Hero   作:Gさん

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「On your mark」

散々に散らかしたテーブルや床に転がった瓶やつまみの類は既に無く、そして那由多の姿もそこには無かった。

店の奥からは焼いたベーコンの香ばしい香りが漂っては鼻腔をくすぐり、JUNたちは次々と目を覚ましてはおはよう、と眠そうに目をこすった。

Moonが起き上がり、JUNとSaiにテーブルに着くように促すと、那由多が店の奥から顔を出しながらおはよ~♪とどこまでも図抜けた楽しそうな声が響く。

4人が陰鬱な朝を迎えることはなかった。

一眠りすれば、どんな嫌なことがあったとしてもMoonの機嫌は元に戻るようだ。

那由多が順にサラダ、ベーコンエッグ、パンとミルクをテーブルに置き、那由多自身も席に着く。「いただきます」の声だけが重なった。

一年前も野外で同じようなことを繰り返していた。それから一年経ったというのに不自然さをまるで与えない、さも当たり前の日常のような朝食が始まる。

Moonがベーコンエッグの黄身をパンで潰し、黄色に染まったパンを口に放り込む。那由多が「またそういう汚い食べ方する~」と注意し、JUNもそれを真似て食べようとし、Saiに「師匠…分かってますよね?」注意される。

 

「食事が済んだら久々のバルバレを見て回るとしよう。戦闘の準備もそこで行うとしようか。」

 

「ナイスアイディアです、師匠!新しい矢も買わないと!」

 

「あー、私の相棒かなり錆び付いちまってるからなぁ、久々にメンテしてもらうかー。」

 

「私の大剣も~…綺麗だけど、磨いてもらおーっと♪」

 

那由多の発言にMoonが顔を強張らせたせいか、那由多の口調があからさまに上滑りになっていることを名探偵は見逃すはずもなく。

 

「那由多君、実は今もハンター稼業を続けているのかい?」

 

那由多はMoonの顔を見、バツ悪そうに頷くMoonを確認してからJUNに事情を説明する。那由多の説明を聞きながらニヤニヤと頷きながら、「ふーん?これはこれはMoonさん…ふーん?」などと言っているJUNに対して、Moonはパンを投げつける素振りを見せた。実際に投げると「Moon、食べ物を粗末にしちゃダメ~」と那由多が怒ることを知っているので、投げることはないのだが。

 

「とにかく!!そんなわけで資金は潤沢にあります!!ヒーローもSaiさんも十分に準備してね!」

 

無理やり押し切ってこの話を終わりにしようとするMoon。

食事を終え、那由多が紅茶を淹れてくる頃には、町は賑わい始めていた。ドアの外からは客を呼び込む威勢の良い声があちこちから飛び交い始めていた。

昨夜飲んだビールのように、カップから零れるほどの紅茶を注ぐ那由多の神経を二度三度と疑うJUNだったが、それには触れず静かに持ち上げ少量を口に含む。

 

「うん、この香り。ウヴァティーはこういう朝にはぴったりだ。そうだろ、那由多君?」

 

「えっとね、ジャワティ~って書いてあったよ~♪」

 

「まぁ、ジャワとウヴァは似ているからね。」

 

必要以上の苦し紛れで、己の知識量から相手を封殺しようとするのは名探偵の必殺技だった。

 

「私と那由多さんは今でも武器を使っているからいいけれど、Moonさんはメンテナンスと強化を、師匠は武器の新調しなくちゃ、ですね。私と那由多さんで適当に狩りに行って素材でも集めてきましょうか?」

 

この世界では武器や防具を作る際に、素材というものが必要となる。

一般的な武器防具自体は販売店でも販売されているのだが、狩猟したモンスターの素材を持ち込み、それを用いて加工した方が安価で且つ強力な物が製造出来る。また、更に強力な武器防具を作るにはそれ相応の強力なモンスターを狩猟し、その素材を持ち込まなければならない。

そのため、Saiは素材の有無を危惧したのだ。

肩肘を付いて紅茶のカップを手に取ったMoon。並々と注がれた紅茶の二割はテーブルに零れたわけだが、そんなことは一切気にも留めずMoonは少し冷ますように息を吹きかけながら渋い顔をした。

