ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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三十七話

 遠月学園秋の選抜 準決勝戦。

 

 経てば早い一週間で、とうとうこの日がやってきた。予選から諸々あったものの、最終的に勝ち上がってきたのは一年生を代表する四名。

 

 香りを支配する抜群のセンスで王者の風格すら見せた、葉山アキラ。

 勝利への執念と食した者を屈服させる暴力的料理を作った、黒木場リョウ。

 定食屋の倅ながら、抜群の発想力と新しい料理を生み出してきた、幸平創真。

 そして、退学者ながら美作昴を食戟で下してその力を示した、黒瀬恋。

 

 対戦カードはそれぞれ、葉山アキラ対黒木場リョウ、幸平創真対黒瀬恋となった。

 この準決勝にはそれに相応しい審査員が集まっており、今までの美食家たちではなく、かつてこの遠月学園で十傑の座に就いていた卒業生達が集結していた。

 

「久々だな……この空気、やはり滾るものがある」

 

 遠月学園第69期十傑第一席、堂島銀。

 

「あら、黒瀬君はきちんと勝ったんですね! 良かったです」

 

 遠月学園第80期十傑第二席、乾日向子。

 

「……まぁ、こんな所で躓く様な奴ではなかった」

 

 遠月学園第79期十傑第二席、水原冬美。

 

「ほーん……センパイ方が目を掛けるような奴がいるってことか。面白いじゃん」

 

 遠月学園第88期十傑第二席、角崎タキ。

 

「……そりゃ、期待もするだろ―――あんな料理人は存在しなかったんだからな。勿論、他の奴らも粒揃いのようだが」

 

 そして、遠月学園第79期十傑第一席……四宮小次郎。

 

 この五名が今回の準決勝の審査員を務める。

 四宮は本来ならこの場に来ることは出来なかったものの、美作が予選前から連絡を取ったこともあって事前に予定を空けたらしい。結果審査員としての声が掛かった時、二つ返事で了承を返した。

 黒瀬恋という異例の料理人への期待もそうなのだろうが、合宿で食戟を行った幸平創真や、異質な資質を見せていた葉山アキラ、及第点を取りながらも底知れなさを感じさせた黒木場リョウという、バラエティ豊かな三名にも四宮は期待を寄せていた。

 だからこそこの四名がどのような料理を作るのか、誰が勝つのか、それを間近で見てみたいと思ったのだ。

 

 そして、審査員の紹介が終わったところで最初の試合の選手が入場する。

 向かい合う二つの入場口から出てきたのは、幸平創真と黒瀬恋。

 この準決勝のお題はどちらの対戦カードも『洋食のメイン料理』。

 定食屋で生きてきた幸平創真には不利なテーマの様にも思えるし、発想力から生まれるアレンジや新しさを開拓出来ない黒瀬恋にとって、幸平創真は相性が悪くも見える。

 まさしくどちらが勝つのか分からない勝負であった。

 

「幸平、調子はどうだ?」

「ああ、残念ながら絶好調だよ……負けねぇぞ、黒瀬」

「上等だ―――俺も、お前と戦える日を心待ちにしていたよ」

 

 厨房を挟んで向き合う恋と創真は、互いに好戦的な目をして短い言葉を交わす。

 編入してからずっと、二人は互いを意識していたように思う。恋は創真に自分にはない物を見ていたし、創真も恋に自分にはない物を感じていた。編入試験の時からそうだった……創真と恋はまるで正反対だったから。

 

「……」

 

 恋はこの二ヵ月で城一郎から聞いていた。

 幸平創真には料理人としての優れた才能はないと。けれど彼には、失敗を恐れずひたすらに突き進んでいける心があると。

 失敗は経験に。

 敗北は糧に。

 新しいことに、未知に飛び込んでいくことに躊躇しない。

 神の舌であろうと、それに比肩する嗅覚だろうと、勝利への執念だろうと、最先端の科学技術だろうと、そんな恵まれた才能に屈する感覚などない。

 生まれ持った才能以上に、積み重ねてきた経験と努力で本当に美味い料理を作り上げるのが、幸平創真という男なのだと。

 

 だからだろう、恋は創真を尊敬している。

 どこまでも負けず嫌いな彼は、才能というものに真っ向から立ち向かっているのだ。そしてそれは、恋がずっとやってきたことでもある。

 初めて出会った、同類だった。

 

