それは、やがて伝説に繋がる物語   作:豚汁

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8話 サタデー・イブニング・コンサート

 

 

 それは一年前のこと。星空(ほしぞら)(りん)が、織部(おりべ)正也(しょうや)と出会った時の最初の第一印象は……正直、不審者以外の何者でもなかった。

 

 

 

『おっと……そこのお嬢さん、なにかお困りのご様子かな?』

 

『―――え?』

 

 

 

 学校が終わったある日の放課後、凛が校舎の裏門前で立ち尽くしていると、やたらキザっぽい台詞を吐きながら自分に話かけてくる男が現れ、凛は思わず唖然とした。

 そんな明らかにドン引きの様子の凛を知ってか知らずか、男はなおも続けた。

 

 

『いや、いいんだ――俺には言わなくてもわかってるぜ、今お嬢さんはとっても困っているはずだ、そうだろ?』

 

『あ……はい、確かに困ってることには困ってます……』

 

 

 しかし、その男の言う事も正しいのは事実だった。

 

 凛の目線の先には、中学校の裏門前に捨てられた段ボールと……そして、その中に居る一匹の黒猫がいた。

 恐らく捨てた主は中学校の前に捨てたら誰か持ち帰ってくれるだろうとの魂胆で捨てたのだろうが、まさに自分の口調を以てして自他共に猫好きを公言してはばからない凛にとってしてみれば、見捨てる事が出来ないとっても困ったものだった。

 

 しかも、季節は秋。気温は寒く、放置していればきっとこの猫は死んでしまうだろう。

 

 なので凛は先に帰ってしまった花陽(はなよ)をまた学校に呼び、一緒に飼い主を捜そうと思った……その矢先に、このキザっぽい台詞を吐く男と出会ったのだ。

 

 

『さぁ、だったらこの俺――この音ノ木坂中学の頼れる生徒会長、織部正也にお任せあれ!

 悩み相談、お困りごとがあれば、何でも解決してみせるぜ!』

 

 

 そう言って、正也は凛に向かって無駄に気取りながら、親指で自分を指し示す。

 

 その時凛はようやく目の前の男がこの前、朝礼の時に前に出て来て挨拶した、この学校の生徒会長だという事に気づいた。

 

 だから――自分自身の身体が抱えた“ある事情”もあり、一人で猫の飼い主を捜すのが困難だった凛は、正也に恐る恐るではあるがこう言った。

 

 

『――じゃあ、凛と一緒にこの猫の飼い主を捜して貰っても良いですか?』

 

『え…………そ、それって、俺に“依頼”してくれるって事? ホントに?』

 

『は、はい、よろしくお願いします』

 

『……いぃよっしゃぁ!! “初”依頼だぁぁぁぁーーー!!!』

 

 

 凛の言葉に、ガッツポーズと共に喜びの声を上げる正也。

 その様子に、また少し困惑してしまう凛であったが――でも、その無邪気に喜ぶ様子に、この正也という人物が、少なくとも悪い人ではないという事は、十分に察する事ができた。

 

 そしてひとしきり喜ぶと、正也は凛に向かって目を輝かせながらこう言った。

 

 

 

『ではその依頼……この織部正也が、その名を()して請け負いましたっ!

 猫の飼い主……全力で探させて頂きます!!』

 

 

 

 その()、凛は正也と共に黒猫の飼い主を捜し始める。

 

 

 これが、凛がまだ中学一年生だった頃の秋に、正也という男に出会った始まりの物語――

 

 

 ――そして、凛が正也の生徒会の仕事を手伝うようになった、その()()けの物語の始まりだった。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 凛という少女は、走ることが大好きだった。

 

 ――いや、走る事というより、正確には身体を動かすこと全般が好きなのだが、こと“走る”という事に関しては、凛の中で特別なものがあったのだった。

 

 走るたびに自身の身体が風を切り、真っ青な空の下で何も考えず空っぽな気持ちになって、まるで自分が大気と一体化したかのような気分になれるのが特に凛にとって大好きな所だった。

 

