ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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四話

「編入生挨拶?」

「ああ、高等部の入学式では編入生の紹介もプログラムに含まれているんだ。だから黒瀬か幸平、どちらかが代表で挨拶することになるんだが……」

 

 翌朝、極星寮に新戸緋紗子が訪ねてきた。というのも、入学式で編入生の紹介があるらしい。

 編入生代表挨拶では代表一人がエスカレーター組で上がって来た在校生達に挨拶をする。言葉は自分で考えてくれて良いらしいが、もしも文章作成が苦手なら定型文が用意されているようだ。

 創真と恋は顔を見合わせて、アイコンタクト。正直なところ面倒なことはどちらも避けたいところなのだが、仕方ないと恋が手を挙げた。

 

 緋紗子が来たということは、えりなの指示なのだろう。そう考えれば、えりなの顔を立てるという意味でも恋が挙手するのは不思議ではなかった。

 

「いいよ、俺がやる」

「良いのか黒瀬? なんかワリィなぁ」

「創真がやるよりは俺がやった方が波風立たなそうだし、気にするな」

「あれ、遠回しにディスられてるのかコレ?」

 

 ともかくとして、こうして編入生代表挨拶をするのは黒瀬恋ということになった。

 緋紗子としてもどちらかといえば恋の方にやってほしいと思っていたので、内心では結構安堵していたのだった。

 

「それじゃあよろしく頼むぞ、黒瀬」

「うん、頑張るよ」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ――と、良い感じに任せたのに……!

 

 入学式の中、舞台袖で新戸緋紗子は頭を抱えていた。

 何故ならその問題の編入生挨拶で、信用して行かせた黒瀬恋が問題を起こしたからだ。次のプログラムは間違いなく編入生挨拶になっている。なのに今壇上には誰もいない。

 

 そう、黒瀬恋の不在が問題になっているのだ。

 

 何故来ないのかと疑問に思う緋紗子だが、恋が大事な挨拶をサボる様な人間ではないと知っている彼女からすれば、当然の疑問である。

 

「えー、編入生代表挨拶の準備が整っていないので、先に次のプログラムを進行いたします」

 

 すると司会の教師がナイスなフォローを持って式を進めた。

 これで少なくともあと数プログラム分は時間が稼げる。その間に黒瀬恋を連れてこなければならない。急いでどうするかと思考を張り巡らせる緋紗子だが、ふとあることに気が付いた。

 

「えりな様……?」

 

 黒瀬恋がいないという話が出た時からだろうか、薙切えりなもまたその姿を消していた。

 そのせいか大分テンパった緋紗子は、二人が駆け落ちでもしたのかと少女漫画的な思考に走ってしまう。まともな人間が居ればどんな展開だと突っ込んだ所だろうが、緋紗子は大慌てでどうしようと狼狽える。

 すると、遠くから「ほら急ぐ!」という声が聞こえた。その方を向いてみると、恋の手を引いて此方へ向かってくるえりなの姿があった。どうやら恋を探しに行っていたらしい。

 

 ホッと息を吐く緋紗子だが、次の瞬間にはその眼を吊り上げて恋を睨み付けた。

 

「黒瀬! 貴様挨拶に遅れるとはどういう了見だ? 一体何をしていた!」

「わ、悪かったよ、この学園広すぎて道に迷ってたんだ……」

「う……ならば仕方ないが……早く道は覚えるんだぞ。次はもう挨拶だ、準備はいいか?」

「ああ、ありがとう。助かったよ二人とも」

 

 黒瀬の言葉に次の句を紡げなかった緋紗子だったが、反省はしているようなので許すことにする。次が挨拶と言っても動じない様子から、ある程度挨拶文は考えて来ているのだろう。

 黒瀬を送り出し、緋紗子は大きく溜息を吐いた。

 すると後ろからクスクスと笑う声が聞こえる。振り向けばそこには、楽しげに笑うえりなの姿があった。

 どうしたのかと首を傾げる緋紗子だが、えりなはあまりに可笑しかったのか、滲む涙を拭いながら彼女に言う。

 

「ふふ……だって、緋紗子……弟の世話を焼くお姉さんみたいなんだもの」

「なっ……え、えりな様! 私は別に……!」

「はいはい。心配なのよねお姉ちゃんは」

「違いますよ!? ちょ、笑ってないで話を聞いてください!」

 

 顔を紅潮させて言い訳を開始する緋紗子に、えりなは可愛い子だなと感想を抱く。奇しくも、先日の二人とは立場が逆転していた。

 

