しい土曜日はまだ、始まったばかりだ。
説明多くてすいません、正也君の人間関係などを説明する為、地の文は多めに割く必要ががが……出来る限り少なく出来るように精進します。