0章のエピローグを、短編調で全六話にまとめました。
(上)の今回で三話、(下)でまた三話公開するつもりです。
では、どうぞ……
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短編エピローグ1 『“カッコいい”と“優しい”』
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「正ちゃん、ことりちゃん……今日の放課後ちょっとだけ遊ばない……?」
――あの日の木登り大騒動があってから、早くも3日が経った。
僕たちは、お父さんたちから言いつけられた罰――1週間学校以外の外出禁止令という名の、実質的な“遊び禁止令”を素直に守って、毎日学校が終わったらすぐに家に帰っていた。
そんな日々の中、元気のない死んだような瞳をした穂乃果ちゃんが、学校の授業の合間の休み時間に僕とことりちゃんの前でまでやって来て、とっても小さな声でそう言ったのだった。
「穂乃果ちゃん、なんでそんな小さな声で話してるの?」
「し~! 静かに! 海未ちゃんに聞こえちゃうよ正ちゃん。
あのね、穂乃果すっごく良い考えを思いついたの!
今日は学校早く終わるでしょ? だからね、ちょっとぐらい寄り道して遊んでから帰っても、きっとお父さんたちに気付かれずに遊べると思うの! ね、良い考えでしょ?」
すると、死んだような目から一転して、キラキラした目をしながら今日の放課後の計画を話す穂乃果ちゃん。
僕はそんな計画を聞いて少し心を動かされる。
この3日間全く外で遊んでいなくて、僕は胸に少しモヤモヤしたものがたまっていたからだ。
だから本心では穂乃果ちゃんに賛成したかったけど、でも僕達のやってしまった事を考えると、やっぱり我慢しないいけないという気持ちでグッと僕は堪えた。
「穂乃果ちゃん……でも、それお母さんたちに気付かれちゃったら怒られるよね……?」
「ことりちゃん大丈夫だよ、いつもの時間に帰ったら絶対バレたりしないもん! だから遊ぼ~」
ことりちゃんの言葉に、そう言って自信満々に返す穂乃果ちゃん。
あんなに外で遊ぶのが大好きだった穂乃果ちゃんの事だ――きっと穂乃果ちゃんは遊びを禁じられた毎日に、もう我慢が出来なくなっちゃったんだろう……。
だから僕はそんな穂乃果ちゃんを頑張って落ち着けようと思って口を開いた、その瞬間だった。
「――穂乃果、聞こえていますよ」
そんな穂乃果ちゃんの後ろから、海未ちゃんが物凄く怒ったような様子で現れた。
あの……ちょっと怖いのは気のせいかな海未ちゃん…?
そんな海未ちゃんの声に、穂乃果ちゃんは慌てた様子で反応する。
「う、海未ちゃん!? 違うんだよ、これは……」
「はぁ……穂乃果は何回言ったら、まだ遊んだらダメだってことが分かるんですか?」
呆れたようにそう言う海未ちゃん。
その口ぶりからは、この手の話し合いが何度も二人の間であったのだろうと、簡単に考えることが出来た。
「うん……穂乃果ちゃんごめんね、また今度遊ぼうね」
「ことりちゃんまで……も~! 穂乃果もうあきたの~~!! だってさ、毎日毎日ずっと家でお店のお手伝いするかじっとしてるかだけなんて、退屈で穂乃果もう死んじゃいそうだよ~~!!」
ことりちゃんの言葉に、そう言ってごねる穂乃果ちゃん。
そんな穂乃果ちゃんを見て、呆れたように海未ちゃんは言う。
「穂乃果はワガママ言わないで下さい……あと4日の辛抱ですから何とか我慢して、またその後に遊びましょう」
「うう……海未ちゃんのケチーー!」
穂乃果ちゃんはそう言うと、教室の外に向かって走り出してしまった。
「あ! 待って下さい穂乃果! 次の授業がまだありますよー!」
そう言ってヤケになって走る穂乃果ちゃんを、必死に追い掛けていく海未ちゃん。
そんな二人を見送って、僕とことりちゃんは二人きりになった。
「ねぇ、正ちゃん。海未ちゃん……ちょっと変わったね」
するとことりちゃんは、穂乃果ちゃんと海未ちゃんが走っていった方を見ながら、そう言て僕に話しかけてきた。
「そう……だね、なんていうか前より元気になったっていうか……しっかりしてきたっていうか……」
ことりちゃんの言葉には僕も賛成だった。
