あれから二つの月を過ごし、アインクラッドは平穏が訪れていた。
年が明けると俺達は宣言通りに解散し、それぞれが元居た、あるいは新たなギルドへとなじみ始めていた。
俺は最初、黒猫団には戻ろうとは思っていなかった。
相手が殺人者であったとはいえ、自ら人を殺し続けた狂人である俺が、黒猫団にいる資格など持ち合わせていない。そう考え、距離を取ろうとした。
けれども、そんな俺を引き留めたのはユウキだった。
「ジン、帰ろう?」
ユウキが小さく掴む装備の端から、色々な感情を感じた。
その中に罪悪感は無く、嫌悪感も無かった。
PKKに所属したユウキだったが、殺人は一度たりとも犯すことは無かった。
いや、させなかった。
対人戦の訓練の際に、俺はユウキ専属の指導者として、戦い方や狙い方、身のこなし方などを指導していたが、殺し方だけは教えなかった。
実戦においても、俺はユウキの補助に専念し、ユウキが相手の両手両足を切り裂き動けなくさせた瞬間を狙い、俺が止めを刺した。
バーチャルであったとしても、消し去る命の感触は現実と変わらない。
温かく滑るような血の感触が、纏わりついて離れない。
こんな穢れた俺は、相応しくない。
しかし、ユウキは言った。
「そんなことない!!」
俺の手を強引に引っ張って、転移結晶を使い黒猫団のホーム内へと転移した。
出入り口にユウキは立ち塞がり、俺の退路を断つ。
突然転移してきた俺達に驚く黒猫団の皆。
ケイタ、テツオ、ダッカー、ササマル………サチ。
皆驚き硬直していた。
しかしそんな中で、ユウキは満面の笑みを浮かべて、言い放つ。
「皆!!ただいま!!」
これを聞いた皆は、同じように笑顔で「おかえり!」と返してくれた。
ケイタは「無事で良かったぜ」と俺を抱きしめ、テツオはユウキに「良く戻ってきてくれたな」と肩を叩き、ササマルは「まあ二人とも、まずは座らせてあげようよ」とイスを二つ引いた。
サチはと言うと、その場で泣き崩れた。
直後、ただいまと言って扉が開かれ、キリトとアスナが入ってきて、この状況に混乱していた。
けれども、俺とキリトとの目が合う。
俺は小さく
「ただいま」
と言う。
すると帰ってきた二人も状況を理解したのか「おかえり」と返してくれた。
俺が人殺しであることを理解していてなおも、そんな俺に手を差し伸べてくれる皆。
ユウキを見ると、俺に笑顔を送ってくる。
……ああ。その通りだ。皆、俺達を待っていたんだな。
差し伸べられた手を掴み、立ち上がると、俺は改めて言った。
「皆、ただいま」
その後、ギルドホームに置き去りにしてしまったホタルから怒涛のメッセージ三昧を喰らい、大量の謝罪文を返した後で迎えに行き、そしてめでたく黒猫団の新メンバーとして迎え入れられた。
その時に初めて知ったことだが、俺のいない間にキリトとアスナもちゃっかり黒猫団に入っていたらしい。
そんなこんなあって、結局俺は黒猫団の皆と過ごしていた。
今日はキリトが女子をナンパしたらしいと言う情報が回ってきたので皆でこっそり尾行…………
していたのだが、キリトは索敵スキルを優先的に上げていたらしく、あっさりバレてしまい、皆で47層にピクニックしに来たと言うことになった。
しかしキリトもナンパ力があるらしく、ナンパした相手と言うのが巷で有名なドラゴンテイマーことシリカであることに最初は俺も驚いた。
けれどもユウキやキリトと話しているうちに場は和気藹々として来て、今は雑談に花を咲かせていた。
「皆さん、すごくレベルが高いですね。私なんてまだまだで………」
「だいじょぶだって!ボクだって最初はそんな感じだったんだから!これから上達すればいいって」
どの口がそんなことを言ってやがる。アホみたいに戦闘してやがったお前が言ったって全然わらえねぇよ。
