ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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十五話

 恋がアリスに腕を引かれながら創真やえりなのいるA会場へと向かった後、歩いている内にアリスも恋の隣を歩くようになっていた。ただ何故か腕を離してはくれない様子に、恋は首を傾げている。

 逃げないかとでも思われているのか? そう思った恋はアリスに別に逃げたりしないと伝えたのだが、アリスは無言でニヤニヤ笑うだけで離れることはなかった。

 

 一体何が目的なのかと思う恋だが、子供っぽくもアリスが悪い子ではないことは理解しているつもりなので、まぁいいかとそのままにさせる。外国人はスキンシップも激しいので、その延長だろうと考えたようだ。

 

「恋君は随分えりなと仲が良いようだけど、どういう関係なの?」

「幼馴染だよ。六歳くらいの時に親に連れられて薙切の家に行ったときに偶然会って、それから数ヵ月くらい料理を教えてもらったんだ」

「へぇ……それからずっと一緒?」

「いや、色々あってその数ヵ月以降はさっぱり会ってなかった。遠月に編入試験を受けた時、審査員としてやってきた彼女と再会したんだ。向こうも覚えててくれたみたいで、今は仲良くしてくれてるって感じだな」

「ふーん……私は五歳までえりなと一緒に暮らしてたから、入れ違いだったのね。ざーんねん」

「そうなんだ」

 

 向かう途中でアリスの質問に答える恋。

 課題をクリアしても食材が尽きてこうしている生徒は二人くらいなものだ。道中、他の生徒はいない。アリスは遠慮なく人に踏み込めるタイプらしく、恋がそれを許容出来るタイプであるのも相まって話は弾んでいく。

 

「編入ってことは今まで遠月にはいなかったのよね? 今までは何をしていたの?」

「親に頼んで色々な国を巡って、料理に関する勉強をしていた。小学校を卒業してからは中卒資格の為に入った学校もあったから、卒業に必要な最低限の出席と点数を取りながらだったけどな」

「へぇー……よくご両親が許したわね」

「勿論反対されたけど、ある時料理を作って食べさせたら許してくれたよ。俺の努力を認めてくれたみたい」

「そう、良いご両親ね」

 

 アリスの問いかけに淡々と答える恋に、アリスはふーんと興味なさげに頷くだけだった。質問しただけで特に興味があったわけではないらしい。恋もまたそんなアリスの自由さに苦笑するだけで、別段不愉快に思ってはいないようだ。これはこれで相性がいいのだろう。

 

 そうして歩いていると、A会場へと到着する。

 恋達の会場同様、中はかなり人が多く賑やかな状況だった。多くの生徒が懸命に料理を振舞い、一般客も自由にそれらの料理を手に取っている。残り三十分だからか、既に課題を達成した生徒もちらほらいた。未だに料理を作り続けてはいるが、表情にはどことなく余裕が生まれている。

 恋は知り合いの姿を探すが、隣にいたアリスが不意に話しかけてきた。

 

「ねぇ恋君、貴方と同じ編入生の幸平君……この課題をクリアできると思ってる?」

「創真? ……さぁ、どうだろうな。俺はクリア出来る実力はあると見てるが、今回は美味い料理を作ればいいわけじゃない。創真もミスをしないわけじゃないから、必ずクリア出来るとは言い切れないな」

「ふふふ……そうね、昨晩彼の試作中に少し挨拶したんだけど……あの品じゃあ到底無理でしょうね―――ほら」

「!」

 

 恋の答えにクスクスと目を細めて笑うアリスが、その白く細い指である場所を示す。そちらへ視線を向けてみると、そこには幸平創真の姿があった。隣には薙切えりなの姿もあるが、そこに集まっている客の数が圧倒的に違う。

 えりなの方には絶えず多くの客が殺到しているというのに、創真のテーブル前には客がいない。そして残り三十分になるというのに、創真の食器返却台の上には十枚にも満たない数の皿があるだけ。

 

 二百皿を捌かなければならない課題で、残り三十分にたった八皿しか捌けていない状況だった。

 

 見れば創真が作っていたのは、スフレ風のオムレツの様だった。だがその全てが時間経過と共に萎んでしまっている。あれでは誰も手に取ろうとはしないだろう。

 創真の失敗は、定食屋と違ってビュッフェ形式では作ってすぐに食べてもらえるわけではないという、根本的なシステムの違いを考慮しなかったこと。今回の課題の品選びで必要なのは、その品の美味しさの継続力と見栄え。

 

 恋が写真映えする見栄えと冷めたとしても美味しく食べられる料理を選んだのは、その重要さを理解していたからである。創真は絶体絶命のがけっぷちに立たされていた。

 

「あらあら……どうやら彼は此処までのようね」

「……さぁ、どうだろうな。まだ三十分ある、どうなるかは最後まで分からない」

「む、此処から巻き返せるとでも言うの?」

 