 一番になれなくても良い。順位にはこだわらず、ただ自分が楽しいから走る。

 そのスタンスは、凛という少女の走りに、何者にも(とら)われない軽やかな走りと、他を寄せ付けないほどの速さを生み出していた。

 

 

 ――しかし、そんな彼女だが、今日だけは違った。

 

 

 

「絶対に一位……!」

 

 

 

 土曜日の朝、秋の陸上大会の100m部門の決勝戦。

 凛は走者のレーンに着いて、全身から闘志を滲ませながらそんな事を呟いていた。

 

 何故、凛がこのように一位に執着を燃やすようになったのかのいきさつを語れば、前日の金曜日にさかのぼる。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

『へー! じゃあ、凛は明日陸上の大会があるのか!』

 

『へへ~ん! 自己ベストタイム更新狙うにゃ!』

 

 

 金曜日の学校の昼休みの時、ばったり出会った正也と凛が、とりとめのない世間話に花を咲かせていた時の事、凛の明日の大会の話になって、正也の驚いたような反応に、凛は自慢げにそう返した。

 

 

『自己ベストタイム更新って、凛は一位を狙ってるわけじゃないのか?』

 

『う~ん、あんまりそういう事考えたことないから、わかんないかも……』

 

『へぇ……でも、せっかく大会だし、凛には一位狙ってほしいな……よし! こうしよう!』

 

『……? 正也先輩どうしたの?』

 

 

 正也の何かを思いついたような様子に、思わずなにを思いついたのか正也に尋ねてしまう凛。

 そして正也は、そんな凛に対してこう宣言した。

 

 

『凛が一位取ったら、俺のバイトの給料でラーメンおごってやるよ!』

 

『ほ、ホントに!?』

 

『ああ、カッコいい男に二言(にごん)はないっ! トッピングも全部のせで構わないぜ!

 ――あっ……で、でも、あんまりお金には余裕ないから、友達とか連れてくるのは無しだぞ! 凛だけに奢るんだからな!』

 

『正也先輩とラーメン……テンション上がるにゃーー!』

 

『おいおい、試合前にラーメンは食いにいくのは決定事項かよ……でも、その自信なら一位とれそうだな!

 がんば――いや、ファイトだぜ、凛!』

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 ――という事があり、凛にしては珍しく、この大会における一位に対する闘志が満ち溢れていたのだった。

 

 

 そして、自分の周りで選手が一斉にスタートの用意をするのを感じ、凛もクラウチングスタートの体制に入る。

 

 スタート前の、走者全員の間で流れる張りつめた空気。

 

 そして、その限界まで張りつめられた空気が、ついにピストルの乾いた音で弾ける。

 

 

 その音とほぼ同時に凛はスタートを切り――そして彼女は風になる。

 

 

 周囲の景色が猛スピードで流れ、そして凛は自分の身体がいつものように風を切るのを感じた。

 その、周囲を一瞬に置き去りにしてしまうほどの速さに、他の走者はあっという間に彼女の背中を追い掛けるような形になってしまう。

 

 そんな凛の背中を追いながら、敗北を認め、順位を諦めた他の選手は思う。

 

 

 

 ――これが、星空凛。

 

 陸上競技の公式大会や記録会においてただの一度のスランプも無く記録(タイム)を縮め続け、そして積み重なる賞状に累積するように付随する周囲からのプレッシャーも意に介することも無く、明るく笑いながら疾風のように駆ける――短距離走の神に愛された天才(バケモノ)

 

 

 

 そうして、凛以外の走者が戦意を喪失してしまった時点で、彼女の一位は約束されたものだった。

 

 しかし、いつもならただ無心で走る事に集中し続けている彼女の内面に、今回は異常があった。

 

 

 正也先輩とラーメン! 正也先輩とラーメン! 

