ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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連休編
十八話


 六月―――強化合宿を終えてからしばらく経った頃。

 遠月学園には学園運営の関係でいくつかの授業が休講となり、土日も合わせると少しばかり長めの連休期間が生まれていた。プチゴールデンウィークのようなものだろうが、それはこの時期恒例にある連休だそうで、生徒達は帰省したり、料理の研究に励んだりと自由に過ごしている。

 極星寮の面々も同様で、田所や創真は実家へと顔を見せに行き、極星寮で畑や動物の飼育がある一色や吉野などは寮で思い思いに過ごしていた。授業もなければ外に出ずに新作料理の研究に励む男子勢もおり、休日であろうと結局料理に浸かった生活には変わりなかった。

 

 そんな中で恋は今……薙切アリスと共にデンマークの薙切インターナショナルへと向かっていた。

 

「それにしても突然の話だったからびっくりしちゃったわ」

「悪いなアリス、折角分子ガストロノミーに精通してる人材と繋がったんだし、今の内にその技術を使わせてもらいたいなって思ってたんだ」

「まぁ、折角の連休を恋君と一緒に過ごせるのは楽しそうだからいいけどね♪」

 

 合宿でライバルとしても友人としても仲を深めた薙切アリスは、知っての通り分子ガストロノミーの申し子とでもいうべき才女だ。しかも薙切インターナショナルという屈指の研究施設に総括である母を持つ、コネクションとしても屈指のカードになる存在。

 恋はこの連休があると聞いた時から、アリスにデンマークの研究施設に連れていってもらえないかと相談していたのだ。幼い頃に自分の味覚と正常な味とのズレを数値で確認したことがある彼は、今の自分の味覚と正常な味のズレを確認しておきたかったのである。

 

 今の段階でも、毎朝やっている確認訓練のおかげで料理に支障はないが、この辺りは詳しく把握するに越したことはない。

 アリスもこの連休で分子ガストロノミーの研究で色々試作をしようと考えていたらしく、より最先端の設備が整っている薙切インターナショナルに赴くのも悪くないと考えたらしい。今回は恋というガード役もいるので、黒木場を学園に置いてきているらしいが。

 

「でも私と二人っきりで良かったの?」

「ん? だってアリスしかいないだろ、薙切インターナショナルの設備を使わせてもらうなら」

「そういう意味じゃないんだけど……えりなは放っておいてよかったの?」

「んー、合宿が終わってからなんだか忙しいみたいでな。多分秋の選抜に向けた運営仕事が多いんじゃないか? この連休だって学園運営の関係で生まれたものだし」

 

 飛行機を降りて空港を歩く二人。

 アリスの問いかけに対して恋は特に含みもなく答えていく。合宿でえりなが創真に語っていた"秋の選抜"の準備のせいか、最近恋はえりなに会っていない。時折顔を合わせることもあるが、それでもいつも忙しそうにしており、ゆっくり会話をすることは出来なかった。

 連休に入ってよりその忙しさが増したようで、恋は邪魔をしないように近づかないでいる。その結果、空いた時間でアリスを誘ったわけだが。

 

「そう……まぁいいけど、私も女の子なんだよ?」

「? 知ってるけど」

「なんとも思ってない男の子と二人で旅行なんてしないんだからね?」

「……それは遠回しな告白か?」

「さぁて、どうかしらね♪」

 

 ぷく、と頬を膨らませながら含みのある発言をするアリスに、恋は困ったような顔をする。アリスは子供っぽい反面、コミュニケーション能力の高さからかこういった謎めいた一面を見せることがある。ミステリアスというべきか、掴みどころがないというべきか。

 ともかく、恋は行動を共にしてからというもの、アリスという少女に振り回されていた。

 

 まぁ恋は恋でそういうやりとりを受け入れているようで、別段嫌な思いはしていない。寧ろ恋がこういう対応するので、アリスも伸び伸びと素の自分を曝け出している節がある。

 

「にしても、六月にもなるとデンマークも夏だな。日本と比べるとかなり涼しいけど」

「北欧だもの、私はこっちにいた期間が長いからもう慣れっこだけどね」

「ああ、頼りにしてる」

「お姉さんに任せなさい♪」

「はは、同い年なんだけどな」

「ココでは私の方が先輩だものっ」

 

