「ほら、動かないで、今傷口を消毒するから」
「い、いいですって
「はいはい、君の
「は、はい……絢瀬先輩」
先輩に引っ張ってこられ、さっきの裏路地から、先日俺が酔った父さん達を介抱した公園まで連れてこられた俺は、そのままベンチに座らせられた。
そして先輩はすぐさま近くのコンビニまで走って行き消毒液と絆創膏を買って戻って来た後、ポケットから取り出したハンカチに消毒液を染みこませ、ベンチに座る俺のすぐ隣に座って俺の頬の傷にハンカチを当て、文句を言う俺を黙らせながら綺麗に傷口を消毒していく。
その間少し消毒液が傷口にしみたけど、俺は全く気にならなかった。
ただでさえ絢瀬先輩に会えただけでラッキーなのに、こんなに近くに座られて、その上、怪我の治療までして貰えるなんて……もう幸せすぎる……!
ちょっと俺多分、一週間分の幸運を今使い切ってる可能性あるぞこれ。
もうこれ幸せの反動で死ぬんじゃない俺? 帰りに交通事故に遭わないように気を付けないと……
「はい、これで終わりね。もう……こんな無茶はほどほどにしないとダメだって私、前に言ったことなかったかしら?」
そんな事を考えて幸福感に身をゆだねていた俺は、絆創膏を貼られると同時に絢瀬先輩にそう言われ、夢見心地な気分から一気に現実に引き戻された。
怒ったようにこちらを見る絢瀬先輩に、俺の口は慌てて弁明の為に言葉を紡ぐ。
「そ、それは……その……今日はちょっと嫌な事ばっかりあって、ついイライラしてやってしまったと言いますか……気が付いたら体が動いていたいうか何と言いますか……」
「つまり、後先考えずに感情だけで行動したって事ね。
全く……そういう所は君の良い所ではあるのは認めるけど、でも
そう絢瀬先輩に言われた瞬間――ふと、泣いている穂乃果達の姿が脳裏に
先輩の言う通りだ。別に
……いくら頭に血がのぼってしまったからとは言え、今回みたいにいきなり喧嘩を吹っかけるようなやり方は今後気を付けないとな。
そう思って俺は、絢瀬先輩に返事をせずに黙ったまま俯いていると、さっきまで怒ったような顔をしていた絢瀬先輩が、急に申し訳なさそうな顔になって言う。
「――少し、言い過ぎたわね……ごめんなさい。
よく考えれば、正也君のそんな無茶で助けられた私が言えた話じゃないわよね」
「そんな事ないです絢瀬先輩! 先輩のお陰で、俺もさっきは無茶だったなって思いましたし!
大体、さっきのも先輩の所為じゃないですよ!
どうせまた、
他人を見下さないと生きていけないような、あんなしょうもない奴らの責任を、先輩が被る必要なんて全くないです!」
俺は先輩の謝罪に全力で反論しながら、さっきの連中に対する愚痴を吐き捨てた。
『UTX学園の生徒は、音ノ木坂学院の生徒を
これは、この辺りに住んでいる学生の間で
――そして同時にこれは、紛れもない“真実”だ。
先程の絢瀬先輩のように、暴力沙汰に発展するような事は本当に稀ではあるが、UTX学園の生徒が音ノ木坂の生徒に向かって『古臭い』や『貧乏人』などのイヤミを言うのは日常茶飯事で……そして最悪、それが原因で口論になってしまうこともあると聞いた事がある。
どうしてこうなってしまったのかというと、それは、UTX学院の生徒の音ノ木坂学院に対する差別意識が問題だと父さんは語った。
その内容を簡単に説明するとこうだ。
歴史を感じさせる
少子高齢化と都市人口のドーナツホール現象で入学する生徒数が減っていく一方で、学校に入学する生徒数を確保する為に、何か経営方面で策を講じなければならないのにも関わらず、前時代的な“女子校”の経営方針を貫くという考え方の古さ。
公立高校のため、通う生徒は貧乏人ばかりだという印象。
決して低くはないけど、UTX学園の高い値に比べると、どうしても劣るその偏差値。
そして、入学者数が減少していくお陰で広まる“経営難”の噂。
これらすべての要素が関係し、UTX学園の生徒に音ノ木坂に通う生徒を軽視させる原因になっているらしい。
本当、聞けば聞くほど馬鹿らしい話だと俺は思う。
でもそれが、現在の音ノ木坂とUTX学園の関係における、紛れもない真実であった。
「……ありがとう正也君。
「あの野郎……やっぱり、もっと全力で殴っとけば良かった」
俺はそう言いながら、さっき男を殴った手を強く握りしめる。
――本当に、たまたま近くに居て良かった。
秋葉原に来ていた自分の気まぐれに、神様にも感謝したい気分だ。
「それにしても絢瀬先輩、この辺りにまで来るのは珍しいですね。もしかして、連中に絡まれるまで誰かと一緒だったりしたんです?」
そんな偶然を神様に感謝しながらも、俺はふと湧いた疑問を絢瀬先輩に尋ねた。
そもそも先輩は、こんな賑やかな街に場所に1人で来る印象が無い。だから先輩の姿を見た時に俺は、あそこまでオーバーに驚いたところもあるのだった。
「ああ……ええ、実はちょっと今日は―――」
俺の問いかけに、先輩がそう言って応えようとした時だった。
『――――――――――!』
俺と先輩に向かって、明らかに日本語じゃない言葉の発音で呼ぶ声に反応し、俺は声の方を向く。
するとそこには
………英語? いや、それにしては今まで習った事の無い発音だ。
多分英語以外のどこかの国の言葉だろう。
こんな外国人の女の子が、俺と先輩に一体何の用なんだ?
