ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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五十話

 スタジエール三日目を終えて、恋とタクミは近くのファミレスにやってきていた。

 目的は勿論、スタジエールの課題である『目に見える実績を残す』ことについて話し合うことだ。従者喫茶という、料理よりも給仕にサービスの重きを置いた店で、料理人が何を残すのか、それを考えなければならない。

 恋の前には水が、タクミの前には紅茶があり、タクミは友人と二人でファミレスに来ることはあまりないのか、少しそわそわしていた。

 

「さて、タクミはどう思う? あの店で俺達がやるべきことについて」

「あ、ああ……働いてみて、料理にこれといった問題があるわけではないし、お客様にも不満がある様にも見えない。寧ろ、サービス自体には今後効率化や利便性の向上を図れる余裕もある気がするが」

「確かにな」

「そもそも、料理人である俺達が料理に重きを置いていない店で何をすればいいんだ?」

 

 こうして話し合いを持ちかけたのは恋だが、タクミの言葉も最もだった。

 スタジエールとして何か目に見える実績を残すことが求められている二人。だがあの従者喫茶にはこれといって問題があるわけではないし、何か改善点を求められているわけでもない。

 ましてや料理に関して然程重要度が高くない店において、料理人である自分達に何が出来るのかが、タクミには分からなかった。

 料理への改善点であれば、確かに幾らか提示することも出来るのだろうが、元々+αのサービスありきで料理を作らなければならない店である。料理の品質を上げることは無駄にはならないが、客の需要はそもそも美味いか不味いかではなくメイドや執事のサービスを受けることなのだ。

 

 料理の品質向上が、根本的に実績となりうるかは微妙なラインだ。

 

「レンは……あっと、すまない、仕事の時の呼び方が抜けなくて」

「ハハ、いいよ恋で。俺もタクミって呼んでいるしな」

「そ、そうか……じゃあ恋は、どう考えているんだ?」

 

 恋の呼び方が店では名前と同じレンであるからか、その呼び方が抜けないタクミ。恋はそれに対して名前呼びで構わないと言うと、タクミは少し照れくさそうにしながらそれを受け入れた。

 元々良く交流している創真ですら、彼はフルネームもしくは苗字で呼んでいるので、男友達を下の名前で呼ぶことは早々ないのだろう。

 

 恋はタクミの問いかけに対して少し考える素振りを見せた後、静かに口を開いた。

 

「俺達はそもそも料理人だけれど、仮に今後店を背負って立つ料理長(シェフ)になった場合店の格がそのまま自分達の格になる。タクミは将来自分のトラットリアで料理を作るんだろうけど、レストランの評価は料理だけで決まるものじゃないだろ?」

「ああ……そうだな」

「店の内装、雰囲気、スムーズな給仕、清潔感、料理を注文して出てくるまでの時間、そして料理の質……そういった総合的なサービスの上に評価は付けられる。今回の従者喫茶においては、料理の質を補って余りあるその他のサービスがあるわけだ」

 

 恋の言葉にタクミは頷くと、何かに気付いた様に自分も考えを巡らせる。

 

「つまり……俺達があの店を経営する側になった場合、どう伸ばすかを考えるわけか」

「そう。俺達が来る前といなくなった後で、明確に変化がなければアルバイトと変わらないからな……そこで、だ。俺はあの店の需要について考えてみた」

 

 恋はそこで水を一口、口に含む。タクミもつられるように紅茶を飲むと、潤った口で再度語り出した。

 

「あの店の需要は、明確に言うとメイドや執事っていう非日常的な存在が給仕してくれることではない。寧ろ本物のメイドや執事が本気で給仕してきたら、お客さんは緊張して委縮してしまうからな……品格で主人より執事やメイドの方が勝ってしまうのは、あの喫茶店の本質的には合っていない」

「……つまり真の需要とはどこにあるんだ?」

「秋葉原という街は電気街的な一面もあるが、世間一般のイメージとして日本のアニメや漫画文化の色濃く反映された街だ。だからあの喫茶店のような場所にいるメイドや執事に対しても、アニメや漫画のイメージが先行しやすい」

「確かに、お客様の多くは男女問わずキャラクターグッズを身に付けている者が多く見られたな。ストラップや缶バッジなどちょっとした物から、キャラクターTシャツまで、その度合いは色々だが」