ちょっと暴走しがちな穂乃果ちゃんを止める海未ちゃん――この3日で、そういった場面が僕たちの中でもう見慣れたものになっていたのだ。
「でもね、正ちゃん。今の海未ちゃんの方がことりは好きかな~って思うなぁ……正ちゃんはどう?」
「うん――僕も、今の海未ちゃんの方が好きだよ」
僕は以前の海未ちゃんの事を思い出しながら、ことりちゃんにそう言った。
ちょっと引っ込み思案な所があって、どっちかっていうと大人しい感じだった海未ちゃんが今、穂乃果ちゃんの暴走を食い止めるストッパー係になろうとしているのだ。
だから僕は、そんな海未ちゃんを応援せずにはいられなかった。
「ところで……正ちゃんは、いつかカッコいい男の子になりたいんだったよね……?」
すると突然、ことりちゃんはこっちを向いて僕にそう言ってきた。
「うん! なりたいんじゃなくて……なるんだよ!」
だから僕は、胸を張ってことりちゃんにそう返す。
「じゃあ……正ちゃんも、いつか変わっちゃうってことだよね……」
そう言うとことりちゃんは急に元気が無くなった。
え……? どうしたのことりちゃん……?
「ことり……ちゃん?」
僕はそんなことりちゃんが心配になってそう声をかける。
「ううん……なんでもないの。ただ……正ちゃんは変わってもいいんだけど、変わって欲しくないなぁ……って思っちゃって」
「え……? な、なに言ってるのことりちゃん?」
僕はポカンとした顔でそう聞き返した。
大変です。ことりちゃんの言ってることが僕には分かりません。
「正ちゃん……まだ小学一年生になりたてだった時、みんなで隣町まで探検しに行った時の事を覚えてる?」
「ああ……穂乃果ちゃんが言いだして、隣町にまで探検しに行った時の事?」
そのことは今でも僕は覚えていた。
あの日はあの日で大変だった……隣町まで探検しに行ったはいいものの、途中で穂乃果ちゃんと海未ちゃんとはぐれて、僕とことりちゃんの二人で迷子になったんだっけ。
――その後なんとか僕たちは他の二人と合流出来て、たまたま会った優しいおばちゃんに道を教えてもらって何とか家に帰れた記憶がある。
「あの時……穂乃果ちゃんと海未ちゃんとはぐれちゃって、不安で泣いちゃってたことりの事を正ちゃんは……『大丈夫だよ! 僕が居るから大丈夫!』って言って、ずっと手を握って励ましてくれたよね……」
そう言ってことりちゃんは、僕の一番思い出したくなかった僕の過去を話し出した。
あ……ああ……!なんであの時僕は出来もしない癖にあんなカッコつけたりしたんだろうか……!
泣いてることりちゃんを見て、とにかくなんとかしないとって一心でカッコつけて……しかもカッコよく決めれたのは最初だけ、その後の僕はもう……酷かった。
怖い犬に吠えられて涙目になって、しかもあんまりに二人が見つからないから、もしかしたら、ずっとこの町で迷子になり続けるのかって思って――
『うぇぇぇーーーん!! ほのかちゃんどこーー!?』
――という感じで大泣きするといった酷い有様……もう……できれば記憶の闇に閉じ込めておきたかった僕の記憶だった。
「でも…僕途中から泣いちゃって……カッコ悪かったでしょ、ごめんなさい……」
僕はあの時の事を思い出して、そのあまりの恥ずかしさに、思わずことりちゃんにそう言ってしまった。
「そんなことないよっ! たしかに正ちゃんは大泣きしちゃってたけど……それでもことりの手は最後まで離さなくて……そして、どんなに泣いちゃってもずっとことりの事を励ましてくれたよ」
そう言えばそうだったっけ……? もうあの時は色々大変で必死だったから、僕はもうハッキリ覚えて居なかった。
「そんな優しい正ちゃんは……ちゃんとカッコよかったよ」
「ことりちゃん……」
ことりちゃんの言葉に思わず感動してしまう僕。
良かった……ちゃんと僕やれてたんだ。
「だからね、正ちゃんは変わっちゃっても……今のままの優しい正ちゃんで居て欲しいなって……ことりは思うの」
「――うん、わかったよことりちゃん。 僕、ことりちゃんの言うように、優しさも忘れないような男になるね」
僕はことりちゃんの言いたいことがようやく分かった。
そうだよね、どんなにカッコよくったって友達に優しくできないんじゃそれは真の『カッコいい男』じゃないよね……うん、わかったよことりちゃん。僕は優しさも忘れないように頑張る!
