青い光に包まれた部屋は静まり返っている。
チェス盤のような
「彼は、"あなた"がいう通りの子ですね…」
瞳を細めながら西門はつぶやく。
つぶやいた言葉が空気に吸い込まれるように消え、辺りはまたしんと静まり返っていた。
「
エリーナに呼び止められて葵は足を止めた。
お昼のスープとパンを貰ったあと部屋に戻るときだった。
「あなたの探してる人…見つかりそうなの?」
葵は答えられない。
つい先程、この世界はゲームの世界なのだと知って 理屈も色々分からず考えがまとまらないからだ。
「ねぇ、少しお話しない?」
エリーナは近寄ってきて笑顔を向けてきた。その笑顔が純粋で断れなくて葵は部屋にエリーナを招き入れた。
「私ね、今年で8歳になるの。」
突然エリーナは話始めた。
「俺は14…中坊だよ」
「チュウボウ??」
聞きなれない言葉にエリーナは聞き返した。
「あ、いや、14歳で学校に通ってる」
「へぇ」
エリーナは部屋の壁の染みや、気の木目等を何故か見ていて、ふらふらと歩き回っていた。
「探してる人は…何歳なの?」
「俺と同じ年。…双子なんだ」
「双子??すごい!じゃあ、その人も葵と同じ金色の髪をしてるのね!」
エリーナははしゃいでいたが、葵は苦笑いしか出来なかった。
「私もね、居るの。探してる人」
突然の言葉に葵はつい聞いてしまう
「探してる人?」
「うん…私のお父さん!」
はっと先程の食事の後の会話を思い出す。葵はエリーナの母に名前を聞かれ、答えると 変わった名前、と皆できょとんとされた事を思い出す。そして、お返しというように一人一人、自己紹介をしてくれた。
エリーナの母はリズ
そして、エリーナの兄、マルコ。
そして末っ子のエリーナ。
その自己紹介の時、父親の名前が出なかった事を思い出したのだ。
「お父さん…どこかに行ったのか?」
エリーナがうつむくのが分かった。
聞いては行けない事だったのだと葵は気付く。
「ドールに連れて行かれたんだよ」
ドアの方を見ると、マルコがこちらを見てそう言っていた。
…ドール。確かファンタジーライアというゲームの世界では、人形のような兵士達が宿敵で、悪役の手下だと葵は知っていた。
そのドール達が連れていった…?
この世界は本物の世界のように草や土、空がある。
クラスメートがオンラインゲームを遊んだりしている時、この世界はゲームと連動して動いているのだろうか…?
だが、今目の前に居る人達はちゃんと生きていて、生活もある…
「なぁ…その、『ドール達』って…?」
葵は探るように切り出した。
「ドールは石のような連中さ…、
「天城…」
「ねぇ、葵の探してる人もドールに連れていかれたのかな…?」
「いや、それは…」
葵はドスンとベッドに腰をおろした。
何も分からないまま、この世界に来て
何も分からないまま時間だけが過ぎていく。この世界のしくみも、翠が連れていかれた理由もわからない事だらけ。
葵は鼻の付け根をぎゅっとつまんで目をつぶった。
「エリーナ、そろそろ葵を休ませてあげよう?」
そんな葵を見て、マルコがそう言った。
あっ、というようにエリーナは気付いて申し訳なさそうにした。
「葵…ごめんね…、この辺りに人がくるの久しぶりだったから…それに、なんだかお父さんが居なくなってから家族が一人減っちゃって埋まらない穴みたいなのが…心に…あって、皆でごはん食べるのも久しぶりで…嬉しくて…」
そこまでいうとエリーナはマルコの後ろに隠れて泣き出してしまった。
葵はあわててエリーナに声をかける。
「あ、別にそんな悪い気なんかしてねぇよ?俺だって、誰かと同じ机で飯食うのすげぇ久しぶりだったし、家族みたいで嬉しかった…とか感じたりしたし」
そこまで言って、葵も顔が赤くなるほど恥ずかしくなってしまった。
なに言ってんだ?俺。
照れて恥ずかしさをまぎらわすように、葵は首の後ろをボリボリかいた。
そんな様子をみていて安心したのかエリーナはマルコの後ろから顔を出して笑った。
マルコもそれを見て、一息つくとエリーナの頭をポンポン撫でた。
「葵、エリーナと話をしてくれてありがとう。良かったら明日も仲良くしてやってよ」
マルコは、気の抜けた笑顔を見せるとエリーナを連れて部屋を出ていった。
部屋を出て行く時にエリーナは涙で濡れた頬をぬぐいながらにっこり笑顔で手をふってくれた。
それを見送り、部屋のドアがバタンと閉まると葵はそのままベッドに寝転がった。
色々な事がいっぺんにありすぎてどっと疲れが襲ってくる。
「疲れた…」
天井に向かってポツリと呟くと、ふと
エリーナや、マルコ、リズと食事をした時の事を思い出す。
久しぶりに、穏やかな時間だったと思う。その感覚を思い出すみたいに葵は目をつぶって深く息をすった。
そして、眠りの波にさらわれるように葵は深い眠りに落ちていった…。
突然、何かが割れる音で葵は飛び起きた。葵は辺りを見回すと一階で物音が慌ただしく聞こえている。
なんだ…?地震…?
