先輩とドラマチックな再会を果たしたあの日から、約一か月が経過した。
所属している部活での最後の試合を終え、部活を引退した人も増えて、段々とクラス内の生徒みんなの雰囲気も勉強モード一色に染まっていく。
そんな、年明けに受験を控えた受験生にとって大切な、冬休み前の勉強の追い込むべき時期に俺は――
「だから、その話は前もしたって言ったじゃないか。
「くどいです先生、俺は進学しないって何回言えば分かるんですか」
「なぜそこまで頑固なんだい? もしかして、僕には言えない何かの悩みでもあるのかい?」
「……ないです。そんな事はいいですから、俺はもう進路は決まってるので、この俺に割く時間を他の生徒の進路の相談に乗るのに使ってください、先生も暇じゃないですよね?」
未だに、学校終わりの放課後の職員室内で、担任の先生と平行線を辿る議論を続けていたのだった。
もう、この先生との話し合いも何度目になるのかも分からない。
俺は今月に入ってから、毎日ののように職員室に先生に呼び出され、最早話し合いとも呼べないような、子供の口喧嘩レベルにも劣る語彙の貧困な同じ言葉の応酬を繰り返している。
全く進展の見えない議論――いや、正確には俺が出した結論に、先生が全力で『待った』をかけ、議論を泥沼化させているに過ぎないのだけれど。
そんな、長引く話し合いでの俺のイライラからくる軽い皮肉を、先生は軽く笑ってスル―して言う。
「大丈夫だ、もう君以外の問題は全て問題ないよ。
ただ、ちょっと学力的な意味で
でも、園田さんと南さんと……そして、君も居るから何とかなるだろうとは担任として思うね」
「そうですか、俺達の事をそこまで高く評価してくれてとっても嬉しいです先生。……だったら、俺この後みんなと一緒に、穂乃果の為に海未の家に集まって勉強会やる予定なので、こんな不毛な話し合いなんてさっさと終わらせたいんですけど」
「それは織部君の態度次第だよ。もし進学する予定なら、もう進路を決めて動かないと本当にマズい時期だ。だから、今こうして放課後に君を呼び出して話し合いをだね――」
「―――だからッ! もう結論は出てるって言ってるじゃないですかッ!!
いい加減、先生おかしいですよ!? いくら俺が心配だからって、ここまでやるのはやり過ぎです! 俺は進路にも納得していて、もう就職先も決まってます! 先生や学校には何も迷惑をかけていません! なのになんで俺一人にここまでするんですか!?
生徒一人をここまで特別扱いするなんて……正直、『先生』としてどうかと思いますよ!?」
先生の言い草についに俺はカッとなって、職員室の先生のテーブルに手を思いっきり叩きつけて大声でそう叫んだ。もう、我慢の限界だった。
いくら褒められた進路だとは言えないとはいえ、全国レベルで見れば俺みたいな進路を選ぶ奴だって居るはず。それなのに、何故俺だけここまで先生に反対されないといけないんだ。
先生の反対さえなければ、このままの進路でまっすぐ進めたのに―――
と、そんなことを考える俺に、先生は真剣な顔でこう返した。
「……僕は、最初の日に言ったはずだよ。
『先生』としては君の決意を応援するけど、一人の『大人』としては簡単に賛成できない――ってね。
織部君、だから君は怒っても良いんだ。
だって――今僕が君にしつこくしているのは、正直言って
君を何とかして高校に通わせたいって願う――『先生』としてじゃない、『僕自身』の想いで行動してるんだから。
先生が個人の感情で行動するなんて……って、幻滅したかい織部君?
でも――君は学んだ方が良い。『大人』って生き物は、君が美化して考えている以上にカッコ悪くて――そして、ある意味自分勝手な生き物なんだっていう事を」
「は……? 何ですかそれ……?」
先生が俺の事を単なるワガママで今まで振り回していたのだという事実を知り、俺は愕然として二の句を継ぐことが出来なかった。
そんな何も言えない俺に対し、続けて先生は言う。
「それに、僕をあんまり舐めてもらっちゃ困るよ?
