ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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五十五話

 スタジエールも六日目。

 最終日を残してとうとう研修期間も終盤に入ってきた。遠月から派遣されたそれぞれの生徒達も、各々腕を磨きながら店に何の貢献ができるのか模索し続けている。ある店では抱えている問題を解決するために、ある店では改善点を洗い出して、何か実績を残すべく生徒達は必死に力を尽くしていた。

 

 そしてその中で幸平創真は、遠月リゾートで今も戦っている。

 

 六日目にして未だレベル3を脱することが出来ていない創真。今日の結果次第で、レベル4に上がれるかどうかが決まるのだ。

 レベル3に上がった最初の日はついていくのでやっとだった創真。知らない技術、知識もあれば、身に付けていても知識としてどういうものなのか知らなかったことや、知識として知っていても技術として身に付いていなかったものも数多くあった。

 しかし今は、自分自身の未熟さを思い知るとともに、新たな経験値を獲得するこの大チャンスに燃えている。

 

 一日毎にどんどん技術を吸収して成長しつづける創真は、ついに六日目にして他の料理人となんら遜色ない仕事が出来るようになっていた。

 

「Aコース食材出してます!」

 

 レベル3に入ってから一日目、二日目と経験を積むことで現場の流れを掴んだのもあるだろうが、身に付けた技術や知識を即座に実践に活用する創真自身の地力が強く出ている。へこたれることはなく、成長する自分自身にただただ歓喜していた。

 

「Cコース前菜、下処理終わってます。チェックを」

 

 創真が配置された下処理のチームの中でも頭一つ抜きんでていく仕事ぶり。

 既に創真の働きは、レベル3でも十分優秀な領域にまで到達していた。

 

「カサゴのアビエ終わりました! 人参のスュエ、チェックお願いしゃす!」

 

 彼が手本としてイメージするのは、やはり恋だろう。

 創真にとって、今まで出会った全ての料理人の中で一番理想的で、無駄のない調理技術を持つのが恋なのだ。遠月に入ってから一番ライバル意識の強い料理人なのだ、その動きは脳裏に強く焼き付いている。

 

 そうして俊敏に動き、的確に仕事をこなしていく創真に、レベル3の料理長ピカラも舌を巻いていた。凄まじい吸収力と向上心だとは思っていたものの、ここまで急成長を遂げるとは思っていなかったのだろう。

 

「(幸平創真―――面白い奴だ)」

 

 この場にはいない堂島に言う様に、ピカラは軽く頷く。

 急成長を遂げる創真の前に、今レベル4への扉が開かれていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 さて、そうして生徒達がスタジエールに勤しんでいる中で、遠月学園ではまた別の変化が起こっていた。

 第一学年の生徒達がスタジエールで学校内にいない今、校舎の中には二、三年の生徒達だけが存在しているわけだが、選抜が終わってすぐの時期に起こったことが、この瞬間大きな話題となって生徒達をざわつかせていた。

 その話の核となる事柄は当然、叡山枝津也の十傑落ちだ。

 無論、叡山が十傑から外れたこと自体が話題の中心であるわけではない。話題の核はその後のこと―――つまり、次の十傑は誰になるのかということだった。

 叡山が十傑第九席から落ちたことにより、必然的に繰り上がりで薙切えりなが十傑第九席に上がるわけだが、空いた第十席の座に誰が座るのか……それが今学園内で生徒達をそわそわさせているのだ。

 

 そして一年のスタジエールがもう終盤に差し掛かっているこの日。

 二、三年の前に十傑第十席に就いた人物の発表があると通達があった。

 

「十傑新第十席か……一体だれなんだろうな……」

「やっぱり三年じゃねぇかな? 三年ともなれば、現十傑以外にも腕の立つ先輩は多いぜ」

「だが二年だって強者はゴロゴロいるぞ? 専門分野を持つ奴だっているし、久我の例もあるんだ、わからねぇぞ」

「でもやっぱり―――あいつ(・・・)じゃないか?」

 

 学内では誰が十傑になるのかの予想話が飛び交う。

 既に決定しているということなので、話を受けていない自分達ではないことは確かなのだ。となれば、一体誰なのかが気になるところだった。

 耳をすませれば、そこかしこから予想の話が聴こえるこの状況で、実力者たちの名前がぽんぽん上がる。三年や二年の中でも腕の立つ人間は多いのだ、話題性には事欠かない。

 

 すると、そんな生徒達の期待に応えるように校内放送が掛かった。

 

