「――はぁ、そうだったぁ……ちゃんと手続き取って職員室の事務科に連絡すれば通してもらえるんだった……もう、無駄に時間使っちゃったわ……」
「まぁ……げ、元気出して下さいよ
真姫と喫茶店で話した帰り道、なんとなく気分で寄ったUTX学園でUTXの生徒である綺羅ツバサと名乗ったお姉さんと出会って早数分――俺は何故か、年上のお姉さんを本気で慰める必要に駆られるという異常事態に陥っていた。
でも気持ちを考えるならそれもわかる気がする。だって綺羅さんは秋葉原の駅からここまで長い間の時間、生徒証を探し続けたのだ。その苦労が無駄と知ったら落ち込むのも無理はないだろう。
落ち込んでいる綺麗なお姉さんを目の前にし、なにもせずに帰るなんてカッコいい男を目指す俺としてあってはいけない事。
だから例えいくら時間がかかっても何とか綺羅さんを励まさなければ――と、俺は思ってしまったのだ。
ちなみに弁明の為に言っておくが、これはあくまでも俺の善意による行動であり、こうして綺羅さんに優しく接する事によって、あわよくばこの綺麗なお姉さんとお近づきになりたい――という下心は俺には全く無い。
うん、無いよな俺?
まぁしかし、そんな俺の長期戦を見据えた純粋な善意からくる決心を無に帰すかのように、綺羅さんは俺の言葉を聞いて、元気を取り戻したようなスッキリとした顔になって言った。
「まぁ……うん、そうね、よく考えればそうだったわ。過ぎた事を言っても何も始まらないか……よし、さっさと切り替えていかないとね!」
「そ、そうですそうです綺羅さん! 一度や二度の失敗でクヨクヨしてる暇なんてないですよ! 張りきって今日も一日頑張りましょう!」
俺は綺羅さんの立ち直りの速さに少々面食らったものの、同時にそんなポジティブさにどこか穂乃果の面影を重ねてしまって、綺羅さんの人柄に好感を感じた。
そんな綺羅さんを見ながら、俺は前に
『おい、コケにすんのもいい加減にしろよ女ぁ……! あの古臭い“オトノキ”通いの貧乏人風情がぁ!』
……今まで俺はUTX学園に通ってる人達は、全員嫌な奴だと思ってたけど……綺羅さんみたいな人も居るなら、学園の全員が全員性格ねじ曲がってる奴って訳じゃないみたいだな。
あの一件の所為で、俺はUTX学園の生徒に悪い印象しかなかったけど、そういう先入観を壊す意味では、俺は綺羅さんと出会えてよかったかも。
「ありがとう、おかげさまで元気出たわ織部君。
それにしても君……初対面の私に随分優しくしてくれるのね。ひょっとして、さっきも私の事可愛いって言ってたし、本当に口説こうと思ってたり――」
すると、さっきまで落ち込んでいたのが嘘のように明るくそう言う綺羅さん。
いやいや、頼むからやめてほしい。例え冗談でも、俺をそんな駅前とかでよく見かけるナンパ師と一緒にされたくない。
「しっ、しませんよそんなこと! た、確かに俺は女性の好みで年下か年上どっちが好きかと問われましたら、年上のお姉さんが好きだと迷わず答えますけど……そんな下心とか全くないですから!」
俺がそう言った瞬間、綺羅さんは口元を抑えて笑いを堪え始めた。
あれ、綺羅さんは何で笑ってるんだろう? ――ってあれ? よく考えてみたら、『年上の人が好き』って自分で口滑らせときながら、下心無いって言っても全然説得力無くないか俺!? 要らない事言っちゃったよ俺!