これでも君とは、担任として中学一年生の時からのそれなりに長い付き合いだ――君が何かを隠していることくらいは分かる。正也君、君が高校に行かない理由は『ただ働きたい』ってだけなのかい? それだけじゃなくて……もっと他に理由があるんじゃないのかい?」
先生はハッキリそう言い、俺の目を真っ直ぐに見つめる。
その先生の目線に、俺は
「織部君……君は素直な良い子だ。
今こうして直球を突かれただけで、動揺してるのが丸わかりじゃないか。本当の事を言ってくれ、僕は君が無理を言ってるように見えて仕方ないんだ……!」
「――もう話は十分です先生! ……じゃあ、海未の家でみんなが勉強しながら待ってるんで、俺そろそろ帰らせてもらいます!」
それ以上を聞いてしまえば、俺の中の何かが揺らいでしまいそうな気がして、俺は思わず先生の言葉を遮るようにそう言い、勢いよく椅子から立ち上った。
「待ちなさい織部君!」
「待ちません。――先生は言いましたよね? 先生は『先生』としてじゃなく、一人の大人として行動してるんだって。だったら、俺も『生徒』として先生の
「――織部君、聞いてくれ! 進路決定の期限はギリギリまで待てても、来週の月曜日の放課後までだ! 今日は金曜日――つまり
明後日は日曜日だ、君は『両親とも仕事で忙しいから』って言って三者懇談を今まで断って来たけど、流石に祝日は休みだろう!? ギリギリだけど、今からならまだ間に合う! 両親の方に学校に来て貰って、一緒に君の進路について話し合おう! その為なら僕は―――」
「話し合いの必要はありませんので、先生は休日は家でゆっくり休んでてください!
では、今日は失礼しました!」
俺は先生との会話を強引にそこで切り、職員室の戸を開け廊下に出る。
そして扉を後ろ手に閉め小さくため息をつきながら、俺は小声で先生に聞こえないように謝罪の言葉を呟く。
「……すいません先生。でも、先生に話すわけにはいかないんです。だって、本当の理由を言えば、先生は父さん達に連絡するでしょう?
父さんにこんな事知られたら、反対されるのは目に見えてる……だから、
普通の家の父親ならいざ知らず、俺の父さんの性格は物凄く特殊な部類に入る。
それは、自分が誰かの為にその身を犠牲にすることは許せても、他の誰かが自分の為に身を犠牲にすることを心から嫌う、どうしようもないぐらいの
事実、今頭を悩ませている借金の原因を作った、父さんと母さんの共通の恩人であるらしい、
『俺があの人の代わりに借金を返せば、あの人はもう借金で困る事は無いよな! よっしゃ頑張るぜー!』
――と言い、その人を
だからこそ俺が『父さん達の為に高校に行かずに働く』と言えば、烈火のように怒って反対される結果になるのは火を見るより明らか。
だから俺はある意味、穂乃果達にこの事実を知られる以上に、父さんにこの事を知られないように頑張ってきた。
三者懇談の案内の用紙など、親の承認が必要な書類には、家の印鑑をバレないように取って、勝手に確認の欄に
もう、ここまで来たら後には引けない。俺は、何としてでも最後まで父さんと母さんには俺の進路を隠し通す気でいた。
「さて――用事も終わったし、そろそろ海未の家に行って穂乃果に勉強教えないとな……」
俺はそう言い、教室に置いてある鞄を取りに戻ろうと歩きだしたその瞬間だった。
「正也、高校に進学しないって……一体、どういう事なんですか?」
聞き慣れた凛とした声が響く。
その声に、俺は反射的に声の方を向く――するとそこには、怒ったような目をしてこちらを見つめる海未が立っていた。
「あ……う、
「穂乃果が、『最近正ちゃんと一緒に帰ってないから、今日は待って一緒に帰りたい』って、どうしても言うものですから……私が正也の様子を見に来たんです。丁度、数学の問題で分からない所の質問が先生にありましたから、その質問のついでにって思って。
そしたら、職員室前で正也と先生の言い争う声が聞こえてきたんです……さて正也、一体どういう事なのか……聞かせて貰いますよ?」
強い口調でそう言い切り、こちらに拒否権を与えさせないような鋭い目つきで俺を見る海未に、俺はこの場から逃げる選択肢がないという事を静かに悟ったのだった。
「……わかった、わかったよ海未。ここじゃなんだから、ちょっと空いてる教室にまで来てくれ」
「はい……嘘や誤魔化しは無しでお願いしますよ、正也」
■ ■ ■ ■ ■
その後俺は、近くの空き教室にまで海未を連れて行き、そこで俺の事情を全て話した。
――そう、
話してしまったのは、俺の抱える事情について問いただす海未の迫力を前に、隠し事が何も出来なかったというのもあるが、もうバレてしまったからには……という、ある種の開き直った気持ちと、海未なら口は堅いし信頼できるという想い。
そして、いつも毎週竹刀を合わせて競い合う
「そう……だったんですね、
そんな俺の抱える事情の全てを聞いた海未は、ショックを受けたような表情を見せた後、少し怒ったような表情で俺を見た。
「ごめん……黙っていたことは素直に謝るよ。
でも……海未達や
「心配をかけたくないって……なんですかそれは! 正也にとって私は……私達は、困った事も相談できないような、そんなどうでも良い存在だったんですか!?」
俺の言葉に反応して、そう言う海未に、俺はほぼ反射的に口を開いて言う。
「――そんな事ある訳ないだろッ!?」
「……っ!?」
海未は突然の俺の大声に、びっくりしたように目を開いて黙った。
「大切だったから……言えなかった。もし相談して解決出来る事だったら、俺だってすぐに相談したよ? でも、相談してもどうにもならないから……お金のことなんて、俺達みたいな子供じゃどうにもできないだろ?
