ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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感想、誤字報告、ご指摘ありがとうございます。
前回は文章がリピートしていたらしく、すぐにご報告していただき本当に助かりました汗
今後ともどうかよろしくお願いいたします。


二十六話

 激動の夏休みが過ぎ去り、恋の復帰に対する行動はともかく、選抜への対策と己の腕の研鑽に費やしてきたその結果を披露する時がやってきた。

 

 遠月学園―――"秋の選抜戦"の予選当日である。

 

 この予選では、終業式の時点で公開された六〇名の選抜メンバーをA、Bの二グループに分け、その中で上位四名が選抜本選へと進むことが出来る仕組み。要はA、B両グループから勝ち抜いた八名での決勝トーナメントとなるわけだ。

 そして予選のお題は―――『カレー』

 幅の広い料理である以上、そこに自分なりの回答を表現することは難しいテーマだ。そして使用する香辛料、調理方法、具材、カレーの種類など、選択肢が無数に存在する料理であり、尤も優劣の付けやすいテーマでもあった。

 

 予選会場には既に大勢のギャラリーが集まっており、数多くの生徒に加えて、外部からやってきた出資者や著名な料理人、遠月グループの人間の姿もある。過去えりなが創真に説明したように、一年生にとって初めて外部に己の実力をアピールすることの出来る場だということが、嫌でも理解出来た。

 

「うおー……でっけー建物だな……にくみと食戟した会場の何倍あんだろ。マジでこんなところで料理すんのか?」

 

 そんな中、創真は自分がこれから料理をする会場の大きさに驚いていた。水戸郁美と食戟をした際に使った会場も中々大きかったのに、此処はその比ではない。遠月という名前が持つ力の大きさを改めて実感する。

 そして久しぶりの遠月学園の空気を感じ、その変化にも気が付く。まるでこの場が戦場に変わったかのように刺すような緊張感が走っており、食戟以上の熱が此処に集まっているような空気を感じる。

 

「(本当に何もかも違う……会場の規模や客席の数、それだけじゃねぇ……漂ってる空気が張り詰めてるみたいだ)」

 

 創真はその空気に対し、そんな感想を抱いた。

 

「よう、幸平……微かに手にスパイスの匂いが染みついている……少しは勉強してきたみたいだな」

「おお、葉山。へへ、まぁな」

 

 そこへ声を掛けてきたのは、銀色の髪に褐色の肌を持った美男子。彼も選抜メンバーに選ばれているらしく、その手には調理道具の入ったバッグがある。

 

 彼の名前は葉山アキラ―――創真が夏休みの間に出会った男だ。

 

 お題が『カレー』であることを受けた創真は、夏休みの間にふみ緒のアドバイスで遠月内のゼミの一つ、『汐見ゼミ』を訪れた。其処に偶然居合わせたのが彼だ。

 汐見ゼミに講師として存在していた汐見潤という女性のサポートで、通常二年生からであるはずのゼミに一年生ながら在籍していたほどの男である。

 そしてふみ緒に聞いた所、そこの教授である汐見潤は元々極星寮のOGで、創真の父である城一郎の後輩に当たる人物だったらしく、カレーや香辛料の研究者として当時からその辣腕を振るっていたのだそう。創真と葉山が出会ったのは、その汐見潤にアドバイスを貰おうとやってきた際の出来事だった。

 

「お前にとびきり美味いカレーを披露してやろうと思ってな」

「ふん……まぁ、香りのことに関しちゃ――俺に敵う奴なんていやしねぇけどな」

 

 それじゃ、と言い残して葉山アキラは先に会場へと入っていく。

 

「幸平君……貴方、葉山君と知り合いだったのね」

「薙切? おお、夏休みの間に知り合ったんだ」

「そう……彼は同学年の中で唯一、神の舌に匹敵する才の持ち主として注目を浴びている生徒。その卓越した嗅覚は目を閉じていようが、香りだけで複数のスパイスを嗅ぎ分けることが出来るほど鋭敏……まさしく香りにおいて右に出る者はいないほどのスペシャリスト。お題がカレーである以上、彼の本選入りはまず間違いないでしょうね」

「ああ、とんでもねぇ奴だよ」

 

 そこへ話しかけた来たのは、薙切えりなだった。

 彼女は十傑であり、この選抜戦には参加しないのだが、当然運営サイドとしてこの予選を見守る義務はある。それに極星寮の女性陣とは少なからず交流を深めたわけで、秘書である緋沙子も参加している以上は、運営でなくても観戦に来るのは当然だった。

 そして葉山アキラについてはえりな自身も注目しているらしく、強敵であることを創真に語るえりな。香りの達人である彼にとって、カレーはまさしく得意中の得意料理。まず敗北はありえないと予想していた。

 

 とはいえ、幸平創真のことを認めていなかった彼女が、どうしてこう親しげに創真に話しかけてきたのか。二人について知っているものからすれば、そこには少々違和感が残る。

 