シリカを励ますユウキに対してそんな悪態を吐くが、決して口に出さないのがポイントだ。
けれどもシリカはまだ落ち込んだままだ。
「けど皆さん、ボス攻略とかにも参加しているんでしょう?」
「そうだな、ここ最近はほぼ毎回参加してるな」
「45階層のボスが俺は一番厄介だったな」
話題はボスへと推移していった。
けれどもボス攻略に参加しなかった俺は話に合わせて相槌を打つしかできずにいた。
無論ボスのことには興味があるしこれからの攻略に役立つかもしれないし、喋るのは得意じゃないので誰かが話してくれていると気が楽だが、ずっとだんまりも好きではないのだ。俺、相当面倒な男だな。
「45というと…………確かブレードドラゴンと聞きましたが?」
「そそ。高威力スタンブレスに剣尾のスードスキル。おまけに空飛んでるから攻撃が全然当たらないし、そりゃもう厄介だったんだぜ?」
飛行する敵の厄介さは俺も良く分かっている。
現実世界でもハエだのハチだの蚊だのが面倒だった。
って現実とこっちじゃ勝手が違うか。
「それでも倒したんでしょう?凄いです!尊敬します!」
シリカとやら。そんなに褒めるんじゃない。
ダッカー。下心見え見えだぞ。鼻の下伸ばしてんじゃねぇよ。
明らかにお前じゃなくてキリトに言ってたからな?
「いやでもハーフポイントのボスが一番強くなかったか?」
ハーフポイント、つまり50層。節目の階層ボスは強いことは知っていた。
5の倍数の階層は他の階層よりもわずかに強く、10の倍数は明確な強さの差があり、25層のボスは飛び抜けて強いと聞いている。
その法則で言うならば50層は他よりもより強いことだろう。
「あの髑髏皇帝だっけか?ありゃ異常だって。タンクの体力が一気に3分の1も削れるとか……」
「敵のソードスキルもそうだが、雑魚も強かったからな」
あれか、第一層のイルファングと同じような取り巻き有の敵だったのか。
ボスの異常な攻撃力に、強化された雑魚敵………悪夢だな………
このことを思い出したのかテツオとアスナは顔を青くして体を震わせている。お前らにそこまでさせる敵………想像するのは止めよう。
「!!下がれ、敵だ!!」
和気藹々とした雰囲気をぶち壊しにする不届きものか。
と、前を見ると任〇堂の人気ゲーム、マリ〇に出てくるパ〇クンフラワーそっくりな敵がキシャァァァ!!とその大口を開き、毒液を飛ばしツルを振り回して威嚇していた。あの敵を見て卑猥なことを考えてしまったが俺は悪くない。
キリトとユウキは片手剣を構え、足を肩幅に開いた。
だが遅い。
その時にはもう既に俺は敵の懐に近接し、ツルを全て断ち切っていた。
俺の行動にユウキを除く全員が速さに驚愕していた。
驚く暇があったらさっさと加勢に来いよと思ったが、この程度の雑魚敵如き俺一人でも問題は無いので、その言葉は胸にしまっておく。
「ふっ」
全身の数か所を刺した時、漸く麻痺毒が回ったのか植物型の敵が動かなくなる。
ステータスバーに麻痺のアイコンがあることを確認し、シリカを手招く。
「麻痺が切れないうちに止めを刺しな」
「あ、はい!」
走り、高く跳躍すると勢いよく脳天に刺突を与え、着地して更にソードスキル<クロス・エッジ>で切り裂くと、敵はポリゴンとなった。
キリトが剣を収めているのを見ると、周囲に敵はいないらしい。
剣を収めると皆再び雑談に戻った。
シリカは「ありがとうございます」と頭を下げて、皆のいる所へかけていく。
礼儀正しいなぁ……ユウキとは違った愛らしさを感じるな。ただシリカはどちらかというと妹系な愛らしさがあるな。
ではユウキはと言われると………そうだな。ユウキは天真爛漫な幼馴染な感じがするな。ケイタ達は同級生の悪友ってところか。ちなみにサチはクラスの気弱な委員長な感じで、アスナは頼りになる先輩な感じがした。
そんなことを考えているとケイタが駆け寄ってきて、俺の肩をバシバシと叩いた。