僕は新しくそんな誓いを胸に立てたのだった。
「うんっ! 正ちゃん……ありがとうっ!
…………そ、それでね……ことり、まだ正ちゃんに言いたい事があるんだけど……」
ことりちゃんは僕の言葉を聞いて嬉しそうな笑顔になってそう言った後、まだ僕に話があるのか、急に周りをきょろきょろし始めた。
そして、周りに人が居ないことを確認すると、小さな声で「……よしっ」と言った後、僕の事をじっと見つめながら口を開く。
「そ、そんな優しい正ちゃんの事をね……ことりはね……その、い、一年前からぁ……」
そう言うと一旦言葉を止め、顔を真っ赤にして急にモジモジし始めることりちゃん。
……? 一体なんの話なんだろう? 僕はそう思って次のことりちゃんの言葉に集中する。
そして、しばらく恥ずかしそうにモジモジした後、ついに――ことりちゃんは意を決したように口を開いた。
「ことりはっ……! そんな正ちゃんの事が……す、すっ……!」
キーン コーン カーン コーン
「ま、間に合ったーー!」
「ホント……穂乃果は危なっかしいんですから……」
すると、ことりちゃんが何か言おうとした所で同時にチャイムが鳴り、穂乃果ちゃんと海未ちゃんが帰ってきた。
「あっ、授業始まるよことりちゃん! 早く席につかなきゃ!」
僕はそう言って、ことりちゃんに急いで呼びかける。
「うう……正ちゃんのばかぁ……」
「え……? なんで?」
「……もう知らないっ!」
そう言ってことりちゃんは、少し怒ったように自分の席に帰ってしまった。
―――結局この後1日中、僕はことりちゃんの機嫌を直すのに苦労することになった。
なんで……? 僕悪いことしたの? お父さん……女の子は時々わからないことがあるって教えてくれたのは……まさか、こういうことですか?
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短編エピローグ2 『ライバルと書いて……』
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「ねぇ……? 海未ちゃんはどうして急にそんなに変われたの?」
ことりちゃんから、優しさの大切さを教えられたその次の日。
学校でのお昼休みの時間で、穂乃果ちゃんが放課後遊べない不満を晴らすかのように、ことりちゃんを連れて校庭に遊びに行き、海未ちゃんと教室で2人になった時――僕は思い切って、そう海未ちゃんに聞いてみた。
「そ、そんなに私は変わりましたか?」
海未ちゃんは僕の問いにびっくりしたような……そして、どこか少し嬉しそうな反応を見せた。
「うん、すっごい変わったよ?
前までそんな穂乃果ちゃんに注意する事なんてそんなになかったし、それになんだかハッキリ自分の言いたいことが言えてるって感じで……な、なんだかカッコよくなったような気がするんだ……」
僕は海未ちゃんにそんな疑問を投げかけた。
勿論ことりちゃんに言ったように、僕はそんな海未ちゃんを応援しているし、頑張ってほしいと思っている。
でもやっぱり、どうしてそんなに急に変われたのか、僕としては気になってしまう訳で。
だからこそ、僕は海未ちゃんにこんな質問をしているのかもしれない。
そして、出来たらそれを僕が『カッコいい男』になる為の参考にしたい!
……と、僕はそう思っていた。
――しかし僕はこの後、海未ちゃんの口からとんでもない答えが飛び出してくるなんて思いもしなかった。
「そうですか――だったらそれは、正也の影響だと思います」
へぇ、そうなんだ! 僕の影響で海未ちゃんはそんなにカッコよくなったんだね!
だったら僕も…………って、えええええええ!!??
