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二週間が経ち、本戦の試合が始まった。
勝ち抜いた八名の選抜の選手達は、それぞれ通告されたお題を受けて準備を進め、第一回戦を迎える。それぞれの対戦相手は間違いなく、同学年の中でも選りすぐりの実力者。食戟ではないものの、こうして実力者同士が一対一で勝負する機会など早々見られるものではないだろう。
出場者は以下の通り。
・幸平創真
・薙切アリス
・田所恵
・新戸緋沙子
・葉山アキラ
・黒木場リョウ
・タクミ・アルディーニ
・美作昴
A、B両グループを勝ち抜いたそれぞれ上位四名、計八名が決勝トーナメントで合流した。どの人物も、名が知れ渡っているかはさておき予選では驚くべき品を出している。此処に薙切えりながいない以上、優勝しても一年最強とは言い難いかもしれないが、それでもこの八名が現在一年生の中で最も実力のある八名である。
そして第一試合――お題は『弁当』。
組み合わせは、幸平創真対薙切アリスだった。
結果から言えば、勝ったのは幸平創真である。
薙切アリスは分子ガストロノミーの技術を盛大に披露し、手毬寿司を今までにない形で弁当という形に纏め上げてみせた。
仕切られて配置された十六の手毬寿司を順々に食べていくことによって、計算された味の相乗効果を味わうことが出来る、まさしく計算され尽くした一品。審査員達の評価もまたこれ以上なく高く、最早アリスの勝利かと思われたくらいだ。
しかし、幸平創真はそれに対してのり弁で対抗した。
知育菓子から着想を得て、単純だが彼も分子ガストロノミーの技術を活用した料理を作り上げたのだ。
しかも冷めていては少し寂しいという考えから、保温性のある弁当箱を選んだ。のり弁ののりに分子ガストロノミーの技術を生かした工夫を凝らし、なおかつバラエティ豊かに味を楽しめる葛餡を弁当に仕込んで締めへの満足感を作り上げた創真。
寿司料理としても提出出来る計算尽くしのアリスの品に対し、何が入っているのかの期待感やそれを知った時の驚き、そして温かい料理を楽しく食べることが出来る弁当らしい弁当を出した創真に、審査員の評価は傾いたのだ。
「……なるほど、アイツか」
「え?」
正真正銘、レベルの高い戦いの中で、恋もえりなと共にその戦いを観戦していた。
創真とアリスの戦いは確かに見ごたえがあり、その次も、次の試合も学ぶべきことがとても多い試合だった。
第二試合、黒木場リョウと田所恵の対決――お題は『ラーメン』。
奇しくも実家が港町同士の二人であり、その経験からか互いに作ったのは同じ魚介を使ったラーメンだった。暴力的な味のインパクトを出し、審査員の食に対する本能を一気に掻っ攫った黒木場に対し、田所恵も今までの彼女からは考えられないようなパワーのあるラーメンで勝負をした。
勝者は黒木場リョウ。
強い味の正面対決を制した結果である。無論、田所恵のラーメンが圧倒的に劣っていたわけではない。ほんの僅かな差であったことは、黒木場自身も認めているようだった。
「おそらく、アイツが俺の経歴を調べた張本人だ」
「っ……彼が、恋君を……?」
「対戦相手……タクミ・アルディーニだったか、俺は面識がないけれど……危険かもしれないな」
第三試合は葉山アキラと新戸緋沙子の対決――お題は『ハンバーガー』。
勝者は葉山アキラだ。
予選のカレーではその嗅覚をフル活用したスパイス料理で、香りの爆弾とも呼べる一品を作り上げた彼だったが、その香りを使った技術はカレーだけに収まらなかったらしい。
無論緋沙子の料理もまた凄まじいものだった。薬膳の知識もさることながら、東洋医学の知識まで網羅する緋沙子の知識量をフル活用して、審査員からモンスター級と評されるほどのハンバーガーを作り上げていた。
しかし葉山はその上を行く。