あれ、でもそう言えばこの子、良く見れば何処か絢瀬先輩に似てるような……?
俺がそんな疑問を抱いた時、隣に座っていた先輩が驚いた顔をしながら急に立ち上がりながら言った。
「え……
『――――――! ――――――!?』
先輩がそう言うか言わないかのタイミングでその女の子は、俺の耳で認識できない国の言葉を叫んで絢瀬先輩に抱き着いた。
先輩は最初の一瞬は驚いたものの、その後、自分に抱き着くその子を軽く抱き締め返して、耳元でその子に安心させるように何かを呟いた。
亜里沙っていうのかこの子の名前……って、名前知ってるって事は、絢瀬先輩の知ってる子なのか? もしかして、先輩の妹さん?
成る程、この状況から推察するに恐らく先輩は、あの子と一緒に秋葉原の街を歩いていた所、さっきの奴らに絡まれて、先輩はとっさにあの子だけ逃がしたって事かな。
流石絢瀬先輩。とっさの判断で、自分の身を犠牲にして最良の選択肢を選べるなんて……やっぱり、先輩は俺の憧れた姿そのままで何も変わってない。
俺がそんな事を考えている間、気が付けば絢瀬先輩と亜里沙という女の子は、お互いに向き合ってそのまま俺の知らない言語で話しはじめていた。
……聞き取れない。どこの国の言葉なんだろう。
とりあえず、
そう言えば先輩はロシア人のクォーターで、小さい頃はロシアに住んでたこともあったって言ってたっけ、という事はロシア語かなこれは。
そう思っていたら先輩は不意に亜里沙という女の子との会話を止め、俺の方を向いて言う。
「あ、ごめんなさい正也くん、勝手に二人で話しちゃって……紹介が遅れたわね、この子は私の妹の――」
「はじめまして! 私は、お姉ちゃんの妹の、
さっきは、お姉ちゃんを助けてくれてありがとうございました!」
絢瀬先輩の説明を継ぐようにそう言って、亜里沙ちゃんは俺に向かって勢いよくお辞儀をした。
「あ、亜里沙!? 今私が紹介しようとした所なのに……」
「ごめんなさい、お姉ちゃん……どうしても自分でお礼を先に言いたくて……私がお姉ちゃんに
申し訳なさそうな顔をしてそう言う亜里沙ちゃんを見て、しょうがないなという風に軽く微笑んだ絢瀬先輩は、気を取りなおしたように言い直す。
「いいのよ亜里沙、気にしてないわ。――まぁ、そういう事よ正也くん。
亜里沙は先月の末に日本に来たばかりで、まだこっちに全然慣れてなくてね。だから、私が学校帰りのついでに色々案内してたんだけど……さっきみたいに絡まれちゃって……全く、あんな事になるなら制服を着替えてから行けば良かったわ」
「本当に、ありがとうございました!」
お姉さんの言葉に続いて、俺に向かってペコっとまた頭を下げる亜里沙ちゃん。
丁寧で良い子だな……流石先輩の妹さんだ。
「成る程、そう言う事だったんですね先輩……。
よしわかった、君は亜里沙ちゃんって言うんだね、始めまして、俺の名前は織部正也。
俺の事は気にしないで良いよ、先輩の為に俺が勝手にやった事だから!