だから、相談しても皆にただ心配かけるだけになっちゃう……それぐらいなら、いっそ黙っておこうって、俺は決めたんだ。だから、海未が……みんなが頼りにならないから黙ってたわけじゃ絶対ない……俺にとってみんなは何よりも大切な存在だよ」
俺はそう言い切り、海未の目を真っ直ぐ見る。
これが俺の嘘偽りのない言葉だと、真剣に海未に伝える為に。
「――はぁ、正也らしい理屈ですね……ズルいですよ。そんな真剣な顔で大切な存在だと語られてしまえば、私はもう何も言う事が出来なくなってしまったじゃないですか」
海未は軽くため息をついた後そう言うと、困ったように少し照れながら笑った。
良かった……何とか海未に想いは通じたみたいだ。これでもまだ説得出来ないんだったらどうしようかと思った。
「海未……ありがとう。でも、今まで黙ってて本当にごめんな……」
「――もう良いです。それに、思いこんだら一直線、相談もなしに一人で突き進む――穂乃果と全く同じようで正反対のその性格にはもう慣れました。どうせ正也はこの後私に『この話はみんなには黙っておいてくれ』――って頼むのでしょう?」
「……あはっ、あははははは! やっぱり海未には俺の考えはお見通しかぁ……参ったなぁ、なんで俺は今までこんなエスパーみたいな幼馴染相手に隠し事が出来ていたんだろうな」
俺は、海未の俺に対する行動の分析能力の高さに、内心で両手を上げて降参する。
多分、俺はこれからの一生、この強敵の幼馴染相手には心理戦で勝つ事は無いだろう――でも、負ける気もしない。それが俺と海未の関係なんだと、俺は心から思った。
「ただ、これだけ確認させて下さい正也……響也さん達の為に高校進学の道を蹴り、働いて自立する。それが……正也のやりたいことなんですね?」
だから俺は、そんな海未の確認の問いかけに、迷わずこう答えた。
「ああ、それが俺のやりたいこと。誰に反対されたって……海未、例えお前に反対されたって、やるって決めたことだ」
俺がそう宣言すると、海未は俺の顔をじっと見つめた。
そうして、俺にとって数時間の間にも感じる十秒かそこらの時間、海未は俺の顔を見つめ続けた。その後、ようやく海未は口を開く。
「どうやら……嘘はついてないみたいですね。その決意が正也の本心なら……私は、反対しません。頑張って下さい、正也」
「え――――?」
俺は、海未の応援の言葉に思わずびっくりする。
海未の事だ、高校に行かないのはダメですよ正也――と言われ、思いっきり反対を受けるに決まっていると思っていたからだ。
「な、なんですか正也、そんな驚いたような表情は……」
「い、いや……反対しないんだなぁ……って思って」
「いえ――確かに高校は行った方が良いと私は思いますが、でもそれは私の考えに過ぎませんし、人によって考え方は様々だと思います。ですから、そんな事より私が一番許せないのは、正也が自分の意志に嘘をつくことです。もしさっきの質問で正也が嘘をついている素振りを見せていたら、私は迷わず正也の頬を引っ叩いて反対していました」
「あ……危ねぇ……! 危うくやられるところだったのか俺!」
俺は物騒な発言をする海未に、両頬を両手で挟んでガードしながら数歩後ろに下がった。
ヤバい、あの目は
流石、身内に厳しく自分に妥協を許さない――俺の自慢の幼馴染だな全く。
「だ、だから、やらなかったじゃないですか! そんなに警戒しないでください……そこまで、正也は私の事を暴力的な女性だと思ってたんですか? ちょっと私……ショックです」
「ああ、ゴメンゴメン冗談だって! 海未は理不尽な暴力は絶対に振るわない、優しい女の子だって俺は信じてるよ」
俺の反応に、傷ついたように顔を俯かせそう言う海未に、俺は慌ててそう言ってフォローを入れる。
うん、ちょっとオーバーに怖がり過ぎたかな。いくら潮さん仕込みで剣道の腕や格闘術の心得があるとはいえ、いきなり理由なく暴力を振るうような奴じゃないよな海未は―――
