「もうすぐドンドルマだねぇ♪」
少し走り3人の方を振り返って後ろ歩きをしながら那由多は旅の始まりからずっと変わらず絶やすことのない笑顔を向けた。
「そうだな。っと、那由多、絶対蹴るなよ、そいつ!!」
Moonは未知の樹海の入り口にいた「クンチュウを一人で蹴ってドンドルマまで運ぶ」というオリジナル運搬クエストに夢中になっていた。クンチュウはもはや自らの防衛本能を悔やむことくらいしか出来ずに遠く離れた土地へとただその体を転がされていた。
彼女達には疲労という物が無いのか、と思いながらやや張ってきた太ももを歩きながら軽く叩き、水の入った革袋を腰から外し口に含むJUN。そんな様子を見ながらSaiは苦笑し、自ら持っていたユクモ特産の砂糖菓子をJUNに手渡した。
「師匠、もうすぐですよ。ガンバです!!」
「そうだね…。名探偵頑張る。」
水の入った革袋の栓を止めてから受け取った砂糖菓子を口に放り込みJUNは前方に見えるドンドルマの大門を見据えた。
大都市ドンドルマ。
険しい山あいに切り開かれたその土地は風を多く運び、それを原動力とするため多くの風車が存在する。風車やかざぐるまで有名なシナトのそれとは違い、実用的な使用方法に基づき利用されている。また豊かな水源もあり、人々は活気に満ちた生活を送っている。様々な地域への中軸となっていることもあり、施設の充実度や人口密度などは近隣の街とは比べ物にならないほどの躍進を遂げている。
指導者は大長老と呼ばれる巨大な竜人であり、その昔ラオシャンロンの頭を一刀両断するほどの猛者だったが、今は執政者としてその才力を存分に発揮している。
JUN達がドンドルマに到着したのは日も暮れ辺りが暗闇を帯び始めていた頃だった。残念ながらクンチュウは命からがらMoonの蹴りをかわすと一目散に逃げ出した。追い掛けようとするMoonを必死に制止するSaiと那由多を横目で見ながら、女性は強い生き物だということを再確認したJUNだった。
ハンター時代に拠点として世話になっていた宿「風の詩」に足を運び部屋を取る。店主は再会を心から喜んでくれた様子で「男性用シングル一部屋と女性のクイーンサイズ一部屋だね。毎度!」と当時と変わらぬ優しい口調でJUNたちを部屋へと案内した。部屋に荷物を置くと宿の1階にあるレストランにすぐに向かう。食事を運んできた店主と懐かしい話を交わしながら、久々のこんがり肉か砂糖菓子以外の食事を満喫することが出来た。懐かしい食事。懐かしい酒。懐かしい面々。
当時はそれが当たり前でいつまでも続くものだと思っていたはずなのに。
JUNは物思いに耽りながら、この店自慢の「山羊肉のソテー・モガハニーのレモンソースを添えて」を食べやすいサイズに切り、その一つを頬張った。当時同様に脂の乗った山羊肉と舌を優しく刺激するハチミツとレモンと香辛料を十分に満喫した。
Moonと那由多はドンドルマティーニというカクテルを浴びるほど飲んでいて、他所の宿泊客に絡んでいる。そして宿泊客にMoon達の代わりに謝罪するSai。
これも一年前までの光景そのものだった。何もかもが懐かしい。天井を見上げると当時泥酔したSaiが「曲射しますおーー!」と放った矢が作った風穴がそのままにある。
食事を終えると既に夜半を回っていたため、JUNは明日の予定をSaiと話すと一人部屋に戻った。
明日は一日自由行動とし、明後日はいよいよ第一のクエストを受ける。
無謀だと思う。だがこの四人で出来ないことなんて唯の一つも無いことをJUNは誰よりも信じていた。部屋からベランダへと向かい、夜風に吹かれながらJUNは静かに微笑んだ。