ちなみに亜里沙ちゃんは、これから先輩と一緒に日本に住むのかな? じゃあ、これから会った時にはまたよろしく亜里沙ちゃん……よしよし」
俺はそう笑って言いながら、亜里沙ちゃんの頭を軽く撫でた。
すると亜里沙ちゃんは頭を撫でられるのに合わせ、軽く目を細めて微笑んだ。
――あ、この子可愛い。
昔、雪穂ちゃんが小さい時に頭をよく撫でてたけど、その時の雪穂ちゃんと同じ反応してるぞこれ……。この可愛さは最早、天使って表現しても良いレベルかもしれない。
「…………正也君。ウチの亜里沙と仲良くしてくれるのは嬉しいし、君の事は信用してるんだけどね……いくらなんでも、初対面の女の子の頭を急に撫でるのは良くないと思うわよ?」
「―――!? ごめん亜里沙ちゃん、つい!」
すると、絢瀬先輩の方から威圧的なプレッシャーを感じて、俺は慌てて亜里沙ちゃんの頭から手を離した。
やっばい! 完っ全に今、亜里沙ちゃんを雪穂ちゃんと同じ扱いしちゃってたぞ俺! 反省反省……。でもそれにしても、俺も悪いんだけど初対面で馴れ馴れしく頭撫でただけでここまでの威圧感……実は絢瀬先輩、案外妹さん想いだったんだなぁ……。
すると、俺の手が離れた頭を名残惜しそうに自分で軽く撫でた亜里沙ちゃんは、俺の元からトテトテと走って離れると、絢瀬先輩の耳元まで近づいて何かを囁いた。それを聞いた先輩は軽く笑う。
「……ふふっ、まぁ良いわ。亜里沙がね、『日本に来て初めて、日本人の男の人に優しくされた』って言って喜んでるから、今回の所は大目にみてあげるわ」
先輩がそう言うと、先輩の隣で亜里沙ちゃんが恥ずかしそうに軽く微笑みながら、こっちに手を振った。
か、可愛い……! 流石先輩の妹さんだな、この年でもうこんなにも魅力的なんて……きっと成長したら、先輩と同じで男の目を釘付けにするような美人さんになるだろう。
……でも、それにしても良かった、あの亜里沙ちゃんの様子だったら、初対面で亜里沙ちゃんに嫌われるっていう最悪の事態にはならなかったみたいで。
俺はそう思って、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。
■ ■ ■ ■ ■
「そうだ、それにしても亜里沙ちゃんは日本語上手いですね。とても、先月日本に来たばかりとは思えないぐらいですよ」
「まぁ、私と亜里沙はロシア人のクォーターって言ったら聞こえは良いけど、お婆ちゃんがロシア人なだけで両親は普通に日本人だから、日本語はそれなりに両親から教わってるのよ」
「へぇ……じゃあ、先輩と亜里沙ちゃんはロシア語と日本語の両方が使えるって事なんですね! 凄いです!」
「まぁ日本語は、日本暮らしが長い私と比べて亜里沙はまだ怪しい所はあるけどね。でも亜里沙も日本で暮らすうちに、その辺りは慣れてくれるって思うわ」
亜里沙ちゃんの自己紹介や何やらを終えてしばらくした後、俺は、先輩と亜里沙ちゃんを家まで送る為に、2人に一緒について歩いていた。
その道中、俺と絢瀬先輩は亜里沙ちゃんの話題に花を咲かせる。
でも、当の本人である亜里沙ちゃんは、自分が話すよりも、楽しそうに話している俺と先輩を見るのが楽しいようで、話を聞きながらたまに相づちをうったり笑ったりしていた。
そんな話の中俺は亜里沙ちゃんのこれからの生活について訪ねると、嬉しい知らせを聞くことになった。
「――あ、そうなんですか! 亜里沙ちゃんは音ノ木坂中学に編入するんですね!」
「ええ、とりあえず亜里沙は今、学校の代わりにこっちで通信教育を受けていて、来年の中学二年生の新学期に、音ノ木坂中学校に編入する予定なの。だから、正也君が卒業した後に入学する形になるわね」
「うっ……卒業してからかぁ、せっかく面倒見てあげられると思ったのにちょっと残念です……。あ、でも雪穂ちゃんと同じ学年ですか! よっし、じゃあ俺に任せて下さい! 今度、雪穂ちゃんに亜里沙ちゃんの事を気にかけてあげてって、頼んでみます!」
「ありがとう正也君。でも、その雪穂ちゃんっていう子の迷惑にならないかしら?」
「大丈夫です! 雪穂はクールっぽい性格してますけど、案外面倒見が良い所ありますから、きっと快く引き受けてくれます!」
そう言って俺は自信満々に胸を張る。
