「い、今なんて…?」
もう1つの世界?いったいなんの話だ。
だいたい、こいつは…誰…
「私は、
葵は硬直した。ついさっき翠の遺体を見た。血色が抜け落ち冷たくなった、双子の弟。その弟の死が受け入れられなくて、考える力も沸かなくてただ、泣いていたというのに…。
考えが上手くまとまらない。
この医者はふざけているのか?
冷やかしなのか?
だとしたら、とんでもない冗談を言う。
葵はカッとなって思わず西門に食らいつき思いっきり殴りつけてしまった。
右の拳を力任せに相手の左頬に打ち込んだ。左手で西門のシャツの
はぁはぁと怒りで息を荒げる葵に西門は体勢を立て直し、ゆっくりと視線を返した。
その瞳を見て葵はビクリとする。
「弟さんがとっても大事だったのですね…」
向けられた視線は、殴られた事の動揺でも怒りでもなく ただ、
葵はふと体の力が抜けて、ガクリと膝から崩れそうになる。それを倒れこむ前に西門はスルリと受け止め支えてあげた。
「大丈夫ですか?」
慌てることの無いゆったりとした声で西門は葵に問いかけた。
葵はどうにか頷くと、西門に促されるままに先程の椅子にもう一度腰を下ろした。
「すいません…驚かれるのは無理ありませんね、でも本当に事実なんです。」
葵は大きく息を吸うと、うつむいたまま小さく「話を聞かせてくれ」と言った。
床に視線を落としながら葵はゆっくり目を閉じた。自分を落ち着かせるように。そして西門が話し出すために息を吸い込むのが聞こえた。
今からお話するのは、きっとあなたの想像をはるかに越えたものになります。そして、想像してください。ありとあらゆる可能性を。
その前置きを語ってから西門はまたゆっくりと話を続けた。
パラレルワールドという存在をご存知ですか?
葵さんは、今、私たちが生きている世界は 常識では1つしかなく、そしてその世界には、哺乳類や爬虫類、そして両生類という多用な生物が生きていて、その中に「人間」という種別があり自分はその一員でこの世界に生きているという認識を持って生きてきたことでしょう。
ですが、現実は違います。
私たちが生きている世界と同じように
空間、時空の一皮向こうに、星の数ほど実は世界が存在します。
そして、その世界の1つ1つに、葵さん、そして私もそれぞれ別の個体として生きています。ですが「魂」は
まぁ、この種族の話は今はいいでしょう。
そういうと西門は葵の座っている椅子から通路を挟んで隣の席にゆっくりと腰を下ろした。そして、また話の続きを語りだした。
ひとまずは、世界は1つではなく、異次元が無数にあり、その中の1つの世界に今のあなたは生きている。と理解をしてください。あまりに突拍子もない話でしょうが事実です。
そして、ここからが問題の話です。
実は、この世界では、ある問題が生じています。それは多の異世界から見ても類を見ない「とある禁を犯している人達」がいるのです。
それが、今回あなたの弟さんを巻き込んだ理由でもあり、取り戻すきっかけにもなります。
ぱっと顔を上げた葵を
この世界の人達が犯した罪、それは
進んだ化学の力で強制的に "1つの世界を作り出した"という事です。
無論、他の異世界のように自然に生まれた世界では無く人間が己の私利私欲の為に作り出した虚像の世界。
多の世界とは全く異なる違う世界を
この世界の人達が作ってしまったのです。
「ちょ、ちょっとまてよ。話が見えねぇ!」
そこまで黙って聞いていた葵もついに、我慢が出来なくなって口を開いた。世界が無数?パラレルワールド?いったい何の話だ。
翠が生きているという言葉で耳は傾けたが、まるで話が見えない。
確かに、今の科学力は凄いものがある。
家庭用ゲーム機やスマートフォンに多彩な機能がついていて、眼鏡型の装置を装着するだけでバーチャル空間に自分自身が写し出され、1つのゲームにしても まるで自分自身が本当に戦っているような気分になれるようなゲーム機が各種、各家庭にあって当たり前のこの時代だ。本当に目覚ましい科学の進歩があることは事実。だがしかし
1つの世界を作り上げるなんて…非現実的な話、信じられない。それこそアニメやゲームのような話だ。
