ソードアート・オンライン 幻影の暗殺者   作:双盾

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ユウキの秘密

ラフィン・コフィンを壊滅させた数日後、俺達PKKギルド『shadow』は正式に、解散を表明した。

PKギルドの根絶を目的に掲げていた俺達は、弱小PKギルドの援助を行い、更にはPKギルドの頂点でもあったラフィン・コフィンを壊滅させた。これ以上はもう、PKKギルドを存続させる必要は無いと、正式な解散に踏み切ったのだ。

世間は正しく平和を取り戻した。

 

しかし、俺には一つ。気がかりな物があった。

あの時に見たユウキの戦闘についてが、ここ数日俺の中で靄のように、晴れることの無い日々を送らせていた。

だが、それについてユウキに問うた時のあの悲しそうな表情を見せられた時、俺はそれ以上の追及をできなかった。

何か秘密があるのは分かっている。けれども、あのユウキがあそこまで悲嘆に暮れるた表情を見せたことが無かった故に、誰よりも明るいユウキを傷付けたくは無い。だから俺はこのどうしようもない蟠りに包まれ、晴れることの無い日々を送っているのだ。

 

そんなある日のことだった。

ユウキから話しかけられ、

 

「ボクも、話す覚悟を決めたよ。ジン、今日の午後の5時30分にこの場所に来て」

 

地図を渡すとユウキはその姿を消した。

俺はしばらくの間、らしくもなくその場で呆然と立ち尽くしていた。

だが、ユウキは覚悟を決めたと言った。その言葉が耳の中を反復し、それは俺の意識を仮想世界へと呼び戻した。

………俺も、ユウキの覚悟を受け入れるだけの覚悟を決めなければいけないな。

 

ボス戦前の時のように心を叩き、鍛え上げる。不必要な感情を削ぎ落とし、己の全てをさらけ出す。

ユウキは、その悲嘆を覚悟したのだ。

ならば俺は、全てを受け入れ、悲嘆でさえもを癒すだけの人になろう。

この世界で俺を最も支えてくれたのは、紛れもないユウキだ。

今度は俺が、心の底からユウキを支えられる人間になる。その為の、俺の覚悟はもうできている。

さぁ、向かおう。覚悟の見せ場へと。

 

 

 

 

 

 

現在時刻、午後5時30分。

指定された部屋の前に俺は立っていた。索敵や聞き耳スキルを使い部屋の中を探ってみてもプレイヤーの反応が一つあるだけ。

部屋の扉越しでも分かる。部屋は緊張感に満ちている。

 

よくわからない汗が噴き出す。

けれど俺は、ユウキの覚悟を裏切らない為にも、自分の裏切らない為にも、この部屋へと入らなくてはいけない。覚悟は決めている。あとは、ノックするだけ。

 

「すぅぅぅ………はぁぁぁ………」

 

深呼吸を一つ。

そしてノックを二つ。

小さく叩いたつもりだったが中に音を響かせるには十分すぎたようで、中から小さく「ひっ」という悲鳴が聞こえた。

 

「俺だ。入っていいか?」

 

「あ……待って、今開けるから」

 

小さくカチャリという開錠の音の後でキィィィと音を立てて扉が開かれた。

部屋の扉を開けたユウキの顔は、少し疲れているのかやつれているように見える。

しかしここで体調を心配し気遣う発言はしない。それは互いの覚悟を汚す、無粋な言葉だ。

 

「ジンは座ってて」

 

「そうか、分かった」

 

俺は図々しいとは思ったが、おとなしくユウキの指示に従いソファに腰掛ける。

その間にユウキは再び扉に鍵をかけて紅茶を入れて持ってきた。

ユウキは向かいのソファに座ると紅茶を一口啜って、やがて互いが無言になる。

その無言を先に打ち破ったのも、やはりユウキであった。

 

「うん、どこから話せばいい?」

 

「………俺としては、あの異質なまでのこの仮想身体(アバター)との一体感を教えてもらえればいいと思っていたんだけど、それだけでは説明しきれなさそうだ。いいよ、全部聞くよ」

 

「じゃぁ、どこから説明しようかな………」

 

 

 

 

 

 

 

「ボクはナーヴギアを使っていないってところから、説明しようかな」

 

ナーヴギアを使っていない?

