ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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五十九話

「ここがももの専用調理室だよ」

「やっぱり十傑の専用調理室だけあって凄いですね……最先端の調理設備が一通り揃ってますし、広い」

「普段は此処でお菓子を作ることも多いんだ……ブッチーは此処に居てね」

 

 紅葉狩りで一年上位勢と十傑の交流会は恙無く終了し、今はもう散り散りに解散した後。

 スタジエールで何か大きく成長した様子の創真は、ひたすら上を目指して十傑に食戟を挑もうとしているようだが、結局紅葉狩りの中では全員に断られてしまっている。

 唯一久我だけがある種のレスポンスを返したものの、結局十傑と一年の間には大きな差があるのだという説明をするだけで、その場での食戟成立とはいかなかった。

 

 何か一つでも料理で勝るものがあるのなら、食戟を受けても良い。

 

 それでも、そう言った久我に創真が何か反応していたので、恋はこれから創真は久我に突っかかっていくだろうと予想している。

 楽しみに思いつつ、恋は紅葉狩りで親交を深めた茜ヶ久保ももと共にお菓子作りをするべく、彼女の専用調理室へとやってきていた。

 

 お互いコックコートに着替えているので、すぐにでも調理が始められる状態。

 

「恋にゃんはお菓子作りで大切なのはなんだと思う?」

「うーん……そうですね、まぁ料理である以上は技術は必要でしょうけど……お菓子作りで、というなら……やっぱり楽しさじゃないですか?」

「楽しさ?」

「お菓子って食事とはちょっと違う一面があるじゃないですか。見て楽しい、心躍るような見栄えに加えて、甘いお菓子はそのままストレートに幸福感を得られるみたいですし……お菓子の家、なんて話がある以上、夢みたいな楽しさがあって欲しいものじゃないですか?」

「……そうだね、確かにその通り。だからこそももは、お菓子作りで大切なのは……可愛くなきゃダメだって思ってるの」

「可愛い、ですか」

「男女問わず、可愛いものは皆大好きだし、見てるだけでも幸せになれる。恋にゃんの言う通り見栄えでも、そして味でも、どこまでも可愛いを詰め込めるのがお菓子なんだよ」

 

 恋にお菓子作りのなんたるかを教えるももは、調理台の上に材料や調理器具などを用意していく。

 可愛いという概念を追求する彼女は、自分の作るお菓子が好きだ。

 幼い頃から彼女が可愛いと評価したものは、いつだって世の可愛さにおける流行を生み出してきたし、自分自身とて可愛くなれるように歩いてきた。可愛い可愛いと言われて育ってきた彼女は、えりなにも似た自尊心を抱いている。

 

 だからこそ、可愛い自分が作ったお菓子が一番可愛いと、確固たる自信を持っているのだ。そもそも、お菓子を作る自分が一番可愛いという理由で遠月に来たくらいなのだから。

 

「恋にゃんは、味覚障害を持ってるんだよね?」

「……ええ」

「私は正直、そんな事情はどうでもいいんだ。お菓子の可愛さは味だけじゃないし、恋にゃんが料理をすることだって別に好きにすればいいと思ってるから」

「責めるわけじゃないですけど……なら、どうして夏休み前の退学に賛成を?」

「反対する理由が特に無かったから。確かに料理人としては味覚障害って致命的だと思うし、私個人は恋にゃんのこと何も知らなかったしね。他人がどうなっても別に興味はなかったんだよ」

「なるほど」

 

 ももが準備した材料や調理器具から、何を作るのか大体を予想しながら、恋はももに質問を投げかけた。

 それに返ってきたのは、無関心からくる賛同だったという答え。

 茜ヶ久保ももという少女は、良くも悪くも個人で完成する世界観がとても強い。己が突き進む道では確固たる自信を持っているし、他人に目をくれず、己の感性を強く信頼している。

 だからこそ恋の退学騒動では別段反対もしなかったし、叡山の言葉に多少の理解もあったから賛同に手を挙げたに過ぎなかった。

 

 恋はその返答に、茜ヶ久保ももという人物を深く理解していく。

 

 彼女の他人に無関心で突き進むという価値観は、他人に惑わされないということであり、己の感性への強い信頼は、一切迷うことがないという強みでもある。それで井の中の蛙とならなかったのは、彼女自身に恵まれた感性と才能があったからだ。

 恋は、彼女の閉鎖的な価値観が今後どんな成長を見せるのかを想像して、他と同様強いリスペクトを抱く。

 

「でも今は恋にゃんのこと知ったし、良い子だなって思ってるよ」

「それは光栄ですね」

「司や竜胆も恋にゃんと料理をしてから、恋にゃんに好意的だし……私もちょっと気になってたんだ」

「ああ、聞いたんですね。俺と司先輩が料理したこと」

「うん、選抜中急に恋にゃんの復帰に手を貸してたから、聞いたんだよ」

 

