結局、Moonが起きたのは夜だった。寝ぼけ眼で朦朧と捉えた床からは月明かりが伸びていた。
やっちまった、と小さい声で呟くとベッドからゆっくりと起き上がり、投げ捨ててあったはずだが那由多のおかげだろうか、綺麗に畳まれている上着を机の上に確認するとそれを広げて袖を通すと、扉を開けて階下を目指した。
Moonがレストランに到着すると、すぐに3人と1匹を視界に捉えた。
Moonは、まだ十分に活動していない脳みそをフル稼働して現状を理解するわけでもなく、ワトソンというJUNの相棒が合流したことをなんとなく受け止め、軽く自己紹介をしながら店員に水を求めた。
「…というわけで、Moonさんが寝ている間に準備は済ませておいたよ。」
「みんなホントにごめん、こんなに寝るとは思ってなかった…。」
Moonを責めるわけでもなく、Saiは酔い覚ましの粉末の入った紙包みを渡し、Moonはそれを一気に口の中に流し込むと、店員が丁度持ってきた水で流した。
Moonが寝ている間にJUNとSai、那由多とワトソンで買い出しに向かい、明日の準備は万全だということを聞かされた。Moonが必要としそうな品物は那由多がすべて甲斐甲斐しくも用意したらしいが一応確認してほしい、という内容を話していると料理が運ばれてきた。テーブル一面に明らかに5人では食べきれないほどの料理。
料理が全て運ばれてきたことを確認すると、Saiがゆっくりと立ち上がると全員の顔を見回しながら咳払いを一つ。
「みなさん、明日はいよいよ第一のクエストとなります。
…辛い戦いになるかもしれません。
…私のわがままでこんなことになって、それに付き合ってもらえたこと、付き合ってくれる皆を誇りに思います!!
ですから…必ず無事に帰ってきましょう!!」
Moon、那由多、ワトソンが立ち上がり、ワトソンに小突かれたJUNがそれに続いて立ち上がった。
「やってやろうぜ!!私らにクリア出来なかったクエなんてねぇさ!!」
「無敵無敵ぃ~♪」
「全力で応援させていただきますニャ。」
「そうだね。私達に成せなかったクエストなんて、主にまさかの『全員ドリンク系を忘れちゃいましたからの寒冷・灼熱地域クエスト』くらいじゃないか。」
「・・・・・・・・・」
JUNの言葉にワトソンを除く誰しもが苦虫を噛みしめたような顔で視線を斜め下に逸らす。思い当たる節しかない。冗談のつもりで言ったJUNだが、まさかここまで全員の士気を削ぐ結果になるとは思わず、続ける。
「でも、大丈夫。明日は溶岩島。クーラードリンクは調合分持ってる。うん、大丈夫。」
「で、ですよね!!流石師匠!!」
「お、おう!!鬼畜クエストだろうが攻略してやんよ!!」
「やんよぉ~♪」
再び無理やりに士気を高め、テーブルに人数分置かれた木製のジョッキをそれぞれに持つ。
鈍い音を立てて重なる四つのジョッキ。
数刻ほどテーブルを囲むと部屋に戻り、それぞれがそれぞれに思い思いの夜を迎えた。
そして翌朝。第一のクエスト受注の日。
いつも通りにレストランで朝食を済ませると、四人は大老殿へ向かうため宿を後にした。
宿から大通りに出て大広場にある大階段を経由して大老殿へと向かうのだが、大階段にはそんな5人を待ち構える2匹のアイルーが腰を下ろして彼らを待っていた。
Moonと那由多を良く知るアイルー。黒猫のナルガとピンク色のアメリカンショートヘアという自然界の法則を無視した毛並みを持つエアリスだった。それぞれにMoonと那由多のオトモアイルーである。
Moonがアイテムショップ「エンデデアヴェルト」を設立した際に、ナルガはMoonと激しい口論となり家出してしまった。エアリスはそんなナルガを捜索してほしいと那由多に懇願され同じくバルバレを離れることになったのだが、そんな2匹は今ドントルマで彼らの目の前にいる。
ナルガは腰を下ろしたまま片肘をついてMoonを一瞥すると膨れっ面のまま視線を逸らした。
「ご主人サマ~♪ナルガ君連れて帰ってきたのニャニャニャ~♪」
トテトテと2足歩行で嬉しそうに那由多へと向かうエアリスに対して
「さすがエアリス~♪偉いのにゃにゃにゃ~♪」
とエアリスを抱きしめて頬擦りをして再会を喜ぶ那由多。
その様子を見つめるナルガに気付いたのか、エアリスはナルガにウィンクをする。
「ナルガ君も素直になろうニャ~♪」
「…。」
ナルガはバツ悪そうにそっぽを向く。
おおよその状況が掴めたのかJUNがMoonの肩をポンっと叩く。Moonが振り返るとJUNは優しく微笑むと頷いた。
「根競べも良いけれど、いつもの素直なMoonさんならこれからすべきことも分かるはずだよ。」
「ヒーロー…。」
JUNはMoonの背中をポンっと押し、Moonは頷くと歩いてナルガの隣に腰掛ける。
「…久々だな。」
「…そうだニャ。」
「お前まだ怒ってんのか?」
「…。」
「…お前と喧嘩別れしたまま死ぬかもしれないってのは嫌だから言っとくよ。ずっと冒険するって約束したのに、道具屋始めちまってごめんな。」
ナルガは言葉を咀嚼するとMoonの方を勢いよく振り返った。その顔には焦りの色が強くナルガはおどけながらも平静を取り繕った口調。
「し、死ぬかもしれないって何だニャ…?」
Moonはナルガの様子を見て苦笑すると、立ち上がる。そのまま大階段を登り始めた。数歩登ってから、ナルガに横顔だけ向け少し笑む。
「もし、許してくれんなら、応援しに来てくれや。」
「お、おい、待てニャ!」
「…じゃあな。」
Moonの消え入りそうな声を聞く。その背中がどんどん小さくなり、大老殿の中へと消えていく。ナルガに気を遣いながらJUN、ワトソン、Sai、那由多が登って行き同じように大老殿へと入っていく。みんなの背中を上半身を捻らせて見上げているナルガの頭をエアリスが軽く叩く。
「なっ、何すんニャ!」
「ナルガ君も素直にならないと、もしかしたらMoonさんと二度と会えなくなっちゃうニャ。」
「…。」
「私ももう行くニャ。私はご主人サマの傍にいたいニャ。例え何も出来なくてもニャ。」
「…。」
「応援したら、Moonさんもきっと喜ぶはずニャ。」
「…。」
「Moonさんはちゃんと決めたニャよ。ナルガ君も決めてニャ。男の子ニャンだからニャ。」
エアリスは優しく諭すようにナルガに囁くと急いで階段を登り、皆と同じように大老殿の中へと消えていく。
しばらくその場で俯くナルガ。どれくらいそうしてしただろうか。往来を行き交う人々を見る。ハンターと仲良く話をしながら歩いているアイルーがいた。それがふと、自分とMoonに見えた。あんな時期が自分たちにもあった。フッと寂しそうに笑うと、深い溜息を吐くとゆっくりと立ち上がる。
遠くに見える大老殿を睨みつけると、大声で叫ぶ。
「俺だって…とっくに決まってるニャ!」
ナルガは走り出す。懐かしき主人の匂いが強くなる其の方へ。