ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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六十六話

 それぞれの活躍もあって、月饗祭二日目の売上結果は以下の通り。

 

 山の手エリア 一位 茜ヶ久保もも

 中央エリア 一位 久我照紀

 目抜き通りエリア 一位 叡山プロデュース店

 

 二日目恋がサポートに入ったのは、久我の久我飯店と今回一位だった叡山プロデュース店の二店舗。山の手エリアは恋の介入がなかったせいか、その売り上げランキングで例年の覇者である茜ヶ久保ももがトップに躍り出た。

 そのせいもあって、司瑛士の店が初日一位を取ったのはやはり黒瀬恋の活躍が大きかったのでは、という噂もじわじわと大きくなってきている。

 今や黒瀬恋という料理人の名前は、月饗祭において一つのトレンドとして人々の中に広がっていた。

 

 また明日以降は何処の店に行くのか、それは未だ不明だが、こうなってくると恋への取材を試みようとする新聞部員もいる。

 だがここで取材を受けては、翌日以降に恋がサポートに入る店への注目がメディアによる力と錯覚されてしまうという叡山の言葉もあって、現時点では拒否していた。あくまで黒瀬恋という名前が人々の口伝手に広がった結果、店に注目が集まったという事実が欲しいのだ。

 そうすることで、黒瀬恋の実力というものがより大きい存在を持つ。

 叡山枝津也のプロデュース能力は、やはり遠月十傑にいただけあって今なお健在。月饗祭二日目にして、黒瀬恋の知名度は学園内外においても強く印象付けられる結果になっていた。

 

 とはいえ、叡山としても此処まで上手く事が進むとは思っていなかった。

 初日はともかくとして、ランキングにその力が及ぶのは早くても二日、三日目からだと考えていたからだ。初日からこうまで良い結果が出たのは、ひとえに黒瀬恋のサポート能力が料理以外にも料理人の本質的な魅力を引き出したからだろう。

 改めて、最初に叡山が思っていた、黒瀬恋は金になるという考えは間違っていなかったのだと再認識させられた。

 

「それで今日の午前中はももの番だね……初日二日目は全然テンションが上がらなくて、大変だった」

「でも二日目は売上一位じゃないですか」

「昨年に比べたら売上自体は少ないよ……一位でも内訳を見たら質が落ちてるのは明白」

「なるほど……じゃあ、今日はぶっちぎりの一位を取りましょうね」

「うん、恋くんと一緒なら大丈夫。ももと恋くんなら、誰にも負けない可愛いお菓子が作れるから」

 

 そして月饗祭三日目。

 今日は中日ということで、一際忙しい日だ。なにせ今日恋がサポートに入る店は、山の手エリアの店"のみ"。

 茜ヶ久保もものスイーツ店と一色慧率いる極星寮出店の店の二つ。

 

 つまりどちらも十傑の店であり、結果的に山の手エリアでの売り上げがどうなるのかの注目が集まっている。それと同時に、中央エリアと目抜き通りエリアに恋の手が介入しない場合、売上結果がどうなるのかも注目が集まる。

 叡山の権謀術数による押し引きが此処にあった。

 恋が初日二日目と、売上ランキングに大きな変動を齎す存在であると認識されている今、彼が介入しない場合のランキング結果は強い比較対象として大衆の印象付けられるのだ。

 それはつまり、四日目と五日目に再度変動を起こした場合、恋の力がより強烈な力として認識されることになるということ。

 

 注目度は既に十分――――あとは注目を浴びた状態で如何に強烈なインパクトを与えるか。

 

 この叡山の策がハマった場合、恋は遠月学園一年生にして料理業界に名を轟かせる超新星となり得る。

 

「じゃあ始めよっか」

「ええ、でも夢中になって倒れないでくださいね」

「大丈夫、今日は午前中だけの営業にしたから」

「え」

 

 ともかく最初は茜ヶ久保ももの店でのサポートである。

 前回一緒に作った時の経験から、ももの身体を心配する恋だったが、どうやらももは午前中だけの営業だけで十分売上一位を取れると思っているらしい。相当な自信だと思ったが、恋はふとスマホを取り出してもものインスタを開く。

 

 するとそこには、月饗祭前日の時点で掲載されていた写真と共に宣伝があった。

 

