翌朝になって集合場所であるラウンジで3人を待つJUNとワトソンの姿があった。
チェックアウトを済ませる者や荷物はそのままに朝からクエストを受けに行く者達がごった返していて騒がしい様子だったが、JUNとワトソンはソファに腰かけゆっくりと紅茶を楽しんでいる。カップを手に取り紅茶の香りを深呼吸するように吸い込み、ホッと一息つくJUN。
「ご主人様、お連れの方々はまだですニャ?」
ワトソンが慌ただしい往来を見ながらJUNに問う。JUNはカップをテーブルに置くと人差し指を左右に振りワトソンを窘めた。
「ワトソン君。女性を急かす名探偵紳士など、いてはならないよ。」
「まぁ、ご主人様は【名探偵】でも【紳士】でもないですけどニャ。」
いつものワトソン君だ。そう思いながらJUNは二の句を告げる事無く紅茶を一口。
少し驚いた様子で、そんなことよりワトソン君。と話を切り返した。
「この紅茶は美味しいね。初めて飲んだ。なんという紅茶だろうか?」
「…店の人がダージリンと言ってここに置いていきましたニャ。」
「ハハハ、ダージリンか。」
「さすが【迷探偵】は違いますニャ。」
溜息を吐きながらのワトソンの辛辣な言葉は、JUNには心地が良い。それさえも自らのライフサイクルに組み込まれているかのように自然と受け流した。
しばらくすると先ほどまでの往来は無くなる。チェックアウト組と出発組は既に宿を後にしたようでラウンジにはJUNとワトソンがいるのみである。店の従業員はベッドメイクや片付けが始まる時間だがJUN達には関係がない。まだまだしばらく滞在する予定なのだから。
少し古い階段が軋みを上げて2人の女性が下りてきた。
那由多とSaiはJUNを見つけると手を振りながらJUNのいるテーブルに向かい近くのソファに腰を下ろしたところでワトソンと目が合う。
ワトソンも二人が視界に入ったところで驚愕した。自分を平然と騙し立ち去った女が目の前にいる。
「あ~♪えっと、ウチの店に前にいた…えっとぉ~…クレソンちゃん?」
那由多がワトソンの頭を撫でようとしたが、ワトソンは片手でそれを受け止め辞す。それどころかワトソンの目は完全に那由多と警戒しているようだ。
「…嘘つきの人、なんであなたがここにいるニャ?」
嘘つきと言われたことに首を傾げながら、ワトソンの頭をもう一度撫でようとしながら那由多は笑顔で返す。
「嘘つきじゃなくて那由多だよぉ~♪クレヨンちゃんはどうしてここにいるの?」
多分会話をすればするほどに自分の名称は増えていくのだろうか。ワトソンはやや困惑しながらJUNの顔を見上げる。JUNはいつもと同じ調子でSaiと那由多に紹介を始めた。
「那由多君、アマゾン君はこの名探偵の相棒なんだ、ね、ポワゾン君?」
(こいつ…)とギッとJUNを睨むワトソンだったが、JUNはそんなことはお構いなしに。
「ユニゾン君、君からも自己紹介をしたらどうかな?」
JUNを睨みつけている隙を突かれ那由多に頭をグシャグシャと撫で回され、それに次いでSaiもワトソンの喉元を人差し指でさすり出す。快楽に溺れそうな自分を叱咤すると、ワトソンはすかさず後方に素早く距離を取る。
「…ご一同様、初めましてニャ。ワトソンと申しますニャ。不逞の輩の相棒をしてますニャ。以後お見知りおきをニャ。」
そう言い一礼すると、かしこまったSaiは「こ、こちらこそ!」と深々と頭を下げる。
那由多は「待てぇ~♪」とワトソンを追い掛ける。捕まらないように必死に逃げ回るワトソンを横目にJUNは今日もいい朝だ、と窓からの風景に目をやった。
その後、那由多の誤解も解け(那由多自身は何が悪かったのかは未だよく理解できていない)、4人で朝食を、と思ったところでMoonの不在にJUNが気付いたのだが
「Moonなら『二日酔いで今日は何もしたくない』って死にそうになってるから置いてきた♪」
とのことなので、やはり4人で朝食を取ることとなった。
時同じくして、ユクモ村からやや離れた位置にある渓流。
流れの緩やかなその川は、魚のその動きも取って見れるほど透明度が高い。木から落ちた葉がゆらゆらと川に落ちては川下へと流される様を見ながら、齢60を過ぎた男が小さな岩に腰掛けながら団子を一口、口に放り投げる。白髪のオールバックに左目の眼帯。眼帯のデザインは全体的に黒く、中央部分に殴り書いたような文字で「無」と赤い刺繍で縫われている。背中に背負った弓に少し目をやってから再びひらりと舞い落ちる葉を目で追う。
「長年ハンターという稼業をやっているとなぁ…なんとなくわかるんだよ。」
辺りに人はいない。彼の傍には一匹の白ワントーンのアイルーが川を凝視し遊泳する魚に何度か飛び掛かってはいるが、残念なことにまだ一匹も獲れてはいない。ただ波紋を打つばかりで沈殿した泥が清流を茶色く染めるも、ゆっくりと川下へと流されていく。そんな様子を見てから男は鼻で笑うと大きく伸びた木を見据える。
「狩友(とも)の危機が、な。」
眼帯の中に人差し指を入れ、二度三度と掻いて指を引き抜くとその爪先をふっと息で払う。
「目の奥からカラカラする。少し急いだほうがよさそうだ。…その前に。」
視線を戻し正面を見据える。正面にはまだこちらに気付いてはいないのか、川の水を飲みに来たであろうリオレイアの姿。それを睨みながら、男は弓を手に取ると矢筒から一本、矢を番えた。その弓の名は「虚無と断罪の黒弓」。ハンターの扱う弓としては珍しい和弓であり、弓全体が漆黒に塗装されており、その弓の中を血管のように巡った薄ら赤い発光色が気味悪く明滅している。ヤマツカミ亜種の素材を主に用いた武器なのだが、禍々しい気を放つ。
アイルーもリオレイアの存在に気付いたのか魚を追うことを辞め、背中に背負った鈍色に輝くアイルー用に装着が可能となっている二対の鉤爪を腕にはめる。鉤爪の名は「猫式鉤爪シルバーブレイバー」。
ギリギリと耳元で悲鳴を上げる弦に高揚し始めたのか、男は怒号に近い声を上げた。
「お前も主人に会いたかろう!!付いてこい、テソロ!!生涯以てこれ現役!!」
一呼吸置いて更に大きな怒号を上げた。
「Kuro!!推して参る!!」
テソロと呼ばれたアイルーは男を見て大きく頷くとそれに続く。
「ご主人サマの危機はボクが救うのニャ!!待っててニャ!!」
叫ぶや否やKuroの矢が異様な音を立てながら空を切り、テソロはリオレイア目がけて鉤爪を構え飛び掛かった。