「いえ、冗談でもすぐに暴力を振るう女性のレッテルを貼られて私は傷つきました。
――という訳で正也、やっぱりその頬を引っ叩かせて下さい」
「おい、俺の信頼返して!?」
―――と、反省しかけた直後の海未の冗談交じりの熱い手のひら返しの発言に、俺は全力でツッコむ。
すると海未は楽しそうにクスクス笑い、俺はそんな海未につられ、気が付けば自然と笑っていた。――そう言えば、こんな風に笑うなんて久しぶりだな俺。
ああ……やっぱり、一緒に居るだけで笑顔になれる親友って存在って大きいな……分かっては居たけど、今改めて実感したよ。
そんなこんなで、海未との話し合いを和解で終了させた俺は、その後、穂乃果とことりが待っている教室に戻るために、空き教室を二人で一緒に出た。
「ああ……そんなに長く話してるつもり無かったけど、十五分も話してたんだな……二人とも待っててくれてるかな?」
「大丈夫です。正也の様子を見に行くとは別に、私が先生に数学の問題を質問する用事があるので、もしかしたら長引くかもしれないと二人には言ってありますから」
「――あっ、そう言えばそうだったな! ごめん、俺のせいで先生への質問の時間なくしちゃって……」
俺は海未の発言で、海未が職員室に来た本来の意味を思い出し反射的に謝る。
すると海未は、少し胸を張って誇らしげな様子でこう言った。
「良いんです……明日にでも聞ける数学の問題の解説なんかより、私にとっては正也の事の方が何よりもずっと大事です。だから、気にしないで下さい」
俺はその言葉に、思わずドキッとなってしまって海未の顔を見つめる。
多分、海未は天然で言ってるんだろうなぁ……この手の発言。
流石下級生の間で、『お姉さま』との呼び名で名高いだけの事はある。俺もこんな風なイケメン台詞、自然と言えるようになりたい……ああ、流石俺のライバル。負けたくない所がまた一つ増えちゃったな。
「そ、そうか……そんなに俺の事が大事なんだ……だ、大胆だな海未……思わず照れちゃったじゃん……」
俺はそんな海未を、からかい半分悔しさ半分の気持ちで、そう言って
「えっ―――――あっ!? ちっ、ちちちちち違いますっ! 今の言葉はそういう意味では全く――い、いえっ! 違わないと言えば違わないと言いますか何と言いますかぁ……あああ! 私はなんて事を……!!」
俺の言葉の意味を理解した海未は、顔を真っ赤にしたり、真っ赤になったと思えばすぐに真っ青になったりして、百面相のようにコロコロその表情を変えた。
俺はそんな海未の史上最高に面白い恥ずかしがり様を見て、さっき沢山笑ったのにも関わらず、また笑いがこみ上げてくる。もうなんか……色々可愛いな、俺のライバル様は。
そんな恥ずかしがりな海未に助け船を出すように、俺は真面目な話題を振る。
「それにしても、さっきは俺の話を無理やりにでも聞いてくれてありがとう海未……ちょっと俺、色々難しく考えこんてて気分が暗くなってた。でも、今はスッキリした気分……海未のお陰だ……本当にありがとう、海未」
「はぁ……はぁ……そんな、私は何もしてません。ただ私は、正也の隠し事に怒って衝動的に行動しただけですから……」
「それでも俺にとっては助かった。だから、お礼言いたくてさ……それだけ」
さっきまで騒いでいた影響か、息を切らせながらそう言って遠慮する海未に、俺は有無を言わせないようにそう断言する。海未のお陰で気が楽になった事実は事実だったからだ。
「じゃあ素直に、どういたしましてって言わせて貰いますね――このお礼はまた別の形で返して下さい、正也」
「了解。お願いだったらなんでも聞いてやるよ! 何が良い?」
俺は明るく笑いながら胸を張ってそう言った。
―――でも海未は、俺の言葉に少し寂しそうに笑ってこう返した。
「では正也……女装してでも良いですから、私達と一緒に音ノ木坂学院に通ってください。
中学を卒業してしまったらもう正也と一緒に、こうやって廊下を歩けないのは私……寂しいです」