 選抜本戦中、美作が仕掛けたあの策に司と竜胆が同意していたことはももにとって驚きだったらしい。それもそうだろう、元々恋の退学に同意したメンバーの中に司も竜胆も名を連ねていたのだ。それが何故あんな暴挙に手を貸しているのか気になって当然だろう。

 ももはその行動の意味を疑問に思い、選抜の後に司と竜胆に話を聞きに行ったのだという。つまり、恋のサポート能力についても、多少は聞いていたということだ。

 

「じゃあ始めようか恋にゃん―――君の力を見せてよ」

「……全力を尽くしましょう」

 

 紅葉狩りの交流中に成立したこの状況。

 仲良くなれたことは事実であるが、これは茜ヶ久保ももが恋の能力に興味を抱いていたが故の結果だった。どさくさ紛れにこの状況を約束させた時、ももにはももの考えがあったということだろう。

 

 しかし恋としては、十傑第四席にしてお菓子作りのカリスマと共に料理が出来るという経験は、願ってもないこと。

 

 ―――そのポテンシャル、どれほどですか。

 

 袖を捲って、料理人としてのプレッシャーを放つ茜ヶ久保ももに、そう思って笑みを向けた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 調理が始まってから、茜ヶ久保ももは内心驚きを隠せなかった。

 お菓子作りとは、普通の料理とは使う材料も技法もかなり偏ったものになってくる。ケーキやチョコレート、飴など、お菓子作りでは完成した品を更に組み合わせるアイデアだって少なくない。

 彼女自身が保有しているお菓子作りの技術だって、誰にでも出来るものではない技術が多かった。

 

 なのに、恋はその調理工程に余裕をもってついてくる。

 ましてや自分自身の調理効率が大幅に向上していることを理解出来た。無駄が消え、自分自身の調理に今まで以上に没頭することが出来ている。恋の存在が無意識に思考から外れていき、自分の手の中で食材が思った通りに変化していくのが分かった。

 

「(これが、司や竜胆が言ってた恋にゃんのサポート能力……! 確かに凄い――というか、聞いていた以上!! 私の身体が恋にゃんに支配されてるみたいに、私のポテンシャルが全部引き出されていく……!!)」

 

 スタジエールでかつての第一席、四宮小次郎の厨房に入ったことで、黒瀬恋の力は大きく研鑽されている。もっと言えばメインで作る料理ではなく、ひたすらサポート能力を研鑽し続けた結果、四宮レベルの料理人でない限り、一対一では恋のサポートに飲まれずにはいられないほどになっている。

 十傑第四席であり、お菓子作りという特殊ジャンルのスペシャリストである茜ヶ久保ももは、まだ完全に飲み込まれてはいないが―――それでも、全力で臨まなければ自分の料理が恋の力によって生み出されたものに変質することを理解し、必死に食らいついていた。

 

 そしてサポートにおいては十傑すら簡単に食い潰せる恋の調理技術と視野の広さを知り、ももは己の感性と世界観が強制的に広げられていくのを感じる。

 調理において無駄が消えるのなら、自分自身のリソースを別のことに割くことが出来るのだ。そして完璧な工程は、完璧な結果を生み出すことに繋がる。

 ももの頭の中で、ぶわっと様々なアイデアが溢れてきていた。

 

 この工程が此処まで完璧に用意されているのなら、もしかしたらこういうことも出来るのではないか? 

 

 これが出来るのなら、これも出来るのではないか? 

 

 もしかしてアレも足すことも出来るかも?

 

 様々なアイデアが、調理前に想定していたイメージを装飾していき、更に成長させていく。そしてそのイメージはノータイムで調理に反映され、自身のイメージがそのまま手の中で具現化していくのが分かる。

 

「(可愛い―――可愛い――――可愛い―――――!!)」

 

 ももの表情が変わる。

 自分の中の可愛いという概念が、そのまま具現化していく姿が心の底から嬉しくて仕方がなかったのだ。口は笑みを作り、目はキラキラと理想の誕生に色めき立つ。

 恋のことなど最早思考から外されていき、研ぎ澄まされた集中力が次から次へと彼女の感性を昇華させていた。

 

「(凄いな、もも先輩……今まで出会った料理人の中で一番、己の料理に対する理想が明確だ。可愛いという概念が、人の形を取ったのかと思うほどのずば抜けた感性だ)」

 

 対して恋も、茜ヶ久保ももという料理人の凄まじさを理解していた。

 四宮も城一郎もそうだったが、己の目指すものに明確な理想があって、それが己の感性と合致している。

 今まではその恵まれた感性と才能で挫折なく第四席まで上り詰めることが出来たが、それ故に容易に人より優れることが出来た彼女は、その感性の本領を発揮出来ていなかったのだ。