俺は思わず頭を抱えた。
そんな全力で恥ずかしがる俺を見ながら綺羅さんは、面白いオモチャを見つけたかのようにイタズラっぽい笑顔で軽く笑いながら言った。
「ふふっ、ふふふふっ……! 君、思った以上に面白いし可愛いわね……へぇ~そうなの? 織部君は年上のお姉さんが好きなんだ~? ねぇ、だったら私は君の好みのタイプだったりした? よかったら教えて?」
「い、いや今さっき言ったのは違くて……もう! からかわないで下さい綺羅さん!」
そう言って一層からかいの色を強めて笑う綺羅さんに、俺は耐え切れずにそう言い返した。
くそぅ……ああそうですよ! 俺は絢瀬先輩みたいに頼りがいがあって、綺麗でカッコよくて、包容力がある年上の女の人が好みですよーだ! 年上のお姉さんの美しさと魅力は最早
俺はそんな言葉を口には出さず内心でヤケクソ気味に綺羅さんにそう吐き捨てた。
全くもう、綺羅さんは俺の事、初対面なのに優しいって言ってくれたけど、綺羅さんは逆に俺に対する態度がフレンドリー過ぎないか!?
なにこれ、この初対面から距離を一気に詰めてくるこの感じ……どっかで視たことあるぞ。
これはまるで……そうだ。まるで
「ふふっ……いや私、今まであんまり男の子と話した事なくてさ。
だから君は優しくていい子そうだし、これから男の子と話す事が多くなるだろうから、その時の為の練習にしちゃったんだよね……ゴメンね、ありがとう織部君!」
「れ、練習ってなんですかそれ……はぁ、まぁからかわれて遊ばれるのは慣れてますし、全然気にしてませんから良いですよ」
そう言いながら全く悪びれもせずに明るく笑う綺羅さんに、俺は文句を言う気がうせてしまって、軽くため息交じりにそう返した。
「へぇ……優しいのね織部君は。そういえば女の子のお茶目を笑って許せる男の子はイイって友達から聞いたことがあるわ、あ、わかった! きっと君モテるでしょ、私の勘がそういってるわ」
「ええ……そんな事ないですって、俺全然カッコよくないですし、モテてるなんてある訳ないじゃないですか……」
「えーそうなの? 君、普通にカッコいいと思うんだけどな……駅前に居て女の子から声をかけられててもおかしくない位」
「いやいや、逆ナンなんてされた経験なんてもっとないですって……まぁ、カッコいいって言ってくれるのは嬉しいので、お世辞として受け取っておきますけど」
俺はそう苦笑いで返しながら、年齢イコール彼女いない歴という輝かしい俺の恋愛遍歴を思い返して軽く落ち込んだ。
まぁ良いんだけどな……彼女を作るために努力してるならまだしも、彼女欲しいとも考えていないから居ないも当然。それに俺なんてまだまだカッコいい男目指して日々努力中の身。まだまだ彼女なんて作っている暇など無いのだ。
「ふーん、絶対モテてると思ったんだけどな。……君が、気づいていないだけだったりしない?」
「ないです。綺羅さん、もう生徒証の問題は解決したんですし早く学校行ったらどうですか?」
軽く真面目なトーンでそう言って疑ってくる綺羅さんに俺はそう答えた。
全く、何時まで俺を男の子との会話の練習相手にしてるんだろうこの人は……学校行く用事あるんだったら早く行ったらいいのに。
まぁ俺としては綺羅さんみたいに、パッチリ開いたエメラルドグリーン色の両瞳が綺麗で前髪から覗く少し広いおでこがチャーミングな、可愛くて綺麗なお姉さんに話かけて貰えるのはとっても嬉しいのだけれども、綺羅さんの事を考えると注意しない訳にはいかなかった。
「ああ、ごめんねちょっと勘違いさせちゃって――私、“あれ”が終わるまでここに居たかったのよね」
すると綺羅さんはそう言って、大音量で音楽が流れているUTX学園の校舎ビル前の大画面モニターを見上げる。