 そんな二人の騒ぐ声を背に、恋は壇上へと上がっていた。

 楽しそうだなぁと思いながら、視線を前に向ける。そこには約千人程の一年生達がこちらを見ていた。あまりの視線の多さに少し、圧倒される。

 だがこんな時こそ堂々と、だ。恋は佇まいを直し、軽く胸を張ってマイクの前に立った。

 ハウリングしないように適度な距離を保ったまま、マイクに向かって――ライバル達に向かって挨拶を開始する。

 

「えー、黒瀬恋です。二人の編入生の内の一人です」

 

 出だしは上々、丁寧な語り出しに皆が耳を傾けるのを感じた。

 だが、ここからは最早宣戦布告になるのだろう。新入生は全て中等部からのエスカレーター組で、殆どが顔見知りで勝手知ったる仲。故に編入生はそこに突然現れる異物同然だ。

 ならば千人という数に埋もれてしまわないようにする必要がある。何せ此処にいる全員が、最終的には自分と同じ目標を胸に抱いているのだから。

 

 気持ちで負けてはいられない。

 

「多分、この場に居る全員がこの学園でてっぺんを取ってやると闘志に燃えているんだろう。自分の料理で挑戦し、自分の腕を磨いて蹴落とし、自分の夢を叶えるために戦う意志があるんだろう。対峙してみれば分かるよ……ここにいる全員が、俺に対して戦意を燃やしていることが……やっぱり、俺の思った通り――凄い奴らがいっぱいいるなぁ、素直に尊敬する」

 

 認めよう。この場に居る全員、自分が捨石になるつもりなど毛頭ないと燃えているのだ。その気迫と向上心、闘志の気高さは認めずにはいられない。それはきっと、恋自身が一生掛かっても理解出来ないものだろうから。

 味覚障害はそれ程までに重い枷である。スタートラインからして、マイナスなのだ。追いつくには生半可な努力じゃ足りない。

 

 でも、だからこそ――負けてはいられない、負けられない。

 

 恋の言葉は、対抗心剥き出しの生徒達の意表を衝く。自然と、全員の恋を見る目が変わっていく。対抗心や闘志といった感情から、素直に恋の言葉を聞こうという興味へと変わっていく。

 でも、と一つ置いてから恋は数秒目を閉じ、そして何か考えたようにスッと目を開いた。告げるのはたった一言。

 

「――俺もそうだ」

 

 闘志もなく、ただ綺麗に言葉を並べていただけだった黒瀬恋という少年。

 その彼が、その金色の瞳を開いた瞬間――その場に居た全員が彼の闘志に当てられた。

 反抗心を解され、油断したその瞬間を狙い打たれたかのような剥き出しの闘志。たった一人の少年から放たれたその闘志は、千対一だろうが真っ向から食い破ろうとする気迫があった。

 

 認めよう、この場に居る全員は恋よりも素晴らしい才能を持っているのだろう。そしてその才能に裏打ちされた自信がある。本当に凄い者達ばかりだ。本当に、この中から捨石が出るなど、全く信じられない。

 だからこそ言い放つ。この場に居る全員を食い破ってでも、自分がこの学園の頂点に立つと。宣戦布告する。

 

「これからよろしくお願いします。編入生代表、黒瀬恋」

 

 恋はぺこりと頭を下げて、スタスタと壇上から去る。

 しかし、それを見ていた全員が彼が姿を消すまで言葉を発することが出来なかった。問答無用で全員を唸らせる闘志と、本気で頂点を取るつもりだという意志の強さ。それは、料理の技術を見るまでもなく――彼が自分達と対等な料理人であるということを理解させた。

 

 侮るなかれ、

 

 驕ることなかれ、

 

 たかが編入生だと思うなかれ、

 

 彼もまた料理人――"玉"に成り得る原石の一つである。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 挨拶を終えた恋を待っていたのは、えりなと緋紗子の二人だった。

 

「良いのかしら? あんな挨拶をして」

「良いさ。この先退学になるにしろ勝ち残るにしろ、言いたいことは皆変わらない。なら言ったもん勝ちだよ……君もそうだろ?」

「……悪いけど、私は違うわ。幼馴染として貴方のことは仲良くしていたいとは思うけど……でも、料理に関して私は妥協しないわ。だから言っておいてあげる」

 

