ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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二十四話

 ◇ ◆ ◇

 

 

「おう創真帰ったか、ちょっと手伝ってくれ」

 

 少し時間を戻そう。

 恋の言葉で空元気に寮の中へと入っていった創真達が厨房へとやってきた時、そこには創真の父である幸平城一郎がいた。何か作っているのか軽快にフライパンを揺らしており、入ってきた創真に気付けば手伝う様に言ってくるほど、自然体でそこに立っていたのだ。

 夏休みに入る前日ということで、創真の様子でも見にやってきたのだろう。

 だが普段なら自然な流れで手伝いに入りそうな創真は、城一郎の予想に反して動かなかった。

 

 それに意表を突かれたのだろう。城一郎は手を止め、創真達の方へと視線を向けて眉を顰めた。見れば創真以外にも大勢の人がいる―――しかもどこか暗い顔をして。

 事情を何も知らない城一郎だが、息子とその友達の様子を見れば何かあったことくらいは想像出来た。

 

「……はぁ、なんかあったみたいだな。それも、料理どころじゃねぇくらいのデカいことが」

「親父……」

「え、と……創真君のお父さんなの?」

「ああ、自己紹介しておくか。どうも、息子がお世話になってます。創真の父の幸平城一郎だ、よろしくな」

 

 城一郎の挨拶に、その場にいた全員がおっかなびっくり会釈を返した。講師以外ではめったに交流しない大人の男性を前にして、少々驚いている様子である。

 とはいえ恋の退学に気持ちを上げられない状況では、普段なら興味津々に食いつきそうな創真の父の登場もインパクトが薄れてしまっていた。

 

 城一郎は折角サプライズ気味にやってきたというのに、間の悪い時に来てしまったらしいと、少し肩を落とす。そして仕方ないとばかりに椅子を引きずって創真達の前に座ると、片手で何かを促すようにしてくる。

 

「父ちゃんが聞いてやるから話してみろ、一体何があったんだ?」

「……実は――」

 

 創真達は先ほどあった全てのことを話した。

 恋という料理人のこと、味覚障害を持っていること、それが原因で急に退学を言い渡されたこと、全てを。そしてその上で自分達が恋を退学にされたくないと思っていることも、包み隠さず城一郎に話した。

 すると、全ての話を聞いた城一郎は顎髭を撫でるように顎に手をやり、その後腕を組んでうーんと話の内容を頭の中で整理し、消化する。遠月学園の卒業生であり、極星寮のOBでもある自身の経験と照らし合わせても、その話に違和感を禁じ得ない。

 

 味覚障害と聞けば確かに料理人としては致命的かもしれないが、そもそもこの学園に入学する際にその辺りの情報は学園側にも提示されていたはず。ならば何故今それが生徒達の耳に入っただけで退学となるのか、城一郎には意味が分からない。

 明らかに、退学にしたいから退学にした意図が隠されているような感じがする。

 

「話を聞いた限りじゃ、その黒瀬って奴は相当腕が立つんだろ? 俺が在学中にも多少身体的に不自由を抱えてる奴くらい居たけど、即退学ってのは穏やかじゃねぇな」

「俺達もそう思ってんだよ、親父。この決定はなんかおかしいってな」

「ほーん……つってもまぁ、当の本人は受け入れてんだろ? じゃあお前らが口を出す様な問題じゃねぇわな」

「そんなっ!」

 

 とはいえ、城一郎は大人として一意見を述べる。

 黒瀬恋が退学にされるという出来事に対し何か不穏な影を感じないでもないが、あくまでそれは本人の問題であり、当人が受け入れているのであれば外野がやいのやいの言う権利はない。

 当然仲間として、理不尽に晒されている仲間に手を差し伸べたい気持ちも分かる。創真達は未だ高校一年生の子供であり、感情のままに行動することが良い結果を生むこともままある。

 

 けれど大人として助言するのであれば、本人の意向を無視して一方的に手助けするのはエゴでしかない。それは仲間であるからこそ、尤も尊重すべきことではないのかと、城一郎は言っているのだ。

 

「……だけどっ」

「だけどな創真。俺ぁこの遠月を卒業したわけじゃねぇが、それでも最高の想い出がたっくさんある。仲間達と一緒に食戟一本でこの寮を盛り立てて、なんだって料理で切り開いていった……辛いことがなかったとは言わねぇが、それでも最高の青春時代を過ごしたって今は思ってる」

「……」

「だから俺が父親として、また先輩としてアドバイスしてやれるとしたら一つだけだ―――"未来の自分が後悔しない選択をしな"」

 

 城一郎の言葉を受けて、創真達の表情が変わる。

 未来の自分達が後悔しない選択。

 どんな選択をしたって、何かしらの後悔は残るものだ。結果が自分の理想通りにいくことなんて、世の中そうそうありはしない。どこかで必ず失敗は起こるし、どこかで取り零してしまうものもきっと出てくる

 城一郎が言っているのは、それでも人生たった一度の選択において、これしかないという選択を選ぶことが出来るかということだ。未来の自分がどのような結果を受けたとしても、あの時これ以上の選択は無かったと胸を張って言えるように生きられるかどうかだ。

