ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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六十二話

 各々の思惑が行き交いながら、月饗祭本番に近づくにつれて学園内の空気もすっかりお祭りモードになっていく。

 極星寮では一色を代表に一つの出店を出店するようだし、創真は対久我照紀の策を練るべく日夜試行錯誤を繰り返し、恋もまた自分のやり方で知名度を上げる策を練っていた。

 そのせいもあってか、ここ数日はえりなと恋はあまり会話をしていない。

 秋の選抜同様、十傑にはこの一大行事に対し、運営としての仕事があるのだろう。彼らもまた店を出す以上、ある程度大人側が仕事を担っており、秋の選抜程の仕事量ではないようだが。

 

 そして月饗祭まであと数日といったところで、恋は創真や田所と一緒にいた。

 叡山枝津也とは無事に話を付け、協力を取り付けることが出来たので、現段階で恋のやることといえば、月饗祭に出店される店の確認や普段通り調理技術の研鑽くらい。ならば創真の店の協力をということで、こうして一緒にいるのである。

 

 遠月十傑評議会第八席である久我照紀は、中華料理のスペシャリストだ。

 彼の作る料理は、辛さの先にある旨味を十分に理解した、まさしく料理人の顔が見える料理。実際創真が試食した麻婆豆腐も、舌が痺れるほどの強烈な辛さがあり、その先に確かな美味さがあった。ただ辛いだけではない、昨日今日で作れるようなものではない辛味の美食。

 対して創真は大衆料理としての麻婆豆腐しか作ったことがない。

 それは辛さがなく、万人が食せるまろやかさが勝つ一品。本格的な中華料理に対抗するには、刺激もインパクトも段違いだ。

 

「昨日薙切や新戸にも試食して貰ったんだけど、まぁ色々知らないことばっかでさ」

「中華料理の辛味の基礎は教わったんだろ? 麻味(マーウェイ)辣味(ラーウェイ)についてとか」

「おお、あとはまぁ中華料理のレシピとかも色々集めてきて、田所に色々試食してもらったんだけどさ。やっぱり久我先輩にはてんで届かない」

「まぁ専門分野ってのは、素人では到達出来ない積み重ねを経て自分のものにするから専門分野なんだし、それは仕方ない」

「うーん……そうだ、黒瀬もいっちょ麻婆豆腐作ってみてくれよ。何か違いが分かるかもしれねぇし」

「まぁ、いいけど」

 

 創真はおそらく現段階では越えられない専門分野の壁に、どうやって勝ればいいのかを考える。久我との勝負をするのであれば、中華料理というジャンルは創真からすれば大前提の話。久我の得意分野だからこそ、そこにまぐれという要素が介在する余地はなくなるのだ。

 創真に麻婆豆腐を作ってみてくれと言われ、それを了承した恋は手早く麻婆豆腐を作っていく。中華料理に限らず、古今東西あらゆるジャンルに精通した知識と技術を持つ恋は、唐突に作れと言われても高い水準で一品作ることが出来るのだ。

 

 完成した麻婆豆腐の見た目は、久我照紀の作る麻婆豆腐に近い鮮やかな赤。見た目からも伝わってくる辛味、香りから確信出来旨味が、食欲をそそる。

 

「じゃあ、一口」

「私も、いただきます」

 

 レンゲを手に取り、恋の作った一皿から一掬い。

 創真と恵はおそるおそるその麻婆豆腐をぱくりと口に入れると、一瞬で舌から脳へとダイレクトに走る辛味を感じた。まるで雷撃の様にひりつく痛みと、発火するように熱くなる身体。そしてその刺激を越えた先に感じる確かな美味さが、次の一口を誘ってくる。

 

 久我照紀の麻婆豆腐ほどとまでは言わないが、それでも劣らない完成度。

 即興で作らせてここまでの一皿が作れるという事実が、創真と恵に衝撃を与えた。

 

「まぁ、これは単純に俺が知識として知ってる麻婆豆腐のレシピを忠実に再現しただけの一皿だ。作ろうと思えば誰でも作れるけど、裏を返せば相応の技術力さえあれば中華を専門としていなくてもこの程度は作れるってことだ」

「なるほど……まぁ、黒瀬レベルの調理技術は例外だけどな」

「うん、黒瀬君はこの程度なんて表現で納めちゃいけない部類だと思う」

「あれ? なんか素直に褒められてる気がしない」

 

