ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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お久しぶりです。
八月後半は少しお休みをいただいていました。

更新再開致します。
頻度としては以前と同じ、月木休載の週五更新です。

どうぞよろしくお願い致します。


六十一話

 ―――月饗祭

 

 遠月学園もすっかり秋を迎え、一年のスタジエールも終わって生徒達の中にも落ち着きが見え始めた頃、学園内は秋の選抜以来の一大行事に空気が色めき立っていた。

 遠月学園も料理学校としてかなり特殊なカリキュラムを組んでいるとはいえ、学校は学校。普通の学校同様に文化祭に該当する行事が存在する。

 

 それが月饗祭。

 毎年50万人以上の人が訪れる化け物イベントである。

 

 料理学校らしく、主に各団体、有志、個人によって出店される店で思い思いの料理を振舞うことが通常。店を構えるに当たって料理人のメンバーや料理ジャンルは自由だが、遠月というブランドだけあって、その店と料理人のグレードによっては高額の金が行き来する。

 中でも出店におけるポイントとして、出店エリアが三つに分かれている。

 

 一つ目が目抜き通りエリア。

 学園の正門から道なりに続く大通りで、仮設テントなどで作られた店がずらりと並ぶ最も人通りの多いエリア。

 

 二つ目が中央エリア。

 学園にある調理棟の設備を使用した、仮設テントでは提供しづらい専門料理を主とした店が並ぶエリア。

 

 三つ目が山の手エリア。

 平均客単価の大きい、高級志向のエリア。隠れ家的な建物がぽつぽつと並び、そこをレストランとして使用するが、料理人としての知名度が無ければ集客は困難。それゆえに。十傑の殆どはこのエリアに店を構える。

 

 これらの三エリアの中から自分の出店する店のグレード、料理ジャンル、そして自身の実力を鑑みて、その出店場所を選択するのだ。

 そして五日間という開催期間の中で、その売り上げをエリア毎にランキング化し、その日の売上順位は毎日公開される。当然、上位に食い込めば翌日以降も人を集めやすくなるし、ひいては自分の売名にも繋がるだろう。

 

 そして最後に最も重要なルール。

 この月饗祭で出店する以上は―――赤字を出せば即退学であるということ。

 

 無論、出店するかどうかは個人の自由だ。

 

「出店自由とはいえ、赤字で即退学とは……遠月学園らしいな」

 

 そんな少々浮ついた空気感の中で、恋は一人、そのルールを確認していた。

 月饗祭のルールはHRにプリントで配布されたので、それを見れば遠月らしく、普通の学園祭とは違うことが容易に分かる。創真はまともに読んでいなさそうだったが、月饗祭自体には参加する気満々な様子だった。

 

 ベンチに座って一人そのプリントを眺めていた恋だったが、一通り目を通すと紙面を下ろし、はぁと溜息を吐いた。横に置いておいたペットボトルを手に取り、中の水を一口煽る。

 最近は人といることの方が多かったからか、一人の時間が少し新鮮に感じた。

 

「まぁ……俺は出店しないかな」

 

 ぽつりとつぶやく恋。

 遠月の頂点を目指すに当たって、その知名度はかなり重要なファクターになってくるが、それでも味覚障害の料理人として店を出すのは正直気が引けた。味覚障害であるということを秘密にして、当たり前の味覚を大前提にやってくる客を騙したくはないし、仮にそれを公表して店を出した場合、人が集まるとも思えなかったのだ。

 

 これは実力云々の問題ではなく、単純に世間体や人の偏見の問題である。

 

 色眼鏡が付いてしまう以上、どんなに美味しくてもそこに懐疑的な思考が混じるのだ。それは無名の恋には覆すことの出来ない事実。無暗に出店して退学になる道を選ぶほど、恋は無鉄砲でもなかった。

 

「じゃあ、ももの店を手伝ってよ……恋くん」

「……いつから其処に居たんですか、もも先輩」

 

 すると、その呟きを聞いてか恋に誘いを掛ける茜ヶ久保ももが隣に座っていた。ご丁寧にブッチーまで隣に座らされている。気配もなく現れたことで、恋は驚くタイミングを逃してしまった。

 

「歩いてたら偶々恋くんがいて、月饗祭のプリントを見てたから丁度いいかなって」

「なるほど……出店に関して、料理人の学年は関係ないんですね」

「うん、各部活も出店するし、学年毎のイベントじゃないから、交流と勉強の意味も兼ねて知り合いの上級生の店に入れて貰うことは、よくある話だよ……まぁ、この時期までに上級生との関わりを持てるかどうかは、その人次第だけど」