「そう、つまりメイドや執事に対して一種アイドル的な魅力を感じているからこそ、彼らは来ているわけだ。だから本物の執事やメイドよりは、少々気安い関係性が求められている」

 

 恋の説明にタクミはなるほど、と頷きながら考える。

 

 メイドと執事に限らず、婦警、ナース、CA、アイドル、獣耳などなど、本来であれば関わるようなことのない存在と、少し仲良く交流してみたいという願望に応えたのが、従者喫茶のルーツだ。

 実際にいるそれらの存在は本来交流など持てないし、そもそも親しく振舞ってなどくれない。婦警に絡んでいこうものなら、逮捕も辞さないだろう。

 

 だからこそ喫茶店という気安い場所で、サービスとして、親しげに交流してくれるメイドや執事が需要になるわけなのだ。アニメや漫画の中にいるような格好いい、可愛い存在と一時でも交流できるその時間こそが、最大の需要なのである。

 

「……ならばなおさら俺達に出来ることはあるのか? 悪いが、俺はそういうジャパニーズアニメーションに疎い……あまり力になれそうにないんだが」

「だから……ほい、これ」

「……なんだその物々しい物体は」

「失礼な……今日メイド長から借りたんだ。メイド長おすすめのメイド、執事の出てくるアニメの全巻Blu-rayBOXです」

「…………で?」

「これからコレの鑑賞会をします。二期まであるらしいけど、一期だけなら大体五時間あれば見終えるみたいだから、今からな」

「見なきゃダメか……?」

「郷に入っては郷に従え、客の需要を理解出来なきゃ良い店は作れない。此処は秋葉原、その需要に対する理解は深めないとな?」

「…………………分かりました……!」

 

 恋も苦笑しながら出してきたそれは、メイド長厳選のアニメBlu-rayBOX。

 パッケージにはおススメと言うことだけあって、可愛らしいメイド服のキャラクターが涙目であわあわしているイラストが描いてある。スカートの丈は短く、白のガーターベルトを強調するようなポージング。どんな神風に吹かれたのかと思うほどに激しく捲りあがるスカートを押さえつける姿は、そういう文化に疎いタクミには少し煽情的過ぎた。

 一見して、エッチなアニメじゃないかと思ってしまうようなパッケージだった。

 だが恋の言うことも一理ある。需要を理解出来なければ、それに応えることは出来ない。今の段階でもそれなりに需要に応えられているのだろうが、二人が理解しなければいけないのは客を悦ばせる振舞いではなく、それを含めたサービスの展開方法だ。

 

 客がメイドや執事に求めている願望を踏まえた上で、出来るサービスを模索する。

 タクミは恋も乗り気ではない表情をしていることを理解し、随分と間を置いて頷くのだった。

 

 イケメン達の、夜を通した美少女メイドアニメ鑑賞会が始まる。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 スタジエール四日目。

 恋とタクミは少々寝不足の目を擦りながらも、従者喫茶へと出勤した。いつも通り執事の恰好へと着替え、メイド達と一緒にテーブルを整えたり、食材を整える。開店まではまだ時間もあり、慣れた様子で準備を整える二人のおかげで、大分余裕のある段階で全ての準備が終わってしまった。

 

 メイド長も流石にこんなにも仕事の出来る二人が来るとは思っていなかったようで、全ての仕事が無くなってしまう時間が生まれたことに、呆気に取られる。すると恋とタクミがそうやって呆気に取られているメイド長に近づいて、話し掛けてきた。

 

「メイド長……ちょっといいですか?」

「え、ええ……どうかしたの?」

「スタジエールの身ですが、少しこの店の改良点を考えてきまして……よければ参考にしていただけないかなと」

「改良点……なるほど、三日働いてみて何か思う所があったのね? 良いわ、聞きましょう」

 

 恋とタクミが口にしたのは、店に対する改良点について。自分自身の店に対して、研修生である二人から何か意見されるのは少々思う所もある。だが恋とタクミの戦力は非常に高い。この二人からの意見であれば、この店の為に何かいい変化を齎せるかもしれないと考えたメイド長。

 メイド達も仕事がなくなったからかその話を聞きに集まってくる。話を促したメイド長に、恋は口を開いた。

 