確かに雪穂ちゃんは、姉の穂乃果とは違って常識人で若干冷めた態度を取ることが多い子だけど、それでも“あの”穂乃果の妹。胸の中にはしっかりとした熱い思いを秘めている女の子だ、亜里沙ちゃんを任せてもいいだろうと俺は判断する。
「―――ユキホ?」
「そうそう亜里沙ちゃん。雪穂は、俺が小さい時から知ってる妹みたいな奴なんだけどな、しっかりとしてて優しい良い子なんだ。同じ学年だから、困った時があったら頼ると良いよ」
「はい、ありがとうございます! ユキホって子……覚えておきます!」
亜里沙ちゃんは、こちらを信頼しきったような笑顔でそう言った。
それにしても、出会ってからそこまで経ってないのに、亜里沙ちゃんからここまで信頼してもらえるなんて――光栄だな。
よし、この信頼に応える為に、しっかり雪穂に話を通しておかないと。
亜里沙ちゃんの笑顔に同じく笑顔で笑い返しながら、俺はそう決心したのだった。
「ありがとう正也くん。送ってくれるのはここまでで大丈夫よ」
それからしばらく歩き、分かれ道に差し掛かった時、絢瀬先輩はそこで立ち止まって俺にそう言った。
うそだろ、もうこんな所まで来てたのか、まだ先輩と5分ぐらいしか話してた気がしないぞ? 楽しい時間はすぐ過ぎるっていうのはまさにこの事か……絢瀬先輩と話す時間が楽しすぎた。
「あ、もうそんな所まで来てましたか。いやぁ……先輩と話してると、楽しくて時間があっという間に過ぎてしまいますね……本当に、今日は会えて良かったです先輩!」
俺はそう思った素直な気持ちをそのまま先輩に伝えると、先輩は少し赤くなった顔を少し背け、困ったような
「……もう、君の事だからどうせ他意はないんでしょうけど、そういう言い方はあんまりしない方が良いわよ?」
「……? 何かダメな事でもありましたか?」
「ふぅ……いくら注意しても、ここだけは治りそうにないわね。
まぁいいわ、そういう素直な所も君の良い所だと私は思うから……じゃあ、今日は本当にありがとう正也君。また会う時があったらよろしく」
先輩はそう言って、亜里沙ちゃんの手を握って自分の家がある方向へ歩き始めた。
そんな先輩を見送って、自分も家に帰ろうと思ったその時―――
「――せ、先輩!」
「え……? 何、どうしたの?」
俺は、突然後ろ髪を引かれるような思いに駆られ、そのまま先輩の去る背中を呼び止めてしまった。
先輩は、穂乃果達と何も関係が無いから伝わる事は無いだろう。
ほんの少しだけ――少しだけ、先輩に相談してみても良いのかもしれない。
俺はそう思って、不思議そうにこちらに振り向く絢瀬先輩に、今まで先生以外に誰にも相談した事のない進路についての相談を、遠まわし気味に口にした。
「――先輩は、なんで今の高校に行こうと思ったんですか?
先輩は勉強が出来るし、生徒会長もやってたし内申点もとっても良かったはずです。
だから先輩は行こうと思ったら、どんな学校にも……例え、UTXにだって行けたはず……それなのに、なんで『音ノ木坂学院』に進学しようと思ったんですか?
その進路を選んだ理由を――先輩が高校に行く意味を……教えてください」
先輩は俺の言葉を聞いて、少し考えるような表情をしたまま、何も言わずに黙った。
そんな絢瀬先輩の表情を見て、言い方がまずかったのかと思い焦って言い直す。
「あっ! も、勿論、音ノ木坂学院がダメって言ってる訳じゃないです!
ただ……その……どうしてかなって思いまして……」
「――私はね、正也君」
「は、はい! どうぞ先輩!」
俺が発言を言い直していた時、突然言葉を発した先輩に俺は焦りながらもその先の言葉を促す。そして先輩はそのまま話しはじめた。
「正也君が、私に何を期待しているのかは知らないけど――今、私がオトノキに通っているのはそこまで深い考えがあったって訳じゃないわ。
私のママが、オトノキで過ごした学生生活が本当に楽しかった――とか、友達がたくさん出来てとっても良かった――っていう話を、ちっちゃな子供の時から聞いてて……だから、大きくなったら高校はオトノキに通おうって、その頃から決めてたの。
だから私はこの進路を選んだ――って、ちょっとありきたりな話になっちゃったわね、ごめんさい、大した話が出来なくて……」
「――いえいえ! そんな事ないです!