 

 

 他の走者が諦めたのを感じ、凛は勝利を確信して、走りながらそんな事をウキウキした気分になりながらそう考える。

 

 ラーメンの為ならここまで自分は早く走れるのだと、凛は内心自分のラーメン好きに感動すら覚えていた。

 

 

 しかし、凛はまだ気付いていない。

 

 ラーメンを食べる事より、正也と“二人で食事にする”という事自体を、内心で重要視してしまっている自分に――

 

 

 そんな凛の、走りに対する真摯さを欠く(うわ)ついた思考に、短距離の神は彼女に微笑まなかった。

 

 

「……わわわっ!?」

 

 

 そんな慌てたような声が上がるのと同時に、凛はゴール手前でスパイクが脱げてバランスを崩し、盛大にコケてしまった。

 

 それは初歩的なミス。

 凛は走る前に見落としていたのだ――自分の履くスパイクの靴紐が緩んでいた事を。

 

 

 結果、凛は惜しくもこの大会で一位を逃がす結果になってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

「ついてないにゃーーー!!」

 

 

 そう言って、凛は西木野(にしきの)総合病院内の待合室で、包帯を右足に巻いた状態になりながら、悔しそうに叫ぶ。

 

 

「わわっ! ダメだよ凛ちゃん、病院内では静かにしないと……でも、軽い捻挫で良かったね、あんなに派手にコケちゃったのに……」

 

「かよち~ん! あと少しだったんだよ!? あと少しで一位になれたのに……!」

 

 

 そう言って凛は、先程の大会を応援しに来てくれて、そして今病院にまで付き添ってくれている花陽(はなよ)に詰め寄った。

 

 

「凛ちゃん……珍しいね、いつもは順位にこだわってる感じなかったのに……」

 

 

 花陽は凛のいつもと違う様子を不審に思って、凛にそう問いかける。

 

 

「だって……正也先輩が、一位になったら凛にラーメンを食べに連れて行ってくれる約束だったから……」

 

 

 そう言って、悲しそうにしょげる凛に、花陽はクスクスと笑い始めてしまった。

 

 

「かよちん……なんで笑ってるの?」

 

「ふふっ……ふふふ……凛ちゃんは、そんなに正也先輩と一緒にラーメン食べに行きたかったんだね」

 

「うん、そうだけど……あっ! ち、違うよかよちん! 凛はそういう意味で言ったんじゃないにゃ!」

 

 

 花陽の意味深に笑う様子に、凛は花陽の言わんとした事をようやく察したのか、慌てた様子で否定する。

 

 しかし、そんな話し声を目ざとく聞きつけた存在が、凛と花陽の前にカメラを片手に持ち、無駄にハイテンションな様子で現れた。

 

 

「……その話っ! 是非とも詳細を聞かせて下さいっ!!」

 

「「あ……(あや)ちゃんっ!!??」」

 

「はいっ! 新聞のネタの為なら休日返上なんのその! 音中新聞部の自称エース、御手洗(みたらい)彩! ここに見参です!」

 

 

 彩はおどろいた様子の二人に向かって、一方的に話しはじめた。

 

 

「いや~! 陸上部の実質的なエースで、短距離での才能に愛された女神(めがみ)とまで呼ばれ始めた凛さんに、友人特権(とっけん)で独占インタビューしようと思って、先程の大会を見てたんですよ……そしたらこんな事に……残念でしたね。

 しかしっ! 諦めずにインタビュー出来る機会を伺っていたら……素晴らしく面白そうな話題が聞こえてきたじゃありませんか! だからつい我慢できずに出てきてしまいました!

 なので、是非に私にその話の詳細を伺わせて下さいっ!!」

 

 

 そう言って、彩は素早くカバンからメモとペンを取り出すと、情報(エモノ)をロックオンした瞳で凛に詰め寄る。

 

 

「彩ちゃん……だから違うって言ってるにゃ! ――そう言えば、彩ちゃんは最初に会った時もそんな事聞いてきたよね! 何回言えば違うってわかってくれるの!?」

 

「仕方ないですね……! 正直に白状してくれれば、私の実家のラーメン屋のラーメンのわかめと煮たまごとコーンを、凛さんには永久的にタダでトッピングしてあげます! それでもダメですか!?」 

 

「えっ……ホントに? ――って、違うにゃ! 凛は正也先輩の事好きじゃないよ!」

 