 

 ぐ、と拳を握った創真が厨房を飛び出し、自分達が入ってきた寮の玄関の扉へと走る。そして創真以外の全員も同じ行動を取り、自分が今取るべき道へと足を動かした。 

 感情的で、後先なんて何も考えていない、ガキ臭い行動かもしれない。

 

 それでも、自分達が取るべき行動は、これ以外には考えられなかった。

 

「!」

 

 扉に手を掛けた創真の手が止まる。

 扉の向こうから、薙切えりなの泣いている声が聞こえてきたからだ。そしてそれは後から追いかけてきた全員にも聞こえたようで、心の底からの悲しみを訴えているその泣き声に表情を歪める。

 選抜発表の掲示板からこの寮までの道のりの中、誰一人としてなにも言うことが出来なかった。その理由が、このえりなの泣き声に込められている。

 

 そうだ、創真達は悲しかったのだ。ショックを受け、心が痛みを訴えていたのだ。

 恋が何も言わなかったから。弱音も吐かず、辛い表情も見せず、いつも通りに優しく笑う姿があまりに痛々しかったから、創真達は苦しくて何も言えなかったのだ。

 子供の様に嫌だと叫ぶえりなの言葉が、自分たちの気持ちを代弁している。

 

「―――」

 

 その瞬間、恋が何かを言った。

 その内容は聞こえなかったが、扉の向こうで何か――空気が変わったのを感じる。ただ分かったのは、えりなの涙を恋が止めたということ。恋が何かを言ったことで、泣いていたえりなの声が止んだということだけだ。

 

「……?」

 

 首を傾げる創真だったが、扉を開けようとした時、更に新たな声が扉の向こうから聞こえてきた。その声と話の内容から、それが十傑第八席の久我照紀であることを理解する。

 そして扉を少し開けて話を盗み聞きすると、恋が退学を白紙に戻すための方法があるという話をしていた。その為に協力者が必要であることも。

 

 この時点で、創真達の気持ちは決まっていた。

 

 城一郎の言っていた言葉も、これならば何の憂いもない。何故なら黒瀬恋本人が退学を帳消しにするために行動するという意思を見せているのだから。

 全員で笑みを浮かべて頷き合うと、創真は勢いよく扉を開ける。

 

 

「―――じゃあ、俺達も協力すれば足りるか?」

 

 

 そんな言葉と共に、仲間を救いたいという気持ちを表明して。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

 そして時は戻り、現在。

 えりなが目を丸くして驚愕を露わにした人物。幸平城一郎の登場が、この場の空気を大きく変えていた。創真達の登場だけでも大分予想外であったのに、その父親まで現れるとなっては、流石の恋も意表を突かれたような表情をしている。

 しかもその城一郎が、恋に力を貸そうと言い出したのだ。

 退学を白紙に戻すための策に学外の人間の力を借りるのは、流石に大人の過干渉というものではないだろうかと思ってしまう恋。しかし、城一郎の言いたいことはそういう意味での助力ではなかった。

 

「なんにせよ、今すぐ退学を白紙にすることは出来ねぇんだろ? じゃあ戻ってくるまでの間、お前俺の手伝いでもしねぇか?」

「親父の、手伝い?」

「秋の選抜が終わった後、遠月学園ではスタジエールって現場研修期間があんだよ。お前らの言葉を信じるなら、黒瀬君には選抜に出場するだけの実力はあるんだろ? じゃあ復帰までの期間腕を磨く場を失うのは勿体ない。どうせ復帰までは学内で行動することは出来ないんだから、丁度いいじゃねぇか。早めのスタジエールってことで」

「それはまぁ、有難い申し出です」

 

 とどのつまり、これから退学を帳消しにして復帰するまでの間、恋の面倒をみてやるという意味で助力してくれるということである。城一郎は元々寮に一泊して明日には発つつもりだった。同じタイミングで寮を出なければならないのであれば、一緒に連れて行っても問題はないと考えたのである。

 恋もまたその意図を理解し、料理の腕を磨くことが出来る機会に恵まれるのであれば是非もないと頭を下げた。

 

 あまりに突飛な提案に呆気に取られる創真達だったが、悪い提案ではないと知ると困惑しつつも冷静さを取り戻す。とはいえ、城一郎がどれほどの料理人なのかを知らないので、目の前で起こっていることがどれほどの話なのか理解出来ているのは、えりなと創真くらいのものなのだが。

 

「ま、いつまでも寮の前で立ち話するのもなんだから、そろそろ俺達も中に入ろうか」

「え、ええ……そうね」

「久我先輩はどうします?」

「ん、俺は帰るよ! 黒瀬ちんの意思は確認出来たし、俺にやって欲しいこととか諸々詳しいことは後で連絡してよ。一年の中に混ざるのも気まずいし? じゃ、まったねん☆」

 