「上級生は下級生とはいえ人手が手に入り、下級生は上級生の技術を盗む機会を得られるってわけですか……なるほど、よく考えられてますね」

「そう、だから恋くんもももの店で一緒に料理しよ? 自慢じゃないけど、私遠月に入ってから二度月饗祭を経験してるけど、毎年売上一位だったんだよ」

「それは凄いですね」

 

 ももの勧誘に恋は素直に驚いた。

 そして同時に考える、この月饗祭に出店せずに名前を売る方法を。

 

「もも先輩、出店している店への協力って別に一店舗だけじゃなくても大丈夫でしたっけ?」

「え? まぁ、その辺の制限はないけど……店舗の登録に必要なのは代表者の名前だけで、誰がどこの店で料理しているかどうかまでは、月饗祭のパンフレットには記載されないから」

「なるほど……じゃあ大丈夫そうですね。もも先輩のお店のお手伝い、ちょっと保留させて貰ってもいいですか?」

「……いいけど、何をするつもりなの?」

「まだ詳しくは決めてないですけど、俺なりの月饗祭の参加方針が決まりそうです。なんで、ある人に相談させて貰おうかなと……それじゃ、失礼します。おって返事させて貰いますね」

 

 恋はももの誘いを保留にして、動き出す。

 ベンチに取り残されたももは、恋からすぐに承諾の返事がもらえなかったことに少し不満を抱くが、それ以上に恋が何をしようとしているのかが気になった。恋は独り言で出店はしないと言っていたので、店を出すわけではないのだろう。

 

 だとしたら、何を?

 

 想像が付かない恋の行動に首を傾げ、ももはブッチーを抱きしめた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 そんな恋の行動とは別で、幸平創真は久我照紀に挑むべく中華料理研にやってきていた。中華料理に通ずる料理人であり、秋の選抜にも選ばれていた北条美代子の案内で連れて行かれた中華料理研究会の拠点。そこでは月饗祭に向けて、麻婆豆腐を一糸乱れぬ動きで作る中華料理研の料理人達が、熱気を放つ光景を作り上げていた。

 

 そしてそれの統率を取るのは、当然久我照紀である。

 

 十傑第八席の座に座る彼の作り上げた城は、中華料理というジャンルにおいて遠月一のレベルを誇っていた。創真達に気付いた久我が、その麻婆豆腐を振舞い、それを口にしただけで伝わる旨味と辛味。極上の辛さが、その証拠

 しかも、中華研からランダムに選出された料理人十名が、全く同じ速度で全く同じ味を作り上げるという統率力も凄まじい。

 

「これが本物の辛味だよ幸平ちん。この強烈な辛味と美味さのコンビネーション……定食屋の味じゃ絶対にかなわないっしょ? そしてウチの連中は、この味を完璧に再現できるよう仕込まれてる。この俺によってね」

 

 宣戦布告に来たつもりが、圧倒的実力差を歴然のモノとされてしまった創真。

 黒瀬恋が十傑に近い場所で交流を図っていたことで曖昧になっていたが、十傑という称号は決して甘いものではない。十傑第十席であろうと、その実力は一般生徒とは隔絶された位置にあるのだ。

 

 まして今回は各々が得意ジャンルを作ることが許された月饗祭。

 辛さを活かした中華料理を作らせたなら、この久我照紀に一分の隙も無い。

 

「遠月の学園祭は、毎年50万人が訪れるお化けイベント。一日1000食ぐらいは出せなきゃ上位には食い込めないからねん」

「(1000食……!)」

「幸平ちんの人員はたった一人……レシピもまだだったよねぇ。ねえ幸平ちん、俺に何で勝つつもりなのか、良かったら教えてくれる?」

 

 重たい圧力と共にそう問いかける久我に、創真もまた笑みを浮かべた。

 

「勿論、料理でっすよ……!」

「ハハッ! 黒瀬ちんならまだしも、秋の選抜で決勝にも残らなかった幸平ちんが?」

 

 強気に言い返した創真に対して久我が放った言葉。

 その言葉に創真はむ、と表情を曇らせる。此処でも出てきたのは、やはり黒瀬恋の名前だった。十傑の中でも注目されているのは、秋の選抜で優勝した葉山アキラではなく、黒瀬恋。

 創真の進む先、何処へ行っても付いてくる黒瀬恋という壁に、創真も内心穏やかではない。

 

「……黒瀬なら、久我先輩に勝てるっていうんですか?」

「さぁね、負けるつもりはないけど……客観的に見ても、主観的に見ても、黒瀬ちんの実力は君達一年生の中じゃ飛び抜けてる。まぁ総合的に見れば俺達十傑や神の舌を持つ薙切ちん程じゃないかもだけど、個人の技術力だけなら既に俺達十傑を越えてるだろうね」