しかも、パラレルワールドの話まで持ち出されてもう 何がなんだか分からない。
でも、そんな話をこの西門という男はさも当たり前の事を話しているような淡々とした
話の内容を理解出来ない葵は、不信感に満ちた気持ちで西門を見つめ返した。
「信じられませんか?」
そんな葵の心境を察したのか、西門はニコリと笑ってそう言った。葵はギクリとする。
「あんたの言うように、誰かが世界を作り出したとして、その世界を作った事と
話を信じた訳ではないが、葵にはそこが一番重要だった。
「そうですね、葵さんにはそれが一番知りたい所ですね…」
一拍おいた後に西門は言った。
「
葵は言葉が詰まった。
信じていいのか、だが自分はこの目で見た。そうだ、俺はこの目で見たんだ。冷たくなった翠を。そう思ったら考えるより口が先に出ていた。
「そんな訳ねぇ、俺は見たんだ、ほんのついさっき。冷たくて…動かなくなった翠を!!」
「葵さんが、目にした翠さんはクローン。つまり本物の翠さんではありません。あなたが目にした翠さんは偽者だったのです。死亡診断書も、あの遺体も、全ては作り出されたオンラインの世界に翠さんを連れていく為だったのです。」
「オンライン…の世界…?」
そういうと西門は椅子から立ち上がり、病院の出口へと続く方向へ歩いきだした。
「信じるのも、信じないのも葵さんの自由です。ですが、翠さんを取り返すのも、このまま孤独に生きるのもあなた次第ですよ。」
西門はもう葵を見なかった。
病院の外へ続く廊下を歩いていく。
葵は西門の背中と自分の隣の席にある葬儀屋の連絡先が載ってる用紙を交互に見る。
翠を取り戻すのも…、このまま孤独に生きるのも、…俺…次第。
気付いたら追いかけていた。
葬儀屋の連絡先の載ってる用紙や温くなったメロンソーダをほっぽりだして。遠く小さくなって もう二度と会えない気がする翠の背中を追うように、西門の背中を追った。
「教えてくれっ!!!翠を、取り戻す方法を!!」
葵は言った。力強く言った。
その言葉を聞いた西門はピタリとその場で立ち止まり、振り返ると静かな微笑みを浮かべ「分かりました。ご案内しましょう、オンラインの世界へ」と言葉を残した。
街のいたるところにゲームの広告が大きくのっている。
大きなビルには大抵、大型モニターが組み込まれていて、そこには "ファンタジーの世界へ行こう!" "いざ、冒険の旅路へ"等ゲーム広告らしい台詞とともに高度な映像処理を施されたゲーム映像が鮮やかに写し出されている。どの建物も、
どこをみてもそこらかしこにゲームの宣伝が溢れかえっていた。
今、国内で主流のゲームといえばネットを使ったオンラインゲームだ。
最近ではオンラインゲームで遊ぶための専用の機器を取り揃えた、ゲームホームという、一昔前で例えるなら漫画喫茶のような施設まで建つ程の人気だ。金に余裕の無い葵にとっては縁の無い話だったが、同じクラスの皆はほとんどと言ってもいいくらい、家庭用オンライン装置を持っていて、やたらと休み時間などではゲームの話で持ちきりだった。
そんな場面を横目に見ながら生活してきた葵には、皆のゲームへの執着が異様に思える時もあった。そんな事をぼんやり思い出しながら西門が運転する車の中から、ビルに写し出されたオンラインゲームの広告を何となくみていた。
翠を取り戻す方法を教えてくれと声をかけた後、西門は携帯端末を取り出してある映像を見せてくれた。
それは、車椅子に座らされた翠がどこかの施設に車から下ろされ連れていかれる様子だった。葵はその映像に唾をゴクリと飲んだ。
本当に、翠は生きている…!
そして同時に怒りも込み上げてくる。
いったいなんの為に、どうしてこんな事をしてまで翠を連れていったのか。
死の偽装工作までして、そうまでして翠に何をする気なのか。葵はすぐに西門を問い詰めたが西門は「今はまだ話しても理解してくれないでしょう」とだけ言って教えてはくれなかった。
映像に写っていた、翠を連れていく二つの影。1つは長身でもう1つは小柄な影だった。男と女だろうか?