審査員をして、神の舌に届き得るポテンシャルの持ち主と評された葉山の一品は、完璧に思えた緋沙子の料理の粗さを浮き彫りにしてみせたのだ。
純粋に頂点を目指す葉山アキラと、えりなの後ろ――つまりは二番手を目指し続ける新戸緋沙子との差が、明確に突き付けられた瞬間であった。
「美作昴君……確かに、彼は遠月にやってきてからの食戟回数は九十九戦……しかもその全てで勝利している……そのやり方は、到底褒められたものではないけれど」
「やり方?」
「……対戦相手の経歴、料理スタイル、性格、能力、食戟で作られる品とレシピまで徹底的に調べ上げるらしいわ。そして、今までの食戟全てで相手の包丁を奪っている」
そして第四戦―――美作昴とタクミ・アルディーニの勝負が、今始まろうとしていた。
予選から二週間という期間があった以上、美作昴はタクミ・アルディーニについて調べ上げる時間があった。であれば、今回タクミが作る品やそのレシピに関しても完全に調べ上げているのだろう。
しかも……今回、どういう経緯か選抜戦で食戟を行うことになっている。
タクミの包丁と、侮辱に対する謝罪をそれぞれ賭けて。
恋は観戦席から、厨房に現れた二人と食戟が行われることを知って、自分を陥れたのが美作昴であることを察したのだ。えりなに美作昴のやり方を聞いて、なおさら確信に至る。
「なるほど……俺に食戟を挑む気だったわけか」
「……それで、恋君の経歴を調べたってこと……格下に興味はないけれど……下衆ね」
食戟を行う前に顔を合わせているタクミと美作を見て、えりなも眉を顰めた。
厨房の声はマイクが収音しているのか、会場全体にも響き渡る。
対峙する二人の料理人の表情は対照的。タクミが怒りを押し殺して冷たい瞳で美作を睨みつけているのに対し、美作は余裕の笑みで勝利を確信しているような目をしていた。
すると、不意にタクミが白い手袋を美作に投げつける。
「あん?」
「拾え、無粋な君に正しき作法を教えよう。白手袋を相手の足元に投げつけ……それを相手が拾い上げれば、闘いを受諾した証となる。これが
「なるほどねぇ……」
タクミの怒りを正面から受け止め、美作は地面に落ちた白い手袋を拾い上げた。
観客席で見ていても伝わってくるタクミの激しい怒りを、美作は何とも思っていないような態度を取り続けている。拾った手袋も形式上拾ってやっただけで、そこに何の価値も見出していない様子だ。
美作は何かおかしいのか、顔を手で覆いながらクツクツと笑いだす。
「何がおかしい……?」
「いやぁははっ……悪い、堪えられなくてな……アルディーニ、お前本当に哀れだよなぁ」
「なんだとっ……!!」
美作の言葉に青筋を立てるタクミと、ざわつく会場。
笑いを堪えながらも、大きく息を吸って心を落ち着かせると、美作は嘲るような表情でタクミを見下す。睨み付けるタクミに対し、敵意を抱く価値すらないような、純粋な哀れみを瞳に映していた。
美作が不意に恋の方を見る。
「そもそも、この選抜自体が破綻してるんだよ……十傑である薙切えりなはまぁ良いとして、此処で優勝したからと言って一年最強になったなんて到底言えるわけがねぇ」
「……どういう意味だ?」
「お前だって分かってるだろう? どうやら合宿の時から幸平に対して随分ご執心のようだが……じゃあどうして黒瀬恋には接触しなかったんだ? 幸平には初対面で靴を踏みにじるくらい突っかかっていったのに、どうして同じ編入生だった黒瀬恋には何もしなかったんだ? なぁオイ?」
「な……黒瀬、恋だと……!?」
会場のどよめきがより一層強くなる。
此処で美作の口から黒瀬恋の名前が出てくる意味が分からなかったからだ。会場にいるスポンサーや美食家たちは黒瀬恋という名前を聞いても、疑問符を抱かざるを得なかったが、生徒達は知っている。
選抜メンバー発表と同時に退学となった、本来ならこの本戦にいてもおかしくはなかった存在のことを。
「……折角選抜で俺の退学に対する注目を逸らせたっていうのに、此処にきて急に蒸し返したな」
