「うんうん、流石は遠月さん! タイプの違う美形が二人も! 見事な人選ね!」
「……はぁ、どうも」
「なんなんだ、この状況は……」
従者喫茶『Love☆STERLING』
黒瀬恋とタクミ・アルディーニがスタジエールの派遣先としてやってきた店は、料理店というよりは従者に扮した従業員の接客サービスを主に、それなりの料理が食べられる、所謂接待喫茶店だった。
女性従業員は特注のメイド服を着用し、男性従業員は執事服を着るのが店内のルール。無論、厨房で料理を作るのもメイドと執事である。
内装としては上から見て縦に長方形の空間に四人掛けのテーブルが八つ、カウンター席が六つ、基本は二人用に長いソファとそれぞれ向かいに椅子の置かれたテーブルが二つ。二人用の席はテーブルをくっ付ければ最大八人くらいは座れそうだった。
カウンター席の奥には飲み物を作る空間があり、そこから奥の空間は見えないが、おそらく厨房があるのだろう。
「開店前からの到着じゃなくて良かったんですか?」
「ええ、今日は平日だし、人手は足りてる日だからね! まぁ明日からは開店前から来てもらうことになるけれど、今日の所は午前中に仕事を覚えて貰って、午後の忙しさがピークになる時に戦力になって欲しいのよ」
「なるほど……了解です。自己紹介が遅れて申し訳ありません、遠月学園からスタジエールで来ました。黒瀬恋です……こっちはタクミ・アルディーニ」
「タクミ・アルディーニです……よろしくお願いします」
時刻は十時過ぎ。開店してまもないからか、まだ店内に客はいない。
それでも店内にいるメイド達は厨房の準備や店内清掃など、何か仕事を見つけて真面目に働いていた。客前じゃないからか笑顔なわけではないが、妙に姿勢の良い仕事姿に、従者らしさが垣間見える。
自己紹介をする恋とタクミは、イメージしていたほど色物な雰囲気ではないのかもしれないと思い始めていた。
「マネージャーの
「わかりました、メイド長」
「わ、わかりました」
「よろしい♪」
対して龍美静香と名乗ったマネージャー……設定名『メイド長』は、見た目二十代後半ほどの若い女性だった。かなり大きめの店なだけに、店を預かる人物としてはかなり仕事の出来る人物なのだろう。
設定に忠実に、と言ったメイド長の言葉に、恋はもう順応したのか自然にそう呼んで返事を返し、まだ空間に馴染めないタクミは恋に引っ張られるように頷きを返した。
すると、メイド長は客がいないことを確認してから、働いていた四名のメイド達を集める。どうやら本当に平日開店直後の客入りは少ないらしい。恋達をメイド達に紹介するつもりなのだろうが、メイド達が整列した瞬間―――空気が変わった。
パン、と軽く手を叩いたメイド長の口調が変わる。
「―――皆さん、以前から伝達した通り……旦那様のお知り合いから短期間新たな執事を二名紹介していただきました。こちら、黒瀬恋君とタクミ・アルディーニ君です」
『よろしくお願いいたします!』
「っ……!?」
一糸乱れぬ動きで、四人のメイド達が同時にお辞儀をした。メイド長もまるで本当にお屋敷のメイド長らしい振舞いで、そこにはカラフルな店構えや内装から感じるふわふわとした空気は一切ない。
本物ではなくとも、従者としてなりきり、此処にやってくる客を主人としてサービスを展開する。そのプロ意識を感じさせられた。
姿勢の良さにも表れていたように、客がいない時ですら、この店の中にいる以上徹頭徹尾従者になりきる。それがこの店のプライドだと、たった一度のお辞儀で理解させられてしまった。
「このお屋敷にいる間は、お二人とも本名は非公開となります。執事として働く間は、黒瀬君は下の名前から『レン』、タクミ君はファミリーネームから『アル』と名乗ってください。良いですね?」
そしてメイド長がそう指示してくるのを聞いて、恋もタクミもスッと背筋を正した。
この店でスタジエールをする以上は、この店のルールに従わなければならない。この店のプライドがそこにあるというのであれば、恋もタクミもそのプライドを背負うのだ。
恋はスッと右手を胸に当てて右足を引き、左手を横方向へ差し出す。