だが床はゆれてはおらず、葵は胸騒ぎを感じて部屋を出た。
ふと、パンを焼いているのか麦の香りを吸い込んだ。
人がいるならたぶん、台所だろうと葵は階段をかけ降りた。
「葵!!来ちゃダメだ!!!」
マルコが大きな声を出して叫んだ。
葵の目に驚く光景が飛び込んで来た。
リズが何か叫んだ。
葵は信じられない光景に硬直する。
リズの叫んだ言葉は聞き取れなかった。
マルコは戸棚が倒れ下敷きになっている、
リズは肩や足から血を流していた。
そして、エリーナは…
エリーナの心臓を突き破るように電磁コードのような線の束が左胸を突き破っていた。
突き破ったコードがエリーナを持ち上げ、エリーナは宙ぶらりんになっている。
どろりとした濃い血液が左胸からあふれでて足を伝って床に血溜まりが出来ていた。
電磁コードは一人の男の腕から延びていて、肩から樹の根が
葵は想像を絶するその光景に硬直して息が詰まりそうになる。
「エリーナァァァァァ!!!」
リズが叫んでいる言葉が理解出来た。
リズはずっと愛する娘の名前を叫び呼んでいたのだ。その叫び声も絶望に満ちていて、呼び掛けではなく叫んでいるのに近かった、だから言葉が上手く聞き取れない程だったのだ。
エリーナが電磁コードの腕の男に引き寄せられる。電磁コードの男は白い布のフードを頭からかぶり全身に
顔もよく見えなかった。
その時、エリーナが右腕をピクリと動かした。まだ息があるのだ、その様子を見てリズがエリーナの名をまた叫んだ。
エリーナは右腕を力無く持ち上げると、引き寄せられた電磁コードの男のフードを掴みめくり下ろした。何故そんな事をするのだろうと漠然と思った時、小さな声でエリーナが呟いたのだった。
「お……とう……さ…ん」
葵は絶句する。
マルコも、リズもまるで魔法で固められたかのように止まった。
エリーナのお父さん…?
つまり、父親
そんな訳ない、だってエリーナの父親が何故そんな事をするんだ
一番信じられないという感情があるのはエリーナだろう。目頭が裂けそうな程瞳を見開いている。
葵は何も考えられなくなってそのまま走り出した。電磁コードの男を、エリーナの父親の顔をしているその男をエリーナから離さなければいけない。そう思った。
葵は体で電磁コードの男に体当たりした。
だけど、男はビクリとも動かなくて葵の方が弾かれてしまう。次に葵が手にしたのは木製の椅子だった。大きく振り上げて男の顔めがけて降り下ろした。
すると、目の前に青白い
「ど…う…し…て」
エリーナが瞳から涙を溢して、がくりと首が垂れ下がった。
嘘だ!!嘘だ!!!