そのモニター内には未だライブで踊るA-RISEの姿があった。
綺羅さんはそんなモニターを真剣な表情で見つめたまま、何も言わず黙ってしまう。
そんな綺羅さんにつられるように俺も同じ方を見つめ――そして、思わず意識を釘付けにされた。
モニター内の
――驚いた……今までUTX学園の紹介パンフレットだけで知ってただけで、A-RISEのライブを真剣に見たことが無かったけど、まさかここまでスゴイものだったなんて。
こんなの、
そう思って、俺は未だに目線がA-RISEのライブに釘付けな綺羅さんに声をかける。
「綺羅さん……もしかして、A-RISEのファンなんですか? だったらごめんなさい、今まで俺、知識だけで知ったような口を叩いていて……今まで軽く見るだけだったんですライブ。いま初めて真剣に見たんですけど、こんな凄い事やってたんですねA-RISEって……こんなの、誰だって憧れますよ」
真剣にライブを見る様子を見て、綺羅さんがA-RISEの熱心なファンなんだと確信を持った俺は、さっきまで自信満々に誌上だけのニワカ知識をひけらかしてしまった事申し訳なく思って謝った。
すると綺羅さんは、そんな俺の言葉に何故か不意に笑いながらこう返す。
「ファン……ねぇ……ふふっ、おっかしい……。
ごめんね、気を使ってくれたところ悪いけど――
綺羅さんはモニターを見上げる目線はそのままに、何故か好戦的な笑みを浮かべる。
その瞬間、俺は周りの気温が一気に五度ぐらい下がったような感覚を覚えて身震いした。
その寒気の理由は明白……目の前に居る綺羅さんに、さっきまで消え失せていたはずの周りを威圧するような謎の気迫が戻ってきていたのだ。
そんな綺羅さんに思わず圧倒されて黙ってしまいそうになったが、そんな自分の怯えを何とかねじ伏せながら俺は口を開いた。
「逆って……もしかして綺羅さん、A-RISE嫌いなんですか?」
「いや、嫌いとかそういうんじゃないの。
ただ、そうね……
「え……“スクールアイドル”について、ですか?」
「そう。率直に言ってくれていいわ……君の意見が聞きたいの」
そう言って綺羅さんは俺の目を真剣な表情で見た。俺はA-RISEの話から急に話題のスケールが大きくなったのについ戸惑ってしまい、思ってることを本当に言ってしまっても良いのかと迷いながらも、恐る恐る口を開く。
「そ、そうですね……トップレベルの“スクールアイドル”って言われてるA-RISEの躍りとか歌とか見て聞いて、確かにその言葉通りですごいって今思ったんですけど……その――」
気分を悪くさせてしまったかもしれないと思って、そこで俺は言葉を切って綺羅さんの反応を窺う。すると綺羅さんはまったく不快な表情一つせず、真剣な表情のままで俺の次の言葉を待っていた。
ああもう、そんな真剣な目されたら気を使うのが馬鹿みたいに思えて来た……本当に思った事言っちゃっていいんだな……!
そう思い俺は、どうにでもなれという気持ちで言った。
「――正直、何でこんなのが良いんだろうって思いました」
「へぇ……言うじゃない。その理由を教えてくれないかしら?」
綺羅さんはそう言って俺に言葉の続きを促した。
なんだよその言葉……怒ってるのか試してるのかどっちなんだよ。
そう思って俺は一瞬戸惑ってしまったが、一度言った言葉を撤回するのはカッコいい男として失格だと決心し、その理由を綺羅さんにまくしたてるように続けて言った。
「確かに歌やダンスは上手いです。
でも本当にそれだけって感じで、なんというか……伝わってくるものが無いんです。
こんなのがスクールアイドルのライブだって言うのなら、まだ家でテレビをつけて音楽番組に出てくるプロのアイドルのライブ見てる方がずっと良いです。