 

「うん。ボクが使っているのはメディキュボイドっていう医療用ナーヴギアみたいなものかな。

 ナーヴギア以上に感覚のシャット能力が高くて、一般販売されてないところが大きな違いかな」

 

一般販売されていない…………

つまりそれは、一般的な人物ではないということ。

国家の高位な役職についているのか、あるいはそういう人物の娘であるのか。

あるいは実験段階の機械のモルモットとして使われただけなのか。

 

「その顔は色々考えてるね?でも多分全部違うよ

 ボクは後天性免疫不全症候群っていう病気でね…………皆はエイズって呼んでるらしいね」

 

エイズ………

一般的な、健康的な生活を送っていればなんら関わるはずの無い病。

日常的にかかる病でもなければよく聞く名前でもない。

後天性免疫不全症候群。最近はその病に対する見方は優しいものへと変わりつつあるが、しかし少し昔までは死と直結しているような捉え方をする人も多くいた。

 

「メディキュボイドは確かにナーヴギアよりも優秀かもしれない。

 でも、病そのものを直せる訳じゃないんだ」

 

分かってる。分かってるさ。

病自体を直すための物ではない。

病の苦痛をシャットするための物。そして、病と向き合う時間を作るための物。

終わりと対峙しなければならない状態。それをなんというか、俺はそれを知っている。

それは―――――

 

「ジン、そんな悲しい表情しないで。ボクは大丈夫だから

 そう。メディキュボイドがその真価を発揮するのは終末期の人…………」

 

その理論で言うならば、ユウキは。

 

「うん、もう薬では回復が難しい所まで来ちゃってるんだ………」

 

ユウキ…………お前こそ、何て顔してんだよ…………

泣きながら無理に笑ったって、そんなの、無理してること丸分かりなんだよ………っ

 

「ボクもそれは分かってた。でも信じたくなかったんだ。

 だからこうやって、ゲームをして、現実から目を逸らして、気を紛らわせて」

 

俺は、ユウキの全てを受け入れる覚悟なんて軽々しく口にしてた。

けど、ユウキは俺の軽い言葉なんかじゃどうにもならないほどに苦しんできたんだ。

辛い世界を生き抜いてきたんだ。

なのに………俺は………………っ!!!

 

「このSAOだって、ボクが先生に無理言ってやらせてもらった物なんだ。

 でもボクは、この世界に来れたことを後悔なんかしてない。むしろ感謝してる位なんだ」

 

ユウ……キ……?

 

「この世界でボクは、たくさんの仲間に出会えた。ジンにも出会えた。

 でも、皆にはバレたくなかったから、少し力を抑えてやってたんだ。

 けどね皆といると楽しくて、嘘ついてる自分が悪者に見えて…………」

 

……………

 

「悪者だって分かってる。

 だけど、皆と離れたくなくて………

 それでもボクはこのゲームがクリアされるまで生きてる保証は無い。

 でも……それでも……ボクは!まだ皆と一緒に――――――」

 

 

 

 

 

 

「ユウキっ!!」

 

俺はユウキを抱きしめた。

ユウキは驚き、体を硬直させていた。けれども俺は抱きしめる力を弱めたりはしない。

そうでもしないと、ユウキが消えてしまうような気がしてならなかった。

 

「じ、ジン?」

 

「俺も………」

 

「え?」

 

「俺も、まだお前と一緒にいたい………っ!!」

 

ピクリと指先が震えた。

俺の顔はきっと涙に濡れて酷い有様になっているだろう。

けれどもユウキもまた、その瞳に涙を潤ませていた。

 

「お前は嘘吐きでも、悪者でもない。俺が保障する。

 そしてお前は死なない。俺が死なせない」

 

「じ、ジン………もう…無理だよ………」

 

哀しそうにつぶやくユウキの顔には、消し切れない悲嘆の色に混じって、そう遠くない未来での死への恐怖の色が見え隠れしている。

だらんと脱力し、希望は潰えたという自らの思考を体現する。

そんな彼女に、俺は抱きしめる強さを更に強くして言った。

 

「無理じゃない!!ユウキ、お前はここに来て強くなった。

 ステータスだけじゃなく、心も。その変化は、必ず現実の肉体にも影響を及ぼしてる!!

 病は改善されている!!絶対に。俺が約束する!!」

 

「そ…なの………」

 

小さくユウキが呟く。その呟きはあまりに小さく、これだけ密着しているというのに完全に聞き取ることができなかった。

しかしその一瞬後、ユウキはだらんとぶら下げていた腕を上へと引き上げ、持てる全ての力で俺の服の胸元を掴み、睨みつけるようにして叫んだ。

 

「そんなの分かる訳ないじゃないか!!

 ジンにボクの苦しみの何が分かるって言うのさ!!!

 死ぬことが確定的になったボクを慰めてるつもりなの!?