「確かに……」
だが恋とえりなは、この美作の行動に意図を探っていた。
折角秘密裏に恋を排除出来たというのに、退学の話が風化するのを待たずに再度蒸し返す意味はどう考えても存在しない。自分達の隠蔽しなければならないことが増えるだけだ。
しかし、事態は止まることなく進んでいく。
「俺は知ってるぜェアルディーニ……お前は幸平を倒すとか主張することで、黒瀬恋から目を背けたんだ。確かに幸平は目立つ存在だったが……遠月でてっぺんを目指すのなら、二年を食戟で倒した黒瀬恋を無視するのは明らかに変だろ? なんなら、黒瀬を倒すことが一番手っ取り早く実力を示せる手段だった」
「違う……俺は別に」
「敵わないかもしれねぇ―――頭のどっかでそう思ったんだろう?」
美作の言葉に動揺するタクミ。
どうやらタクミ自身は恋のことをしっかり意識していたらしく、面識がなかった故にタクミのことを知らなかった恋とは対照的に、タクミは美作の言葉に大きく動揺していた。
恋はタクミの様子を見て多少なりとも何か思わないわけでもないが、それでも直接恋に接触してこなかったことは事実。美作の言葉は嘘であると主張することも出来なかった。
「だが分かるぜ……俺もそうだった。幾ら腕が立とうと、俺のやり方でなら勝てると思った……だが、敵わねぇと初めて思わされた。相手のことを知り尽くしてトレースする俺のスタイルでも、黒瀬恋の料理は再現出来なかったからだ」
「トレース……だと?」
「どうせ俺が勝つから教えてやる……俺は二週間前からずっとお前のことを調べていたよ。個人情報から今までどんな料理を作ってきたのか、今回どんな材料を揃え、どんな試作を繰り返したのか、ありとあらゆる情報を集めた! そして、今回……俺はお前と同じ品を作る―――料理人なんて、同じスタートラインに立っちまえばほんの少しのアレンジで勝てちまうもんなんだよォ!」
「!?」
「……が、そんな俺でも再現出来なかったのが黒瀬恋だった。だから退学にしたのさ! 奴の秘密を告発することで、土俵から引き摺り下ろしたんだよ!!」
「なんだと……!?」
会場に衝撃が走った。
匿名で黒瀬恋の真実を十傑評議会に密告した生徒――それが美作昴だったのである。
それはつまり黒瀬恋を退学になるように仕組んだのが彼だということだ。その事実を卑怯だと思う生徒も、少なくなかった。
会場中の生徒から非難の声が上がる。
卑怯者、屑、クソ野郎、そんな汚い言葉が飛び交った。
そして正面にいるタクミも、この事実に美作の胸倉を掴む。それでも尚美作の不敵な笑みは崩れないが、ギリギリと握りしめられた胸倉にタクミの怒りが感じられた。
「貴様は……料理人の風上にも置けない……! 確かに俺はどこかで黒瀬恋に対し劣等感を抱いたのかもしれないが……お前の様に相手の土俵から逃げるような真似はしない!! 料理人なら、正々堂々皿の上で語るべきだ!!」
「……ハッ、だがそのおかげでお前はこの本戦にいるのかもしれねぇだろ? 奴がいたら、断言してやる、確実にこの本戦に立っていた! そして代わりに蹴落とされたのは―――予選四位のお前かもしれなかったんだぜ?」
「ッ……!!」
「それに、俺がやったのは黒瀬の秘密を報告しただけ……退学になったのは他ならない十傑評議会の決断だろう? 俺が責められる謂れはねぇよなァ!?」
あまりにも堂々と言い放つ美作に、タクミは胸倉を掴む手を放す。
そして皺が付いた服を叩いて整えると、美作はタクミを尚も見下ろすようにして言い放つ。
「証明してやるよ……タクミ・アルディーニィ……お前が本来、この場にいるべき人間じゃあなかったってなぁ……そんで、記念すべき百本目をいただくぜェ」
悍ましいほどの威圧感を放ちながら、美作昴が牙を剥いた。
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