「くっ……正直に言えば楽になれるものを……!!」

 

「あ、彩ちゃん、そのぐらいにしようよ……凛ちゃんがかわいそうだよ……」

 

 

 と、ここで花陽が止まらない二人の言い合いを収めにかかった。

 

 

「むぅ……仕方ないですね、凛さんをからかうのはこの辺りにしておきましょうか」

 

「もう……だから凛は違うって言ってるのに……」

 

 

 花陽の言葉に、凛に対する質問をようやくやめた彩。

 しかし、その顔は本当にしぶしぶと言った顔だった。その顔からは恐らく、花陽が言わなければ、永久に止めなかっただろうという事が容易に伺う事ができる。げに恐ろしきは彩の記者根性と言ったところだろうか。

 

 

 すると、そんな三人の元に、一人の若い女の看護師が近づき、こんなことを言った。

 

 

「あの、ショウヤって……織部(おりべ)さんの息子さんの正也君の事よね? もしかして見に来てくれたの?」

 

 

 いきなりそんな事を言い出す看護師に、不思議な顔をして凛はこう問いかける。

 

 

「見に来るって……何をですか?」

 

 

 すると、驚いたような顔をして看護師はこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

「――え? 知らなかったの? 

 今日は、正也君と、この病院の院長の娘さんの二人で結成した、音楽グループ『Right(ライト) Cycle(サイクル)』の引退コンサートがあるのよ。良かったら見に行ってみたらどうかしら? 正也君のお友達なんでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

 

 場所は西木野総合病院の一階の、広いエントランスホールに特設された小規模のステージ。

 そこには大きく黒光りするグランドピアノが、その存在を主張するかのように鎮座(ちんざ)する。

 そして、そのステージ前で主演の二人を待つ観客は多く、赤ちゃん連れの夫婦、地域に住む老人の方たち、そしてその観客達の最前列には沢山の子供たちが陣取っていた。

 

 しかし、そんなにぎやかな光景を、離れた場所で隠れたように(うかが)う凛と花陽と彩の三人。

 

 

「彩ちゃん、凛たちはなんでこんな離れた所で見る必要があるの? 普通にあっちに行こうよ」

 

「そうだよ彩ちゃん、こんな離れた所で見なくても……」

 

「――いいえ、お二人には悪いですが、是非私につき合って頂きたいのです……!

 ところで、確認しますが二人はこの話――知っていましたか?」

 

 

 彩の問いかけに、首を横に振る凛と花陽。

 そう、実際に学校で正也は、休日にそんな活動をしてる様子など一切感じさせなかった。

 

 推理小説で言うなら、伏線無し、読者に提示されるべき手がかりも無しという、推理不可能状態。

 

 だからこそ、正直二人は驚きを隠せていなかった。

 

 

「ですよね、知りませんよね――この噂に詳しい私が知らないんですからっ……!

 しかも見た所、観客の中に穂乃果(ほのか)先輩たちも居ませんから……本当に音中(おとちゅう)内でこの事実を知っているのは、私達だけかもしれません。

 ――変じゃないですか? 

 あの超目立ちたがり屋で、超カッコつけな会長が、なんでこんな凄いことをやってるという事をひた隠しにしていたのか……それにはきっと理由があるはずです!

 だから、こうして隠れて様子を窺って真実を探るのです! この、音中新聞部の自称エース! 御手洗彩の名に()けて!」

 

 

 彩が凛と花陽にそう宣言した直後、ステージの方で歓声があがる。

 

 凛たち三人がその方に目を向けると、そこには黒いタキシード姿で堂々としながらギターケースを担ぐ正也と、赤色を基調とした大人っぽいドレスを着た、赤い髪の綺麗な少女の二人が、歩きながらステージに現れた。

 

 そして、ステージの上にあるマイクの前に正也は立つと、元気にこう言った。

 

 

 

「今日集まってくれた皆様――ありがとうございます!

 こんなに沢山の人に来てもらえるなんて、正直考えてなかったから今俺はものすっごく感動しています! 本当に感謝の気持ちでいっぱいです!