葵は拳を力一杯握りしめる。
息をしなくなったエリーナを葵は凝視した。最後の言葉、「どうして」の問いに答える間も無くエリーナは動かなくなってしまった。
「そんな…なんで…なんでこんな事するんだよ…」
知らない間に葵の瞳から涙が滲み出てくる。電磁コードの男はそんな葵など見えていないように、ただ、石のように冷たい視線をエリーナに向けていた。
「ハッキング完了」
電磁コードの男はそうゆっくり言葉をはなつと、エリーナの胸に突き刺さっているそのコードを変形させ始めた。心臓に突き刺さっている部分の束のコードが花の
「"時"は充分に育まれている。補充完了。これより帰還する。」
まるでロボットが登録された言葉を口にするようにエリーナの父親の顔したその男は空を見るように話すとエリーナの胸から電磁コードを引き抜きドシャリとエリーナを地面に落とした。
エリーナは力なく地面にしなだれる。
それが許せなくて、振り返りもせず外へ出ていくその男を葵は追いかけた。
「待てよ!!このクソ野郎ォォ!!」
すると突然足先から力が抜けていくのがわかった。足がふらふらしてくる。葵はいう事を聞かなくなった足を無理矢理引きずって無意識に玄関横にあった薪割り用の斧を手にして男めがけて駆け寄っていく。
その時
「時間切れだ」
どこかから通る声が葵の耳に届いた。
葵はなおも男の背中に追い付こうと必死に足を前に出す、そして近くなったその男の背中めがけて葵は斧を降り下ろした。
金属と金属がぶつかり合うギンッという鈍く耳に響く音が鳴るのと同時に、葵の斧を受け止めたのは
その光が眩しくて葵は思わず目をつぶってしまう。瞼の裏で残光が拡がっていく。一瞬の
光が弱まり瞼をゆっくりと開けるとそこには自分の斧を蒼白くほのかに光る刀で受け止めている一人の男が葵と向き合っていた。
ふわりと風圧で髪がなびいた。その髪の間からその男の瞳が顔を出す。
その瞳を見て、葵は動けなくなってしまった。それは瞳が異様な色だったからだろうか、その男の瞳は赤と青のコントラストで、映画に出てくるドラゴンのような瞳だとすぐに思った。
葵はゾクリと背筋が冷たくなるような感覚を覚える。
「ど、どけよ!!」
葵はその男に怒鳴り声をあげた。
電磁コードの男を追わなくては、エリーナの敵を、リズやマルコが出来なかった事を俺がやるんだ。
そう思って斧を持つ手に力を込める。
すると男は鋭い瞳を葵に向けて言葉を放った。
「おまえがやろうとしてる事は敵討ちでもなんでもない。ただの八つ当たりだ」
葵の後ろでリズがエリーナの死体にしがみつき泣き叫んでるのが聞こえた。
そして、電磁コードの男の姿を見失ってしまった事に気が付く。
葵は押さえきれない怒りの感情を気付いたら叫んでいた。
「あああああああ!!」
叫びながら葵は斧を持つ手にさらに力を込めた。けれど、男の持つ刀を弾き返す事が出来ない。
ついに限界が来たのか…先ほどの男が言った「時間切れだ」という言葉がよみがえる。
視界が
「ちく…しょう…」
葵は瞳から涙を滲ませて、最後に穏やかで幸せだった病室での翠との会話や、エリーナやリズ達と食事をした暖かな思い出を思い出した。そして、体からぐったりと力が抜けると視界も真っ暗になり、最後に暖かく体が包まれる感覚を覚えながら意識がどんどんと遠くなっていった……。
「今日もお庭のお手入れですか?」
そう訪ねられた西門はいつものように笑顔で、ええ、と返事を返す。
その日は曇り空でここ最近では久しぶりに涼しい陽気となっていて、真夏の暑い太陽は分厚い雲に隠されていた。空は夏を忘れたように曇っているのにセミはちゃんと夏だと言う事を覚えていて近代化が進んで少なくなったわずかな木々から、めいいっぱい鳴いて日本の夏を象徴していた。
「うちの息子もゲームばっかりしてないで、たまには家の手伝いもして欲しいものだわ」買い物袋を両手から提げた中年の女性があきらめたように笑顔で西門にそう話すと目移りするように 西門が手入れをしている庭を囲っている塀に、目をむけた。
女性は、「いつ見ても立派ねぇ」と呟くとじゃあね、と言葉を残し、その塀を沿うようにして道を歩いて行った。
その
その門は今は開かれていて、中の庭が通行人でもチラリと見えるようになっている。
静かに、でも大きく口を開いているかのようなその門の中は、昔ながらの和の装いを感じさせられる静かな庭で、手入れされている木々や、砂利道、石畳で出来た通路が凛としてそこにあるようだった。
そんな庭で散らばった砂利の手入れをしていた西門は、中年女性を見送り、手に持った竹棒きで砂利を更に整えていく。
すると、石畳の続く奥の道から着物を着た女性がこちらに早歩きで近寄ってきた。
布と布が擦れる音がする。
耳打ちするように静かな声で用件を伝えてくれた。
「
わかりました、と伏せ目がちに相づちをすると西門は広い広い庭を通り翼を広げるように建つ"古森家"の屋敷の中に入っていった。