「え……? え……?」
あまりのその言葉の衝撃に、僕は思わず口をポカンと開けてしまっていた。
「ふふっ……そんなに口を開けてたら、おバカさんみたいですよ正也」
「いやいやいやいや……な、なんで?」
僕の反応が面白かったのか、少し笑った海未ちゃんに、僕はそう聞かずにはいられなかった。
一体こんな泣き虫な僕の何が海未ちゃんを変えたんだろう……。
「そうですね……少し長くなるんですが良いですか?」
「うん……どうぞどうぞ」
そう言って前置きしてから、海未ちゃんはゆっくりと話し始めた。
「私は、木から落ちそうになったあの日のあの時……本当に自分が死んでしまうかもと思って、良く分からない状態になっていました」
うん、それはわかる。本当にあの時の海未ちゃんはパニックになっていた。
「――でも、その時に穂乃果の声が聞こえたんです。
『大丈夫だよ!』って……私はその言葉を聞いて、つい安心してしまいました。
ああ! これで大丈夫……穂乃果が助けてくれる! って……あの時の私はそんなことを、馬鹿みたいに信じていたんです」
―――それ、僕も同じだ……僕もそんなこと考えてた。
「でも、それは間違いで……穂乃果が泣いているのを見ながら私は、なんて自分が馬鹿だったんだろうって……後悔しました。穂乃果は、私の無敵のヒーローでは無かったんだって……」
……本当に同じだ……僕と……本当に同じ……!
僕は海未ちゃんの話を聞きながら、今まで海未ちゃんに対して思っていたことが確信に変わるのを感じていた。
―――見~つけたっ!
―――え……ええっ!?
―――次、あなた鬼だよ! 一緒にあそぼっ。
僕は、初めて海未ちゃんと一緒に遊び始めた日の事を思い出す。
公園で遊んでいる僕達の事を、木の後ろからずっと羨ましそうに伺っていた海未ちゃん。
そんな海未ちゃんを穂乃果ちゃんが――いっしょに遊ぶ僕達の輪に入りたいはずなのに入れなかった海未ちゃんを、無理やり遊びに巻き込んで僕たちの輪の中に引きいれた日の事を……
そうだ、やっぱり僕たちは“同じ”だったんだ。
穂乃果ちゃんと同じような出会いをして―――穂乃果ちゃんに憧れてた同志だったんだ……。
「でも、私は動けませんでした。
だって、どうしたらいいのかわからなくて……でも、そんな時、動いたのは正也でした。
あの……私たちの中で一番泣き虫だったあの正也が、必死になって穂乃果を助けて……私は信じられないような気持ちでした」
海未ちゃんはそう言って一瞬言葉を切り、そして僕の方を見て言う。
「そしたら……正也は言うんです。
みんなを助けられる自分になりたいって……『カッコいい男』になりたいって。
――そんな事を、私より泣き虫だった正也に言われたら、私だって変わりたいって思うじゃないですか……!
私も正也のように……みんなを助けられるような強い自分になりたいって……!」
海未ちゃんの言葉がだんだん熱を帯びるのを感じる。
そんな言葉を聞きながら僕は、あの時の自分の言葉が、そこまでに海未ちゃんの心に影響を与えていたのが信じられないような気持ちだった。
「……だから私が変わったのは、あなたのせいなんですよ……正也」
「……ど、どういたしまして」
僕は海未ちゃんの話を聞いてそう言うしかなった。
な、なんなんだろう……この、嬉しいのか恥ずかしいのかよくわかんないような気持ちは……?
でも確かに、僕の言葉が海未ちゃんの心に影響を与えたのは本当みたいだった。
僕はそう思って一人納得する。
僕がカッコよくなる為の参考には出来なかったけど、でも、海未ちゃんがそう思ってくれて僕は思わず嬉しくなってしまった。
しかし、そんな嬉しい気持ちであったかくなった僕の心に、冷たい水をかけるような言葉が海未ちゃんの口から放たれる。
「わかってくれたなら良いです。
それに――あんまり、正也ばかりにも任せるわけにもいかないですから」
「えっ、なんで? 大丈夫だよ任せて海未ちゃん! きっと、僕はいつかみんなを助けられるような『カッコいい男』になって……」
僕は海未ちゃんに、『頼りにならない』――と、宣告されたような気分になって、必死にそう言い返そうとする。
しかし、海未ちゃんはそんな僕の反論を遮るようにしてこう続けた。
「だって、正也が私たちの事を助けるんでしたら………そんな正也の事は誰が助けてくれるんですか?」
「え……?」
「だから正也が私たちを助けて、そして私が正也と穂乃果とことりを助ければ……ほら、私たちは無敵です。
だから――1人でカッコつけたりなんて絶対にさせませんよ、正也」
そう言って海未ちゃんは、意志の灯った力強い眼差しで僕の事を見つめてきた。
―――う、海未ちゃんカッコいい……!