 ボクはそんなこと、一度だって求めてない!!!」

 

これがユウキの本音。

激情に浸食され、思うがままに自らの本音を吐露しなければ、聞くことのできないユウキの本当に思っている感情、思い、その全て。

未来への恐怖。いつ来るやもしれぬ死に怯える日々。

周りからの蔑みと嘲笑。そして圧し掛かる重圧の数々。

年端も行かぬ少女が背負うには、あまりに重すぎる死とそれを取り巻く数々。

 

「ボクだって本当は死にたくない!!!

 でもどうしようもないじゃないか!!!

 色んな薬を試した!!!数えきれない、でも忘れられない無数の苦痛!!!

 手は全て尽くした。その結果が今のボクなんだよ!!!

 中途半端に希望見せて、また悲しくなるだけなら、もうこれ以上希望なんて見せないでよ!!」

 

怒りに染まりきったユウキに俺は一つ問いかけた。

 

「なぁユウキ。そんなに悲嘆しきった生き方してて、楽しいか?」

 

「楽しい?そんな訳ないじゃないか!!」

 

「ユウキは今を生きている。まだ死んでない。

 生きている全ての生物には、今を楽しく幸せに生きる権利がある。

 未来にもっと希望を持ってもいいんだ」

 

「どうやって希望を持てばいいのさ!!!ジンがボクの病気を治せるの!?

 できないんでしょ!?だったもう放っておいてよ!!!

 どうせボクはすぐに死んじゃうんだからさ!!!」

 

パァン!!

小さな乾いた破裂音が部屋に響き、反響した。

 

「えっ」

 

何が起きたのか把握しきれていないユウキ。

そっと叩かれた頬を抑え、ぽかんとした表情で俺を見つめるユウキ。

俺はその手の上からユウキの頬を優しく撫でる。

 

「そんな哀しいこと言わないでくれよ。

 そりゃ俺はエイズになったことなんて無いからユウキの気持ちは分からない。

 でも、俺だって少し前までは人生のどん底の、自殺一歩手前まで踏み込んでいた人間だ。

 死を垣間見た数だって他の人よりもずっと多い。

 だから他の人よりも、ユウキの気持ちを理解できていると思ってる」

 

自殺一歩手前の俺がここまで生きてこれたのは、俺に救いの手が差し出されたからだ。

けれども俺には現状、ユウキを助け出すだけの手段は無い。

俺に救いの手を差し出すことができないと決まった訳じゃない。

だから俺は、持てる全てを尽くしてユウキを救済してみせる。

 

「俺が言っておいて何だが、希望を持てと言ったけどさ。

 その具体的な方法はまだ何も考えてなかったんだ」

 

「だから何だっていうのさ。希望を探すことを希望にしろとでも言うつもりなの?」

 

「一人で悩め何て言ってないさ。

 俺はユウキが悩んだ時は一緒に悩んで、辛い時は一緒に寄り添ってあげたい。

 俺が一緒に辛さも、苦しさも、一緒に傷付いて、寄り添って歩くからさ。それじゃダメかな?」

 

誰かが言っていた。

頑張れと励ましたり、応援したりすることができる人は凄い。

けれども、その言葉は時に白々しく聞こえることがあって。

そんな時に一緒に傷付いて、悩んでくれる人がいると、とても心強くなれる。

俺は助けることはできない。けれど、そっと寄り添って、共に傷付いてあげられる。

そんな人間になりたかった。

この言葉は、ユウキに届いただろうか。

 

「ぼ、ボク、は………」

 

ユウキは瞳から涙の雫を垂らしながら俯いていた。

 

「叩いて悪かった。それでも俺が言った言葉に嘘偽りはないから。それだけは信じて欲しい

 俺は、ユウキの本心の答えが聞きたい」

 

「ボク、は…………っ!」

 

掴んでいた胸元から手を離すと、怯えたようにゆっくりとその腕を俺の背へと回し、胸元に顔を埋めた。

ユウキは、顔を埋めたまま小さな声でその答えを返した。

 

「ボクは……ジンが一緒に居て欲しい」

 

「分かった。これからも、ちゃんとユウキと一緒だ」

 

「うんっ……うんっ………!」

 

小さく嗚咽を零しながらも、ユウキのその声と表情は嬉しいそうに何度も頷いた。

そんな彼女を、俺は抱きしめて優しく抱きしめて、ユウキが落ち着くまで動くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

ちなみに、その間ずっとハラスメント警告が表示されており、ユウキが間違えて牢獄送りを実行しますかという所でYESを押しそうになって慌ててメッセージについての説明を始めたのは二人だけの秘密だ。




今日は私の誕生日ですが生憎の腹痛。ちなみに去年もでした。恒例行事ですね腹痛。

一時間後にもう1話投稿します
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