 ぷく、と頬を膨らませて同意を得られなかったことに不服そうなアリスだが、恋はそんなことじゃないと言いながら、創真の表情を見る。アリスもつられて創真の方を見た。

 創真はこの状況下でも諦めていないのか、ぶつぶつと何か呟きながら何か考えている。そして整理が付いたのか腕に巻いていた手ぬぐいを解くと、ぎゅっと頭に巻き付けた。

 

 その際、偶然か恋と目が合う。

 恋が笑みを浮かべると、創真も好戦的な瞳で笑って返した。

 

「創真は強いよ。逆境だろうと恐れず進める誰より強い向上心がある。だからどんな状況でも、自分に出来るベストを尽くす―――最後の最後まで、何をしでかすか分からない」

「そんな精神論で……!?」

 

 恋の言葉を机上の理論として一蹴しようとしたが、その言葉は創真の行動で遮られた。

 彼は今までと同じスフレオムレツを作ることは変えずに、客を引き寄せる行動に出たのだ。その方法は、食材が料理へと姿を変えていく調理工程をパフォーマンスとして魅せる、"ライブクッキング"。

 

 えりなの方に集まっていた客の中から、子供を手招きしてソレを見せると、子供は素直なリアクションをしてくれる。それにつられて何人かの視線が創真の方へと集まった。創真はそのチャンスを見逃さず、コンロを八口に増やして更に曲芸のようにスフレを作っていく。

 集まった客は、更に野次馬性を刺激して人を呼んでいく。作ったスフレが次々に捌けていき、その品の確かな味に更に良い反応をする客が更に人を呼んだ。

 

 無論、ダメになるスフレがないわけではない。客が増えても、創真の作るペースの方が速いからだ。ダメになるスフレを即座に下げながら、創真はその調理効率を上げていく。恋とアリスがそうだったように、作りながら作業工程を効率化し、更に料理の質を向上させているのだ。

 

 残り十五分、十分、五分、一分―――時間が過ぎていく中で、創真は極限の集中力で作り続け、魅せ続ける。

 

 そして残り五秒となったその時。

 

 

《――幸平創真、二百食達成! ……そして終了、そこまでだ!!》

 

 

 創真は残り三十分という限界状況から、二百食という課題を見事クリアして見せた。

 三十分で二百食を達成するというハイペース、到底誰にでも出来るようなことではない。創真自身もクリアしたことを理解するのに、数秒呆気に取られた表情を浮かべていたくらいだ。

 制限時間が終わったことを理解した創真は、汗だくになりながら手ぬぐいをしゅるりと解き、大きく息を吐き出しながら顔を拭っている。そして恋の方へと視線を向けると、グッとサムズアップした。恋も遠目からじゃ分からないほど小さく頷いて、笑みを浮かべる。

 

 そしてアリスと共に創真の方へと向かうと、アリスがその図太さから創真にぐいぐい話しかけた。

 

「あんな状況からクリアするなんてびっくり! てっきり八皿くらいで止まると思ってたのに!」

「……あ?」

「でもあんな曲芸頼りの料理じゃ、到底てっぺんなんて穫れないわ。必要なのは最先端の理論に基づいたアプローチで構築された仕事……例えば私の料理みたいにね!」

 

 先ほどの自分の予想を覆されたのが少し不服だったのか、創真にダメ出しし始めるアリス。恋はつくづく子供っぽいなと思いながら苦笑するが、言っていることは確かに間違っていない。 

 今回創真はライブクッキングという手法で課題をクリア出来たが、そもそも『高級ホテルのビュッフェ形式の朝食』という課題に対して、下策とも言えるメニューを選んだのは大きな失敗だ。知識も、環境に対する想定もまるで足りていなかったことは覆らない。

 

 今のままならば、遠月の頂点を獲るのは確かに見通しが甘いだろう。

 

「確かにな! めちゃ失敗したわー、超焦ったし」

「!」

「けど、"失敗した"っていう経験は得た」

 

 だが創真はそんなダメ出しに対してもなんのその、自分がやらかしたことを素直に受け入れ、その失敗を次にどう活かそうかと考えるのが楽しい様子だった。これこそ、恋が感じていた創真の強さ。

 逆境も失敗も、全てを己の糧にして突き進む果て無き向上心。

 そんな創真の表情に毒気を抜かれたのか、アリスはまたぷくっと頬を膨らませて不満そうだ。

 

「む……食えない男ね、全く……そうそう、まだ名乗ってなかったわね。私の名前は薙切アリス、君と違ってこの遠月の頂点に立つ者の名前よ」

「薙切ぃ……? それって」

「アリスは薙切の従姉妹なんだとさ」

「あぁ!? 私が言いたかったのに! なんで先に言っちゃうの恋君!!」

「え、ああごめん、格好つけたかったのか……悪かった」

「その言い方だと余計私が滑稽じゃない! もう!」

 