 とにかく図らずとも大所帯になってしまったので、一先ずしんみりした空気もなくなった所で寮の中へと入ることを提案する恋。久我は一色が出てきていない今、一人だけ二年生ということもあり、聞きたい話も聞いたと帰ることにしたらしく、早々に立ち去って行った。

 そして恋が創真達の方へと再度振り返ると、一転して笑みを浮かべている面々に苦笑する。本人よりもやる気満々な様子を見せられれば、苦笑も出るというものだ。

 

 えりなと共に極星寮の階段を登り、寮の中へと入る。

 もう此処に重い空気はない。

 やるべきことがはっきりしたからだ。

 

「じゃ、料理するか」

 

 笑ってそう言う恋に、創真達はそれぞれ返事を返した。

 

 

 ◇

 

 

 ―――その夜、遠月学園の一室にて二人の人物が向かい合っていた。

 

 一人は遠月十傑評議会第九席、叡山枝津也。

 掻き上げた髪に知的な眼鏡を掛けた、ややヤクザの様な出で立ちの男だが、その実力は確か。数多くの事業を手掛け、手を貸した案件は数百件以上。中等部に入学した当初は、たった一年で同学年の生徒の入学金を全て合わせた額よりも稼いで見せた。周囲からは『錬金術士(アルキミスタ)』と呼ばれるほどの経営手腕を持つ男だ。

 そして今回黒瀬恋を退学へと追い込んだ張本人でもある。

 

 そんな彼に対し、向かい合うように立っていたのはかなり大柄な男だった。髪型も稲妻柄の剃り込みにドレットヘアというかなりいかつい風貌をしている。

 

「お前の密告のおかげで、黒瀬恋を退学に出来た。よくやってくれたなぁ、美作」

「まぁ、偶然すけど……」

 

 男の名前は美作昴(みまさか すばる)

 恋達と同じ一年生であり、創真達の陰に隠れていたものの、入学してからかなりの頻度で食戟を行っている人物である。

 そして叡山が言ったように、黒瀬恋の味覚障害について調べて叡山に教えたのが何を隠そうこの美作昴という男だった。

 

「俺の方にも噂は流れてきていたからな……編入早々あの周藤怪を食戟で倒した一年、黒瀬恋。どんな奴かと思って個人的に調べてはいたが……まさか味覚障害者だったとはな」

「けど、こんな強引に退学にする必要あったんすか? 叡山先輩の指示通り密告書を作ったっすけど、正直奴を退学にする意味は無かったんじゃ?」

「だろうな……俺としても黒瀬を退学にするのは惜しかった。なにせこれだけの実力を持ちながら味覚障害を抱えた料理人だ……順当に成長すればチャリティー的な事業にも手を伸ばせそうな人材だったからな」

「チャリティーって……福祉活動が金になるんすか?」

「直接的にはならねぇよ。だがそのキャリアは幾らでも金に繋げられる」

 

 とはいえ、叡山枝津也という男はそもそも、様々なことに対し金になるかならないかでしか判断しない。料理人としての腕は確かであるが、コンサルティングに対する熱の方がよっぽど強いのがこの男である。また、料理にさほど本気で打ち込んでいないにも拘らず十傑に入っているという事実が、彼の実力の高さを証明していた。

 そんな男だが、今回の恋の退学に関しては内心では惜しいと考えているようだった。美作が報告で持ってきた黒瀬の抱える障害を知った時も、彼は恋に対して利用価値を感じていたのである。

 

 しかし現実は恋を退学に追い込んだ―――何故?

 

「じゃあ何故?」

「お前は知らなくても良いことだ、美作……まぁ既に退学になった奴のことを考えるのは無意味だ。そもそもお前だって、黒瀬恋に対して邪魔だと思ったから色々探ったんだろ? 目の上のたんこぶが消えてよかったじゃねぇか」

「……失礼します」

 

 美作昴は叡山の言葉を聞くと、軽く頭を下げて出ていく。既に必要な話は終わっていると判断したのだろう、叡山もその背中を引き留めることはしなかった。

 扉が閉まり、部屋に一人になった叡山はテーブルに頬杖を突いて溜息を吐く。美作の言う通り、今回恋の退学に多少強引な手を取ったのは事実だ。一先ず退学に追い込むことは出来たものの、彼には色々と今回の後始末が残っていた。

 

 テーブルの上のパソコンを開き、"とある人物"に向けて何か報告書をまとめたメールを送信する叡山。

 

「それにしても……どうして此処まで黒瀬恋に拘るんだろうな」

 

 そしてメール作成ツールを閉じた後にディスプレイに出てきたのは、黒瀬恋の調査データ。今までの経歴や障害に関する詳細まで調査されたそのデータは、これと言って遠月に対し害になるような物ではない。

 そもそも障害一つで退学に追い込まなければならないような人物でもないことは、叡山自身も理解しているのだ。事実、恋の退学手続き申請には障害が原因であるという記載は一切存在していない。単に十傑評議会の決定により退学、という風に記載してあるだけである。

 

「まぁ、どうでもいいがな」

 

 美作昴にも告げなかったその理由は、叡山自身にも分からなかった。

 

 




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