 

『全校生徒の皆、少し前に通達した新十傑第十席の発表を行う。皆の上に立つ者になるわけだから、きちんと聞いてほしい』

 

 

 落ち着いた声の主は、現遠月十傑第一席の司瑛士だ。

 その落ち着いた響の声は、自然とざわついていた生徒達を静かにさせた。気になる情報の発表ともなれば、当然なのだろうが。

 

『先日の一件は周知の事実だろうが、遠月第九席が外れることになり、現十傑第十席の薙切えりながその座に繰り上がった。その結果第十席の座が空いたわけだが、その空きを誰が埋めるのか、というのが話の趣旨だ』

 

 改めての状況説明に、生徒達は静かに続きに耳を澄ませる。

 

『まぁ焦らすのもなんだから、まずは結論からいこうか』

 

 すると司の単刀直入な話し方から、早速全生徒達が気になっていた話が始まった。

 

 十数秒の間ごそごそと何かが動くような音がマイクに乗って聞こえてくる。何か準備をしているのだろうか、と生徒達がジッと話の続きを待っていると、その物音が止んで再度音声が放送に現れた。

 

『では準備が出来たから、挨拶して貰うとしよう。新たに遠月第十席に就いたのは、彼だ』

 

 司の言葉に皆が息を飲んだ。

 そして席を入れ替わる数秒の後―――その声が全校生徒の耳へと届いた。

 

 

『―――この度新たに遠月第十席に就いた、二年、石動賦堂(いするぎ ふどう)だ』

 

 

 新たに遠月学園十傑評議会第十席に就いた男……石動賦堂。

 その名前は、第一学年を除けば今聴いている全生徒が知っている名前だった。

 

「やっぱりアイツだったのか……」

「まぁ、当然と言えば当然だよな」

 

 生半可な人物であれば新十傑に抜擢されたことに反感を得たことだろうが、彼に関しては大多数の生徒から納得の色が見える。それほどの実力者なのかと、一年生であれば思ったことだろうが、彼らが知らないのも無理はない話だ。

 ざわざわと新たな十傑の発表に口数が多くなる生徒達。

 今後の十傑がどのようになっていくのかと様々な想像を膨らませるが、それでも彼の就任に否定的な意見はさほど見当たらない。

 

 挨拶は続く。

 

『こうして十傑第十席に就いた以上は、相応しい振舞いと実力を証明し続けていこうと思う。諸々思う所もあるかもしれないが、よろしく頼む』

 

 力強い声と誠実な挨拶は、石動賦堂が芯の通った人物であることを想起させる。二、三年は彼がどんな人物なのか、どれほどの腕の持ち主なのかを知っているのでイメージは容易いが、それでも彼の力強い声はとても頼もしさを感じさせた。

 

 彼らが石動賦堂を知る理由は、恋達一年生が入学する以前の時期にある。

 創真や恋という編入生に加え、薙切の系譜であるえりなやアリス、黒木場や葉山といった才能に溢れる料理人が数多く存在する、まさしく玉の世代とでもいうべき今期の第一学年。その中でも、彼らが入学して早々に、薙切えりなが中学時代からの実力を鑑みて遠月第十席へと即就任した。

 入学時に即十傑入りというのは、とてつもない偉業だ。

 

 だが、えりなが十傑第十席に就く前―――そこには、当然別の人物がいたのである。

 

 そう、それこそが今回十傑第十席になった石動賦堂という男。

 えりな達が入学する前、つまり彼は一年生の終わり際ではあっても、遠月十傑の座に就いていたのだ。相応の実力を持つ料理人であったし、えりながいなければ今も彼が十傑第十席にいたことだろう。

 

 それほどの人物なのである。

 

『では、新たな十傑の誕生を祝ってくれると嬉しい。それじゃあ、放送を終わるよ』

 

 短い挨拶の後、司が話を締めて放送が終わる。

 薙切えりなによって十傑落ちし、再び十傑へと舞い戻ってきた男。考えてみれば全校生徒が納得するその采配は、無駄な反発を買うことはなかったものの……少しのピリつくような緊張感を学園内に走らせた。

 以前まで十傑にいたその人物が戻ってきただけだが、それでも過去と今では随分と状況が違う。

 

 今回の十傑入りは、けして石動がかつて実力で勝ち取った十傑入りとは違って、叡山が落ちたことによる繰り上がりの様なものだ。それに納得がいかないのは、きっと石動本人なのだろう。放送からでも、それほど喜びがあるわけではないことが伝わってきたくらいだ。