――それに、他の学校でこのやり方をマネする所が出てきて、段々全国的に広まってきてる動きもありますけど、まだまだそれは限定的で、“スクールアイドル”っていう言葉自体知らない人の方が世間的には多いです。
俺だって、UTX学園のパンフレットを読まなかったら、そんな言葉自体聞きもしませんでした。
そんなスクールアイドルの低い知名度に比べたら、まだ地方のご当地アイドルの方が世間一般的にはその存在を知られています。
だから正直スクールアイドルは、ただ学校の宣伝になるってだけの……『高校生が学校でアイドルをやる』っていう物珍しさだけを売りにしてるアイドルだなって思いました」
そう言って、俺は長い言葉をそこで区切る。
――キツイ言い方になっちゃったけど、今のご時世の『スクールアイドル』という存在に対する世間一般的な扱いは現実的に言えばそんなもの。
この秋葉原の街中でスクールアイドルと言えば誰もが知ってる言葉ではあるけど、ちょっと県外に出ればその言葉を知る者はほとんど居ないという、非常に限定的な知名度の存在だった。
ヤバイ、ちょっと本音出しすぎたかも。事実だけど流石にちょっと言いすぎたかな……綺羅さんを怒らせちゃったらどうしよう。
俺はそんな事を考えながら、綺羅さんの反応をハラハラしながら待ってしまう。すると綺羅さんは
「――驚いたわね。モニターを見てる真剣な横顔を見て、意外と
怒った様子も無いどころかむしろ、好戦的な笑みを崩さずこちらに向けてそう言った。
よ、よかった……とりあえず怒ってないみたいで。
――というかそれよりもむしろ、年を誤魔化してるなんて思われるなんて思わなかった。そんなに大人っぽい考え方してたのか俺……そう言えば父さんにも似たような事言われたような気がする。
もしかしたら俺、父さん達の借金の件でつい最近まで無理に頑張って、その責任を肩代わりしたいってずっと考えてたから……いつの間にか、現実的な考え方が身についちゃったのかもしれないのかもな。
そう思って俺は自己分析を済ませた後、綺羅さんに言う。
「いえいえ、俺はちゃんと中学生です。ただちょっと事情があってこんな冷めた考え方を覚えちゃって……普通に、夢とか理想を信じた前向きな考え方も出来るんですけどね……あはは……」
「ふーん……君の事情には深く踏み込む気は無いけど、そういう『夢』と『現実』の二つの物の考え方が出来るっていいわよ――そういうの、リーダーに向いてる考え方だから」
「そんな、俺はリーダーなんて向いてないですよ……生徒会長やってた時期もありますけど、その時だって周りの皆に助けて貰ってばっかりでしたもん俺」
「成程、自己評価は低いのね……まぁ、織部君がどう思うのは勝手だけど、私は君の事を見ててそう思ったってだけ。
でも私、人を見る目には自信あるから、それなりに信用してくれると嬉しいんだけどね――」
と、そこまで言って綺羅さんは言葉を止めた。
なんだ? 一体急にどうしたんだ……?
俺がそんな心配をしかけた瞬間、綺羅さんは不敵に笑う。
「さて、話の脱線はここまで。
――さぁ、ところで君は、ここまで私と話していて何か気付いた事はないしら?」
「えっ……!?」
そう言って綺羅さんは俺に問いかけた。
何だ……俺に一体何に気が付けって言うんだ綺羅さんは? まさか、気づかない内に何か失礼な事しちゃってたんじゃ俺……!?
「わからないのなら……ほら、あれを見なさい」
そう思って綺羅さんの言う意味が分からず混乱してしまう俺に、綺羅さんはどこかを指さした
何かと思って俺は綺羅さんの指さす先を見ると、思わず俺は背筋がゾクッとしてしまった。
「あ……れ……?