俺は海未の言葉に、心の痛い所を全力で突かれたような気持ちになって一瞬固まる。
「…………ごめん、海未。それは無理……ごめん」
心の痛みで上手く動かない口を、一生懸命に動かして俺は海未に何とかそう返した。
馬鹿――もっと上手い返しは無いのかよ俺。
「ふふっ―――冗談です、そんなに悲しそうな顔をしないで下さい。正也が『なんでも』って言ったから、つい意地悪を言ってみたくなってしまいました」
「でも……海未……お前……」
「それ以上を言わないで下さい正也。
私達は音ノ木坂学院に行き、そして正也は別の進路に行く――それが、私達の間で決まった結論じゃないですか」
そう言って明るく笑う海未の表情だが、俺は何処か無理をしているように感じて、それ以上を言う事が出来なかった。
――『あれ』が起こったのは忘れもしない、俺達が三年生になったばかりの最初の時期。
受験生だと自覚させる事を目的として配られた、軽い進路希望アンケート用紙を見て、穂乃果が涙目で俺達に言った言葉から始まった、あの
『穂乃果……音ノ木坂学院に行くのやめる。
ねぇみんな……この四人で一緒に通える、どこかの共学の公立校に行こう?
中学卒業したら、正ちゃんだけ離れ離れになんて……そんなの穂乃果やだよぉ……!』
その言葉が始まりで俺達四人の意見は割れ、半分口喧嘩に近いレベルの話し合いを繰り広げた。
穂乃果の意見に、真っ向から反対したのは俺ただ一人。
海未は俺の意見に理解は示しつつも、心情的には穂乃果寄りという、実質賛成側に近い、中立の立場に立つ。
そして――中立の側に立ってくれると俺が思っていた、唯一の頼みのことりが、完全に穂乃果の意見に同調するという最悪の事態が起こった。
本当に今から思っても、あの実質的な三対一の不利な状況から、皆を説得しきれたというのは、もう奇跡レベルに近い物を感じる。
今、当時と同じような事をやれと言われたら、きっと絶対無理だと俺は断言できる。
「そう言えば、今分かりました。
正也があの日、何故、私達の意見に反対の立ち位置に立ち続けていたのか……正也、あの時にはもう、自分は高校に行かない事を決めていたんですね。道理で頑固だと思いましたよ」
「まぁ……バレちゃったらすぐに分かるよな、そう、海未の言った通り八割はそういう理由であってるよ。あとの二割は……そうだな……」
海未にそこまで言って俺は、まだ小学生だった頃の穂乃果の言葉を思い出す。
『ああ……やっぱり大人っぽいなぁ……すごいなぁ……。
穂乃果、絶対大きくなったらオトノキに行って、あんなお姉さんになるんだぁ……えへへ……!』
「単純に……穂乃果が昔の自分の想いを曲げる所を、見たくなかっただけなのかもな……」
俺がそう言うと、海未は共感するように軽く頷く。
「そうですか……今ならその気持ち、分かる気がします。
正也……あの時あなたが言った、『例えどれだけ離れていたって、俺達は絆で繋がった親友だ』って言葉――私は、信用してますからね」
「ああ……我ながら恥ずかしい事言ったなぁ……でも、信用してて良いよ海未。
例え世界のどこに居たって俺達は親友だ。その想いに――嘘は無いから」
俺がそう言うと、海未はようやく機嫌を戻したように軽く笑った。
「そうですね……暗い話になってごめんなさい正也。もう流石に心配してると思うので、早く穂乃果とことりが待っている教室に戻りましょう。今日は、穂乃果の学力をオトノキの合格圏内にまで持っていく為に、ことりと共に三人でビシバシ教えないと」
「そうだな……海未は国語、俺は数学の基礎、そしてことりも合わせて三人がかりで英語を教えるぞ! 泣いても笑っても受験日は待ってくれないからな……!」
そう言って、俺と海未は速足で二人が待つ教室に向かい、教室内で「二人とも遅いよ~」と軽く文句を言う穂乃果と、一緒に待ってくれていたことりと合流して、そのまま海未の家に直行したのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