 でも――もう聞いてると思いますが、俺と真姫(まき)の『Right(ライト) Cycle(サイクル)』は、今回の演奏を最後に――活動をやめようと思ってます」

 

 

 

 そう言うと、観客の中の子供たちから『やだー!』『お兄ちゃん、お姉ちゃんやめないでー!』という声が上がる。

 そんな子供たちを見て、正也は柔らかく笑う。

 

 

「そうだよな~やだよな~、実はお兄ちゃんも嫌なんだよな……でも、この赤い髪の頑固なお姉ちゃんがな、やめるって言って聞かないんだよ……」

 

「正也、子供たちに変な事言わないでくれる?」

 

「ええ~! 事実じゃん真姫! 皆さん聞いて下さいよ! ここに居る俺の相方(あいかた)はですね、今年に開かれた結構大規模なピアノのコンクールに参加して、見事二位に入賞したんですよ! 

 でも一位じゃないからって理由で、この活動をもう終わりにするって言ったんです! 二位でも凄いから、やめる必要なんてないって言ってあげてください!」

 

「もう……今日の朝の電話では気にしてないって言ってたくせに……!」

 

 

 そう言って真姫という少女は、観客に呼びかける正也を怒ったように睨みつける。

 

 

「はははっ! ごめんごめん真姫、分かってるって、俺は真姫の意思を尊重するよ……でも、一度みんなの前できちんと説明しろって事――だって、今日集まってくれたのは、紛れもない俺達のファンなんだぜ? なんの説明もなく辞める訳にはいかないって」

 

「……確かに、そうね」

 

 

 正也の言葉に納得した真姫は、マイクを正也から受け取り、ゆっくりと落ち着いた様子で観客の前で話しはじめた。

 

 

「……今回は、集まってくれて本当にありがとうございます。

 私達みたいな小規模な音楽活動グループが、今日までこの病院で定期的にコンサートをし続けていられたのは、応援してくれたみんなのおかげだって……思います。

 でも、私の中でコンクールの結果を受けて、色々……思う所があったので、この活動を終わりにしようって思ったんです」

 

 

 そう言った真姫を、正也は援護するかのように話しはじめる。

 

 

「俺達の活動は、この西木野総合病院で定期的に、ピアノの演奏をしに来てくれていたピアニストの方が、怪我で急に来られなくなったという知らせを聞いた時に、真姫が代わりにピアノを弾き始めたのが始まりでした。

 その時俺も偶然ですが、真姫の影響を受けて、小さい頃やめてしまったギターをまた始めていたので、なんだかんだで巻き込まれて――今に至る感じです。

 だから……真姫の始めた事だから、俺は真姫がやめたいっていう意見を尊重したいって思うんです」

 

 

 そして――正也と真姫の紡ぐ言葉が、一つの想いとなって重なる。

 

 

 

「だから……俺達『Right(ライト) Cycle(サイクル)』は今日で終わりです」

「私達の最後の演奏――是非聞いて下さい」

 

 

 

 そう言い終わると、観客席から大きな拍手の音が響く。

 その祝福のコールと共に、正也と真姫はそれぞれの楽器の準備をしながら持ち場に着く。

 

 そして、正也はギターケースからクラシックギターを取り出して観客の方を向き、真姫はグランドピアノの前に座り、スッと深呼吸をする。

 

 

 

 ――その数秒後、正也と真姫の二人の演奏がスタートする。

 

 

 

「――――(すご)い」

 

 

 二人の演奏が始まった直後、彩は呆気にとられたようにそう呟いていた。

 

 しかし、呆気にとられたのは彩だけではない。

 

 

「わあ…………! 正也先輩とあの子凄い……」

 

「す、すっごいにゃ……!」

 

 

 開始10秒で、三人の心は二人の奏でる旋律の(とりこ)になってしまった。

 

 二人の演奏している曲自体は、どこかで聞いたことがあるような普通のクラシックの曲なのだが……それでも、心を奪われずにはいられなかった。

 