俺が見あげた先には――さっきまであんなに華やかなA-RISEのライブの映像を流していた筈のモニターが、何も映さないただの黒い長方形の物体に成り下がってしまっていた光景が広がっていた。
その黒い長方形は何も映していなくとも、俺が綺羅さんと話してる間にA-RISEのライブが終わってしまっていたという事実を明白に映し出す。
その時になってようやく周りを見回すと、さっきまで集まっていた人が全員いつの間にかどこかに去ってしまっていた事に気が付いた。
何が恐ろしいかと言うと、ライブが全く終わった事に気付きも出来ていなかった自分が一番恐ろしかった。
例えどんなに規格外の存在を目の前にしていても、その相手のみに気を取られ過ぎず、周りに対する注意だけは欠かすな――と、俺は海未のお父さんである、園田道場の師範代の
――でも、それなのにこの体たらく。
もう疑う余地も無い……俺は、この目の前にいる綺羅ツバサという
「ようやく気付いたみたいね……そうよ、ついさっき最後の曲が終わって、A-RISEの三人はやり切った達成感でいっぱいっていう笑顔でステージを去ったわ。
ここに、その瞬間を見て貰ってない観客が一人いるのにね。
ちなみに、君は知ってるかどうか分からないけど、あれがあの三人の引退ライブよ。
つまり、
俺は一人そう言って話し続ける綺羅さんに、何も口を挟むことが出来なかった。
その辛辣な言葉の中に、綺羅さんの熱い想いが込められているような気がして。
そして、なおも綺羅さんは続ける。
「確かにA-RISEに選抜されるだけの実力があったのは認めるわ、でもあの三人には足りなかったよ……真の意味でアイドルとして活動するための強い熱意がね。
あの三人は完全にアイドルになった“だけで”満足してたわ、だからあのライブだって技術だけの上っ面で、魂が全く
つまり、“スクールアイドル”をアイドル気分を味わうだけのお試し期間としか思ってなかった……それじゃ、ダメなのよ。
A-RISEだけじゃないわ、今世の中でスクールアイドルって呼ばれて活動してる人の殆どもそう。
――そんな甘い覚悟でやってる人達ばかりだから、スクールアイドルの素晴らしさを分かって貰えない。
だから、ネットの掲示板で『学生のお遊戯会』とか『アイドルごっこ』とか言われて馬鹿にされるのよ……!」
綺羅さんは悔しさを滲ませたような声色でそう言って、握り拳を固く握りしめる。
「スクールアイドルは今のまま馬鹿にされて良いものじゃない。
夢と熱意を持ったすべての女の子達が、努力次第で誰でも輝くことが出来る――そんな、素晴らしいアイドル文化なの。だから私は、芸能事務所に行かずに
ただのアイドルじゃなく……『スクールアイドル』で有名になる為に。
スクールアイドルの中で未だ“本物”が居ないのなら、私がその“本物”になる。
スクールアイドルというものの存在を、他の誰でもない、
……そして、私の姿に憧れて、スクールアイドルを真剣にやろうって思った子達の全てと比べられて、ようやくその上で、私がスクールアイドルの頂点だと認められること……それが、私の目標よ」
俺の目を真っ直ぐに見据え、決意に満ちた輝きを放つ瞳でそう宣言する綺羅さん。
そんな綺羅さんを見て俺は、ようやく綺羅さんの言いたいことが理解できた。
ああそっか――この人、A-RISEのファンなんかじゃなくて、A-RISEに“
それにしてもその瞳の輝き――何かをやるって決めた時の穂乃果の目にそっくりだ。
俺は知っている。その瞳をした人間は、何があっても曲がらない熱意を持っている事を。
今のスクールアイドルという文化を取り巻く世間の目は、偏見や差別と
――でも、それでも。