 恋に名乗った時の様に格好付けたアリスだったが、創真の疑問に恋が先んじて答えたことで出鼻を挫かれたらしい。掴んでいた恋の腕をぐいぐいと揺らしながらぎゃーぎゃーと騒ぐ。恋は悪かった悪かったとそんなアリスを宥めるが、アリスの機嫌は直らないようだ。 

 それでも腕を離さないのは何故だろうかと、恋はアリスの意図が分からなかった。

 

「ともかく、私のお父様は、お母様の故郷でもある北欧デンマークを本拠地として、薙切インターナショナルを設立しました。そこは分子ガストロノミーに基づいた最新の調理技術をはじめとして、味覚や嗅覚のメカニズムを探求する大脳生理学までも包括している……美食の総合研究機関! 私は十四歳までそこで過ごし、遠月へやってきたの。えりなを打ち負かし、遠月の頂点に立つためにね」

「へぇー……」

「そしてあなたもよ幸平創真クン。今回はクリアしたみたいだけど、職人芸がもてはやされる時代は終わったのよ」

「……」

 

 アリスは恋の頬をぐいぐいと引っ張りながら、やや早口に言いたいことを創真にぶつける。恋の腕を抱くように捕まえながら、恋に寄りかかるように頬を引っ張る姿はまるでコアラのようだった。そんな状態でそんなことを言われても、創真は反応に困るだけである。

 どうすればいいんだ、とばかりに恋を見た創真だが、恋はその視線に対して引きつった笑みを返すばかり。

 

 ―――なんだこの状況?

 ―――過ぎ去るのを待つしかない、諦めろ。

 

 二人の男は、アイコンタクトで諦めを選択。同時に溜息を漏らす。

 すると、創真の隣で料理をしていたえりなが眉間に皺を寄せながら近づいてくる。腕を組み、不愉快ですとばかりの表情でアリスを睨んでいた。

 

「ちょっと……何をしているのかしら?」

「あらえりな、いたの?」

「うわ……」

 

 声を掛けてきたえりなに対し、アリスは気が付いていたくせに今気づいたとばかりの反応を返す。流石の恋も、その対応に一抹の恐怖を感じてしまった。女同士の争いは恐ろしいとは思っていたが、此処まで相手の心を刺すことが出来るとは思っていなかったらしい。

 アリスはえりなが来ると見せつけるように恋の腕を更に強く抱きしめる。豊満な胸を押し付けるようにしてその距離をぐいぐい近づけていた。

 

「はしたない、黒瀬君から離れなさい」

「え? 別にこれくらい友達同士のスキンシップでしょう? あ、えりなには分からないかしら、友達いないものね」

「ッ……スキンシップでもそんなに長々とくっついていては黒瀬君に迷惑でしょ」

「ふーん、でも―――っと?」

 

 えりなが離れろと言うと、アリスはすっとぼけたようにそれを拒否する。あくまでこれはスキンシップだと言い張り、友達が恋以外にはいたことのないえりなの心をグサグサと刺した。えりなは胸中に浮かぶモヤモヤとした黒い感情を隠しながら、あくまで女性としてはしたないとか、恋に迷惑だとか、そういった理由を付けてアリスを引き剥がそうとする。

 すると、アリスはそれに対して反論しようとしたが―――その前に恋がアリスをそっと引き離した。

 

「悪いなアリス、そろそろ腕が疲れてきた……それに、薙切が辛そうな顔してるから、あまり煽らないでやってくれ」

「……はぁ、分かったわよ」

 

 あくまで自分の都合で離れろと伝え、そしてその上でそれとなくえりなを守るような発言をする恋。その言葉の裏にあるものをアリスはすぐに察した。

 えりなの顔と恋の顔を交互に見て、つまらなそうにすると、またぷくっと頬を膨らませて不服そうにする。

 

「とにかく、貴方達には負けません! 直接打ち負かせるときを楽しみにしてるわ」

「ああ、楽しみにしてる」

「おもしれー、そん時は相手になるぜ」

「ふん……まぁ、"近々"お会いしましょう」

 

 アリスはそう言って去っていく。

 去り際の最後に恋を一瞥して、フイッと視線を切った。

 恋がえりなの悲しそうな顔を見てアリスを引き離したことに、アリスは気が付いていた。えりなが恋に執心しているから、少し見せつけて困らせてやろうかと思っただけだったが、結果を見れば終始恋に振り回されていただけだ。

 しかもえりなにもアリスにも嫌な思いをさせないように立ち振る舞う真摯な対応。正直アリスは、恋の人としての懐の大きさを見せつけられた気分だった。

 

 だが不思議と嫌な気分ではない。

 

「……黒瀬恋君、ね……ふふふっ、ほんと魅力的な人ね♪」

 

 少しだけえりなを羨ましく思うアリスは、クスクスと笑った。

 その後方で恋と目が合い、照れたように目を逸らすえりなの顔を見られなかったのは、アリスにとっては良かったのか、悪かったのか。

 

 

 




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