ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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四十九話

 スタジエール初日。

 様々な店で現場を経験する生徒達は、課題とは違って多種多様に変化する現場での仕事に困惑しながら、己に出来ることを模索していた。

 時間によってピークの違う客の人数、客の年齢層、そしてそれによって求められるサービスの変化。臨機応変に対応出来なければ即店の信用を落とすことに繋がり、その責任を取ることは出来ない己の無力さも思い知ることになる。

 

 そんな生徒達の中、緋沙子と創真は共に大衆料理店である『洋食の三田村』でスタジエールをしていた。

 初代から綿々と繋がれてきた店であり、現在は三代目。以前までは地元の常連客によって支えられ、ひっそりと経営していた店であったのだが、最寄りの駅に新幹線が止まる様になってからはより多くの客が殺到するようになったらしく、その対応にてんてこ舞いになっている状況らしい。

 スタジエールとして、此処で実績を残さなければならない二人。

 元々ゆきひらで現場経験を積んでいた創真は、快刀乱麻の勢いで次々と客を捌き、スタッフの連携に的確な指示を出すことでソレに対応。最初は戸惑うばかりだった緋沙子も、悔しさを押し殺して必死に食らいつき、終盤は遅れることのない仕事っぷりを見せつけた。

 

 初日の仕事としては、十二分な活躍をして見せたと言えるだろう。

 

 現在は閉店後、夜の清掃をしている最中だった。

 選抜初戦敗退という結果に己を責めていた緋沙子は、現場の対応力で創真に劣ったことでまた落ち込んでいたのだが、店長やスタッフに褒められることで少しだけ自分が店に貢献したことを自覚していく。創真にもこの調子で頼むと言われれば、彼女の中でも少しずつ闘志が戻ろうとしていた。

 

「幸平創真、そっちの清掃は終わったか?」

「おー。ま、初日はどうにかなって良かったな」

「まだスタジエールは数日ある。だからといって気を抜くなよ」

「ああ……他の奴らはどうしてんだろーな?」

 

 清掃も終わり、店の制服から着替えるために更衣室へと向かう二人。

 意外に良いコンビ感が出てきたところだが、創真の言葉に緋沙子は少しだけ憂いを帯びた表情を浮かべた。

 思い出すのはえりなのことだろう。選抜敗退の自分と違って、えりななら問題なくやっているだろうと思い、また己の弱さに嫌気が差す。

 

「っ……まぁ、なんだかんだ選抜本選まで上がった者ならば、それぞれ上手くやっているだろう」

 

 首をぶんぶんと振ってモヤモヤした感情を振り払うと、緋沙子は無難にそう返す。

 そうだ、えりなだけではなく、選抜本選に上がった者であればこの程度の課題をクリア出来て当然だ。黒木場や創真、タクミは現場経験が豊富だし、優勝した葉山に限ってはその力を発揮する場は幾らでもある。

 

 そして黒瀬恋に関しても、それは同様。

 

「そういや、黒瀬は何処に行ったんだろうな? 新戸は薙切と一緒で、黒瀬と幼馴染なんだろ? 何か聞いてねぇの?」

「む……さぁな、恋がどこに行ったのかはまだ聞いてない。ちょっと待て、携帯に連絡が来ているかもしれない」

「ふーん……」

 

 創真がふと恋の行先を聞く。緋沙子と創真、両者の共通の知り合いであったからこそ出した話題なのだろう。えりなのことでもよかったのだが、互いが気安く話題に挙げやすい人物なら恋が一番だったのだ。

 創真の質問に、緋沙子は仕事が終わったこともありそう言って更衣室へと入っていく。女子が着替えるのだから、そちらを気にしないようにして創真も男子更衣室に移動し、エプロンを取って手早く着替えた。

 

 緋沙子の着替えを待ちながら、創真は今日のことを思い返す。

 今回やってきた三田村では、環境の変化によって業務がパンクしている状況が明らかになった。創真や緋沙子がきたことでソレは一時的に改善したものの、それは二人がいるスタジエール期間のみのこと。

 二人がいなくなった後もこの状況が続くのであれば、いずれは経営破綻を起こして店はお仕舞だろう。創真はそのことを考えると、どうにかしなければならないのではないかと思い始めていた。

 

「……」

 

 ―――目に見える実績を上げる。

 その意味を、恋はこう言っていた。

 

『まぁ合宿の時の延長なんだろう。一つの店のクルーになる以上は、店に何が出来るのかが大事……自分がその店に不可欠な要素足りえるか、また与えられるかを証明することが、実績ってことなんじゃないか?』

 

 店に対して不可欠な存在になれるか、そして不可欠な要素を与えられるのか。それが実績としての証明。

 創真も緋沙子も、店にとって必要な人材たる実力は初日で十分示すことが出来ただろう。だが創真の懸念した通り、二人がいなくなった後もこの店に残していける何かを残せていない。

 

 それでは、実績とは言えない。短期のアルバイトと変わらないのであれば、スタジエールの意味がないのだ。

 