葵は色々な想像を駆け巡らせた。
翠を連れていく理由、生まれた時からの特異体質な体をなんらかの理由で調べる為?それとも親も金もない俺達に目をつけた奴が、人身売買の目的で翠をさらったのか…。嫌な想像は後から後から涌き出てくる。
ふいに車が止まり、エンジンが切られた。どこかの駐車場に止まったようだった。葵は窓から外の景色を確認する。ずいぶんと長い距離を走っていたのでまったく見知らぬ土地だった。
運転席から降りた西門が葵を下ろすためにドアを外から開けてくれる。
紳士的な態度になんだか戸惑いながらも葵は車を降りた。
ビル街の並んだ街からは一転し、周りは少し古びた建物ばかり。文明開化がずいぶん進んだ今のご時世には珍しい長屋の家や、瓦屋根の家が並んでいた。昭和の匂いがどことなくある雰囲気を感じ、今時こんな場所があるのかと葵は少し不思議な気持ちになった。
そんな場所を少し歩いていくと、小さな商店街のある道まで出た。
商店街と言っても、午後20時過ぎをまわっているこの時間ではどの店もシャッターが降りて静まり返っている。街灯も少なく点々とある街灯を頼りに葵と西門は歩いている。
何処に向かっているのか…不思議に思って声を掛けようとした時、西門の歩みが止まった。
「こちらです。」
そう視線を送ったのは商店街の一角ににある白木で建てられた
「ここ…」
葵がその建物を見ていると西門はいつの間にか店の裏の方へ回っていて「葵さん、こちらです」と声をかけてきた。急いで裏に回ると西門はその建物の裏口の前に立っていた。
「どうぞ中へ…」
開けられた扉の中に入る。ヒヤリと冷たい空気を感じた。
ふいにパッと明るくなる。葵の眼前に現れたのは殺風景な部屋の中央にポツンとある椅子がひとつ。床はチェス盤のように白と黒のタイルの床で椅子以外は何も無い。
「こ、ここは?」
「今から葵さん…あなたを翠さんがいる世界にお連れします」
そういうと西門は椅子の横に立った。
「この椅子は
にわかには信じられなかったが、
ここまで来たんだ。と自分を後押しするように言い聞かせる。
「す、座るだけでいいのか?」
「はい、深く座り背を背もたれにぴったりとつけてください。」
葵はおそるおそる足を踏み出す。
すると床のタイルがふわりと青い光をおびだした。
葵は驚いたが、そのまま足を前に出す。青い光に
身体中にピリピリと電気が走るような感覚がする。青い光にあてられたように意識がぼんやりとしてくる。
背もたれに自分の背中をピタリとつけた。すると背中が椅子の背もたれに吸着したかのようにピタリと動けなった。ピリピリとした感覚はいっそう増してくる。椅子の周りの青い光がもっと強いものへと変わっていくと目の前を光で埋め尽くされていくように包まれる。
「うっ」
眩しくて思わず声を出してしまう。
本当に自分が知らない現実とかけ離れた事に足を踏み入れたのだと、葵は実感していく。体が熱い。熱が全身を駆け巡るかのようにビリリとした感覚が足先から頭まで伝わっていく。
やがて青白い光に視界が完全に包まれると意識が遠退くように何も見えず、何も感じなくなった。
翠を連れていく二つの影が黒いローブを纏うような形でハッキリと見える。葵は翠に、腹から声を出して叫ぶが翠はピクリとも動かない。何度も叫んでいるうちに長身の方の影が振り向いた。葵は怒りに似た感情でその男に怒鳴りをあげた。
「返せ!!翠を返せっつーんだこの野郎!!」
そして体がゾクリとするほど恐怖が襲った。
その男はニヤリと全てを計算していたかのように笑っていた。
はっと気がついて起き上がる。
どうやら夢を見ていたようだ。
ズキンと頭の痛みに手をやるとその手に土がついてる事に気がついた。
ここは…。
辺りを見回す。葵は芝生の上に寝転がっていたことに気がついた。空は晴天で明るい。立ち上がろうと足に力を入れるがうまく力が入らずゴロリと転んでしまう。
ここが…、作られたもう1つの世界…?
夢を見ているかのような気分のまま、葵は芝生を掴んだ。柔らかい葉、芝生の下の土。作られて出来たとは到底思えない生々しい感触。葵は手に力を込める。
ここが作られた世界ならば、翠はここに居るはず…さっきの西門という男に聞けば、何か知ってるはず。
そう思い葵は再び立ち上がろうとする。
「いてっ?!」
ふいに頭に何かを叩きつけられて、葵は反射的に声を出す。顔を上げるとそこには小さな少女が震えながらホウキを持ち涙ぐみながらこちらを見ていた。
「わたしの家の庭で何してるのよ!」
少女は震えながら精一杯声を出す。
人間…?
作られた世界にも人間が居るのか…?