 上機嫌にくるくる回りながら笑うアリスに、恋は苦笑しながら付いていく。

 連休中はこちらに宿泊する予定なので荷物も多いが、アリスはキャリーを引くくらいで、他は恋が全ての荷物を持っていた。アリスの荷物も持っているが、これは恋が空港で荷物を引き取る時に持つと言ったからだ。

 アリスとしては付き人である黒木場に荷物を持たせることはあれど、こうして女性を気遣って荷物を持たれるのは新鮮だったらしい。キャリーこそ引いているが、気分はお姫様のようだった。

 それに恋がそれらの荷物を持って尚平気な顔でついてくるのもポイントが高い。

 

「そういえばこっちで宿泊する場所に都合を付けてくれたみたいだけど、何処に泊まるんだ?」

「ん? 私の家よ」

「…………アリスの家って、実家ってことか?」

「ええ!」

「っと……………ご両親もいるんだよな?」

「モチロン♪」

「よし、帰ろう」

 

 来た道を引き返して帰りの飛行機のチケットを取ろうとする恋。何が楽しくて同級生の女子の実家に泊まらなければならないのか。しかもご両親までいるとなれば、状況としては娘が男を連れて帰ってきた風にしか思えない。

 恋人の紹介ではないのだから、そんな高確率で誤解を生みそうな状況で挨拶などしたくなかった。恋は面倒見のいいタイプの人間だが、面倒ごとに進んで関わりたいわけではない。

 

「待って待って! ちゃんとお母さま達にも許可を貰ってるから大丈夫だって! 部屋はリョウ君が使っていた部屋を使えばいいし、やましいことなんて何もないんだから堂々としていればいいのよ!」

「……なんて伝えて許可を取ったんだ?」

「え? えーと……友達を連れてくるから、連休中泊めたいって」

「男だって言ってないじゃないか」

「…………てへっ☆」

「帰る」

「わーわー! 待って待って、じゃあちゃんとお母さまにも説明するから! それで許可を取れなかったら他の宿泊所を手配するし、それでどう!?」

 

 ぺろりと舌を出して頭をこつんと叩いたアリスを無視して再度帰ろうとした恋。それをアリスは慌てて引き留め、ならばと別の提案をする。男だと説明した上で許可が取れれば宿泊費も掛からないし、許可が取れなければ他の宿泊所を紹介するという提案。どっちに転んでもメリットはあるし、恋は一先ず溜息を吐きながら帰宅を諦めた。

 アリスの自由奔放さは美徳でもあるが、考えなしな一面は褒められたものではない。恋はジトッとした目でアリスを睨んだ。

 

「まぁまぁ……それじゃあ早速行きましょう!」

「前途多難だな……」

 

 そんな恋の視線から目を逸らしながら、アリスは恋の腕を取って進んでいく。手が鞄で塞がっているので腕を取ったのだろうが、やや歩きづらい体勢になった恋は、再度大きな溜息を吐いたのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 すっかり空も暗くなり始めた頃。

 あの後薙切インターナショナルの研究施設に軽く挨拶がてらアリスに紹介をして貰った恋は、実験や研究などは明日に回して、そのままアリスの実家へとお邪魔していた。空港に着いたのが昼を過ぎて少し経った頃だったので、諸々回っている内に夜がやってきてしまったのだ。

 やや緊張する状況だが、普通と比べるとやはり大きい屋敷を前に恋は姿勢を正した。

 

 そしてアリスがインターホンから帰ったという旨を伝えると、大きな門が自動で開いていく。メイドでも迎えるのかとやや身構える恋だが、サクサク進むアリスの後ろに付いて自分も歩を進めた。

 門から玄関までの間には庭もあり、テーブルと椅子が設置されている。庭師でも雇っているのか色々な植物が綺麗に整えられており、小さな庭ではあるが庭園としての体を為している。

 

おかえりなさい、アリス(Velkommen tilbage, Alice.)

 

 すると、玄関の扉の前でアリスによく似た女性が出迎えてくれていた。デンマークの言葉なのか意味は汲み取れなかったが、アリスが笑顔で言葉を交わしているあたり母親なのだろうと恋は思った。

 アリスと母親らしき女性が二言三言言葉を交わすと、女性は恋の方に向き直って声を掛けてくる。

 

「あー……えと、コンニチハ。わたし、は、アリスの母のレオノーラ、デス」

「ああ、どうもご丁寧に……アリスさんの同級生の黒瀬恋です。この度は自分が無理を言ってアリスさんに連れてきてもらって……」

「話は聞いてますデス……男の子だなんて聞いていないのだけれど(Han er ikke en pige.)