女性がするお辞儀作法は一般に『カーテシー』と呼ばれるが、恋がやったのは西洋で男性がするお辞儀作法である、一般に『ボウアンドスクレイプ』と呼ばれる動きだ。
妙に様になったその仕草に、恋達を圧倒したメイド達も目を丸くして見入ってしまった。
タクミも右手を胸に当てて、左手を後ろに添えて姿勢を正す。イタリアにはお辞儀の文化はないが、それでも紳士らしい佇まいにこちらも様になっていた。
「承知しましたメイド長。お初にお目に掛かります、只今メイド長よりご紹介に預かりました。レンと申します。短い期間ではありますが、ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします」
「同じくご紹介に預かりました。アルと申します……若輩者ではありますが、尊敬すべき先輩方と共に働けることを光栄に思います。合わせて、ご指導の程よろしくお願いいたします」
自分達でも急なスイッチの入れ方をしたと思っていたメイド長達だったが、まさかこうまで完璧に返されるとは思っていなかったのか、一瞬言葉を失ってしまう。
遠月の制服を着ているのでまだ学生として見ることが出来たが、まるで一瞬本職かと思ってしまう程の丁寧な振舞いだった。
「……す、すっごーい! 遠月の生徒さんってそういうマナーも教わるの!?」
「滅茶苦茶カッコよかったぁ!」
「これで料理も出来るんでしょ? 良い旦那さんになるよー!」
「早く執事服着て欲しい」
四人のメイド達はその挨拶にロールプレイを崩して完全に素を出してしまう。恋達と同じ高校生だったり、大学生だったり、総じて若い女性達だからか、そのテンションの上がり方もかなりフレッシュだった。
先程のメイドロールプレイの時との差が激しく、別人の様に感じてしまう。
「うんうん、良い感じだね! これなら文句なく即戦力だよー。とりあえずキャラ設定はこのくじを引いて貰って、その後更衣室で執事服に着替えて貰おうかな」
メイド長もロールプレイを切って高評価を述べた。
恋とタクミはアイコンタクトの後に笑みを浮かべ、自分達のするべきことをお互いに理解したことを察する。
そしてその後、メイド長がメイド達に指示を出したのを待った後、メイド長の出してきた箱からくじを引いて、更衣室へと向かった。
◇ ◇ ◇
更衣室に案内され、用意されていた執事服へと着替える二人。
コスプレかと思いきや結構しっかりした作りの衣装で、着るのも一苦労だった。白の長袖Yシャツの上に黒ベスト、その上から燕尾服を着用し、下は黒のスラックスに黒靴下。驚いたのは黒の革靴まで用意されていたことだった。
少し手間取りながらも着替えた恋は、未だ着こなせていないタクミを手伝う。
そして二人とも衣装を着た後、燕尾服のポケットに入っていた白い手袋を付けて完成。
タクミは自分よりも背の高い恋の執事姿を見て、妙に様になっていると思った。無論タクミとて似合っていないわけではないのだが、恋に比べると少し見劣りする気がしている。
恋からすれば、黒い執事服に金髪碧眼のタクミの見た目はギャップがあっていいと思うのだが、隣の芝生は青く見えるというやつだろうか。
「そういえばタクミ……っと、ここではアルと呼んだ方が良いか。アルはどんな設定だったんだ?」
「そうだな、じゃあ俺もレンと呼ぼう……俺の設定は……『爽やか王子系執事』だった。レンはなんだったんだ?」
「『クーデレ執事』だった。クーデレってなんだ?」
「っと……えー、クールとデレを合わせたキャラ属性。普段クールな人物が親しい相手には甘えたり、好意を表に出すことにイメージギャップを感じる……だそうだ」
お互いの設定を確認すると、タクミは爽やか王子系の執事で、恋はクーデレ執事だった。タクミは普段の振る舞いから少し意識するだけで出来そうな感じだが、恋はクーデレという概念に首をひねる。
ネットで検索したタクミの説明を聞いても、クールに振舞いながら、客に好意を感じさせるという矛盾を解消できずにいた。
タクミもまたクーデレという概念を理解出来たわけではないが、分からないことはメイド長に聞けばいいだろうと言って、恋を励ます。
「……ま、なるようになるか」
「ああ、もう開店はしているのだし、メイド長から早い所業務に関する指導を受けようじゃないか」