 写真は、恋と共に作った時のあの巨大ケーキの城の写真。

 加工も若干入っているが、今までももがスマホで撮っていた写真以上のクオリティで撮られたそれは、明らかに専用のスタジオで撮影されたものだと分かった。見た目だけで鮮烈なインパクトを与えるその写真だけでも、大量の反応を貰っている。良いねやコメントの数を合わせても、数万単位だ。

 そこに普段は料理の名前と一言位しかなかった、ももの宣伝コメントが付属している。

 

 ――――

 

 月饗祭三日目は午前中のみ営業。

 今まで作ってきたどんなスイーツよりも可愛い、とびっきり特別な品を提供するよ。

 

 全品スペシャリテ。

 

 だから、四日目以降は少し質が落ちるかも。

 もものスイーツ、食べにきてね。

 

 ――――

 

 絵文字もないかなり淡泊な文章。

 普段は料理名だけでもハートや星などの絵文字をふんだんに使って文面すら可愛く彩るというのに、今回の文章には一切それがない。

 それだけで、もものフォロワーたちには伝わっただろう。これは今までと何かが違うぞと。茜ヶ久保ももが可愛く彩る必要すらないと判断するほどに、手放しで食べに来れば分かると言わんばかりの宣伝をしたのだ。

 

 その期待度は、今や月饗祭における恋の注目度以上。

 

「ほら、見てみて」

「うわ……」

 

 ももが窓から店の外を指差した時、そこには久我飯店もかくやと言わんばかりの行列が生まれていた。初日の売上で司が勝てたのは、恋のサポートもあったが、ももが三日目に懸けていたせいもあるのかもしれないと思うほどに。

 

 

「月饗祭の売上なんて関係ないよ――――今日此処で、ももが一番可愛くあればそれでいい」

 

 

 それは茜ヶ久保ももからの期待と信頼と、凄まじいほどの重圧(プレッシャー)でもあった。

 黒瀬恋を信じているからこそ、自分が最も可愛くあれる時間を寄越せと言ってきているのだ。共に料理をしたあの日から、恋と作った品を越えられないというジレンマに苦しみ続けてきたももの胸の内に、膨大なまでのフラストレーションが溜まっていたのだ。

 

「さぁ開店だよ恋くん……ももをとびっきりのお姫様にしてね」

 

 可愛さの権化―――突き詰めればそれは、狂気にも至る。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 そう、これ、これだ―――この感覚が忘れられなかった。

 

 私が恋くんに興味をもったのは、秋の選抜の時だった。

 選抜予選前に味覚障害者であるという事実が発覚して、退学の決議が取られて退学した彼が、何の因果か戻ってきて――選抜決勝を戦った。その時に司と竜胆が何故か彼の復帰に協力していたこともあって、ももは恋くんに興味を抱いた。

 

 話を聞いてみれば、どっちかというと司の方が彼にご執心で、彼のサポート能力が司の心を虜にしているらしいことを知った。竜胆も、彼の腕には大層認めているらしい。

 司も竜胆も、口にはしないけど腕は確かな料理人だ。

 十傑第一席と二席というだけあって、ももには到底できないようなスタイルで料理を作る。まぁ負けるつもりは毛頭ないけど、その肩書きに恥じない料理人であることは確か。

 

 そんな司があそこまで欲しいと思うサポート能力。

 

 どれほどかと思った。

 だから紅葉狩りの時、竜胆の思い付きで彼が私の前に座ったことは丁度良かった。コミュニケーションを取るのが苦手な私だったけど、彼は私が話しやすい会話のリズムを作ってくれて、心地よい強引さで私が話しやすい空気に引っ張ってくれた。

 今思えば、恋くんは最初こそ色々と言葉をくれたけど、最後は終始私の話を楽しそうに聞いてくれていた。コミュニケーションに苦手意識のあった私が、あんなにも楽しく饒舌に会話が出来たという事実が、私自身驚きでもある。

 それくらい、彼が私に気を使ってくれたんだろうけど。

 

 恋くんと話すのはとても楽しかった。

 だから一緒に料理をしようと安心して誘えたし、彼なら距離が近くても逆に安心することが出来たくらい、心を開いていたと思う。

 

「―――!」

「―――あはっ」

 