な、何だろうこの気持ち!? 胸がすごくドキドキしてる……!
もし僕が女の子だったら危なかっ……って僕は何を考えているのーーー!!??
僕はそんな海未ちゃんに動揺してしまい、そんな事を思ってフラフラと三歩後ろによろめいた。
「だ、大丈夫ですか正也!?」
そんな僕に、心配したような顔でこちらを見る。その純粋に僕を心配する瞳からは、自分のしたことの自覚は全く無いようだった。
うう……僕がこうなったのは誰のせいだと思ってるんだぁ……。
僕はこの時、海未ちゃんはきっと将来は男の子より女の子にモテるようになるだろうと確信した。
「だ、大丈夫だよ海未ちゃん……」
「そ、そうですか……良かったです」
そう言って安心したような顔を見せる海未ちゃん。
僕は……そんな海未ちゃんに伝えたいことができた。
「海未ちゃん……僕も負けないよ。海未ちゃんに負けないぐらい僕も強くなる」
そう言って僕はあの日、木の上で誓った時のように、意志の火を瞳に灯して海未ちゃんのことを、さっきのお返しのように見つめ返す。
「はい……! 私も負けませんよ、正也」
すると海未ちゃんは、僕に挑戦的な笑顔でそう返した。
ああ……今僕たちってすっごく少年漫画で出てくるライバル同士っぽい会話してる……!
「じゃあ僕たちは今日からライバルだ! 一緒に強くなるぞー!」
「えい、えい、おー! です!」
僕は感動のあまりつい勢いでそう言ってしまったが、意外にも海未ちゃんがこのノリに付き合ってくれたのに驚いた。
――もしかしたら、今まで表には出さなかっただけで、海未ちゃんは心に熱いものを秘めていた子だったのかもしれない。
だから僕は、遠慮なくこのままのノリで続けることにした。
「はい、じゃあ握手! ライバル同士の基本だよね!」
「え………?」
あれ? さっきまでいい感じだったのに急にブレーキがかかったみたいな……どうしたの海未ちゃん?
「い、いいえ……そ、そんな……き、急に握手してって言われましても……」
海未ちゃんが急にオロオロし始めて、話す言葉もたどたどしい……気のせいかもしれないけど顔も赤い気がする……。
え、なんで? そんなに恥ずかしがらなくても、幼稚園の頃から今まで、何回か手をつないだことあったと思うんだけど……? なんで急にそんな反応なの海未ちゃん?
「で、ですから私たちにそんな基本は必要ありません! では、私はちょっと穂乃果とことりが心配になったので見に行ってきますね!」
そう言って、海未ちゃんは赤い顔をしたまま校庭に走って行ってしまった。
ああ……お父さん。
女の子って、やっぱりよくわかんない時があるんだね……今ハッキリわかりました。
――こうして色々あったけど、僕には今日、初めての“ライバル”が出来たのだった。
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短編エピローグ3 『リベンジ!』
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例の大騒動が起きてから一週間がたった日の事。
「よし、次は
「はい!」
そう、この日は僕にとって待ちに待った体育の飛び箱の時間。
先生がそう言って、僕にエールをくれた。
「お~い! 織部~! 失敗すんのはいいけど、怪我して泣くのだけはやめてくれよな~!」
前回も僕をからかってきたガキ大将が、ニヤついた笑顔を浮かべながらそう言った。
またあんなこと言ってるよ……。
どうやらアイツは、僕の失敗を心待ちにしているらしいけど、僕は今回は飛べるっていう確かな自信があった。
僕は座っている穂乃果ちゃん達の方に目を向ける。
そこにはまるで、自分の事のように緊張した顔をしてこっちを見ている三人がいた。
うん……応援してくれるみんなの為にしっかり飛ばないとね!