 特に真姫という少女が奏でるピアノの旋律は、まさに音の芸術品と呼んでも差し支えないほどの洗練された美しさがあった。

 そんな彼女の美しいピアノの主旋律が、パートナーである正也のギターの弦が奏でるメロディーの旋律によって支えられ、より研磨(けんま)された輝きを放ち、そんな正也のサポートがあるお陰で、真姫はさらに彼女らしい伸び伸びとした演奏が出来る――

 

 そんな二人の演奏は、完全に二人一組で完成されていて、“息の合った二人組”という次元を遥かに超越した、精度の高いコンビネーションによって生み出されるものだった。

 

 そして、凛達の心を奪い去ったまま時が過ぎ、演奏がついに止まる。

 

 

「――――以上です! ありがとうございました!」

 

 

 正也のその声に、三人はいつの間にか、二人が予定していた三曲の演奏が終わった事を悟る。

 

 ――待ってほしい、これで終わりなんて嫌!

 

 そんな想いが、凛と花陽と彩の三人の間で共通して沸き起こる。

 

 しかしそれは、観客達も同じだったらしく、その終わりを惜しむ思いは声となって観客の口から溢れ出す。

 

 

 

「「「アンコール! アンコール! アンコール!」」」

 

 

 

 追加演奏(アンコール)を要求する声――その声に、正也はニヤッと『待ってました』と言いたげに、笑って応じる。

 

 

「オッケーです! 待っててください……」

 

「――正也!? アンコール用の曲なんて何も用意してないわよ!?」

 

 

 真姫はおどろいたように正也に言う。

 そんな真姫を無視するように、正也はギターケースから一枚の楽譜を取り出す。

 その楽譜を見た瞬間、真姫の顔は一瞬で赤く染まった。

 

 

「――――っ!? 正也、そ、それは……!」

 

「はい! 今から皆様にお聞かせする俺達の最後の曲は、真姫が“作曲”したオリジナルの曲です!」

 

「な、なんでそれ正也が持ってるのよ!?」

 

 

 作曲したオリジナル曲という言葉に、観客からは感嘆(かんたん)の声が漏れる。

 無理もない、真姫という少女が、中学二年生という若さで作曲が出来てしまうという事実が、既に驚きに値する物なのだから――

 

 

「俺さ、真姫のお父さんに話あるって呼ばれただろ? その時に、是非これをみんなの前で真姫に演奏させてくれって頼まれちゃったんだよな~~ ほら、交換条件でこんなカッコいいタキシードを俺にくれたんだぜ!? やるしかないだろ!」

 

「何それ意味わかんないっ! 私、作曲したなんてパパに自慢しなかったら良かった……!」 

 

 

 真姫は、自分の父親に恨みを込めてそう吐き捨てる。

 

 

「はいはい、もうアンコールかかったから逃げられないぜ真姫~!

 ほら、この曲のタイトルをみんなの前で発表して、早く演奏しようぜ!」

 

「もう……覚えてなさいよ正也っ……!」

 

 

 そして、真っ赤になりながら真姫はその曲のタイトルを発表する。

 

 

 

 

 

「――ではアンコール聞いて下さい! 曲名は、『愛してるばんざーい!』です!」

 

 

 

 

 

 そして、その声と同時にピアノの演奏がスタートした。

 

 そのピアノの演奏と同時に、今までの演奏とは違って今度は歌い始める真姫。

 その声はとっても清らかで美しく、ピアノの綺麗な旋律にとってもマッチしていた。

 

 そんなピアノと綺麗な歌声のハーモニーに、正也はさらにギターでメロディーを加えていく。しかし、ピアノの楽譜にギターのコードなどは記載されてる訳でもなく、ギターは完全に正也の即興だった。

 しかしそれでも正也は、真姫の歌声とピアノ――その両方の魅力を全く(そこ)ねることなく、見事に調和のとれた旋律を奏でる。

 その芸当はきっと、真姫と共に長く演奏をしてきた正也だけにしか出来ない即興演奏(インプロビゼーション)