「それより幸平君、例の件忘れていないでしょうね?」

「ん、ああ勿論忘れてない」

「ならいいわ……まぁ、貴方も選抜に選ばれた以上は精々無様な品を晒さないよう努力するのね」

「薙切は前に俺は選ばれないって言ってたけどな」

「うるさいわね! 私は今でも認めてはいないわ! ふん、ごきげんよう!」

 

 どうやらえりなは創真に対し何かを確認しに来ただけの様で、その確認が済めばさっさと離れていく。創真から一言からかわれたものの、少し憤慨する程度でさっさと会場へと姿を消した。

 創真が確認された『例の件』。それは当然の如く、黒瀬恋についての件だろう。えりながわざわざ創真に話しかけることがあるとすれば、それしかない。

 

 この夏休みの間、えりなは毎日の様に恋と連絡を取り合い、学園全体が選抜戦への動きを見せる裏で行動を開始していた。それは創真達も同じで、えりなを通じて恋からの指示が下れば、出来得る範囲で動いていたのである。

 とはいえ、学園内にいる者もいれば自宅へ帰省する者もいる以上、その行動にはある程度限界があったのだが。

 

「創真君!」

「おう、田所! 久しぶりだな、どうだった夏休みは」

「う、うん、私なりに準備してきたつもりだけどっ……!」

「そっか、ならお互いに頑張ろうぜ」

 

 すると、そこへ今度は田所恵が駆け寄ってきた。後ろには吉野や榊たち極星寮の同級生たちもおり、久方ぶりの集合に創真のテンションもあがる。皆選抜に向けて相応の準備をしてきたのだ。此処からは同じ寮の仲間でも、競い合うライバルになる。

 

「幸平! どうやら勝負の決着を付ける時が来たようだな!」

「おお、タクミぃ。相変わらず元気だなぁお前」

 

 そして更にそこへ、合宿中に一方的にライバル関係にされたイタリアの料理人であるタクミ・アルディーニが弟のイサミを連れて突っかかってきた。恋はタクミと面識はなかったものの、創真と同じく祖国に店を持つ兄弟であり、その実力も創真と張り合うほどのもの。学内の噂では、創真同様その名前も広く知れ渡っていた。

 この兄弟は強化合宿中の課題で創真と恵のペアに対し、料理勝負を仕掛けたようだが、勝負は着かなかった過去がある。その結果に本人は納得していないようで、それ以降こうして創真に何かと競争心を燃やしているのだ。

 

「ライバルとして互いに選抜に選ばれた者同士、此処でハッキリと実力差を見せつけてやる」

「おお、俺も負けないぜ……ところで隣のは誰だ?」

「ん? 誰って、イサミに決まっているじゃないか」

「えええー……」

 

 余談ではあるが、創真が強化合宿にてこの兄弟と出会った時弟のイサミはかなり丸く太っていたのだが、夏休みデビューとばかりにすらりと痩せた姿になっていた。タクミ曰く、夏バテで夏は毎年こうなるらしい。

 

 

 ◇

 

 

 さて、こうして役者も揃ってきた所で、選手たちも全員が会場入りする。

 秋の選抜とはいえ未だ暑い気温の中、会場の中は凄まじい熱が渦巻き、灼熱かと見紛う程の熱さに包まれていた。無論料理に影響しないように空調が効いているので、その熱さは室内温度の上昇による暑さではない。

 単純に、交錯する闘志が炎となり、熱を錯覚させているだけだ。

 またこの会場の中に沁みつくような純粋な意思の様なものが、創真達選抜メンバーの心にせっつく様な力を持っていた。

 

 そして、いよいよ秋の選抜戦が始まる。

 

《―――ご来場の皆様、長らくお待たせいたしました。会場前方のステージをご覧ください。開会の挨拶を、当学園総帥より申し上げます》

 

 場内に響くアナウンスと共に、会場内のステージに学園総帥である薙切仙左衛門が堂々たる佇まいで前に出た。食の魔王と呼ばれるに相応しい迫力と、大木の様な重厚感を感じさせる雰囲気は、まさしくこの場を制する者に値する人物と言える。

 

 

「……この場所の空気を吸うと、気力が心身に巡っていくのが感じられる。当会場は通称"月天の間"、本来は十傑同士の食戟でのみ使用を許される場所なのだ!」

 

 

 数秒無言で立つ仙左衛門に静まり返る会場。そうして生み出された沈黙の中、滔々と深みのある声が言葉を紡いだ。

 十傑同士の食戟でのみ、使用を許される場所。

 それが意味することを分からない生徒は、この場には一人だっていない。メディアを通した中継でこの会場を見ている全ての人間を含めて、この会場の神聖さを理解する。

 

「それ故に、歴代第一席獲得者へ敬意を込め……肖像を掲げるのも伝統となっている」

 