 

「そんなん悪いから大丈夫だよ。ヒーローなら市販の武器でも十分に戦えるだろうしさ。」

 

(過大評価が過ぎているよ、Moonさん。)と口を開こうとしたJUNだが、またもや那由多が申し訳無さそうに口を開いた。

 

「紅茶飲み終わったら、ちょっと付いてきてほしいの…。」

 

普段の口調よりも緊張感十割増しの那由多に、違和感しか覚えない三人だがそれぞれに頷いた。

紅茶を飲み終え、みんなで食器を片付けると店の中央にあるテーブルを仕舞い、椅子も片付けた。女性達は身だしなみを整えるため二階に上がってしまい、JUNは独り店内に取り残された。もし客が来てしまったら自分は店員だと思われてしまう。そのとき、私はちゃんと接客が出来るのだろうか。いや、やってやろうじゃないか、私は名探偵だ。名演技だって出来るはず。などと思っていたのだが、杞憂以外の何物でもなかった。

しばらくすると三人とも髪を整え、身支度も済んでいた。

SaiはJUNがネムリ草を撫でながら少し残念そうな顔をしているのを不思議そうに見つめていた。

 

「それで、那由多君。何処に付いて行けばいいのかな?」

 

JUNの言葉に一瞬物怖じした那由多だったが、覚悟を決めたように一人頷くとこっち!とやや大きな声で店の奥へと向かった。三人は互いに見あい、首を傾げると那由多の背中を追うことにする。

店の奥には先ほど那由多が調理を行ったキッチンがあり、その奥には外に通じる扉があった。外に出るとやや開けた空き地に小さな建物。南京錠が幾重にも施錠されたMoon達の店の在庫置き場兼調合所である。ここから「妙に目が痛くなる空気が飛んでくる」だの「嗅いだことのない異臭がする」だのと苦情が飛び交っていたため、近隣住人からはあまり良い評価はいただいていないようだ。

那由多は、その調合所の裏手から顔を出し、こっち!と三人に手をこまねいていた。

バルバレは元々土壌自体が乾燥しており、砂漠化が進んでいる。

三人は不思議そうに調合所の裏手に回り込むと、那由多は振り返り意を決した瞳でMoonを見つめ手を握った。

 

「Moon、その…怒らないで聞いてね。というか、見ててね。」

 

そう言うと、Moonの返事も待たずにみんなに背を向け両手で砂を掘っていった。

とうとう気でも触れてしまったのかと心配し、声をかけようとしたMoonだったが、砂と共にこちらに転がる物に目を奪われる。

人とは思えないほどの大きな眼球、白く太い角の一部、白銀の鱗や翼。Moonもハンター時代に良く目にしていた物が那由多の小さな手が砂を掻き出していくと同時にボロボロボロボロボロボロボロボロと現れた。

祖龍の素材だった。

 

「お前は犬かっ!!」

 

「きゃい~ん♪」

 

この転がっている素材を上手く組み合わせれば、祖龍の標本が出来てしまうのではないかと思えるほど、潤沢に、贅沢に、祖龍の素材が転がっていた。中には崩竜の素材も大いに交じっている。どう考えても一体や二体ではなく、それこそ乱獲されたようだ。

どこか遠い国の童話では、犬がここを掘れと吠え、主人がそこを掘ってみると大判小判がザックザクと現れたそうだが、それの比ではない。崩竜祖龍がザックザクである。

Moonが突っ込みを入れ、あまり怒っている様子はないことに安心したのか、那由多は事の全容について、目を泳がせながら明らかにした。

薬草を取りに行ったら遭遇した、と。

すぐさまMoonに小突かれる那由多。

 

「極圏とシュレイド城に薬草は生えていたのか…。あるとすれば…」

 

JUNが名推理を展開させる前に、Saiが静かに「そもそも生えてないです。」と否定した。

素材と資金は嫌というほどに揃った。

昼前に四人はある程度の素材と資金を持って町へと足を運ばせた。

那由多が昨晩かけた「closed」の看板だけがそんな四人の背中を見送っていた。

 

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