 いつしか真姫と正也は、互いに笑いあいながら心から楽しそうに演奏をしていた。

 

 

 そんな演奏を見て凛は、まるで二人を中心にして真っ白な羽が周囲を舞い踊っているかのような、そんな美しい光景を幻視し思わず呟く。

 

 

「……羽が、見える」

 

「……うん、見えるね……凛ちゃん」

 

 

 凛は思いもよらない同意を得て、花陽の方を向く。すると、笑顔で凛の事を見つめ返す花陽が居た。凛はあの演奏を見て花陽も自分と同じ事を感じていたという事に、何となく喜びを感じる。

 

 

「――え? 羽ですか? どこに羽があるんです!?」

 

「ふふふっ……彩ちゃん、そう言う意味で言ったんじゃ無くて……」

 

 

 そんな天然な反応をする彩に、花陽は可笑しそうに笑いながらそう言った。

 

 そしてついに、演奏がついに終わりを迎え――正也と真姫は観客全員の前で礼をする。

 

 

 

「では皆さん……今日までありがとうございました!」

「――ありがとう……ございました」

 

 

 

 正也と真姫は最後にそう言うと、観客の方から聞こえる大きな拍手の音を聴きながら、舞台の上から去って行く。

 

 そんな二人の表情には、やり切った事に対する満足した清々しいものがあった。

 

 

「終わっちゃったにゃ……」

 

「うん……そうだね……」

 

 

 凛と花陽は、まだ先程の演奏の余韻に浸っているかのような夢見心地の様子で呟いた。

 しかし、そんな二人の隣にいる少女は違う。

 

 

「スクープ! 音ノ木坂中学の生徒会長、織部正也の隠された真実! 何故彼女が居ないのかという、彼の抱える女性関係の謎がついに解明!? まさかまさかの本命のお相手は、あの西木野総合病院のご令嬢!? 学校外で秘密の二人での音楽活動……その二人の演奏からは互いに互いを想いあう愛の旋律が奏でられ――」

 

 

 一心不乱にそんな事をブツブツ呟きながら、メモの上でペンを走らせる彩。

 そんな彩は、コンサートが終って家路につく観客達から不審な目を向けられていた。

 

 

「彩ちゃん! 終ったから早く行くにゃ!」

 

「そ、そうだよ彩ちゃん、早く行こう!」

 

 

 凛と花陽は、そんな彩を連れて慌てて病院から撤退する。

 

 

「ギターとピアノ……それはお互いにベース楽器であり、セッションするにはかなりの難易度を要求されるが、それを事もなしにやってのける二人のチームワークからは、ただの同じ音楽グループのチームメイト以上の繋がりを感じさせられ――」

 

 

 ――しかし、花陽と凛に手を引かれながらも彩の頭の中は、既に発行する予定の新聞の記事の内容でいっぱいである事に変わりは無かったのだった。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

「ふふっ……ふふふふふ……! これは大スクープです! やりました!

 さっそく明日から新聞作製に取り掛かって、そして月曜日の朝には会長をビックリさせてやります……!

 今まで上手く隠せていたみたいですが、この私に知られてしまったのが運の尽き!

 慌てふためく会長の姿が目に見えるようです……! 全く、校外であんな綺麗な女の子と良い仲になっていたなんて面白(おもしろ)――いえ、いけない事をひた隠しにしていた罰ですよ全く……」

 

 

 そう言いながら、少し痛みで足を軽くひきずっている凛を家まで送る役目を、『私の家の方が凛さんの家に近いです』と言って花陽から奪いとって花陽と別れた後、凛に肩を貸して歩く彩。

 

 しかし、友人を気遣う中でも、彼女の頭はしっかりと新聞を書いて張り出すという目的は決して忘れない。最早その熱意は、一種のプロ根性に近いものがあった。

 

 

「ねぇ、彩ちゃん……正也先輩の隣に居たあの綺麗な女の子って……やっぱり正也先輩の彼女かな?」

 

 

 そんなテンションの高い彩に、彩に肩を貸してもらいながらそんな質問を投げかける凛。

 

 

「何を言ってるのですか凛さん! 当然そうに決まってるじゃないですか!