ふと視線を落とすと暗がりの中、通りを歩く一匹のアイルーを見つけた。アイルーもこちらに気付き通りからベランダの真下へと走り出した。どおりで妙に見覚えるあるアイルーだったとJUNは後に語った。
「ようやく見つけましたニャ。」
「ワトソン君…かな?」
「私以外、ご主人様に用のあるアイルーなんていませんニャ。」
呆れた口調で溜息を一つ吐くと、ワトソンは背中に担いだボゥガンを背負い直し建物の柱や隣の屋根を颯爽と駆け上がり、JUNの部屋のベランダの手すりに静かに着地した。
物音一つ立てないアイルーならでは身のこなしでそれらを行い、ワトソンは右足を後ろに下げ左足をおごそかに曲げながら頭を少し垂れる。
「御機嫌ようニャ、ご主人様。」
「あぁ、御機嫌よう、ワトソン君。」
しばらくの間。そして、それからJUNが口を開いた。
「ワトソン君、留守を任せたはずなのだが、どうしたんだい?」
「……。」
口をつぐむワトソンを不思議に思い、JUNはワトソンの顔を覗き込むようにしゃがもうとするが、それに気付いたのかワトソンは口を開く。
「…依頼が来ましたニャ。」
「依頼?ふむ…この名探偵を欲する者はまだまだ世界中に星の数ほどいるものだ。名探偵に休む暇なし、か。ハハ、帰ったら忙しくなるね、ワトソン君。それで、依頼主は誰だね?」
「…私ですニャ。」
「ふむ?」
「さっすが迷探偵は言うことが違いますニャ。」ときつい返しを期待していたJUNであったが、気弱く返事を返してきたワトソンを少し気遣いJUNはワトソンの頭を撫でた。
「ワトソン君が依頼だなんて、初めてじゃないか。」
「…言われてみればそうですニャ。」
「では、依頼内容を聞こうか、ワトソン君?」
「ポテナイの街でご主人様が危険なクエストを受けるという風の噂を耳にしましたニャ。」
「ふむ?あぁ、確かにあれは危険だね、うん。しかし、それと今回のワトソン君の依頼と何か関係があるのかな?」
JUNの質問に返す言葉を考えるワトソン。JUNは気付いていた。ワトソンが下を向いたままで小刻み震えている理由とその依頼内容さえも。1年近くの付き合いだが、相棒のことは手に取るように分かる。JUNは更に慰めるように優しくワトソンの頭を撫でた。
一滴、また一滴とベランダの床を濡らす涙。夜風が一つ、二人を後押しする。
撫でているJUNの手をワトソンが両の手で掴む。冷たく心地よい感触の肉球がJUNの手の甲を精一杯握りしめた。顔を上げたワトソンの瞳からは大粒の涙が瞳から零れ、ベランダの床を濡らしていく。
「必ず、ご無事で…帰ってきてほしいニャ…。」
嗚咽交じりに必死に思いの丈を伝えるワトソンの両手を、もう片方の手でゆっくり握り返すJUN。
出会った時、瀕死の重傷を負っていた時でさえ毅然として振る舞い、今まで泣き言一つ言わずに付き従ってくれた相棒。今まで一度足りとも涙を見せることが無かった相棒にJUNが言える言葉はただ一つ。いつもと同じ口調でJUNは返した。
「その依頼、この名探偵が引き受けた。」
その夜ワトソンはJUNと同じベッドで眠った。思えば久しくそうしていなかった。伝えたいことが山ほどあったワトソンは、時に楽しそうに、時に悲しそうにそれぞれを語ってくれた。
JUNが去った後ポテナイでJUNの噂を耳にし、心配で大急ぎで追い掛けたこと。バルバレで心無い女性に嘘を吐かれJUNを探すのに時間がかかったこと。旅の途中モンスターに襲われたが思ったよりもボゥガンを上手く扱えた自分に驚いたこと。ドンドルマへの道すがらこちらに気を留める事無く必死で未知の樹海に向かう瀕死のクンチュウを見かけたことなど、安堵と疲労に満ちた体に鞭打って必死にJUNに伝えたが、いつの間にかワトソンは眠りに落ちていた。
ワトソンの寝息を聞きながら、JUNもいつの間にかまどろみの中へと誘われた。