 えりなは髪を手で後ろに靡かせると、ビシッと恋を指差す。その瞳には、幼馴染だろうと関係ないと言わんばかりの闘志が秘められていて、確信めいた口調で恋に断言してみせる。

 

「遠月の頂点はこの私。そして貴方では頂点なんて取れないわ」

「それは俺が味覚障害だからか?」

「あまり言いたくはないけどね。神の舌を持っている私だからこそ断言出来る……ソレはあまりに大きなハンデよ。そしてそんなハンデを背負って取れる程、遠月は甘くはないの」

 

 えりなの言いたいことは痛い程分かる。恋もまた、そのハンデを背負った張本人だからこそ理解出来る。この道で味覚障害というハンデがどれほどの重荷なのかを。

 頂点はおろか、卒業すら危うい。多少はそれを補えるだけの腕を手に入れたのだろうし、その努力は認める。

 

 それでも薙切えりなは言う。お前では無理なのだと。

 

 恋が自分のことをどう思っているのか、それを知った上で言う。これは彼のことを認めているからこそこの言葉。優しさや同情ではない、認めた上で尚自分が格上であることの確信からくる言葉だ。

 余程の天才でない限り、イメージと技術で料理を作っていくには限界がある。何故ならそれは、彼にレシピ以上の進化がないということなのだから。

 

 だがそれでも、彼は諦めが悪かった。いや、今更諦めが付くはずがない。

 

「それでも、俺は君を超えるよ」

「…………そう、それならもう何も言わないわ。精々無駄な努力をするのね」

「あ……っ……」

 

 頑なな恋の言葉に、えりなはもう何も言うまいと踵を返す。厳しい言葉を使ってしまうのは、彼女の素直になれない部分なのだろう。恋もそれは分かっている。

 しかし折角また打ち解けた矢先にこれだ。緋紗子も少し気まずい表情で恋の顔を見たものの、言葉は出ない。逃げるようにしてえりなの後を追って姿を消していった。

 

「全く、君を笑顔にしたいのに、君を超えないといけないなんて……皮肉な話だな」

 

 呟き、恋もその場を後にするのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 その夜のこと。えりなと緋紗子は寮の一室で盛大に狼狽えていた。

 思い出すのは昼間のこと、恋との喧嘩紛いな会話のことだ。えりなとしても、あそこまで言うつもりはなかった。まして彼が抱えている問題に関してはずっと良く知っている筈なのに、感情に任せてあんな風に言ってしまうとは。

 えりなは部屋の隅で体育座りをし、ずーんと重々しい空気を身にまとっている。明らかに落ち込んでいた。

 

 緋紗子はそんなえりなを見て、どう声を掛けたものかと困った顔をしている。

 正直なところ、今回の件はえりなの自爆であり、自業自得。慰めようにも慰められないのが本音だった。

 

「ああぁぁあぁぁぁああぁぁ~……どうしよう緋紗子ぉ……あんなこと言っちゃって、嫌われないかしら……味覚障害は彼のせいじゃないのに……ハッ、神の舌を持つ私から言われたら余計嫌味じゃないかしら!? ど、どどどどうしよう、どうしたらいいの!? 助けてひさえもん!」

「落ち着いてくださいえりな様、キャラ崩壊してます! あと私は緋紗子です!!!」

 

 最早普段のクールビューティさが崩壊してしまっているえりな。障害者に障害云々指摘するのは、正直人間として非常識。それが理解出来ている故に、えりなは余計に動揺している。

 最早涙すら浮かべてえりなは緋紗子に縋り付いている。そして緋紗子も動揺しているのか、えりなの言葉に妙なツッコミを入れていた。

 

 遠月十傑評議会に史上最年少で入った、遠月開闢以来の魔物と呼ばれる薙切えりなとは思えない程の狼狽えっぷり。これは外の人間には見せられないなと思う緋紗子である。

 

「とりあえず後日謝りましょう。彼のことですから、今更えりな様を嫌ったりしませんよ」

「うぅ……そうかしら……」

「さぁ、もう寝ましょう。明日から授業が始まります」

「……そうね」

 

 とりあえず後日謝ることにして、今日は寝ることにした二人。

 明日からは授業が始まる。つまりこの遠月学園における生存競争の幕開けとなるわけだ。

 そしてソレを皮切りにあらゆる場所で開催されるだろう。この学園特有の特殊な校則にして、生存競争における食の決闘が。

 

 その名も――"食戟"

 

 この遠月で、頂点を目指す者達の戦いが開始される。

 

 


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