ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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二十一話

 ◇ ◆ ◇

 

 

「どういうこと……!? 何故こんな……!」

 

 切っ掛けは、一年生の強化合宿が終わって少し経った頃に起こった。

 十傑評議会は秋の選抜戦に向けての準備を既に始めていた。六百名以上の一年生達の中からたった六十名を選出しなければならない以上、対象となる生徒の成績や実力を加味して一人一人しっかり評価する必要がある。その作業は相応の時間が掛かるのだ。

 当然、えりなも合宿が終わればその仕事に加わる必要があり、十傑として選抜に不参加である以上、同じ一年生として率直な意見を求められる立場でもあった。

 恋が合宿を終えてえりなと話す機会を得られなかったのは、そういった背景があったからだ。

 

 だがそんな仕事の最中で、十傑評議会に匿名で一通の密告が届いた。

 

 それを持ってきたのは第九席の叡山枝津也。彼曰く、様々なコンサルティングに携わる自分に届く郵便物の中に、一通の手紙が混ざっていたのだそう。差出人は不明で、その郵便物を持ってきた叡山のスタッフも誰が持ってきたのか知らなかったらしい。

 

「さぁな、この内容が本当かどうかは分からねぇが……真実なら確かめる必要があると思うが?」

「っ……!」

 

 えりなが大きな声を上げたのは、その手紙の内容が衝撃的なものだったから。

 だが叡山が封筒の中に入っていた手紙をひらひらと揺らしながら、真実を追求する必要があると言えば言葉に詰まってしまう。

 そしてそんなやりとりに反応したのは、第八席である久我照紀だった。この時点ではまだ恋と会う前ではあったが、その手紙の内容が内容なだけに反応したのだろう。

 

「"黒瀬恋は味覚障害者であり、遠月学園には相応しくない。即刻退学にすべきである"……ね。でも実際ある程度実力はあるわけでしょ? 仮にこれが真実だったとして、退学にする意味ある?」

「仮に真実だとして、黒瀬恋個人の話なら問題はねぇさ。料理人としてやっていけるだけの腕があるのなら、真実がどうだろうと勝手に結果はついてくる」

 

 久我は恋を庇うつもりは別にない。あくまでその話が真実だったとしても、単純に料理が出来るのなら退学にする意味はないのではないかと言っているだけだ。だが叡山は意外にもそれに対して同意を示して、久我の意見を肯定した。

 

「じゃあ―――」

「だが、由緒あるこの遠月学園に在籍するってんなら話は別だ。遠月リゾートを始めとして、この遠月という名前には巨大なブランド力がある。この名前が付くだけでソコに大きな価値が生まれるほどにその力はデカい……そしてこの遠月学園はそのブランドを背負った一流の料理学校であり、そこに味も分からねぇ存在を置いておくことはそのブランドを著しく傷つける可能性があるんだ」

 

 だがその上で叡山は、味覚障害者という料理人としての信用に関わる不都合を抱えた人間を在籍させることに、大きなデメリットがあることを語る。

 ブランドの力は信用の大きさだ。

 人で例えて言うのなら、例えば『この選手ならきっと金メダルを取ってくれるだろう』とか、『この人の書くお話には外れがない』とか、そういう長い時間を掛けて培われた信用が生み出す力。

 ブランドとはそういうもの―――つまり"遠月"という名前には、それだけで一定水準以上の質を約束する信用力があるのだ。

 

 叡山はそのブランディングを崩しかねない存在を退学することは、何もおかしいことではないと主張する。

 

「火のない所に噂は立たねぇ。俺達はこの学園を取り仕切る十傑評議会だ……だからこそ、学園運営において害になりかねない情報に関しては、しっかり真実を見極める必要があるとは思わないか?」

「まぁ……確かにね」

 

 そしてその主張は正しい。

 多くのコンサルティングに関わり、経済力、経営力においては十傑の中でもトップの実力を持つ叡山枝津也だからこそ、この発言に大きな説得力を持っていた。

 

「そんなわけで、黒瀬恋に関しての調査を行い、この話が真実だった場合の決を採りたい」

「決、ですって?」

「そうだぜ薙切嬢……俺は、この情報が真実だった場合、黒瀬恋を即刻退学にするべきだと考える。その決議だ」

「!!」

 

 それはえりなにとって、最悪の決議だと言えた。

 折角かつての絆と再会し、今日まで少しずつ会えなかった時間を埋めるように過ごしてきたというのに、こんなところでまたも引き裂かれてしまうなど、到底耐えられることではない。

 えりなはその決議に反対すべく声を上げた。

 

「その決議は聊か早計なように思いますわ、叡山先輩」

「ほお? 俺の言うことに何か間違いでもあったか?」

「確かに遠月のブランドを損なうという点では、そういった不都合を抱えた存在を在籍させることに不安を抱くのは当然かと思います。けれど、私の目には黒瀬恋という料理人の確かな実力が見えています! それはこの遠月学園においても秀でた能力であり、それを手放す損失もまた大きいと考えます」