「……待たせたな。今確認したら、恋から連絡が入っていたぞ」

「お」

 

 するとそこへ着替えを終えた緋沙子が出てくる。

 遠月の制服姿に変わった彼女は、己のスマホを操作しながら創真に声を掛けてきた。創真もそこで一旦思考を打ち切って、緋沙子の方へと意識を向ける。

 緋沙子はメッセージを見て、恋のスタジエール先を確認すると、ブフッと笑い声を漏らした。首を傾げる創真に、咳払いをしながら画面を見せる。

 

「どうしたんだよ……え、と…………じゅ、従者喫茶?」

「ンンッ! 調べたところ、どうやらメイド、執事の恰好をして給仕する喫茶店のようだな……アルディーニ兄と一緒に執事として働いたらしい」

「スタジエールってそういう場所も込みなの? 遠月……計り知れねぇわ」

 

 創真の言葉で差し出していたスマホを引っ込めると、緋沙子は恋が執事をしている姿を思い浮かべて、案外良いかもしれないと思っていた。

 自分がえりなの付き人だったからか、その姿が鮮明に思い浮かべられたのだろう。とはいえ、給仕されるのが自分というイメージにえりなへの不敬を感じて、再度ぶんぶんと頭を振った。

 

 すると、新たにメッセージと一枚の写真が送られてくる。

 

「!」

 

 そこには、執事服を着てポーズを取る笑みを浮かべる恋の写真があった。

 どうやら店のHP内に期間限定で在籍する執事として掲載する写真を撮ったらしい。ウェブで公開するものだから、宣伝がてら友人にも見せて良いと許可を貰ったようだ。

 

 写真には想像していた以上に様になっている恋の執事姿が映っており、正直普段から美形だとは思っていたものの、想像以上に良いと感じた緋沙子。アイドルに想いを馳せるような、好きなキャラクターが新衣装を着てくれたような、そんなムズムズするような感情を抱いていた。

 こんな執事に尽くされてみたいと思ってしまい、妄想で身体がフラフラと揺れる。緋沙子は今、一般に『推し』と呼ばれるものへの感情を理解した。

 

「(これは、良い……なんというか、良いぞ。形容する言葉は見つからないが、良いということは分かる……! 私この写真凄く好き!! 待ち受けにしよう)」

「新戸? どうしたんだ、画面を食い入るように見てっけど……」

「ハッ! な、なんでもない! 気安く話しかけるなっ」

「え、何? 俺この数秒でなんの地雷踏んだ?」

 

 フンフン、と鼻息荒く歩き出した緋沙子に、創真は戸惑いつつその後ろを付いていく。初日の営業が終わった今はもう帰るだけなので、向かう出口は一緒なのだ。

 

「(これはえりな様にお送りした方が……いや……私がえりな様に連絡を取るなど、許される筈がない。恋のことだ、えりな様にも送っているだろう)」

「百面相してるわ……忙しい奴だなぁ」

 

 結局その日は、百面相をする緋沙子にこれと言って突っ込むことも出来ず、二人は駅で別れることとなった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 そしてスタジエール二日目、『Love☆STERRING』では。

 

 

「―――いらっしゃいませ、お嬢様……お席にご案内致します。お荷物をお預かり致します、お手をどうぞ」

「は、はいぃ~……!!」

 

 

 執事として大躍進を遂げた恋の姿がそこにあった。

 執事としてのサービス、接客のマニュアルを覚えた恋は、一晩掛けてソレをブラッシュアップしてきたのである。

 なお、今日の設定は『主人を愛する執事』。

 一人相手であろうと、複数人相手であろうと、まるで愛しい主人に対して接する執事のように対応してくれるのだ。

 細かなところに気を配り、些細な変化すら見逃さない。買い物途中の客には入り口から荷物を持ち、手を引いてリードする。椅子を引いて座らせ、満点の微笑みと共にチェイサーを差し出すまでがセット。かつ業務が滞らない程度にしっかり線引きもしている。

 

 的確にガチ恋勢を生み出す恋は、店の中を歩いているだけで視線を集める存在となっていた。

 

「アル、絵有りオムライス二つ、ボロネーゼ一つ、クマバーグ三つ、ナポリタン二つ、内一つは量少なめで頼む」

「了解した。三番テーブルと六番テーブルの料理があがる、持って行ってくれ」

 

 恋がカウンターから厨房に注文を伝えると、タクミがそれに応える。ほんの少しだけ見える二人の姿に、女性客がノックアウトされていた。

 

「はぁ……尊い」

「アル君とレン様のツーショット……捗るぅ」

「推しが尊すぎて辛い……」

「はぁっ……はぁっ……心臓が痛いぃ~……!」

 

 いつもはメイド目当ての男性客が多いのだが、今は男性客と女性客の比率が同じくらいになっている。一緒に写真を取ったり、食べさせて貰ったりといったサービスの注文率が普段の倍くらいになっていた。売上という意味では十分すぎる貢献をしているだろう。