そして、先生の吹く笛の音がして僕は助走を始める。
『織部君は、どうしても飛び箱の踏み切り板の前で一瞬止まっちゃうのよね、だから充分にジャンプできないのよ。思い切って、飛ぶイメージでやってみて!』
この前、先生がくれたアドバイスが頭に浮かぶ。
前は確かに飛ぶの怖かったかもしれないけど……今は、あの時ほどじゃない!
そう思い切って、僕はしっかり飛び箱の踏み切り板の前でしっかり踏み込み、そして見事に飛び箱を飛ぶことに成功した。
「……やったーー! 正ちゃんやったーー!!」
すると、真っ先に喜びの声を上げたのは穂乃果ちゃんだった。
ことりちゃんと海未ちゃんも、穂乃果ちゃんと同じように僕の飛び箱の成功を喜んでいる。
「うん……! やったよみんなーー!!」
そして僕はそんな三人に応えるようにしてそう言った。
「おおーー! やったじゃん織部ーー!」
「まぁ、当たり前だけど出来てよかったな織部! 前は笑ってごめんなー!」
他の男の子からも拍手が起こる。
そんなみんなを見ながら、僕は見返してやったという気分で満足だった。
「――チッ……」
すると、そんな僕の成功を祝ってくれるみんなの中で1人、ガキ大将は面白くないと言った風に舌を打つ。
そんな僕を見つめるその表情は、明らかなイラつきの色が見えた。
え……? なんでアイツは僕の事をここまで目の敵にしてるんだろう……?
僕、なにかしたっけ……?
――こうして、疑問は少し残ったが僕のリベンジは終了した。
しかし、これが新たな事件のきっかけになると思わなかったんだ……
■ ■ ■ ■ ■
「――よう織部、ちょっとこっち来いよ…」
「え……?」
「いいから、来いって言ってんだよ!」
この日の放課後、日直の仕事があったので、先に穂乃果ちゃん達に帰ってもらっていた僕に、ガキ大将がそう言って僕に話しかけてきて強引に僕を引っ張って行った。
「――よし、ここだ」
「な、何なの!?」
そうして連れてこられたのは、人気の無い体育館裏だった。
一体何のためにここに……?
そう思う僕に、ガキ大将は僕に怒りのこもった表情を向け、こう言い放った。
「やっぱり……お前の事初めて見た時から思ってたんだけどよ。
お前見てたらイライラするんだよ……いっつもいっつも女とばっか仲良くしてやがって……俺はな! お前みたいにナヨナヨした男は大っ嫌いなんだよ!!」
「は……?」
「だから黙って殴らせろ!」
――そんな理不尽な理論を並べて、そいつはいきなり僕に殴りかかって来た……でも、不思議と僕は怖くは無かった。
いや、“怖い”よりも、むしろ……
「取り消してよ……」
「……なんだよ」
ガキ大将の拳が止まる。
「“ナヨナヨした男”って言葉……取り消せっ!!」
――僕は、一歩も引けなかった。
穂乃果ちゃん達を助けることが出来て、やっと自分にほんの少しだけど自信が持てたところだったんだ。
だから……こんなところで負けるわけにはいかない!