親が理由で自分の進路を決める――それは、とっても理解できますから」
俺は今の自分の進路を顧みながらそう言った。
やっぱり進路を選ぶ時に親を理由にするのは、何も間違った事じゃないよな。
だから、父さんと母さんの為に、高校に行かない選択をした俺の考えも、全く間違ってな―――。
「親が理由………そうね、言ってしまえばそういう事なのかもしれないわね。
でも、通ってみた今だから言えることだけど、親を理由にしなくても、今の高校に行って良かったって私は思えるわ」
「―――え?」
先輩の言葉に、俺はドキッしたような気持ちになって先輩の顔を見つめる。
「実際に音ノ木坂学院に通ってみて、分かった事が一つあるの。
それは、通ってる人たちが、みんな人が良い性格をしてるっていう事。
――実際、私の性格を知ってる正也君なら分かると思うけど……あまり人付き合いが上手くなくてクラスに馴染めていない私でも、未だに声をかけてくれる人がいる。
それに……まだ少し信じられない話ではあるけど、明るくて気さくな友達も……1人出来たわ」
「先輩に……友達……?」
「ええ……ちょっと変な関西弁を話す不思議な子だけどね……でも、いつも明るくて、そして、一緒に居て優しい気持ちにさせてくれる……とっても良い子なの。
だから……今は、こう思うわ。
音ノ木坂学院は私にとって大切な、机の上で学べる以上の何かを教えてくれる高校で……そして、それがいつになるかは分からないけれど、今はこんな頑固な私にも、かけがえのない“絆”をくれるかもしれない……そんな
そう、それが私が今の高校に通っている意味って言えるわね」
「かけがえのない人との繋がり……絆。それをくれるのが高校……?」
先輩の言葉に、俺はそう呟いたっきり二の句が継げなくなってしまった。
『絆』
この漢字一文字で表せるこの言葉には、多彩な意味があり、そして、人が生きる意味において、一番大切なものすべてがこの一文字に詰まっているのだと、俺の父さんと母さんは口を揃えて言った。
“人との繋がり”は、その後の人生において百億の富にも勝る――黄金以上の価値がある物があって、それはとても大切な物なんだと……そしてその繋がりは多ければ多いほど、その人の人生は光り輝くものになるのだとも言った。
……俺も、高校に行けば、今よりもっともっと多くの人との繋がりを得られるのだろうか……
――ダメだ、この思考の流れはいけない。
進学をあきらめた事に対する未練なんてないんだ。
決めたんだろ?
今まで俺を育ててくれた、どうしようもなく優しい両親の為に、俺は1人で自立して生きる道を選んだんだ――それが、俺の信じる“カッコいい”生き方だから。
一年前、ことりの件でオロオロ悩んでいた昔の俺とは違う―――。
今は、俺の信じる生き方を、ただ一直線に貫くって……決めたんだ……。
「――正也君? 聞きたいことはこれで終わりかしら?」
ずっと黙っていた俺に対し、先輩は心配そうにそう問いかけた。
「……はい! 大丈夫です! ちょっと変な事聞いちゃってすいませんでした!
じゃあ、姉妹水入らずの時を邪魔しないように、俺はこの辺で帰りますね!」
俺はそう言って踵を返し、その場から立ち去ろうとする。
その時、今度は先輩が俺を呼び止めるようにこう言った。
「正也君、そう言えば言いそびれちゃってたわね。
“生徒会長”の仕事、今日で終わったんでしょ?
……お疲れさま、ありがとう。
またさっきの相談だけじゃなくて、これからも困った事があったらいつでも聞いて――その時は、出来る限り力になるわ。それじゃあ、また会う事があったら」
「――っ! ……はいっ! またその時は是非お願いします……じゃあ俺はこれで!」
俺は先輩の言葉を聞いて、本当の意味で生徒会長をしていた一年間の努力が報われた気分になりながら、先輩に元気よくそう言い返して先輩達と別れた。
「高校に通う意味……かけがえのない絆を作る為……かぁ……」
その家路への道を歩く途中――俺は、そんな事を誰に聞かせるでもなく呟いたのだった。
ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
また、前回の投稿で高評価してくださった方
S水無月Sさん、ありがとうございました!
また、お気に入り登録してくださった方や、感想を書いて下さった方にも心からの感謝を……
では、誤字脱字や感想などがございましたら、是非お気軽に感想欄にどうぞです!