 あの話してる様子から伺えるかのような気の置けない関係、そして抜群のチームワーク……!

 まるで、会長と穂乃果先輩たちのような深い関係じゃないですか! これは恋人同士でしかあり得ません! 

 まぁ、あの子が会長の隠された第五の幼馴染という可能性も考えられますが――穂乃果先輩達と武司(たけし)先輩以外に、幼馴染がもう一人居るなんて話、聞いたこともありませんし!」

 

 

 そう自信満々に答える彩に、凛は笑顔になって彩の方を向き、明るく言う。

 

 

「……やっぱりそうだと思ったにゃ! いや~正也先輩は、あんなに可愛い幼馴染の先輩がいるのに、どうして誰とも付きあってないのかってクラスのみんなも言ってて、凛は正直、正也先輩が男の人が好きなのかな……って思ってたけど、そういう事なら納得にゃ!」

 

「おお! 凛さん毒舌~! でも、その可能性考えてこっそり会長と武司先輩の間を探っていた私は何も言えないんですけどね!」

 

「あははははは! 彩ちゃんも酷いよ~!」

 

 

 そして彩は、前を向いていた視線を凛の方に向け――

 

 

 

「よっし! ではこの新聞を貼りだして、校内に(くすぶ)る会長の男好き疑惑を見事に私が晴らして見せま――――」

 

 

 

 ――そして、絶句(ぜっく)する。

 

 

 

「うん? 彩ちゃん一体どうしたの?」

 

「…………やっぱり、この話は記事にするのをやめます」

 

「ええっ!? 急にどうしちゃったの彩ちゃん!? さっきまであんなにノリノリだったのに!」

 

 

 急にテンションの落ち込んだ彩に、慌ててそう言う凛。

 

 

「私は……誰かを笑わせるような面白い記事を書くのは好きですけど、誰かを悲しませるような記事は書きたくないんです」

 

「もしかして……穂乃果先輩たちの事?」

 

「いや、良く考えれば、それもそうなんですけど……凛さんが気づいていないなら、良いです」

 

「……え? 彩ちゃん、それどういう意味?」

 

「よっし! それでは今から記事の内容を、当初の予定だった凛さんの事についてにしますので、インタビューさせて貰ってもいいですか!? インタビュー場所は……私の家のラーメン店でどうでしょう!? ラーメン好きなだけ食べて良いですよ~!」

 

「えっ、ホント彩ちゃん!? するする! 凛、インタビュー受けるよ!」

 

「よっし、そうと決まれば、ラーメン屋の方までレッツゴーです! あっ、せっかくですから花陽さんにも凛さんの事についてお聞きしたいですし、花陽さんも呼んでも良いですよ……というか、是非呼んで下さい! 花陽さんにはウチの自慢のラーメンを是非味わって欲しいです!」

 

「よ~し! かよちんも呼んで、一緒にラーメン食べるにゃー!」

 

 

 そう言って、彩の家族が経営するラーメン屋に向かいながら、笑顔で花陽に携帯で連絡を取る凛。

 

 

 

 

 ――――しかし、凛は気付かない。

 

 

 その明るい笑顔とは裏腹に――自分の瞳から一筋の涙が流れている事を。

 

 

 

 

 こうして星空凛の、色々不幸続きだった土曜日は、最後に大好きなラーメンを友達と一緒に食べるという、ささやかな幸運で幕を閉じた。

 

 

 

 




・『Right(ライト) Cycle(サイクル)
 名前の由来は、“正”也の正しいと、真姫――まきの、巻くというイメージで二人が付けた名前、意外にカッコよく、正也はこの名前を気に入っている。


 ここまで読んで下さってありがとうございました!

 では前回更新に引き続き、新たに評価してくださった方々に、また感謝の意を述べさせて頂きたいと思います。

 藤乃真飛天さん、橘田露草さん

 以上二人の方、本当にありがとうございました!

 また、お気に入り登録してくださった方や感想を書いて下さった方にも心からの感謝を……

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