きっとこの人が言うのなら、スクールアイドルという文化が、近い未来に全国的に有名になる日がきっと来るだろう――その未来が最早、
「そうですか……次のA-RISEになるんですね。頑張って下さい、応援してます!」
俺はそんな綺羅さんに月並みの言葉しか言えなかったが、その言葉にありったけの気持ちを込めた。
――心から、綺羅さんの事を応援したいと思ったから。
「ええ、応援してくれてありがとう織部君……とっても嬉しい。
ああ……でもなんか、初めて会う男の子相手にこんなに喋っちゃうなんて思わなかったわ、恥ずかしい……ここまで言っちゃったのも、君がとっても真剣そうな顔で聞いてくれたからつい……本当は、ここまで言うつもりはなかったんだから。
でも、君に今喋って言葉にしたおかげで、より一層私の中でこの想いが強くなった気がするわ……ありがとう、君、聞き上手さんね」
そう言って恥ずかしそうに笑う綺羅さんに、俺はそんな事は無いですよと言おうとした。
しかしその時、遠くの方から声が聞こえて来た。
「おーーい、ツバサ! 探したぞ、そんな所で何やってるんだーー!」
声につられてそっちの方を向くと、UTX学園のビルのゲート前からこちらに駆けてくる一人の紫がかった黒色のロングヘアのUTXの制服を着た女の人の姿があった。
「あ……
「ええっと……あの人、綺羅さんの友達の人ですか?」
「うん。あの子、
そう言って、目の前でこっちに駆けてくる英玲奈という人の事を語る綺羅さんの表情はどこまでも明るくて、綺羅さんにとって大切な友達なんだという事は、出会ったばかりの俺でも悟ることが出来た。
そして英玲奈さんは俺達の所にまで来てすぐ、綺羅さんと一緒に居る俺の方など目もくれず、綺羅さんの腕を速攻で掴みながら言う。
「ああ……もう、今までどこに行ってたんだ!? もうそろそろA-RISEの新メンバー選抜のオーディションが始まる時間だぞ、早く来い!」
「ああ……もうそんな時間なんだ! ごめんね英玲奈、ちょっと学生証探しててつい……」
「――なに!? 学生証ってなくせるものなのか普通!? 全く……ツバサはどれだけ私を困らせれば気が済むんだ……! ほら、私と一緒なら警備員の人の入校許可も下りやすいだろうから早く行くぞ! 無くした学生証は後で発行して貰え!」
「あ、その前にまだちょっと時間あるから待って英玲奈。織部君も、ちょっと待っててね……」
そう言って、綺羅さんは不意に英玲奈さんの手を払って俺の方を向きながら自分の鞄を漁り始めた。
その時ようやく俺の存在に気が付いたのか、英玲奈さんはこっちを怪訝そうな顔で見ながら言った。
「ツバサ……この男の子に一体何をしたんだ?」
「何もしてないわ、というか――むしろ“してもらった”って言った方が正しいわね……だから、そのお礼をって思って……あ、よかった、あったわ……! ねぇ織部君、君の下の名前の漢字を教えて?」
「え……はい、正義の“正”に、“
「オッケー分かったわ、ありがとう!」
「“してもらった”……? まさか、ツバサまたお前人に迷惑をかけたんじゃないだろうな!? ――君、織部君っていうんだな、ツバサが迷惑をかけてしまったみたいですまない。でも、ツバサも悪気があってやった訳じゃないんだ……だから、どうか許してやってほしい」
「い、いやいやいや! 別に迷惑なんてかけられてないですよ! ですから頭を上げて下さい!」
そう言って頭を下げる英玲奈さんに、俺は必死になって言う。
この人、真面目な人だ……なんか、所々違う所あるけども、それでも全体的な雰囲気が海未に似てるような気がする。
俺が英玲奈さんにそんな事を考えている中、綺羅さんは取りだした何かのモノに、サラサラと何か文字をサインペンで書き続けていた。
「よし……うん、初めて人にあげるために書いたけど……上出来!