言い忘れちゃった(Jeg glemte at fortælle dig det.)♪」

 

 話は通っているようだが、アリスに何か叱責するように何かを言っているのを見て、恋は少し気まずさを感じる。やはり男子だと伝えていなかったのが驚かれたのだろう。

 とはいえアリスの悪びれない態度に呆れた様子を見ると、それほど怒ってもいないようだ。小さく溜息を吐くと、レオノーラは再度恋に視線を向けて口を開く。

 

「歓迎シマス、見ての通り部屋はいっぱいありマスから。気にせず、リラックスしていってくだサイね」

「! ありがとうございます。でも良いんですか?」

「ええ、こう見えてアリスも賢い子デスから……アナタのことは、きっと信頼しているのデショウ」

 

 片言の日本語ではあるが、歓迎してくれている様子のレオノーラに恋もホッと胸を撫でおろす。薙切インターナショナルの総括者であると聞いていたので、遠月学園総帥と似たようなおっかなさがあるのかと思ったが、物腰柔らかで優しい女性で良かったと思った。

 

 此処で立ち話もなんだからと中へ通され、貸してくれる部屋に荷物を置いてからリビングで再度、簡単に挨拶を交わす。とはいえ日本語が苦手ならばと、恋の方から気を使ってアリスに翻訳を頼んだ。

 おかげで向こうはデンマーク語のままだが、アリスが橋渡しになることで会話が成立する。

 

「黒瀬君、貴方は薙切インターナショナルの分子ガストロノミーの研究設備を使いたいそうですね」

「はい、幼い頃に少し触れただけでしたが、アリスさんと知り合ったのを機にもう一度最先端の設備を使ってみたいと思いまして」

「そう、向上心があることはとても素敵なことですね。折角いらしたのだから、存分に研究に活かしてください」

「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります」

 

 幸い、レオノーラはこうして連休を利用してデンマークまで来るほどの熱意を買ってくれたらしく、薙切インターナショナルの設備の利用を快く許可してくれた。ただ素人が扱うには難しいものもあるので、アリスが同伴で監督するのが条件ではあったが、それでも恋からすれば有難い。

 早速恋は明日、何をしようかと頭の中で思考を巡らせる。少しだけ楽しみに思い、自然と笑みを浮かべた。

 

「代わりと言っては何ですが、アリスが連れてくるくらいですし……貴方も相応に料理をするのでしょう? もしよければ、貴方の料理を食べてみたいのですが」

「!」

「丁度小腹が空いてきましたし、私もまだ少しお仕事が残ってますから……メインとは言いません―――何かお夜食に簡単な品を一つお願いできませんか?」

 

 瞬間、レオノーラの纏う空気が変わったのを感じた。

 優しい声色、アリスの母として納得の美しい顔立ち、好奇心旺盛な笑みは見ていてとても魅力的だ。けれどその笑顔の奥から、熱意だけの凡人ではないだろうな……とでも言いたげな迫力すら感じる。

 

 恋はコレを一種のテストの様に認識した。

 もちろん先程の言葉は覆さないだろう。恋の熱意を受け、最先端の設備を使わせることに異論はない―――だが、恋という料理人にどれだけの価値があるのかどうか、それを図ろうとしている。

 分子ガストロノミーの分野で幾つも賞を取り、天才とまで呼ばれた娘が連れてきた、遠月学園で出会った少年。母として、また研究者として、その少年に興味を抱くのは当然のことと言えた。

 

「……分かりました。では、キッチンをお借りしても?」

「ええ、期待していますね」

 

 恋はその要望に対し、頷きを返した。

 夜食ということで、恋が作るのは付け足しに軽い一品だけだ。だが相手は薙切という名を背負う人物……下手なものを出せば、そこで彼女は恋という料理人に見切りを付けるのだろう。所詮は捨て石だと。

 

 望むところ―――恋は彼女の笑みに対し、強気の笑みを返した。

 

 

 




ちょっとしたオリ展開。
次回で連休終了予定。選抜編に入りたいと思っています。

感想お待ちしております✨



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