 恋の作った麻婆豆腐を食して、より一層創真は中華料理で勝負することの無謀さを思い知る。とりわけ、辛味という面で戦うのはあまりにも勝算がなかった。

 これは中華料理といっても、早々に辛味を主とした料理で勝負するのは諦めた方がよさそうだと判断する。

 

「……! そうだ、あれなら……」

「創真君?」

「田所、ちょっともう一回試食頼む。黒瀬は作るのを手伝ってくれ」

 

 そこで創真は何か思いついたのか、恵にまた試食を頼む。恋は味覚障害なので試食役には向かないので必然的に恵に試食を任せることになるが、代わりに調理に関するアドバイスを頼まれる。

 

「良いけど、何を作るの?」

「ああ、胡椒餅(フージャオピン)だ!」

「なるほど、台湾の出店ではポピュラーな一品だな。肉ダネを生地で包んで焼きあげるから、手でもって食べることも出来るし、コストも高くない……辛味に特化した久我先輩の中華料理と差別化も図れるし、良いチョイスかもな」

「昔親父に教わった料理でさ、これならいけると思うんだ」

 

 創真は突破口を見つけたように瞳を煌めかせ、ニッと歯を見せて笑う。

 これならば確かに、麻や辣などの要素を気にせずに勝負をすることが出来るし、台湾も中華料理の系統ではあるから久我照紀のフィールドでの勝負も成立する。

 あとはどこまでそのクオリティを高めることが出来るかを追求すれば、少なくとも料理としての釣り合いは取れるだろう。

 

 あくまで、料理同士の勝負は、だが。

 

「だが向こうは十傑の権限を持ってるからな、集客力と店の外観に掛けられる資本がまず違う。そこはどうするつもりなんだ? パンフレットを見たけど、幸平の店の場所って久我先輩の店の目の前だろ?」

「ああ、合宿の朝食課題の時を思い出してな。アレをクリア出来たのは、隣が薙切で客がいっぱいいたからってのがデカかったんだ。上手く俺のとこに客が流れてくれたからな……今回俺が狙うのは、久我先輩の店に並ぶ客を奪う作戦だ!」

「なるほど……だがその策を達成するには、胡椒餅だけでは厳しいな。用意出来る材料にも限りがあるし、限られた食材でもう一品くらいメニューを用意した方がいいかもな……中華料理としては最も人気といって過言じゃない拉麺系の料理とかどうだ?」

「拉麺か……でも確かに、肉ダネを生地に包む以上視覚的な物珍しさしか集客力を持たないのは辛いな……味も想像しづらい」

 

 今回の対久我照紀の勝負は、本質が料理の味ではない。

 この月饗祭というイベントでの勝負である以上、勝負を決めるのはあくまで売上。つまりは集客力がものをいう勝負だ。

 であれば、久我の料理との差別化を図るだけではまだ一歩足りない。客を奪うという方針は決して悪くないと思う恋だが、その策が具体的に定まっていないのは無策と同じなのだ。

 

 故に、もう一品作ることで集客力の強化を図ることを提案する。

 別に拉麺でなくとも構わないが、客を誘う要素は何も視覚的なものばかりではない。

 

「俺らの同期にはいただろ、秋の選抜で誰よりも人を惹きつける料理を作る料理人が」

「! そうか……!」

 

 創真は恋の言葉にハッと気付いたようで、頭の中でアイデアを纏めていく。

 思い出すのは秋の選抜の予選のことだ。

 お題はカレー。そこでA、B両グループ合わせて尚トップクラスの一品を作り上げた、香りのスペシャリスト―――葉山アキラ。

 

 彼の料理は、調理中から既に香りを放ち、多くの人々を惹きつけた。

 そう、香りは視覚以上に人を惹きつける重要な要素になり得るのだ。それは彼が証明しているし、事実色々な料理店でその効果を実感する者は多いだろう。

 

 そしてそれはきっと久我の客の興味を惹きつけるには大きな武器となる。

 

「サンキュー黒瀬、方針が決まってきた」

「ああ、俺は出店しないから、月饗祭中何か協力が必要なら言ってくれ。手が空いてたら力を貸すよ」

「おう!」

「それじゃ俺に出来ることはもうなさそうだし、俺は行くよ」

「ああ、ありがとな」

 