「そうだな」
更衣室を出て、来た道を戻る二人。
一本道を通って突き当りの扉を開ければ、そこはカウンターの奥にある厨房だった。先程の四人の内、メイドの一人が厨房担当なのか、厨房で準備をしている。注文が入ればすぐに調理に入れる状態だった。
「お、着替えたわね。うん、良い感じね! 設定は見たかしら?」
「はい」
「よろしい……今日はランチタイムが過ぎるまでとその後閉店までで二人はホールと厨房を交代で入ってもらうわ。まずはレン君が厨房、アル君がホールでお願いね……メニューは少ないし、作る料理も難しいものは一切ないから安心して頂戴。厨房で分からないことは、其処に居るあかりに聞いてくれたらいいわ」
「ん! よろしくね、レン君」
そこへメイド長が入ってきて二人の姿を確認すると、そのまま指示を出してくる。
恋とタクミの仕事は厨房とホールどちらもらしく、それを交代で務めるらしい。そして厨房担当のあかりと呼ばれたメイドが笑顔で挨拶してきたのを、恋は会釈して返す。
恋があかりの仕事を手伝うべく隣へと移動すれば、メイド長はじゃああとは任せたわよ、と言ってタクミを連れてホールへと去っていった。
あとの説明はあかりから受けろということなのだろう。あかりは恋が隣に来たのを感じて、たははと少し緊張したように笑いながら口を開いた。
「いやぁ、男の子と二人で話すのは緊張しますなー……こほん! えーっと、レン君は遠月の生徒さんだから、メニューを見て貰って注文が来たら料理を作ってもらうよ! 見ての通りウチは料理がメインのサービスではないけれど、それでも手を抜いていい仕事ではないからね。メイドのサービスの為にあえて完成させないって品もあるし、とりあえず新人さん用のマニュアルレシピがあるからそれを見て貰っていいかな」
「これですか?」
「そ。ランチメニューの看板はオムライス……これはメイドがケチャップでリクエスト文字や絵を描くから、ソースとかは無しで単に卵でチキンライスを包んだ状態の物を作るよ。他にもナポリタン、カルボナーラ、アラビアータの三種類のパスタメニューと各種パフェもあるから、サイドメニューも合わせると少し多いかな?」
「…………いや、大丈夫そうです。全部基本的なレシピですし、サービスに繋がる部分を気を付ければ問題なさそうです」
「はぁ~……流石は遠月の生徒さんだねぇ……料理に関してはもうお手の物って感じだぁ」
あかりから渡されたマニュアルレシピをサラサラッと読めば、この店特有のレシピというわけでもなく、極めて一般的なレシピで作られるメニューだった。
これならば覚えるまでもなく、恋にとって然程難しくはない作業である。パフェの種類をサッと覚えて、恋はパタンとレシピを閉じた。
感心したような声を上げるあかりに苦笑しながら、恋は一先ず食材と調理器具の場所の確認をする。あかりは面倒見がいいのか、面倒を見たがるタイプなのか、恋にそれらの場所を教えながらトテトテと後ろを付いてきた。
話し方や所作を見れば多少大人びて見えるものの、大体150センチ前後の低い身長をしているので、何処か愛くるしさが滲み出ている。恋と並ぶと結構身長差があった。
「オーダー入りました。絵パフォ有のうさオム二つ、ナポリタン一つ、クマバーグ一つお願いします」
「! 了解です。さ、レン君お仕事だよ! オムライスは私が作るから、他二つお願い」
「承知しました」
そこへ遂にオーダーが入る。
段々と客が入ってきたのか、一気に厨房の空気に緊張感が混ざる。あかりは卵を割ってオムライスを作り出し、恋はナポリタンとクマの顔のハンバーグを作り出す。
従者喫茶ということで料理の見栄えも中々ファンシーさを要求されるが、恋からすればレシピのある料理はお手の物だ。即座にナポリタンとクマ顔のハンバーグが完成していく。
そしてオムライスを作っているあかりがわたわたしている間に、今度は倍近い量の追加オーダーが入る。恋は唇を舌でなぞりながら、調理を開始した。
「スタジエール開始だな……!」
料理人としての、本領発揮である。
メイド四人の名前は順次公開していきます。
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