「サービスメニューの増加を提案します」

「ふむふむ、その理由は?」

「この店には基本的に、メイド、執事が食前に気持ちを込めるサービスや食べさせるサービスなどがありますが、料理だけで言えばケチャップでメッセージを書くオムライスしかサービス料理が存在しません。それは選択肢が狭いと思うんです」

「確かにね……それで、何を増やそうっていうの? 基本的にウチは料理が出来る子を優先して雇ってるけど、遠月の生徒さんほどのレベルじゃないから、難しい料理は厳しいわよ?」

 

 恋の提案に対して是非を考えるメイド長だが、恋はこの店の状況、スタッフの能力、調理環境を踏まえた上で出来ることを考えてきたのだ。美少女メイドアニメを一気に鑑賞した二人に、最早失うものなどなにもない。妙な貫禄すら感じさせる佇まいで、恋はメイド長の言葉を受け、確かにと頷きながら言葉を返す。

 

「はい、なので難しいメニューではありません」

「というと?」

「『ラテアート』を提案します」

「ら、ラテアート? それって、結構難しいと思うのだけれど……出来るの?」

「ちょっと見ててくださいね……」

 

 恋が提案したのは、ラテアートだった。

 困惑するメイド長に、恋は早速自分でラテアートを作って見せる。手早くコーヒーと泡立てたミルクをカップに注ぎ、スルスルと爪楊枝などを使ってリーフの柄を完成させた。

 

 それを見たメイド長達は、おお、と僅かに感心の声を上げる。

 だがやはりどう見てもこんなに綺麗に書くことは出来なさそうだと思ってしまう。メイド達も、コレを今すぐ作れと言われても無理だと思った。

 

「確かに凄いけれど……これ、私達には今すぐにできることじゃないでしょ? こんなに綺麗に書けそうにないし……絵心があるわけじゃないのよねぇ」

 

 実際にそう言って困ったような顔をするメイド長。

 しかし、それにタクミは確かにと頷きながら言葉を返した。

 

「確かに綺麗なラテアートを書くのは一朝一夕では難しいでしょう。しかし、綺麗に書く必要はないと思います」

「え?」

「ラテアートは、そもそもエスプレッソとミルクの割合さえ間違えなければ基本的な味はそう変わりません。ラテアートが多少不格好でも、味は保証出来ます」

「味はそうかもしれないけど……! 待って……なるほど、そういうことね?」

「そう、この店の持ち味はあくまでメイドと執事! そのサービスには個々人の良さがありますが、このラテアートは視覚的に書いた人の個性が出やすいのです! それはメイド一人一人の個性を視覚化し、この店で受けるサービスに対しての感じ方をより豊かにすることが出来ると考えました」

「ふふふ……何より、絵心は一朝一夕ではいかないからこそ、他のサービスと違ってメイドや執事自身の感情が出やすい。下手くそなラテアートを出す時、ほんのり見える照れくささが萌えに繋がる……!! 良い、良いわよ!!」

 

 恋とタクミの意図に気付いたメイド長が、新たな萌えの発掘に燃え上がる。

 恋の接客を見て、メイド達が思っていたことの中に、客に対する自然体さがあった。作り物の笑顔や愛情ではなく、素のままの自然な感情が魅力となる―――そんな姿を、このラテアートは作り出すことが出来る。

 

 絵に自信があれば自信をもってラテアートを出す姿が、自身がなければ下手な絵をおずおずと出す姿が、個性豊かなイラストを個性豊かにサーブする姿こそが、一つの光景として需要となりうるのだ。

 

「レン君、ラテアートのやり方を最終日までにメイド達に仕込んでもらえるかしら? 他の子達にも連絡を取って、少し人数を増やしたシフトを組むわ」

「お任せください。でも急な呼び掛けで大丈夫ですか?」

「レン君が執事服で教えてくれるってなったら皆飛んでくるわよ」

「あ、そうですか」

 

 メイド長の中で納得がいき、その良さを理解した結果、その提案が受け入れられた。

 恋がラテアートのやり方を教え、タクミがその間の仕事を引き受けることに。

 燃え上がるメイド長の熱に、この店に更なる活気が出たようだった。

 

 

 その後、ラテアートを教えられたメイド達が夢見心地に接客する姿が散見されたが、それはそれで需要に応えたらしい。

 

 

 




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