「だが黒瀬恋ほどの実力者ならこの遠月には幾らでもいる。一年では優秀かもしれんが、二年、三年と視野を広げれば奴に勝る連中なんざゴロゴロいるだろう……損失を考えるのなら、奴一人に固執する必要もないはずだ」

「ですがその情報が仮に真実であったのなら、その価値は大きく変わってきます! 味覚障害という料理人として大きなハンデを抱えたまま、それでも彼が卒業まで至る料理人であったのなら―――"遠月"は障害があったとしても、その料理人が持つ可能性を見抜く力を持っているとして、そのブランド力に更なる向上を目指せる筈です!」

 

 思考を回し、コンサルティングに秀で、多くの案件に対するプロデュースや細かなディレクションでも確かな実績を残してきた叡山に、えりなは食って掛かる。どうにかして黒瀬恋の退学の道を消そうと必死になって反論した。

 だが、こういった交渉においてはやはり叡山枝津也の方が一枚上手。

 

「落ち着けよ薙切嬢……そう必死だとまるで、遠月云々よりも黒瀬恋に退学して欲しくないから反論しているように見えるが? 俺はあくまで遠月のブランドを考えて提案しているだけであって、黒瀬をどうしても退学にしたいわけじゃない……俺に食って掛かっても仕方ないだろう?」

「!!」

 

 しまった、と思った時には遅かった。

 隙を突くように叡山はえりなの発言にあった力を突き崩していく。

 

「少し調べたが、薙切嬢と黒瀬恋は幼馴染らしいな? 学園でも度々、かなり親しくしている姿を見るという話も聞いている……十傑足るもの、私情を挟むのは良くないと思うぜ」

「ちがっ……」

「まぁ薙切嬢も十傑に入って間もないのだし、少し感情的になってしまうのも仕方ないことだと思う。だが十傑評議会に入った以上は、この遠月を少しでも良い学園にしていけるように徹するべきだな」

 

 最早えりなが何を言おうと、この場では唯の感情的な意見にしか映らないだろう。叡山枝津也は此処まで想定して、話を進めていたのだ。この会議の場を自分の考えた通りに進めるために、えりなと恋の関係まで調べ上げる用意周到さ。

 流石は、『錬金術士(アルキミスタ)』と呼ばれるだけのことはある。

 この場は既に彼の独壇場だ。

 えりなを説き伏せつつ、また十傑に入ってまだ間もないというフォローまですることで、彼自身の発言力を高めることにも成功している。そうなればこの場において、彼の発言はなにより強い説得力を持つ。

 

「てなわけで、決を採りたいんだが……俺の提案に賛成する者は挙手を」

 

 そうして焦燥感に囚われるえりなを置いて、決議が進められる。叡山の決議を取りたいという案に全員が賛同したわけではないというのに、この場の空気が決議自体は行われるという空気に変わっていた。

 そして叡山の言葉を聞いて、決が採られる。

 

 えりなは勿論手を挙げることはしなかった。極星寮で一緒に生活する一色も同様で、恋に対して退学の意味を感じられないと思ったのか、久我も沈黙を貫いている。えりなは手を挙げない者を見て、期待をした。

 だが、現実は残酷。

 十傑評議会の中で過半数――六名もの人間がその手を挙げている。叡山の提案が可決されたことの証明だった。これで恋の味覚障害が真実であると明らかになった場合、恋は退学にされてしまう。

 

「……決は出たな、調査は言い出した俺の方でやろう。それでこの情報が真実であったのなら、黒瀬恋は退学……決議への協力感謝する」

 

 叡山はそう言うと、やるべきことは終わったとばかりに会議室を出ていく。

 他の十傑メンバーも粛々と部屋を出ていき、一仕事終わったような雰囲気に、えりなはどうすればいいのかと内心不安と焦りでいっぱいだった。

 

 けれど何も案など出てこず―――結局、黙っていることしかできなかった。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 そして現在。

 恋に退学を告げたえりなに、創真やアリス、極星寮の面々が詰め寄っていた。恋はえりなを守るように、詰め寄る面々を堰き止める柵役になっている。

 

「ちょっとどういうことよえりな!! なんで恋君が退学なのよ!!」

「っ……アリス」

「味覚障害ってのは驚いたけど、けど黒瀬は料理が出来ないわけじゃないだろ? それで即退学っておかしくねぇ?」

「そうだよ!」

 

 ぐいぐいと詰め寄ってえりなに追求する友人たちを、恋は一先ず力ずくで引き剥がす。

 