つるつると天井を反射させるような、長い年月で磨かれた床板を西門は進んだ。
葵がいる部屋へ、様子を
カコン…と
古森家の屋敷は広く、場所によっては鹿威しの音が聞こえない部屋もあった。
だが、葵の寝ている部屋は鹿威しの音が届き池の
葵が休んでいる部屋の
「西門です…。鳳葵さん、失礼してもよろしいですか?」
返事は無かった、だが起きている気配がする。西門はもう一度声をかけて ゆっくりと襖を開けながら中の様子を伺う事にした。
「…失礼します…」
部屋の中心に布団が一組敷かれている。
そこに葵が、体を起こし、座っていた。葵は着物の寝間着に着替えさせられていた。
「俺、どのくらい寝てたんだ?」
葵がポツリと声をだした。顔はぼうっとかぶりぶ布団を見ているようだった。
「3日程です」
西門は葵の少し近くまで寄って座りなおす。
「髪が…、黒に戻ってる」
葵は自分の前髪で確認したのか、もとの世界に戻って来た事を認識していた。
「はい、ここは葵さんが住んでいた世界です…オンラインの世界から帰って来た葵さんを、私がこの家まで運びました」
葵はしばらく黙っていると縮こまるように肩を振るわせて握りこぶしを作った。
「教えてくれよ、エリーナはなんで殺されたんだよ??翠だって、どこにいるんだよ???あんたは、なんで俺にこんな事するんだよ!!!」
葵は捲し立てるように怒鳴った。
酷い事がたくさん起きた。
弟の顔をした死体。初めて見る赤黒い血、理不尽な出来事が葵の体を重くしていった。
西門はその表情を見て切なくなった。過酷な道を選ばせてしまったかもしれない…、葵はまだ中学生で、まだまだ子供だった。だからまだ成長途中のその小柄な体を震わせている様がいたたまれなかった。
だが、西門は言わねばならなかった。
西門はすうっと深く息を吸うと
少し頭を下げながら話し始めた。
「単刀直入にいいます。葵さん、あなたにはオンラインの世界を閉じる為、うちの組織に入り働いて貰えませんか?」
「は…?」
葵はやっと、布団から目をこちらに向けてきた。
「葵さんも、見てきたはずです。オンラインの世界で起こっている悲惨な出来事を。あの出来事は、何もエリーナさんだけが被害を受けている訳ではありません。他の場所でも、他の国でも、頻繁に当たり前のようにあんな事が繰り返されています。それは世界規模で暗躍している裏の組織、『Eternal Life Bank』通称…
私たちは、人間の手で作り出してしまった世界の入り口を塞ぎ、人間の干渉を無くし被害を押さえようと日夜
予想外の言葉に葵は唾を飲み込む。
まだ、分からない事ばかりだし、
正直、西門の話も鵜呑みに信じている訳じゃない…。だけど、葵も知ってみたかった。自分が今まで見てこなかった知らない世界を。エリーナやリズやマルコのような人達をどうにか守りたいと思った。そして何より、翠が生きているなら、その可能性に力を出してみたいと思った。
そうしていれば、きっとあいつは、ひょっこり顔をだして
なんの悪気もなく悪態をついてくるだろう、そう思った。
そんな時に愚痴の1つでもこぼしてやろう。お前、勝手にどこいってたんだよ、手間かけさせんじゃねぇって、言ってやろうと思った。
葵の中で、何かが変わった。
どうしてだかは、わからない。酷い事を見たせいかもしれない、自分が見てきた現実と向き合うのが怖いからかもしれない。
あのドラゴンのような異様な瞳の男が言った言葉が、何故だか胸に残っていた。
「おまえがやろうとしてる事は敵討ちでもなんでもない。ただの八つ当たりだ」
その言葉が、葵には胸を衝かれたようで腹立たしかった。
「俺…、オンラインの世界を、閉じに行くよ。あんたの居る秘密組織とやらに入る。そんで、翠を取っ捕まえて、"あの男"にあの時のムカつきを教えてやる…!!」
もう、迷っていなかった。
葵は意地悪そうに無邪気に笑ってそういうと、現実世界に戻ってもとの色に戻った黒い髪をくしゃくしゃとかくと、改めて西門に向きなおった。
「秘密組織、"
カコンと鹿威しの音がいっそうひびきわたった。
西門は整った顔で柔らかく微笑むと、
「ようこそ、
と言った。
序章 終わり
皆様初めましての方も、こんにちはの人もどうも!
月雫しわすです!。
という訳で、時の残光は序章としてひとまず終わりでございます!。
そして物語は 次の舞台へ…!!
私の小説は、ここに投稿させてもらっていても、まだ良くなるはず…!という気持ちが残っていて 一種のメモを残している気分でここに投稿させてもらってます。たぶん読んでくださる方は少ないかもしれないですが、自分のキャラクターを無限に動かしていきたいという思いで 自由帳みたいに書いてます。
また続章でどなたかの 目に写れば幸いでございます。
ここまで読んでくださった方皆様、ありがとうございました。
月雫しわす