 

 しかし、恋がサポートに入ることでソレが開花した。

 

「(感性だけなら司先輩よりも凄いんじゃないかこの人?)」

 

 司瑛士は食材の魅力を極限まで活かすことに徹する、いわば職人的なアプローチをする料理人だ。感性もあるのだろうが、高い調理技術や深い食材への知識、理解、そして経験から生み出されるものの方が大きい。

 対して茜ヶ久保ももは、作っている料理は他のパティシエと変わらない。

 だがその可愛いものへの優れた感性と、高い調理技術を掛け合わせることで、人の感情を大きく揺るがす表現者的なアプローチが強い料理人なのだ。

 

 『可愛い』を表現する料理センス、その感性だけなら、十傑内でもトップと言っても良いのではないかと、恋は思った。

 

「はぁ……はぁ……っ……はぁ」

 

 そして完成する料理。

 恋は余裕そうな表情をしているが、今まで使っていなかった脳領域を使ったような、そんな疲労感からかももは大分消耗している様子だった。額に汗が滲み、顔も紅潮し、荒い呼吸はその消耗の度合いを示している。

 

「っ……!?」

「っと、大丈夫ですか?」

「……うん……ちょっと、疲れただけ」

 

 ガクン、と膝が折れたももを咄嗟に支えた恋は、その軽い身体を抱え上げて椅子に座らせた。さりげなくお姫様抱っこをされて、ももの顔は更に赤くなった。

 

「はい、もも先輩、水です」

「あ、ありがと……んっ……」

 

 恋がコップに水を注いで渡すと、ももは息を整えながらそれを受け取り、熱を冷やすように一気に煽った。しゅるりとコックコートの襟元を開き、パタパタと手で風を送る。

 

 そうして落ちついてくると、たった今自分が作り上げた料理に視線を送った。

 

「…………最高傑作、更新」

「凄いですね」

 

 作り上げたのは、ケーキの城だった。

 飴細工やチョコレートなど、様々な食材を以って装飾されたその一品は、まさしく御伽の国に登場するようなお城そのもので、茜ヶ久保ももの感性をそのまま形にしたような広い世界観すら感じさせる。

 料理として、そして表現として、この一品は最早芸術だった。

 味の分からない恋にも、その品は一目で"可愛い"と理解出来る。

 

 茜ヶ久保ももという料理人の、人並外れた抜群の感性の極地が具現化されていた。

 

「……ねぇ、恋くん(・・・)

「?」

 

 すると、先程まで恋にゃんと呼んでいたももが、突然恋のことを名前で呼び始めた。どこか神妙な様子で恋を見る彼女の目は、どこまでもシリアスに何か強い意思を秘めている。

 首を傾げる恋に、ももはゆっくり立ち上がり、ふらふらと覚束ない足取りで恋の服をぎゅっと掴んだ。正面から寄りかかるような体勢だが、そうでもしないと立っていられない消耗なのだろう。恋はももの負担を減らすように、膝を着いた。

 

 身長差の大きい二人だ、膝を着いた恋の肩に手を置いてなんとか姿勢を安定させたももは、自分の視線よりも同じか少し下に来た恋の目を見つめる。

 

「……こんなに可愛いお菓子、私作ったことなかった」

「……はい、もも先輩は凄いと思いますよ」

「でも今の私じゃ、もう二度と作れない……恋くんがいなきゃ、これは作れなかった」

「光栄です……」

 

 ももの恋を見つめる瞳には、消耗に反して何処か熱を帯びている。

 恋もまたその熱に気付いていたが、どこか怪しい光に困惑する。

 

「こんなの作っちゃったら、もうどんなお菓子を作っても満足できない……だから」

「もも先輩?」

 

 恋は肩に置かれた手がぎゅっと強い力で服を掴んだのを感じ、料理人としてのプレッシャーとは違う圧力を放つももに、流石に動揺した。声を掛けるも、ももからの返答はない。

 そして動揺する恋に対して、ももは怪しげな笑みを浮かべてこう告げた。

 

「―――これからの人生、ずっと、私と一緒にお菓子を作って?」

「え」

 

 最初、司瑛士と同じようなこと言いだした、と思った。

 ただ彼女が司と違ったのは、拒否権などないという我儘を押し通そうとしているところである。問答無用、絶対に逃がさないとばかりに握りしめられた服が、それを証明している。

 

 

「約束ね?」

 

 

 どうやらとんでもない形で好感度が振り切られたらしかった。

 

 




修羅場修羅場。
次回、恋とももの様子を覗き見していたお嬢様と第一席の視点。

感想お待ちしております✨





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