 今日から本格的に執事として働き始めた二人だが、初日に偶々来ていた客が恋とタクミのことをSNSで拡散したらしく、リピーター含め多くの客が見に来たのも大きい。

 

 イケメンと美少年に愛情たっぷりに挟まれた時には、女性客も卒倒するレベルである。

 

「お待たせいたしましたお嬢様……こちら、特製オムライスになります。私の方で、絵を描かせていただいてもよろしいですか?」

「は、はいっ……お願いします!」

「書いてほしい言葉などありますか?」

「お、おまかせしますぅ!」

 

 恋がオムライスを持って行って声を掛けると、先程までは余裕な様子で恋を見物していた女性は、おどおどした様子で挙動不審になる。遠目から見守る分には余裕だが、いざ近付かれると限界化するようだった。

 最早会話することすら限界を超えているらしく、恋の質問に自分の要求を言えずおまかせを選択する。

 

 すると恋はクスリと笑って、ケチャップでオムライスに文字を書き始めた。

 

「え……これって―――」

「他の方には……言いませんよ?」

「――――きゅう」

 

 そこに書かれたものを見てハッと恋の方を見た女性客に、恋は囁くようにしてそう言った。突然距離が近い場所に美形があり、耳を直撃する囁き声がオーバーキルを引き起こす。一気に致命傷を負わされた女性客は、顔をゆでだこの様になって失神した。

 オムライスには、普通にハートマークが書かれていた。オムライスの丸みで下にケチャップが流れているが、女性客が見た時、ハートマークの下には小さく文字が書かれていたのだ。

 

 恋はその気配り能力で、その女性客の服が新品だったことに気が付いていた。故に、その服が似合っている旨を文字で書いて褒めたのだ。そしてそれが直ぐに隠れるように、書く場所の角度も考えて書いてみせたのである。

 

 身嗜みに気付いてもらう 1000ダメージ

 美形と急接近 5000ダメージ+2COMBO

 耳元で囁き  6億ダメージ+3COMBO

 特別扱い&悪戯な笑み 無限ダメージ+4COMBO

 

 戦闘エフェクトでもあれば、こんな感じでダメージを食らっていたに違いない。そう思わざるを得ない女性客。

 そしてそんな彼女を見て、恋の致命傷サービスを受けたいと思う女性客から更に注文が殺到する。この間、メイド達も恋に負けないくらいのサービスを男性客相手にやっているのだが、どうしても恋ほどの自然さが出ない。どこまでも芝居感が拭えないのだ。

 

「(レン君のあの本当に愛してますよ感何なの!? 私がされたいんだけど!?)」

「(すっごーい……見てるだけでキュンキュンしちゃーう……)」

「(昨日のアル君の爽やか王子様も凄く良かったけど……なんか今日のレン君はエロい! エロいよ!!)」

 

 メイド達の心境は恋に対する嫉妬や羨望などでいっぱいである。

 自分達の接客以上の本気度が凄まじい。特に相手を想う感情がビシビシ伝わってくるのだ。包み込む様な包容力、細かなところに気付く気遣い能力、不愉快にならない程度の的確なコミュニケーション能力、人見知りで遠慮する間もないサービスを展開していく誘導力……その全てが完璧な執事を爆誕させていた。

 

「ミミ先輩……七番テーブルのお客様お帰りです。テーブルのバッシングお願いしていいですか?」

「か、かしこまりました」

「? ……大丈夫ですか? 顔が赤いですけど」

「だだだ大丈夫ですぅ! すぐに!」

 

 恋は七番テーブルの客の見送りを済ませると、手の空いているメイドに仕事を頼む。奇しくもメイド達の中で一番後輩だったのだが、恋に顔を覗き込まれると客同様に顔を真っ赤にして仕事に向かった。

 まだ入って数ヵ月の彼女の名前はミミ……恋と同じで高校一年生の少女である。

 先輩達は気持ちは分かる、と思いながらも純情なミミの乙女心に苦笑を漏らした。男性相手にサービスをする立場であるが、それで男性への免疫が付くわけではない。

 

 にも拘らず、美形、気遣い上手、桁外れの包容力、そして世界が違うんじゃないかと思うほどの色気、それらを併せ持った執事服の恋に近づかれたら、レベル1でいきなり魔王戦に放り込まれた勇者の様になるのも当然だった。

 

「レン君」

「ああ、メイド長……どうしました?」

「このままでは死者が出るわ……一旦アル君とチェンジでお願いします」

 

 すると、このままでは恋という逸材が死屍累々、阿鼻叫喚の地獄絵図を生み出してしまうと思ったメイド長が、恋にそう言ってくる。

 指示ならばと思って従おうとした恋だが、メイド長の顔を見た瞬間ピタリと動きを止めた。

 

「メイド長……鼻血が出てます」

「貴方のせいよ」

 

 実は一番ダメージを食らっているメイド長だった。

 

 




恋君色気爆発です。
感想お待ちしております✨

色々やりたいこともあり、同時進行するため本作の更新は月木以外の曜日にさせてください。
毎日更新とはいかなくなりますが、今後ともどうかよろしくお願いいたします。



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