「……てことは、黒瀬以外は眼中になしってことすか?」

「否定はしないよん、まぁ撤回させたいなら―――料理で結果を出してみせてよ」

 

 久我は否定しない。

 あくまで久我の中では創真は恋より格下であり、何処まで行っても眼中にはないのだ。敵とすら認識されないことに、創真は闘志を燃やしながらもその場を後にした。

 

 打倒久我照紀―――だが同時に創真の中で、黒瀬恋という料理人に対する闘争心も燃え上がる。

 

「やっぱ、最後には黒瀬にも勝ちてぇな……」

 

 基本的には勝負を挑まれることの方が多くなった創真が、強く意識してしまう料理人が黒瀬恋。料理人として、そして人として、一切の嫌悪感なく素直に尊敬出来る人物だからこそ、ストレートに勝ちたいと思えた。

 

 遠月学園にやってきて得た、黒瀬との出会いは――幸平創真にとって、料理人として大きな転換点だったのかもしれない。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 茜ヶ久保ももと別れた恋がやってきたのは、遠月内にある二年の調理棟。普段は二年生の授業や調理の為に使われる場所故に、恋の他には二年生ばかりが行き交っていた。

 恋が今回の月饗祭で自分の知名度を上げるために取る行動、それはとある人物の協力を仰ぐことが一番効果的だった。

 

 スイスイと人混みを抜けて辿り着いた一室、その扉に二度のノックをする。

 すると中から扉が開かれ、その部屋にいた人物が顔を出した。

 

「! お前……何しに来た」

 

 その人物は恋の姿を見て少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐにシリアスな視線で恋に問いかける。歓迎的な色はなく、ただ単純に恋が何故此処に来たのかを疑問視する色だけが、その視線にはあった。

 恋もその問いかけに対して苦笑しながら返事を返す。

 

「ちょっと相談したいことがありまして、少しお話できませんか」

「相談……? お前が俺にか」

「ええ、これは貴方じゃないといけない話なんですよ―――叡山先輩」

 

 恋の言葉に眉を潜めた人物、それは元十傑第九席の叡山枝津也だった。

 十傑を追われてからしばらく、あまり健康的な生活を送ってはいなかったのか目元にはクマが刻まれている。

 恋の言葉に眉を潜めたものの、話を聞くつもりはあるらしく扉を開いて恋を中へと誘った。恋は軽く会釈しながら中へと入り、中に設置されていた椅子にデスクに座る叡山に促されるようにして、ソファに座る。

 

「それで……何の用だ?」

「月饗祭で、ちょっと協力して欲しいことがありまして」

「……何をするつもりだ? 出店するってんなら、俺は別に協力するつもりはねぇぞ。月饗祭では俺も多くの店のプロデュースをすることになってる……忙しいんでね、お前の些事に付き合ってる暇はない」

「十傑第十席に就いた石動先輩……裏におそらく例の黒幕がいますよ」

「!! ……なるほどな」

 

 恋の言葉に拒否の姿勢を貫いていた叡山だったが、恋の一言で顔色が変わる。

 その言葉だけで理解したのだろう、もしくは知っていたのかもしれない。

 

 恋は月饗祭とは別で考えていた。

 己を襲った黒幕が月饗祭で動く可能性は高いということを。

 毎年50万人も客が訪れるこの一大行事、外部から入り込むなら絶好の機会だ。人も多ければ何か暗躍するにも適した環境となる。であれば、恋に対してであろうが、学園に対してであろうが、何かするにはうってつけのタイミングだろう。

 

 まして薙切えりなの父親がその黒幕だというのなら、薙切えりなに接触してくる可能性は非常に高い。

 

「……確かに、俺が十傑だった時の段階じゃ……この時期が明確に動き出すタイミングとして計画されていた。今はどうか分からねぇが、新十傑の石動が奴の手先だってんなら十分に実行可能だろうな」

「というと?」

「……お前の退学がそうだったように、十傑評議会の過半数の賛同を得られた場合、その決議は学園運営における最高決定権を持つ―――奴はそれを使って現総帥を失脚させ、新総帥の座に就くつもりなんだよ」

「……なるほど」

 

 そして明かされる、黒幕の恐るべき計画。

 学園の最高権力を手に入れたのであれば、暗躍することもなく堂々と動くことが出来る。そうなった場合、恋だけではなく多くの生徒にとって都合の悪い学園へと変貌させられる可能性が高い。

 ましてや恋を排除するために容赦ない手段を取った人物だ。良心があることを期待するのは、難しい。

 

「それで、お前の用件はなんだ?」

「ええ、ちょっと思いついたので……この月饗祭で―――一番注目を集めたいんですよ」

「何……?」

 

 恋の不敵な笑みに、叡山枝津也は再度眉を潜めた。

 




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