 それに、彼は薙切えりなの入学と同時に十傑から外された経歴がある。そのえりなの下の位に就くこと自体、彼にとっては屈辱なのではないだろうか。

 

「……どうなってくんだろうな」

「さぁ……」

 

 ぼそっと男子生徒が呟いた言葉は、きっと大多数の生徒達が思っていることだろう。別に不味い状況ではないし、何か不都合のある事態に陥ったわけでもない。それでも自分達の上に立つ十傑に不穏な影が走ったことが、遠月学園内に大きな波紋を生んでいる。

 

 そしてそんな中で、石動と同じ二年である一色慧もまた、学園内の少し不穏な空気を感じ取っていた。

 普段の明るい振舞いとは一転して真剣な表情を見せる彼は、少し溜息を吐く。

 

「何もないといいけどね……」

 

 何かが起こる気がする―――そんなことを考えつつ、今後何か不穏な事態にならないことを祈るばかりだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 そしてスタジエール最終日。

 遂にピカラに認められ、レベル4の厨房へとやってきた創真は初日ぶりに堂島と対面していた。コックコートに身を包んだ堂島の姿は、普段とは一転して一人の料理人としての迫力がある。

 創真もレベル4でどんな仕事をするのかと息を飲んでいたものの、意外にもレベル4の厨房はレベル3の厨房とは違って人もあまりおらず、段違いに静かだった。

 

 創真は厨房内をキョロキョロと見渡してから、何をすればいいのかと堂島に視線を向ける。すると堂島は笑みを浮かべながら、そんな創真に対して説明を始めた。

 

「フ、良くここまで来たな。幸平創真」

「うす、なんとかって感じっすけど」

「とはいえ、残念だがこの厨房に君の仕事はないのだ」

「え?」

 

 放たれた堂島の言葉に、創真は呆気に取られた。

 仕事がない、とはどういう意味なのか。

 

「この厨房では、完全予約制の遠月リゾート内でも最高級宿泊施設に泊まる客に振舞うコースメニューを作る。だが、完全予約制なのは宿泊施設だけではなく、料理人の指名も含めた予約なのだ」

「つまり……指名された料理人が作る義務があるってことすか?」

「その通り。このレベル4の厨房では俺を含め、数名の一流料理人だけがその腕を振るうことを許される。遠月出身もいるが、どいつも在籍していれば十傑を取っていただろう料理人ばかりだ……幸平の仕事は、この最終日―――俺達の仕事を見学することだ」

「見学……」

 

 堂島の説明で紹介されるも、厨房内の料理人たちは創真に目もくれない。一心不乱に己の料理に注力する姿は、創真にどこか恋を想起させた。

 見学、と聞いて少し落胆した様子だった創真だったが、堂島の目は本気だ。見学することに何の意味があるのだろうか思ったが、それでもすぐにその意図に気が付いた。

 

「何を掴めるかは、お前次第だ」

「……うす!」

 

 必殺料理(スペシャリテ)へと辿り着くヒントが、そこにあるのだろう。

 超一流の料理人達の調理に対する姿勢、振るわれる調理技術、そして指名された以上彼らでないと作れない料理の数々、それらから創真が得られるものはきっと多い。

 

 レベル3をクリアした段階で、堂島は創真のスタジエール合格を言い渡すつもりだったのだ。そして知識や技術を身に付けてきた創真に、必殺料理とはなんなのか、料理人としての高みとはどういうものなのか、それを見せる機会を与えた。

 そこには、恋が四宮から垣間見た高い次元にいる料理人の領域があると。

 創真は穴が開くほどに彼らの調理を見つめた。一挙手一投足に注視し、あらゆる情報をイメージとして己の中へと落とし込んでいく。

 

 身に付けてきた知識も技術が、創真に目の前の光景に対する理解を与えてくれていた。

 

「(城一郎、幸平創真は……やはりお前の息子だな)」

 

 そしてそんな創真の姿に、堂島もまた調理に入りつつ、短く笑みを浮かべる。

 

 

 

 その日、幸平創真は遠月リゾートでのスタジエール合格を、堂島から言い渡された。

 

 

 




幸平創真君成長を遂げました!
石動賦堂君はオリキャラです。
えりなが十傑に入る以前には、十傑第十席に誰かいた筈だと考えて誕生させました。
今後の動きにご期待ください。

感想お待ちしております✨



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