海未の家で、結局夜遅くになるまで穂乃果の勉強を教えてから家に帰った俺は、夜の十時半を過ぎた頃に家に帰る事になった。
「ただいまー。ごめん夜遅くなっちゃって、皆と一緒に勉強会してたー」
「ニャ~ン!」
「おお~クロただいま~! そうだ、海未の家で余ったご飯を
足元にすり寄る飼い猫のクロの手厚いお出迎えを受けながら、リビングのドアを開ける。
そこには、真剣な顔でテーブルの椅子に座って腕を組む父さんの姿があった。
そんな、どこかいつもとは違う様子の父さんの姿を見て、俺は少し不思議に思いながら声をかける。
「あ、父さん、帰ってたんなら返事してよー。今日は残業で居ないのかと思っちゃったよ。
そういえば母さんはどこに居るの? 今日は確か夜勤が無い日だから帰ってると思ってたんだけど……?」
「母さんは一時間ぐらい前に、急に
「……ああ……そうなんだ……いや、何でもない……日与子さん、俺の母さんに何の用だろね……?」
俺は父さんとそんなやりとりをしながら、父さんの様子が明らかにおかしい事を察し、段々と声のトーンを落としていく。
その後何も話さない父さんと、沈黙のまま五秒ぐらい見つめ合った後、俺は意を決して口を開く。
「ねぇ……父さん。今日何かあっ―――」
「正也……まぁ、立ち話もなんだ、とりあえずそこ座れ」
父さんは俺の言葉を遮ってそう言い、今座っている自分の前のテーブルの席を指で指す。
「ど、どうしたんだよ今日は父さん? よ、様子おかしいって……」
――ようやくこの時点で、父さんが何故こんな様子なのかを悟ってきた俺は、震える声で父さんに向かってそう問いかけた。ほんのわずかな、
何故だ、なんで父さんが知ってる?
俺はパニックになりそうな頭をフル回転させて、父さんに『知られた』理由を検討する――
―――ギリギリだけど、今からならまだ間に合う! 両親の方に学校に来て貰って、一緒に君の進路について話し合おう!
すると、今日先生が職員室を出ていく俺に向かって言った、最後の言葉を思い出した。
ああそうか、電話か……やっぱりそうだよな……先生が電話しない可能性に今まで賭けてたなんて、なんてそんな甘い考え、通る訳ないもんな……やっぱ馬鹿だな、俺。
そんな事を考えて、俺は動けずその場に立っていると―――
「何そこに立ってるんだよ正也、
そんな静かな怒気を帯びた言葉と共に、父さんの全身から刺すような威圧感を感じた。
俺はそれを受け、黙って父さんの正面のテーブルの席に座る。
座りながら俺は、足元から気が付けばクロが居なくなっているのに気が付いた。きっとクロは、この場がこれから鉄火場になるのを本能で感じ取ったんだろう。
そして父さんは、ゆっくりと重々しく口を開いた。
「正也、高校進学しないってどういう事だ――何で、黙ってた?」
俺は――中学に進学して色んな事があったと思う。
友だちを沢山作ったり、心から尊敬できる先輩が出来たり。
いっぱい喧嘩したり、生徒会長として頑張ってみたり。
ことりを酷い目に遭わせようとした最低の先輩をぶっ飛ばしたり。
取材取材とうっとおしい後輩が出来たり、時々猫みたいな可愛い後輩が出来たり。
仲が良かったクラスメイトに、学校に登校できなくなるような心の傷を負わせた部活の部長を取り締まったり―――そう、本当に色々あった。
そうか……きっと今この場が、俺にとって中学校生活の『最終ステージ』。
最後に立ちはだかるのは、俺が心から尊敬する
「ああ……そうだよ、俺は中学を卒業したら働く。
そしてそれは、父さんに反対されても曲げない俺の意志だ――文句あるか?」
―――上等だ、だったら正面突破してやるよ。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
次回で色々決着がつきます。
では、また次回お会いしましょう