「うっそぉん……」
月饗祭二日目、久我飯店にてサポートに入った黒瀬恋の力を見て、久我照紀は絶句していた。
これは当然ながら初日でも起こっていた事象ではあるのだが、これに久我が気付くことが出来たのは、彼が十傑であり、中華研の他会員数十名と共に料理を作る店を統括していたからだろう。
二日目の月饗祭が開場してからたった二時間で、恋のことを聞きつけたのだろう、現状久我飯店には初日以上の行列が出来上がっている。正直開場当初から行列が出来る勢いが初日とは段違いであることを感じていた久我は、この行列の勢いを自分達で捌き切れるかと若干の焦りを抱いていた。
しかし黒瀬恋のサポート能力を甘く見ていた。
彼は開店当初、統一された久我のレシピを完璧に再現。練習によって培われた一糸乱れぬ調理に、見事に合わせてみせた。それだけでも驚愕の技術力だと思わされたのだが、時間が経てば経つほど、久我は自分の店の中で起こっている変化に気付かされる。
客の反応が、初日よりも大きくなっているのだ。
しかも、店で調理する全員の動きの質が向上していくのが分かる。結果的に久我のレシピで作られる品の質が、普段以上に向上していた。何故だと思いながら原因を探せば、それは当然黒瀬恋の存在が原因だ。
恋のサポートは十傑並の実力がなければ容易に飲み込まれてしまうほどの代物。故に久我はともかく中華研の面々は早々に飲まれてしまったのだ。
そして全員が普段の練習通り一糸乱れぬ動きを心掛けるからこそ、恋が一人の質を上げてしまえば、全員が無意識により優れた動きに合わせようとする。結果的に全員の動きの質が連動して向上したのだ。
「(黒瀬ちんのサポートが、コイツらの調理効率を爆発的に引き上げている……!! 料理の完成速度が初日と段違いじゃん!!?)」
無駄がなくなれば、料理が完成する速度も上がる。料理速度が上昇すれば、客の回転も速くなる。そうなれば、行列を捌く速度も上昇する。
久我飯店の売上の上昇率は、初日と比べると段違いだった。
当然、メリットしかないこの状況で―――それでも久我は表情を歪ませている。
「(くっ……黒瀬ちんに俺の店が支配されてる……!! しかも―――)」
そう、ここはあくまで久我がリーダーとして作り上げた店。久我によって統一されたレシピ、久我の鍛錬によって統一された調理技術、店の営業すら久我が統括しているのだ。なのに、レシピは容易く再現され、統一感を失わないままに久我の鍛錬以上の調理技術を発揮する会員、店の回転すら恋の手によって向上している。
たった二時間で、久我飯店の中心は久我ではなく黒瀬恋になってしまったのだ。
久我は十傑であり、何十人と同時調理をしている空間だからこそ、現状恋のサポートに飲まれることなく自身も調理をすることが出来ている。
だがしかし、だからこそ久我は恋が上昇させた調理効率に合わせなければ、提供する品の品質が均一にならなくなる。意識は飲まれていないが、それでも恋の力に引きずり回されている感覚が拭えなかった。
「(これが……黒瀬ちんのサポート能力!! 司さんが執着するわけだよ……!! くそっ、初日は俺の動きに合わせていた奴らなのに、今は黒瀬ちんの動きに俺達が合わせられている……! しかもその方が店にとって良い結果を齎しているなんて―――どういう冗談だっての!?)」
故にこそ、久我は現状を納得出来なかった。
自分が先頭切って走ってきた店が、たった一人のサポートでこうまで好き勝手に支配されるとは思わなかったからだ。自分の力ではなく、恋の力で店が好転している現状を、彼のプライドが許すことが出来なかったのである。
「麻婆豆腐二つ!」
「こっちは青椒肉絲をお願いします!」
「麻婆豆腐一つ!」
それでも客の注文は飛んでくるし、もっと言えば行列は続いている以上常に満席状態だ。現状を変化させる為に動こうものなら一気に客の回転が滞ってしまう。かといって恋の様に調理で周囲を変化させる力は久我にはないのだ。
結局、このまま走る以外に選択肢はなかった。
「―――!」
「――! ――――!!」
ただでさえ店内の状況に焦燥感を抱いていた久我の耳に、更に別の情報が入ってくる。