「落ち着けよ、薙切を責めたって意味はないだろ」

「恋君こそなんで落ち着いているのよ! こんなのおかしいじゃない!」

「そうだな、確かにおかしい」

「だったら!」

「だからこそ、落ち着け」

「ッ……!」

 

 落ち着いた様子の恋に苛立ちを覚えたのか、アリスが怒った顔で詰め寄ってくるが、恋はその言葉を肯定した上で冷静になるように言う。その言葉にアリスは言い返せなかったのか、ぐ、と押し黙って一旦は冷静になろうと努めた。

 そして他の面々も恋の言葉には一考の余地があると思い、一先ずは落ち着きを取り戻す。

 

 恋はそんな一同を見て短く息を吐くと、あくまで冷静に語り出した。

 

「確かに俺は味覚障害を持ってるが……それはこの学園に来てから誰にも言ってない。にも拘らずそれがバレたってことは、意図的に俺の経歴を調べた奴がいるってことだ……つまり、これは何者かが俺を陥れるため……もしくはそれによって発生する利益のために仕組まれた可能性が高い」

「ということは……叡山先輩が……?」

「薙切の言う密告の手紙を持ってきたのが叡山先輩なら、おそらくはそこが糸を引いているんだろうな」

 

 恋の説明に対し、全員が納得したように頷く。

 恋の言う通り冷静に考えるのなら、退学にばかり目が行っていて気付かなかったことが見えてくる。恋が自分の抱える障害について誰にも口にしていなかったというのなら、それを意図的に調べた人間がいるのは当然の話だ。

 であれば、この退学の話を持ち掛けた叡山枝津也がその裏で糸を引いている可能性は非常に高い。

 

 しかし恋はそれを推測した所で、この状況を打破できる可能性は非常に低いと考えていた。今回の話はあくまで正当な手順を経て決定されたことを、正当な手順を以って履行しているだけなのだ。そこに不当性がない以上、交渉で突き崩すことは不可能だ。そもそも十傑評議会で過半数が賛同している時点で、コレは学園運営の正当な決定である。

 可能性があるとすれば『食戟』だが……これも決定打として成立しない。

 

「どうにか撤回する方法は、ないのか……黒瀬?」

「難しいな……食戟を挑んだところで、此処まで用意周到な計画を立ててるんだ。審査員を買収して審査結果を捻じ曲げる程度のことはやってくるだろうし……そもそも誰に食戟を挑めばいいのかも定かじゃない。仮に叡山先輩に勝ったとしても、この決定を覆す一手にはなりえない」

「なんで!?」

「今回の決定は、十傑評議会で決定された事項だからだよ。十名の十傑の内過半数、つまり六人の意思で決定された事項である以上……叡山先輩が食戟に賭けられるものは自身の投票の撤回のみで、提案者だとしても退学そのものを取り消す権限は既に叡山先輩にはない」

 

 つまりは、叡山枝津也を食戟で倒して投票を撤回させ無効票にしたとしても、残り九名の投票は生きる。結局は九名の内過半数の五名が賛同している状況は変わらない。

 であれば残り五名、最低でも二名を食戟で打倒し、同様に無効票に変えるという条件を飲ませればいいのかと思うが……そもそも即刻退学である恋に、そんな時間は残されていない。退学の手続きを終える前の今なら叡山一人に対する食戟は有効かもしれないが、他の十傑に挑む様な猶予はないのだ。

 

 結局、恋はこの即時退学という決定を覆す手段を持っていなかった。

 

「まぁ、今回はしてやられたってことだ……皆もすぐに秋の選抜戦が控える選抜メンバーになった以上、この一件に関わっている暇はないはずだ。一先ずは退学を受け入れるしかない」

「そんな……黒瀬君……!」

「とはいえなにか不穏な動きがあるのも事実……このままただで終わるつもりはない」

 

 恋の言葉に重い空気になる創真達だったが、現段階で十傑を相手に勝利出来る力が無いのも事実であり、今回の決定に不当な要素がないことも事実。今の創真達に、恋の退学を阻止する方法はなかった。

 だが恋の言う不穏な動き、という言葉が気になるのも確か。恋がこの学園を去ったとしても、恋を陥れた奴らが存在していることは変わらない事実だ。その存在が創真達に今後危害を加える可能性も低くない。警戒はすべきだろう。

 

 結局、何も出来ないまま黒瀬恋は遠月学園を去ることになった。

 そうして終業式を迎えた今日、遠月学園から黒瀬恋が消え、学園は夏休みへ。

 選抜戦の課題テーマを与えられた選抜メンバーは、この夏休みを使って様々な試行錯誤を経て決戦の日に挑むことになる。

 

 

 だが黒瀬恋の消えた遠月学園の裏ではひっそりと……不穏な影が動き出していた。

 

 

 




黒瀬恋という存在を消した裏にある、何者かの意図。
暗躍する影に気付いた恋の取る行動とは。そして創真達の胸中は。

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