はい織部君――いえ、正也くん、これあげるわ」
そう言って、綺羅さんは俺に一枚の色紙を手渡した。
その色紙にはワザとカッコよく崩した字体で“綺羅ツバサ”と真ん中に大きく書いてあり、そしてその下に、『初サインを正也くんへ!』――という、小さくて可愛い文字が記されていた。
「え……綺羅さん……まさか、これって……! いいんですか!?」
「ええそうよ。それ――正真正銘、私の初めてのサインだから大事にしてね正也くん。
例え、今はそのサインに何も価値が無かったとしても、一年後……いえ、
綺羅さんは、強い覚悟が感じられる気迫を漂わせながらそう言って、俺の目を真っ直ぐに見据えた。
まいったな……そこまで断言されたら、ものすごくこのサインを大事にしたくなるじゃないか。
「はい! じゃあこのサイン、本当に大事にしますね! ありがとうございます綺羅さん!」
「ええ、ありがとう正也くん。
それに君は、私を応援してくれる初めてのファンだから、このぐらいのファンサービスは当然よ――じゃあ、私はオーディションがあるから行くわ! 急ぐわよ英玲奈」
「あ、ああ……そうだな、行くぞツバサ。織部君、今日はツバサが迷惑かけてしまってすまなかった、じゃあ私達はこれで失礼する」
そう言って綺羅さんと英玲奈さんは、急いでUTX学園のビルに向かって走って行ってしまう。
――え、ちょっと……最後に綺羅さん俺に何て言ったんだ……? 初めてのファンが俺って……はい!? 確かに俺応援するって言ったけど、あれだけでファン認定してもらっちゃっていいのか!? いや嬉しいんだけどなんか変な罪悪感あるよ!?
そう思って俺は、去る綺羅さんの背中に向かって言う。
「へっ……ちょっと、初めてのファンが俺って……良いんですかそんな!? ちょっと……待ってください、綺羅さーん!」
すると綺羅さんは走るのをやめ、その場で立ったままで言った。
「そういえば言い忘れていたわ。正也くん、次会った時は私の事を“ツバサ”って呼んで。私、綺羅って
そう言った後、綺羅――いや、ツバサさんは、UTX学園の校舎ビルを背にして俺の方を振り向きながら、続けて言う。
「夢という、遥か高みを目指して羽ばたく
そう堂々と宣言したツバサさんは、俺の目にとても輝いて映った。
そうか……アイドルとして真に輝きを放つ事が出来る人ってのは、きっとこの人みたいな人の事を言うんだな。
「さぁ、本当にもう行くわ。でも君とはきっとまた会えるような気がするから、ここで“さよなら”は言わないわ――また会いましょう。
それじゃあまた、モニター越しに会った時には応援よろしくねー!」
最後にそう言い残して、綺羅さんは英玲奈さんと一緒にUTX学園の方に走って行ってしまった。
「――まるで、嵐みたいな人だったなツバサさん。
それにモニター越しに会いましょうって、それオーディション受ける前から受かる前提なのか……ははっ、でもあの人なら本当に受かっちゃうんだろうな……本当、今日は凄い人と会っちゃったんだろうな俺」
そう一人呟いて、俺は家に帰る為に歩き始めた。
ふとその途中で何となく手に持ったままだったサイン色紙を眺めると、何故かサインを書いていた時のツバサさんの楽しそうな笑顔を思い出してしまって、つい可笑しくて俺はクスっと笑ってしまった。
――このサイン、大事にしないとな。
そう思って俺は色紙をそっと鞄の中にしまった。
そうすると同時に、俺は胸の中に熱い炎が灯るのを感じた。
「――よっし! 今日はこのまま家に帰ろうかと思ったけどやっぱやめた!
あんなカッコいいの見せられて、このまま家に帰ってのんびりしてられるかよ!
これから海未の家に行って、この前心配かけた件をしっかり謝ってから一緒に剣道の稽古付き合って貰うぞー! 待ってろ海未ーー!!」
胸の熱い想いに突き動かされるようにそう宣言して、俺は脇目もふらず海未の家に走りだした。
ツバサさんが頑張るんだ……俺も頑張らずにはいられるかよ!
――そうして俺は海未の家に着いて、玄関から驚いた表情で出て来た海未に『音ノ木坂学院』関連の話だけは伏せて軽く事情を説明した後、何故かやけに上機嫌になった海未と一緒に、日が暮れるまで竹刀を打ち合わせて剣道の試合をしたのだった。
ここまで読んで下さってありがとうございました。
では、前回の更新で高評価をしてくださった
邪竜さん
本当にありがとうございました。
感想をやお気に入り登録してくださった方にも心からの感謝を……
では、また次回に。