行列を捌く速度を上がっても、待ち時間は生まれてしまう。その待ち時間を退屈に思う客が段々と離れ始めたのだ。初日よりも早い時点での客離れに、久我はその原因を探る。
すると、その原因は自分の店の前で屋台を営業している幸平創真にあった。
幸平創真の提供する
巨大な肉の塊が中央に鎮座しているのだ。
「(あれは―――)」
その肉の塊を崩した客の器から、まるで月が出るかのように中から何かが出てきている。そこから爆発するように食欲をそそる香りが放たれ、客足がどんどん創真の店へと流れていく。
その匂いの正体は、葉山アキラから着想をえた『カレー』の香り。
これこそが、創真が麻婆豆腐で勝てないことを認めた末に改良を重ねた、時限式麻婆カレー麺。
新たな料理の世界を開拓する幸平創真が、自分なりに作り上げた中華の形だった。
「くっ……!!」
しかも行列が流れて回転速度が下がるかと思えば、助っ人に現れた美作昴が加わったことでそれなりに店の回転も早かった。黒瀬恋のネームバリューで増えた客の分、幸平創真の奪える客の数も増えたということなのだろう。
内側からは黒瀬恋が店を支配し、外側からは幸平創真が客を奪ってくる。
久我としては、店の内外から一年二人にタコ殴りにされている気分だった。
「(くっそ……! この一年共!!)」
自分とて、一年の頃に出会った司瑛士という男に勝とうと日々努力してきた。
秋の選抜を終え、紅葉狩りの時に初めて話した司に食戟を挑み、敗北してから。久我は再度司瑛士という料理人に挑み、倒すために努力を重ねてきた。誰よりも負けん気が強く、誰よりも向上心を持って研鑽を積み重ねてきたからこそ、確固たる自信を持っていたし、それに伴った振舞いをしていた。
だからこそこの月饗祭で司と約束を交わしている。
司が過去に中央エリアで出した店で五日間連続売上一位を取ったという経歴を知って、同じことを成し遂げた場合は食戟を受けろという約束を。
こんなところで、一年に邪魔されるわけにはいかないのだ。
「その程度じゃ―――ウチには勝てないよ幸平ちん!!」
久我の動きが変わる。
恋のサポートに引き摺られていたのが、しっかりと地に足を付けて調理をし始めたのだ。恋もその変化に気付いて笑みを浮かべる。
中華研の面々も、その変化によって自然と自分の動きが変化していることにようやく気が付いた。
久我照紀と黒瀬恋の二人が、殴り合うように調理効率をどんどん上げていく。
「(黒瀬ちんのサポート能力は確かに凄まじい! 最適解へと正確に導き、料理人の全ポテンシャルを強制的に引き出す力がある―――だけど、これだけの人数に共通する最適解を導き出すのは二時間やそこらじゃ無理でしょ!! なら!!)」
「(久我先輩は俺よりも中華研の皆の癖や性格を知っている……だからこそ俺のサポートで効率化された調理工程を中華研専用にカスタマイズし始めたのか……なるほど、此処からは殴り合いですね……!)」
恋が効率化した調理工程を基に、久我は中華研に最も適した形へとカスタマイズする。
中華研の面々が一番やりやすい形、それでいて料理の質が向上するように。月饗祭に本気で挑み、中華研の面々を一から叩き上げてきた久我だからこそできる、恋への反撃の形だった。
恋はその意図に気付き、今度はそのカスタマイズされた調理工程に合わせて更なる最適解を突きつけていく。それを久我が更にカスタマイズし、それを恋が―――そうやって繰り返される料理のディスカッションが、久我飯店の料理人全員のテンションを一気に上昇させた。
「(これはこうすれば―――)」
「(なら―――こうでしょ!)」
「(それならこっちの方が―――)」
「(プラスでこっちも―――!)」
久我と恋の熱が広がる。
ただでさえ一糸乱れぬ調理光景が客の目を引いていたというのに、出される料理と同じくらい、客は久我と恋の調理する姿に見惚れてしまっていた。
四川料理の辛さと相まって、久我飯店という店の熱量が客に強烈なインパクトとなって刻まれていく。
「さぁ!! まだまだこれからでしょ!!」