「あぁ楽しみだ……幸平、お前がどんな料理を創るのか、心から楽しみに思う俺がいる」

「ハハッ、これから勝負するってのに、不思議な奴だな」

「それは関係ないだろ? お前も俺が越えなきゃいけない、優れた料理人には違いないんだから」

「薙切は認めないけどな」

「おいおい無粋なことを言うなよ幸平」

 

 しゅるり、腕のバンダナを解いて頭に巻く創真。対して指を伸ばして解す恋。

 

「此処には俺と、お前だけだ―――今は俺を見なよ」

 

 そう、今この場にいるのは恋という料理人と、創真という料理人だけだ。

 審査員も、他の生徒も、何も関係ない。この場で、この瞬間で、二人の料理人が己の全力をぶつけるだけの話だ。そこに余計なものは一切必要ない。

 創真もそれが分かっているのだろう。恋の気持ちいいまでの清々しい闘気に、己の心が燃えていくのを感じ取った。此処まで真正面からのリスペクトと勝利への執念をぶつけられることなど、早々ありはしない。

 

 きっと熱く、そして楽しい勝負になるだろうと確信する。

 どちらが勝っても、きっと悔しさなんて生まれない。互いの料理に同じだけのリスペクトを抱くことが、こんなにも容易い好敵手。

 互いに負けたくないと思う相手だからこそ、互いに相手が勝っても手放しに賞賛出来る。それだけの品を作ってくると信じているから。

 

「秋の選抜準決勝、お題は『洋食のメイン料理』だ! では―――調理開始!!」

 

 そして、戦いの火蓋が切られる。

 恋も、創真も、同時に調理に入った。

 

 

 ―――絶対に、勝つ!!!――――

 

 

 二人の料理人の闘志がぶつかり合い、大きな熱となって会場に波及する。

 どちらも編入生であり、どちらも優れた才能なんて持っていない。けれど努力と経験と、それ以外の積み重ねの全てで此処まで上ってきた料理人だ。

 その泥臭くも美しい姿は、時に人の心を打つ。

 

 会場にいた全ての観客達が、息を呑んでその調理を見守っていた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 勝負の行方を見守る人々の中に、えりなもまた居た。

 恋がどのような料理を創るのかは、これから見守っていれば自ずと分かってくるだろうが、それでも相手が幸平創真というのが少々気になるところである。

 えりな自身は創真のことを認めてはいないが、それでも恋が創真のことを高く評価しているのは分かっていた。その創真が作る料理、それが如何なるものなのか気にならないわけはない。

 

「……」

 

 それに、準決勝が始まる前、えりなは恋に会っていた。

 応援に一声掛けようと思って会いに行っただけだったが、そこで見た恋の表情はいつになく真剣だったのだ。えりなとしては、幸平創真に負けるような恋ではないと思っていただけに、その真剣さが驚きでもあった。

 けれど、恋はえりなにこう言い切る。

 

『幸平は……多分この遠月で一番、俺と相性の悪い相手だよ』

 

 恋にとって、えりなの神の舌も、葉山の嗅覚も問題ではない。確かに凄まじい才能であり、それを上回ることは出来ないかもしれないが、それでも戦う分には対等に戦ってみせるという覚悟がある。

 けれどこと幸平創真はそうではない。

 飛び抜けた才能はなく、それでも培ってきた経験と自由な発想力から作り上げられる料理は、いつだって食べた者の予想を超えてきた。恋と同じく才能というものに恵まれなかった料理人であるけれど、決定的な差がそこにはある。

 

 此処で恋は、再度己の抱える味覚障害という壁にぶち当たったのだ。

 

 才能がなく、料理を努力と経験で作り上げる料理人が二人。異なる道を進んできたとはいえ同じ条件で、片や味覚障害を持ち、片や健常者。それは料理人というステージで戦うのであれば、純粋な差となって現れる。

 レシピに忠実な恋と、アレンジと独創的な発想を開拓する創真。

 味はともかく、どちらに魅力を感じるかは明白だ。

 

 えりなは恋のそんな言葉を聞いて、まさか、と思った。

 けれど今までのことを考えれば、幸平創真がそれだけの結果を残してきたのは確か。実際この準決勝まで上ってきているのだから、そこに嘘や誤魔化しは利かない。

 

 ―――恋が負けるかもしれない。

 

 開始の宣言と共に動きだした二人を見ながら、えりなは底知れぬ不安に表情を曇らせていた。

 