葵は驚いて何も言えない。
すると少女の奥に洋風な小さな家が建っていることに気が付く。
「エリーナ!何をしてるの!?離れなさい!!」
少女を抱き抱えるように、葵の側から引き離したのは、母親だろうか怯えた目でこちらを見ている。
「あ、俺…、別になにも…」
誤解を解こうとして立ち上がろうとするがやはり上手く立てなくて再びこけてしまう。
「あなた…足が悪いの…?」
エリーナという少女が母親に抱き抱えられながら声をかけてきた。
「いや、なんか急に足が動かなくなって…」
戸惑う葵に見かねたのか、母親が訪ねてくる。
「あなた、旅の人…?」
「え?」
葵は聞き返す。
「見慣れない服を着ているから…」
葵は中学の制服のままだった。
見慣れない?確かに母親もエリーナという子供も、長いスカートを履いてエプロンをつけ、おとぎ話のような服装をしていた。
「あ、ここには初めて来たんだ。人を探してて」
ふいに、冷たくなった翠を思い出す。
葵は慌てて首を横にふり、考えないようにする。
母親はしばらく黙って見ていたが、ふぅっと息を吐くと家に向かって大きな声をあげた。
「マルコー!ちょっと来てくれる?足が不自由な子が要るの!」
すると 「はぁ~い」というだらしの無い声が帰ってくる。
「旅の人なら、宿を貸してあげる。うちは宿屋なのよ。」
マルコというのっぽでボサボサ頭の男が駆け寄ってくる。
「やぁ、君がそうかな?綺麗な金髪の男の子だね」
マルコが葵を見てそう言った。
金髪…?俺は生まれてこのかた髪を染めた事なんて無い。ずっと黒髪だ。髪を染める金があるなら、ほかに使う。
訳のわからない事を言われて困惑していると、マルコが葵の腕をとり葵を背におぶりだした。
「えっ!?ちょ、お前なにして?」
驚いて葵はジタバタと暴れる。
「だって、君、足が悪いんでしょ?一番安い部屋に運んであげるから、しばらくじっとしててよ」
だらしのない笑顔を向けると。マルコは葵を背負ったまま木で出来たドアを開け家の中に入り葵を運んで行く。
階段を上がり、一番奥の部屋に葵は運ばれる。ドアを開けると小さな空間に、古びたベッドとベッド脇の小さなテーブルが窮屈そうに置かれている。
「狭くてごめんね、だけど うちじゃ、これが精一杯でね」
マルコはベッドに葵を座らせると、頭をボリボリかきながら申し訳なさそうにそう言った。
「そろそろ昼食の時間だね…たぶん母さんが何か作ってくれてるはずだから様子を見てくるよ」
そういうとマルコは軋むドアをゆっくりと閉め、「まぁ、ゆっくりしててよ」と言葉を残し出ていった。
葵は呆然としていた。
本当にもう1つの世界に俺は来たのだ。ベッドの布団はくすんだ色をしていてなんだか、自分のぼろアパートを思い出して懐かしく感じる。
葵は足に力を入れてみる。先程より指先に力が入るようになっていた。
ベッド脇の小さな机に手をつきながらやっとこさ葵は立った。天井が低いことに気が付く。
ベッドと机しかない部屋はとにかく狭くて他に見る場所はすぐになくなった。部屋でゆっくりなんてしていられない、そんな気持ちで葵は 先程マルコが出ていったドアを開け外に出る。壁も床も全部木で出来ていて木目が荒い。葵はまだ少しフラフラする体に注意を払いながら階段を降りていく。階段を下りると洗面台だろうか、木で出来た
葵はふと気になってそちらに足を向けた。タイムスリップでもしたかのような古い建物。葵は水の張ってある
「俺…髪の色…それに目の色も…っ!!」
先程のマルコの言葉を思い出す。
金髪の男の子。
俺の髪、金髪に変わってる!?
目の色も…!
葵は自分の変わった容姿に驚き手のひらで自分の顔をペタペタと触った。
黒髪だった髪は金色に変わり、黒い瞳だった目は、褐色の瞳に変わっていた。
「なんだ…これ…いったいどういう事だ」
「あなた、何してるの?」
ふいに後ろから声が聞こえた。
ビクリと体を震わせて葵は振り向く。
そこには先程の少女、エリーナが立ってこちらを見ていた。
「なぁ、俺の髪の色、何色に見える?」
「え…黄色…いや、金髪かな?自分の髪の色なんて聞いて突然どうしたの?」
当たり前のように返されて、やはり水面に映った自分は、間違い等ではないと突きつけられた。
「変な人…。そういえば、足が悪いんじゃなかったの?」
「え…あ…、さっきは足が痺れてて上手くたてなかったんだ。今は平気だ…」
葵は適当に嘘をついた。
違う世界から来て、体が思うように動かないなんて言えるわけがない。
そこで葵はハッとする。
そうだ、あの西門とかいう男…!