遠月十傑評議会第八席、久我照紀という料理人のポテンシャルは、恋のサポートを許容することではなく――――恋のサポートとの殴り合いによって引き出されたのである。
「(ああテンション上がってきた――――もっと、もっと喧嘩しようよ黒瀬ちん!!)」
歯を剥いて笑みを浮かべる久我は、楽しくて仕方がなかった。
こんなに料理が楽しいと思うのはいつぶりだろうか。司瑛士に勝つために試行錯誤してきた全てが、恋との喧嘩によって引き出されていくのが分かる。自分の全力を、自分の全てを、今自由に発揮出来ているのが分かる。
最高の気分だった。
スイッチこそ、幸平創真と黒瀬恋への闘争心だったが、今はもう創真の店の売上も、自分の店の売上も頭になかった。今この瞬間、自分のレシピが、技術が、進化していくのが気持ち良かった。
料理人として、己の料理に没頭させられる感覚に永遠に浸っていたいくらいに。
「(付いてこれるよなお前ら――――これが久我照紀の四川料理だ!!)」
「(闘争心が久我先輩の力を何倍にも引き上げている……闘争心だけなら十傑一かもしれないな……!)」
そうして調理は続く。
恋と久我の殴り合いが喧嘩から他を惹きつける闘争へと変化していく様、その熱量はまさしく――――辛さを恐れぬ四川料理の様だった。
◇ ◇ ◇
そして正午を過ぎ、恋がサポートに入ってからの約四時間は久我飯店と創真の屋台の売上は鰻登りだった。午後もあるが、おそらく二日目の売上ランキングでは久我と創真の店が上位に入ることは間違いないだろう。創真も二日間の売り上げを黒字に変えることが出来、とりあえずは窮地を脱した。
とはいえ、恋一人が両者の勝負介入したことでこれだけの変化が起こったことは、久我にとっても創真にとっても予想外だっただろう。
「はぁ……はぁ……あー、サポートありがとね黒瀬ちん……げほげほっ……あ゛ー! 疲れた……」
「だ、大丈夫ですか? すいません、午前中だけになってしまって。午後も別の店に行く予定なので」
「大丈夫大丈夫……はぁ、はぁ……今は交代の中華研メンバーを増やしてなんとか店を回してるから……いやー楽しかったよ、司さんが黒瀬ちんに執着するのも分かる……黒瀬ちんと一緒に料理するのは、正直滅茶苦茶テンションあがった……はぁ……はぁ」
そして午後に入って恋が抜けるとなった時、交代の中華研メンバーに店を任せて久我は恋の見送りをしていた。司やももと同様、久我もかなり消耗したようで、息が切れている。自分のテンションに任せて全力疾走し続けたのだ、無呼吸運動でぶっ続けに動き回ったようなものだ。それも当然のことだろう。
対して恋はサポートに徹していたので、これといって平気そうにしていた。無論消耗が全くないわけではないが、久我と比べれば大したことはなさそうだった。
まぁ恋がやっていたことは、例えるのなら問題を全力で解こうとしている生徒を答えに導いていたのと同じことだ。技術的に調理やレシピに対する理解度、読解力が深い分、その答えを導き出す労力は少なく済むのである。
「午後大丈夫ですか?」
「うん……はぁー……まぁ少し休ませて貰うけど、一、二時間くらい休めば今日は乗り切れるでしょ。明日はちょっと体が重そうだけど」
「ならよかったですけど」
「全く、黒瀬ちんといい幸平ちんといい、今年の一年は可愛い奴が多いなぁ☆ あ、これ皮肉ね……でも、おかげで自分にあそこまでの品が作れるんだって分かったことは感謝してるよ。俺もまだまだ成長出来るってね」
「俺がサポートしててあんな喧嘩に発展したのは久我先輩が初めてです。こっちも、良い経験でした」
「うん……良ければまた一緒に料理しようよ。今回はしてやられた感じあるけど、次は度肝抜かしてあげるからさ☆」
「はい、それじゃあ楽しみにしてます」
そう言うと、軽く手を振って見送る久我に会釈し恋は次の店へと去っていく。そして人混みの中に恋の姿が消えた時、ふーっと大きく息を吐き出して久我は天を仰いだ。
「全く、可愛くない後輩だなぁ」
思わず笑ってしまいながら。
以上、対久我先輩でした。
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