「恋君……」

 

 なにより、恋のその言葉を聞いて何も言えなかった自分が恨めしかった。

 応援の言葉を掛けにいったのに、条件付きでも恋が学園に戻ってきたことに浮かれていたのだろうか。秋の選抜は終わっていないのだ、えりなは緩んでいた自分の意志を恥じた。

 

「!」

 

 すると、創真と恋の作っている料理の完成形が見えてくる。

 見るに、創真は色々な肉の部位をふんだんに使った『ビーフシチュー』。

 恋は一見ビーフシチューにも似ているが、牛肉の赤ワイン煮……『ブフ・ブルギニヨン』を作っているらしい。フランスのブルゴーニュ地方の郷土料理の一つだ。こちらも煮込みに向いた部位を幾つか用意してきたようで、肩ロース、バラ、イチボの三種類が見える。

 フランス料理の店を持つ四宮がそれに僅かに反応したが、笑みを浮かべてお手並み拝見といった態度を取っていた。

 

 どちらも牛肉を使った強い味の料理を持ってきているらしいが、その調理風景は全くの別物。

 各部位の肉をそれぞれ適したやり方で処理、加熱していく創真の調理は、どんな完成形を目指しているのかを予測させない。また逆に、恋は美作の時にも見せた無駄のない調理技術によって、誰もが理想とするような完成形へと食材を変化させていくのが分かった。

 

 全く毛色の違う二人の料理人――けれど両者の表情は、とても楽しそうだった。

 

「どうして笑っているの……?」

 

 えりなには二人の気持ちが分からなかった。

 楽しく料理をする、それはわかる。けれど勝負の場で、相手よりも美味しい料理を作らねばならない場で、どうしてそんなにも楽しそうなのか。

 

 互いに高い実力を持っているからこそ、調理工程が激しく移り変わっていく中で、恋と創真は一瞬目が合う。観客はその一瞬で、二人の闘志が更に燃え上がるのを感じた。

 コンロの火が付いた瞬間に、その炎が会場を熱するような気がする。

 二人が包丁で食材を切る度に、空気中で剣戟の音を錯覚する。

 火花が散るような互いの熱量が、空間に広がり、観客を巻き込んでいた。

 

「―――恋君、何を……!?」

 

 そしてそうして進んでいた調理の最中で、不意に、恋が動きを止める。

 目を閉じて、何かを考えている様だった。

 今まで恋が調理工程の中で動きを止めることなど無かったのに、此処にきて彼が動きを止めたのは何故か。その無駄な時間が、彼にとって必要だというのだろうか。

 

 ゆっくりと目を開いた恋が笑みを浮かべ、えりなの方を見た。

 

「まさか……!?」

 

 それだけでえりなは、恋が何をやろうとしているのかを察する。

 だがそんなことはあり得ないと、特別ルームのショーウィンドウに張り付いた。それは黒瀬恋だけは決して出来ない筈のことだからだ。

 えりなは今まで、恋の持っている膨大な知識と経験から作り出される料理を素晴らしいと思っていた。余計な工夫など無くても、その料理は美食足りえると。

 

 けれどこの場において、それだけでは勝てないと恋は確信している。

 

「恋君……まさか、やろうと言うの……? 此処で、レシピ以上の創造を……!!」

 

 幸平創真に勝つためには、味覚障害という限界を超えた己の料理を作り上げるしかない。これは単純な技術力の問題ではない。創真が恋よりも高い実力を持っているというわけではない。

 彼は彼にしか作れない料理を、今日に至るまでずっと"模索し続けている"料理人なのだ。

 レシピの持つ可能性を十全に引き出すだけでは足りない―――皿の上に、己を表現する料理を作れなければ幸平創真には勝てない。

 

 人の心を打つ料理は、技術やレシピの向こう側にしか存在しないのだから。

 

「…………それなら、信じましょう……貴方の意志を」

 

 えりなは何も言わず、ただ恋を信じることにした。

 最早戦いは始まっている。今更、もう止めることは出来ない。

 恋がそれをやるというのなら、それを信じなければ応援の意味がない。何も言えなかった自分が、心まで彼を信じられなければ嘘だろう。

 

 恋はこの場で限界に挑戦しようとしていた。

 

「見せて頂戴恋君……貴方が創る、"想像(アレンジ)"を……!」

 

 新たなものを生み出せないという限界を、超えるために。

 

 

 




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