「なぁ、俺の他に背が高くて白い白衣を着てる男も近くに居なかったか?」
エリーナはきょとんという顔をしてから うーん と思い出す
「ううん。あたしが見たのはあなただけよ?その探してる人の事…?」
「あ…いや…」
葵は居ても立ってもいられなくて自分が目覚めた草原を目指して駆け出していた。
「あっ、ちょっと!そろそろ母さんがお昼ご飯を作ってくれてるから…」
エリーナは葵に声をかけたが、最後まで聞かずに葵は草原へ出た。
辺りを見回す。相変わらずの晴天に、風まで吹いている。
これが作られた世界だなんて…信じられなかった。
辺りを見回しても西門は見当たらない。翠を探そうにも回りは山に囲まれていて大自然が広がっている。ふと、人がよく通るのだろうか、土が見えた細い道があるのに気付いた。反射的に葵はそちらにかけていく。
すると、すぐに前に立ちはだかるエリーナが居る。仁王立ちで通せんぼでもしているようだった。
「待ちなさい!!いったい何処に行くつもりなのよ!母さんがせっかく作ったスープが冷めちゃうわ!」
エリーナは眉をつり上げ怒っていた。
「俺、探してる奴が居るんだよ!そいつを…翠を見つけないと…!」
「この道を下っても、町に出るのは時間がかかるわ!馬も無しに行くなんて無謀よ!走ったって夜になってしまうし、夜はドール達が出て危ないんだから!」
エリーナは怒鳴りながら一歩も引かずに
「ドール達…?」
どこかで聞いた事のある呼び名だと葵は思った。そんな時宿屋の方から声が聞こえてくる。
「エリーナ、旅のお方!お昼のスープが出来たわ!早く戻ってらっしゃい」
エリーナの母が呼んでいる。
目の前には 通せんぼするエリーナ。
葵は観念したように わかったと言ってエリーナに伝えた。
宿屋に戻ると デコボコとした木の机の上にスープと小さなパンが置かれていた。エリーナの母とマルコも並んで座っている。そこにエリーナが駆け寄って椅子に座ると、空いてる椅子は1つしか無くなった。そこに座れと言わんばかりに三人が見てくる。
葵は、慣れない風景や食事に戸惑いながらも椅子に座った。
「今日も自然の恵みを頂き、時を育みます。」
両手を揃えて三人が同じ言葉を「いただきます」という風に呟いた。
「あ、あの。」
葵はエリーナの母に声をかける
「ここは、いったいどこなんですか?」
一瞬目を丸くしたエリーナの母はすぐにいつもと変わらぬ顔になって笑い出す。
「不思議な旅人さんだこと。行き着いた場所も知らずに寝転がっていたの?ここは、「ファンタジーライア」という国の端にある小さな村、「クルト」という場所よ」
葵は驚いた。その名前は聞いた事がある。確か同じクラスの生徒達が口にしていた。いや、でもそんなハズはないと葵は頭を横にふった。
食卓に並んでるパンをかじる。
固くて、麦の香りがするパン。
パンの香りがすればするほど、固さを感じるほど信じられない気持ちでいた。
だけど、
どこかで聞いた名前
どこかで聞いた町
まさかとは思いつつ、葵は口を開いた
「山へ上がると…ド、ドラゴンが居たりするのか?」
しん…と一瞬皆が黙った。
頭がおかしいと思われた…と思ったときだった。
「あらやだ、やっぱりあなた知ってたのね?それなのに 知らないふりなんて…ほんと変な子ねぇ…?」
笑いなが普通に返答して来た事に葵は、驚いて肩から力が抜けてしまった。
ファンタジーライアという世界のクルトという町。そこの山を上ると赤いドラゴンが町を見下ろすように住みついていて、「冒険者はそのドラゴンに戦いを挑む事が冒険の始まりとなる」
これは、俺のもと居た世界で人気のオンラインゲームの広告のセリフだった。
俺が今居る世界…それは
ゲームの世界……なのか…
金の髪に、褐色の瞳。
様変わりしてしまった自分の姿を
窓越しに見た。
ゲームの主人公のような姿になった自分を見て葵は ははっと思わず笑ってしまった。
「似合わねぇ…」
つづく