 恋はそう言って出ていく。

 確かに作る料理が定まった以上は、あとは創真自身の試行錯誤であり、試食が出来ない以上は恋に出来ることはもうない。知識を披露することは出来るが、これ以上の助言や助力は創真の望むところではないと、恋は分かっていた。

 

 だが、恋が出て行った後、創真はふと気になって恋の出て行った扉を見る。

 

「どうしたの? 創真君」

「いや……アイツ出店しないのに、手が空いてたら、って……月饗祭中何かする予定なのかと思って」

「あ、確かに……でも黒瀬君なら何か頼まれてたりしそうだよね。薙切さんのお店を手伝うのかもしれないよ」

「ああ、なるほど……よし、じゃあ田所! 気を取り直して、試食頼むぜ! 当日までに、最高の肉ダネを作る!」

「うん! 頑張ろう!」

 

 恋の行動が気になったものの、その疑問は恵の言葉で一先ず納得したらしく、すぐに調理へと意識が戻った。

 相手は十傑第八席の強敵なのだ。

 時間は一秒たりとも無駄には出来ない。

 

 二人は気合いを入れて、月饗祭の準備に励むのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 創真達の下から離れて歩いていた恋だったが、後ろから彼に声を掛ける人物がいた。

 

「恋君、ちょっといいかしら」

「ん、ああ、えりなちゃん。なんか久々だな」

「え、ええ、お互い少し……忙しかったみたいだから」

「元気そうで良かったよ。それで、どうしたんだ?」

 

 振り返った先に居たのは、薙切えりなだった。

 久々に顔を合わせるものの、お互いに表情を緩めて笑えば、気まずさなんてものは二人の間に存在しない。

 軽く挨拶を交わした後、恋はえりなの用件を聞こうとする。

 

 すると、えりなは少し躊躇いがちに間を置くと、おそるおそるといった様子で口を開いた。

 

「あの……月饗祭で私も店を出すのだけど、良ければその……恋君も手伝ってくれないかしら」

「ああ、そうか……十傑は全員店を出すって話だし、えりなちゃんも出すのか。エリアは山の手エリア?」

「ええ、そうなの。テーブル数はそんなに多くないし、予約制にするつもりだから一般的な料理店と比べれば慌ただしくならないと思うけど、よければ……どうかしら?」

「良いよ。ただ出店はしないけど俺も少しやることがあって、全日協力することは出来ないかもしれない……それでもいいかな?」

「! ええ、大丈夫よ。追々スケジュールを擦り合わせましょう!」

 

 茜ヶ久保ももの時と違って即答で承諾する恋に、えりなはぱぁっと表情を輝かせた。

 少しとはいえ、一緒に料理が出来ることが嬉しいのだろう。また、恋のサポートを受けたことが無かったということもあって、恋と自分の合作を作れるというのも楽しみになっている様子だった。

 えりなは内心狂喜乱舞になっていることを押し隠しながら、恋と後々スケジュールの擦り合わせをすることを提案する。

 

 だがその言葉の端々に喜びが隠しきれていないテンションがあり、恋は苦笑しながらそれを承諾した。

 スケジュールの擦り合わせでも、恋と一緒にいる時間が約束されたのが嬉しかったのだろう。また店を作るに当たって、何かと恋に話しかける口実も出来たので、一石三鳥といっても良い。

 

「店のスタッフは緋沙子も一緒なんだろ? 何か手伝うことはあるか?」

「ええ、今のところは人手も足りてるから大丈夫そう。何かあれば頼らせて貰えるかしら」

「ああ、いつでも言ってくれ」

「ありがとう、それじゃあ準備を進めるから。また」

「頑張ってな」

 

 恋の協力を得られたことを喜んでいたからだろう、一層やる気を出したえりなは少し名残惜しそうにしながらも、店の準備に去っていく。恋は何かあれば力を貸すと言ったものの、優秀な秘書である緋沙子が手伝っている以上は人手も時間的余裕も順調に進んでいるだろうから、何か手を貸すこともなさそうだと思った。

 

 まぁなんにせよ、恋としてもえりなと一緒に料理が出来ることは嬉しいことである。

 寧ろ恋の方から月饗祭ではえりなの傍に居ようと思っていたところだったから、向こうからの誘いは願ったり叶ったりだ。

 

「楽しみだな、月饗祭」

 

 恋は気分よく、また歩みを再開した。

 

 




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