「いいぜ……こいよ!」
ガキ大将は僕の事を見下したような目で一瞬見て、そして挑戦的に笑いながらそう言った。
「うりゃぁぁぁぁーーーー!!!」
僕は、今まで誰もなぐった事のない手を握りしめ、目の前のそいつに殴りかかる。
そうして、僕とガキ大将のケンカは始まった。
でも、どうしても体格差のせいか僕が圧倒的に不利だった。
何回も跳ね飛ばされ、ガキ大将のパンチを何発も体や顔にもらってしまう。
でも、何度跳ね飛ばされたって殴られたって、僕は諦めずに何度でも立ち上がった。
そんな僕に根負けするように、だんだんとガキ大将の体力が無くなってきて、こっちの攻撃が当たるようになってからは、そう――
殴ったり殴られたり、蹴られたり蹴り返されたり――そんな事を、夕日が暮れるまで僕達は繰り返していた。
「――いつも……いつも……女に囲まれてヘラヘラしやがって……男として恥ずかしくねぇのかよお前は……!」
「僕は……穂乃果ちゃんたちと友たちでいて、恥ずかしいなんて思ったことないっ!!」
お互いの意地と根性がぶつかり合う。
感情を剥き出しにしながら殴り合う僕たちの口からは、自然と本音が漏れていた。
「そっちこそ……いつもいつも気に入らないやつをこうやって殴っていって……自分の思い通りにして! ……お前に教室で本当の友達なんか、誰一人いないじゃないか!!」
僕は思いきりそう叫んで、ガキ大将の顔を思いっきり殴った。
それでもそいつは倒れずに必死の表情で僕の事を睨みつけ、そして僕の顔に向かって拳を思いっきり振りかぶる。
僕はその動きを見て、反撃にそいつの顔に全力の一撃を叩きつけようと思って、そいつとほぼ同時に拳を振りかぶった。
そして、僕達は同時に叫ぶ。
「うるせぇ!! 俺はお前が……!」
「こっちこそ! 僕はお前が……!」
「「――大嫌いだ!」」
そして僕たちは、互いに全力を振り絞った一撃をほぼ同時に互いの顔面に叩き付けた。
■ ■ ■ ■ ■
「はぁ……はぁ……案外……根性あるやつじゃんかよ……ここまで俺に張り合ったの……お前が初めてだぜ……」
「はぁ……はぁ……そっちこそ……パンチ強すぎ……」
気づいたら僕たちは、お互い仰向けになって倒れていた。
全力を尽くした戦いだった。お互いもう一歩も動けないだろう。
すると、疲れに似た達成感のせいなのか、僕はさっきまであったガキ大将への怒りが不思議とスッと引いていくのを感じていた。
そして、そのまま二人して寝ころがっていたら、突然にガキ大将が、僕に聞かせるように喋りだした。
「――俺さ、幼稚園の時からこんな太っててよ……みんなからいっつも笑われてたんだ…………」
そんな話をするガキ大将の声は、いつも教室でほかのクラスのみんなに命令するように言うような怒った声じゃなくて、かすれて消えてしまいそうなぐらいに小さな声だった。
「まわりのみんなは俺を見て、『デブがうつるからこっちくんな!』なんて言って、俺を仲間はずれにして……ずっと俺は1人だったんだ。
――だから、太ってるってだけで俺の事を仲間はずれにする、そんな気に入らないヤツらを俺は片っ端から殴ってきて……!
そしたら、俺はバカにされることは無くなったけどよ……でも、気が付いたらみんなが俺の事をまるで、今にも爆発しそうな爆弾を扱うような態度で俺に接してきやがるようになったっ!
くそおっ……! 何でこうなったんだよぉ……!? ただ……ただ俺はぁっ……!」
ガキ大将は、辛そうな声をふりしぼってそう叫ぶと、それっきりなんにも言わなくなってしまった。
でも、僕にはガキ大将が何を言いたかったのか分かってしまった。
……きっと、その言葉の続きはこうだろう。
――――“友達”が欲しかっただけなのに。
そうか……きっとコイツも、本当は変わりたいって悩んでるんだ……本当は友達が欲しいのに今の自分のままじゃできない、だからそんな自分を変えたいと思ってるんだ。
まるで『カッコいい男』になる為に、自分を変えたいと思ったあの時の僕みたいに。
僕はガキ大将の話を聞いていて、そう思うようになっていた。
だから僕は直感でこう思ったんだ……コイツとは仲良くなれるかもしれないって。
「ねぇ……名前……なんて言ったっけ?」
僕はそう言って、そいつに名前を聞いた。
だって、今までずっと心の中で“ガキ大将”って呼んでいて、まるっきり名前を憶えていなかったから。
そしたら、そいつはゆっくりと口を開いて言う。
「……ひいらぎ……
ひいらぎ……たけし………か、いいなぁ……強そうな名前だなぁ……。
「じゃあさ
「良いのかよ……お前……こんなめんどくさい奴が友達で……」
「もちろんっ!」
僕は笑顔で即答した。
僕だって男の子の友達は初めてだから、お互い初めて同士だ。仲良くやろうよ……武司。
「あはっ……はははははっ……! お前、変な奴だな!」
「うるさい! 友達作るのが不器用な奴に言われたくないよーだ!」
そして、僕と武司は寝っ転がったままボロボロの姿で笑いあった。
みんな――――僕、初めての男友達が出来たよ。
僕は心の中で、穂乃果ちゃん達にそう報告したのだった。
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