「ジン!お前あんなに強かったのかよ!?俺達よりも絶対強いじゃんかよ!」
「減ってる減ってる、HP減ってるから力を落とせ!」
減ってるとはいっても微々たるもので、戦時回復(バトルヒーリング)によってすぐに回復してしまうのだが。
「ふふん。本気のジンはこんなもんじゃないけどね!」
「何故にお前が威張るんだ」
「てへっ」
握り拳を頭に押し当て、ウインクしながら舌を出す。何だこの可愛い生き物は。
と、一瞬魅了されかけたが、我に返るとこいつめとデコピンをお見舞いしてやった。
しばらくの間、雑談と戦闘を繰り返し、先に進む事1時間。
視界が、奥にある小さな台座のようなものを捉えた。恐らくあそこが目的地なのだろう。
ここに辿り着くまでに目の保養になりそうなことが一度位あってもいいじゃないかと思ったが、俺とキリト、更にはアスナにユウキまでいるこの状況では、モンスターの虐殺以外の未来は無かった。
一面の花畑は心を浄化してくれたが、欲に塗れた心を最も癒すような出来事が無かったことに俺はひっそりと悲しんだ。
「キリトさん、あそこですか?」
「ああ、あそこにプネウマの花が咲くんだ」
それを聞くや否や、駆け出すシリカ。
プネウマの花に関してはある程度の情報は持っていたが、用途などはあまり知らなかった。
高値で売買され、香料や装飾品として使われることもある程には有名なのだが、いかんせん入手率が低いのか値段は右肩上がりだ。
けれどもこんなにも簡単に手に入るのならどうしてあんなにも高いのだろうかという少しの疑問もあったが、それはさして重要なことではないだろうと気にしないことにした。
シリカはすぐに台座の所へと到着した。
しかしその表情は更に曇っていく。
そしてキリトに向かって叫ぶ。
「花が………花が、咲いてないです!!」
「落ち着け!よく見てみろ!」
シリカはもう一度、台座を見る。
すると曇っていた顔はすぐに晴れやかな表情に変わる。
どうやら最初から咲いているのではなく、条件が揃わなければ入手できない品だったらしい。
高騰し続ける値段の理由を納得した。
「キリトさん!ありました!ありましたよ!」
シリカがこちらに駆け寄ってくる。その手には、小さく可憐な薄青の花が一輪、摘まれていた。
これがプネウマの花かと、俺も少し覗き込んだ。
話しには聞いていたのだが、何気に実物は見たことが無かったので、その実物をみてみたかったというのもあった。
「………小さいな」
俺はその花の小ささに驚いた。
シリカの小さな手でも覆い隠せるほどに小さいその花如きに、下手な装備以上の値段が付くことに驚きを隠せない。
「まあ俺も実物は見たことなかったが、こんなもんじゃないか?」
キリトは取引価格を知らないのかこんなことを言う。
しかしシリカはとてもうれしそうだ。
「これでピナも生き返るんですね!?」
生き返る?
どういうことだろうかととぼけてみるが大方の予想は付いていた。
何か、いや、戦闘中にダメージを負って倒れてしまったのだろう。
そしてそこから、これがテイムした生物を蘇生させるアイテムであることに行きついた。
「ああ、そうだ。早くホームに戻って生き返らせてあげよう」
キリトがはしゃぐシリカを宥めるように言う。
けれども興奮冷めやらぬシリカは、嬉しそうに笑みを浮かべて、けれどもキリトの言葉はちゃんと聞いていたのか元気よく「はい!」と返事した。
しかしなるほど。テイムした動物の蘇生アイテムだったのか。
それなら値段の理由も納得がいく。
ただでさえ少ないテイマー。そしてテイムしたモンスターを殺されてしまったとしたら、大金を積んででも欲しがるほどのアイテムだ。
「………」
嬉しそうなシリカに対して、少し悲しそうな目をするキリトに疑問を感じたが、その心中は分からないままだった。