 仙左衛門が差し示した先で、歴代の第一席達の肖像が並んでいた。その中には堂島銀や四宮小次郎といった、創真達も顔を知っている料理人達の若かりし頃の顔もある。

 それらは全て、かつてこの遠月学園の中で鎬を削り、そして頂点を勝ち取った者達。そこに対する敬意を持たずして、この会場を使う資格はない。

 

「数々の名勝負と、数々の必殺料理(スペシャリテ)が此処で生まれた。諸君らも感じているだろう……だからこそ此処には漂っているのだ、(おり)のように―――連綿と続く(たたか)いの記憶が!!」

 

 選抜メンバーだけでなく、この場にいる全ての人間が理解する。

 今この会場で自分たちの心をせっつく様な未知の力は、この会場で連綿と紡がれていた料理人たちの魂と情熱の残滓なのだと。そしてまた、その歴史の一部となる新たな戦いの始まりに、今立ち会っている。

 

 今日この日はきっといつかの未来で歴史となっているだろう。今並んでいる肖像画の数を増やし、この選抜メンバーの誰かが第一席として名を連ねているのかもしれない。

 けれど今この時、この瞬間だけは―――この時間が料理界の最先端である。

 最も新しい料理界の歴史が、今此処で紡がれるのだ。

 

「そして秋の選抜本戦はこの場所で行われる」

 

 それは予選を突破した生徒だけが、この舞台に立てるという事実。十傑同士の食戟でしか使用を許されない会場で戦うことが許される……それはつまり、この先で十傑になる可能性がありしと認められるということ。

 それだけの価値を秘めた原石同士の戦いを期待されているということだ。

 重圧であり、誇らしいことであり、料理人として最高の賞賛である。

 

「諸君がここにまたひとつ新たな歴史を刻むのだ! 再びこの場所で会おうぞ! 遠月学園、第92期生の料理人たちよ!!」

 

 そしてその言葉と共に仙左衛門の挨拶が締められる。

 歓声が上がり、会場のボルテージは最高潮。

 高まった熱が冷めやらないままに予選のルール説明が行われ、それぞれのブロックごとに別の会場に移動しての予選開始となる。

 

 勝負は一時間後―――両会場で同時に開始されるのだ。

 

「……元気そうで良かった」

 

 そして、そんな盛り上がった会場の隅に、黒瀬恋はいた。

 城一郎に付いて各国を巡りながら料理の腕を磨いていた恋だったが、秋の選抜予選が始まるということで、本選が終わるまでの間応援に行ってやれと送り出されたのだ。勿論、恋を退学にした叡山達の目もあるので、大っぴらに素性を晒すことは控えなければならないのだが、それでも久々に見た創真達の元気そうな顔に笑みを浮かべてしまう。

 髪をいつもと違う髪型にセットして、うっすら色のついた眼鏡を付けることで印象を変えている恋。帽子にマスクも考えたのだが、生徒たちの他にこの会場にいるのは、誰もかれもお忍びで来ているモデルや芸能人といった著名な人物や出資者といった富裕層の人々だ。であれば、そういった人に扮装する方が余程目立たずに済むと考えたのだ。

 

 今の恋は、すらっと高い背と整った顔立ちを最大限利用して作り上げた、芸能人を装った男性である。オーバーサイズのアウターと足のラインが見えるスキニー、そしてハイカットのスニーカーを履くことで、ぱっと見韓流アイドルの様な雰囲気を醸し出すことに成功していた。

 この姿であれば、よほど恋のことを考えている人間でない限りは黒瀬恋だと気付くことは出来ないだろう。

 

「さて……」

 

 会場を移すということで、恋も混雑しない内に外へと出ようとした。

 周囲の何人かに注目を浴びているものの、黒瀬恋だからではなく、純粋にあの芸能人誰だろうといった視線なので放置。

 

 すると、正面に薙切えりなの姿を見つけた。

 

 十傑の賓客席にいたのだろうが、此処にいるということは賓客席でも出口は一緒らしい。とはいえお忍びなので話し掛けるわけにもいかず、隣を通り過ぎようとする恋。図らずともえりなが元気でやっている姿も見られたので、それでよしとするつもりだった。

 

「っ!? ―――ま、待って……!」

「!」

 

 しかし、通り過ぎようとした瞬間、えりなは反射的にといった様子で恋の手首を掴んだ。何かを感じたのか、直感的に手が出てしまったような様子だった。

 驚いた恋は思わず蹈鞴を踏んで、その結果色付きメガネがスルッと顔から落ちていく。幸い落ちる前にキャッチ出来たものの、えりなは眼鏡の取れた恋の顔をしっかりと目撃した。

 

「恋……君……」

「―――ハハ……まさかバレるとは思わなかったな。久しぶり、えりなちゃん」

 

 がやがやと騒がしい会場内で、えりなの耳は愛しいその音だけを、聞いた。

 

 

 




始まった選抜本選、その裏で動く幾つもの思惑。
果たして無事に選抜戦は終わるのか。

次回、夏休み中のえりなと恋君のいちゃいちゃ。
感想お待ちしております✨



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