JUNの体に感覚が戻ってきたのは、丁度正午を回った頃だった。
クライアントとの初の接触はその限りではないが、タイムスケジュールとしてはあながち間違ってはいない時間帯だった。
ソファに横たわり痙攣を繰り返したJUNだったが、今では何事も無かったかのようにソファに深々と座り、冷めに冷めきったティーカップに口をつけた。
「ふむ。ダージ…もといアッサムティーは冷めても美味しいという新発見だよ、諸君。」
「確かに旦那様がちゃんと対応していればそんな【新発見】なかったですニャ。」
「師匠、逃げるなんて酷いじゃないですかー!」
Saiが悔しそうに地団太を踏んでJUNの逃避行に対して非難を示しているが、だからと言ってその背中に弓引く行為も十分に酷い。
何事にも全身全霊をかけて元気いっぱいに挑む彼女こそ、女性ハンターのSai。
ボーイッシュな短い黒髪に赤を基調としたデザイン重視の軽装。
JUNを師と仰ぎ、JUNの現役時代に共に世界中を飛び回ったハンターでもある。
弓の名手としてJUNの横には必ず彼女がおり、二人だけでも狩猟依頼の成功率は90%を誇った。残り10%の失敗はホットドリンクを携帯せずに出発してしまったことや、誤って捕獲クエストを受注してしまったことであり、どんなモンスターでも必ず討伐してきた。
SaiはJUNが引退をする際に武者修行のため世界中を飛び回ることにした。
多くのギルドや旅団が彼女を欲し、様々な好条件でのアプローチをかけたのだが、笑顔でこう返された。
「私の帰る場所はもう決まっていますから。」
そして1年。JUNの噂を聞き、こうしてポテナイに現れたのだ。
サプライズの意味を込めて「依頼」という名目を持って。
「まずは再会を祝おうか。…ところで依頼というのは一体何かな?どんなミステリーを持ち込んできたんだい?」
「祝う前に逃げたくせにー!」
ムキーとやや大袈裟にリアクションを取るSai。
共に冒険を始めてから、JUNの冗談には体全部を使ってリアクションをとってきた彼女を懐かしく思う。
ワトソンがSaiに紅茶を用意し、小さく一礼をするとJUNのいるソファの後ろに回り込む。よく出来たアイルーである。
「いつも通りの軽い冗談というものだよ、Saiさん。」
「嘘だー!師匠捕まえたときは息を切らしてたじゃないですかー!」
「息を切らしてたんじゃなくて、場合によっては息を引き取る可能性もある力強い剛射だったよ。」
そんなやり取り。
形はどうであれ、1年前と同じやり取り。
懐かしさをお互いに感じながら、Saiは本題に触れた。
「師匠。お力を貸してほしいのです。」
「ふむ?というと…?」
更に冷え切り、渋みが強くなった紅茶を口に含みながらSaiに続きを促す。
Saiはやや間を置いてから、真剣な面持ちに切り替えると咳払いを大袈裟にしてから口を開いた。
「どうしても手に入れたいアイテムがあるんです。」
「…今更手に入らないアイテムがあるのかい?」
「はい…未だ誰も成し遂げたことがない難易度レートSSS、4つ分けられたクエストの成功率0%。そのクエスト報酬。【始まりの四元素】。」
「…【始まりの四元素】?」
「【紅蓮に燃ゆるリング】【蒼穹穿つペンダント】【絶対零度のアミュレット】【迅雷のピアス】。その四元素を封じ込めた4品はそれぞれ、リングには火の情熱が、ペンダントには水の癒しが、アミュレットには氷の導きが、ピアスには雷の守りが封じられている。それらを身に着けた者はある境地に辿り着く。だ、そうです。」
必死に覚えたであろう説明文をやや覚束無い口調でなんとか言い切ったためか、Saiはやや満足そうに頷きながらJUNの反応を待つ。
「…もう一回説明してくれるかな?」
「うわーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!」
号泣である。
取り敢えず宥めるJUN。ワトソンはその後ろで深い溜息を吐いていた。
要約するとその眉唾物の4アイテムの効果はともかくとしてどうしても欲しいらしく、一度一人で挑戦してみたのだが見事に敗北し、名うてのハンター達とも挑むも敗走。これはもうJUNの力を借りるしかない、と思ったのだそうだ。
ようやく落ち着きを取り戻したSaiに淹れ直した紅茶を勧めながら、ご主人の不遜を詫びるワトソンを(流石だワトソン君)、などと思いながらJUNは底に数滴も入っていない紅茶カップを口に付け深く傾けた。
おそらく拒否をすれば、さらに泣き喚くだろう。そんなSaiを宥める手段を持っている昔の仲間は今この場所にはいない。JUNはカップをテーブルに静かに置くと、「依頼は引き受けたよ。」とやや諦めるように呟いた。
赤い目を爛々と輝かせながらテーブルから乗り出してくるSai。
「ほんとですか!?」
「あぁ。」
「やったーーーー!」
今にも飛び掛かってきそうなSaiを危惧したのか、JUNは立ち上がりソファから離れながら埃を被った思い出の品々に目をやった。
ガンランスの薬莢、折れた矢尻、大剣の切っ先。
1年前にあのとき受け取ったそれらを見れば、いつだって当時の記憶は鮮明に思い出せる。
あの夕焼けの禁足地での最後のクエスト。その時に渡し、渡されたこれらの品々。
前途を祝して朝まで飲み明かした集会所。あの時JUNに折れた矢尻を渡した彼女が大粒の涙をぽろぽろ零しながら言っていた言葉を思い出した。
「いつか師匠と、みんなとまた一緒に…!」
その先は嗚咽交じりだったのでよく聞き取れなかった。
でも、その先は誰もが知っていた。誰もが分かっていた。誰もが理解していた。
別れの日、いつまでも手を振って自分を見送ってくれた3人の姿を、もう振り返るまいと思いつつも振り返り、手を振り続ける3人を見て安心した自分の女々しさを、JUNは思い出していた。
幸いその後しばらくの依頼の予定は、無い。
ワトソンが甲斐甲斐しく出回って営業をしない限り、仕事なんてほとんど舞い込んではこないのだ。
それはそれで少し悲しいのだが。
「ワトソン君、少しの間留守を頼んだよ。」
JUNはそう言いながらお気に入りの着慣れた茶色いロングコートとテンガロンハットを手に取った。「名探偵セット」と称してSaiが餞別にくれた品だった。やや擦り切れているが新しい物を買うつもりもない。
翻しながら着込み、深々とハットを深々と被るとSaiとワトソンの方を向くJUN。
この言葉をまた言うとは思わなかった。でも、またいつかは言いたいと思っていた。
ハンターなら誰もが言う言葉。
ハンターになって初めてその言葉を放ったときは、どれほど興奮したことか。
「またみんなと一緒に…。」
一呼吸。
「…一狩り行こうか。」
渋く決め台詞を放つJUN。
「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!」
天井に頭をぶつけてしまうのではないかと思うほど飛び上がるSaiと、
「旦那様、コートが裏返しですニャ。」
と厳しい現実を突きつけるワトソンを背に、JUNは探偵事務所のドアを開けた。
すぐにコートを着直し、追ってきたSaiと町の出口まで歩いたにも関わらず、諸々の忘れ物を取りに戻るのには、等身大の勇気が必要だったが、ハンターとなった彼は引くことを知らなかった。
大きな溜息交じりの「いってらっしゃいニャ。」を背にJUNとSaiはポテナイを後にした。
向かうはバレバレにいるガンランスの薬莢と大剣の切っ先をくれた二人の元へ。