 そして一緒に料理をした時、私の中で彼の評価は鰻登りだった。

 人間的に見ても、こんなに魅力的な男の子はいないと思う。にも拘らず、そんな彼が今までで一番ももを可愛くしてくれる人だった。

 

 ならこれは運命だと思う。

 

「もも先輩」

「うん」

 

 ほら、もう具体的な言葉も要らない。

 料理をすることで、ももと恋くんは一心同体ってくらい通じ合えてる。こんなことが出来る人が、ももの運命の人じゃないなんてあり得る? そんなことは絶対にありえない。

 

 ももは御伽噺のお姫様だ―――だから恋くんは私の王子様。

 

 私を可愛くして、もっともっと、もっと可愛く、もっと可愛く、目に入れても痛くないくらいに、私の作るスイーツを可愛くして。

 

「可愛い……」

「美味しい……! 味覚以上に、心がときめきを抑えられない……!!」

「この場で暴れ狂いたいくらいに、この感情をどう表現していいか分からない~~!!」

 

 ほら、私と恋くんの作るスイーツを食べた人がみんな、心を奪われていく。もう今後の人生で、今日食べたスイーツ以上の可愛さに出会うことはない。永遠にももという偶像に縛られて生きていくことになる。

 

 そう、私は茜ヶ久保もも―――私が一番可愛くなくちゃ気が済まない。

 

「仕上げお願いします」

「うん任せて」

 

 恋くんの仕事を受け取って、最後のデコレーションを仕上げていく。

 今日はもう何個作ったかな……でもアイデアが溢れて止まらない。脳が焼き切れるんじゃないかってくらい身体が熱くなって、汗が止まらないけれど――それでも作ろうとする手が止まらない。

 

 アイデアがそのままダイレクトに形になっていく快感がたまらなかった。

 もっと、もっと、もっと……!

 

「―――!」

 

 余計な音が消えていく。視界が白くなっていく。それでも感覚だけが走り続けて、私の手は何かを作ってる。

 上下左右の感覚もなくなって、ふわふわとした感覚の中で、私は、ももは―――

 

 

 

 ◇

 

 

 

 気が付いた時、ももの視界には天井が映った。

 額に濡れタオルが置かれていて、枕に畳まれた誰かの上着がある。身体を起こそうとするも、異様なけだるさと身体の重さで起き上がれなかった。

 

 何がどうなったんだろうと思いながら濡れタオルを手に持って、顔だけ横を向くと丁度部屋の扉が開いた。そこでようやく此処がももの店の中であることが分かる。

 入ってきたのは換えの濡れタオルを持ってきた恋くんだった。

 

「ああ、目が覚めましたか」

「……恋くん……もも、どうして……?」

「料理中に倒れたんですよ。全力で走り続ければ当然消耗するのに、限界を超えて動き続けたらそうなりますよ。もも先輩は小柄ですしね」

「そっか……途中から身体の感覚なんて気にしてなかったよ」

 

 どうやらももは倒れたらしい。

 前回の全能感が忘れられなくて、久々の感覚にどっぷり溺れてしまったみたいだ。恋くんと一緒に作るとアイデアが溢れて止まらなくなるからなぁ。

 

「多分頭を使いすぎた知恵熱だと思うので、今日一日安静にしていれば元気になれますよ」

「そっか……」

「久我先輩や司先輩みたく提供する料理が決まっているわけじゃないですからね、もも先輩の場合は。作りながら色々と可愛さを追求した結果でしょう」

「今、何時? 店の営業はどうなったの……? テイクアウト用のスタッフも一応配置してたけど、私が倒れた時まだ営業時間残ってたよね? というか恋くん、次のサポートがあるんじゃ……」

「落ち着いてください」

 

 落ち着いたら色々と思い出して、若干の焦りが生まれた。

 けれど恋くんが無理やり起き上がろうとしたももの肩をそっと抑えて、濡れタオルを交換しながら声を掛けてくれる。そのおかげで少しだけ落ち着きを取り戻して、不安を抱えながら恋君の言葉を聞く姿勢になれた。

 

「今は14時です。一色先輩には事情を伝えてあるので、大丈夫ですよ」

「14時……」

「店の方は事前通知通り、午前中で閉店しました。スタッフも今は思い思いに月饗祭を楽しんでいると思います」

「大丈夫だったの……?」

「まぁ、もも先輩みたいなアレンジは無理ですけど、メニューのレシピはありましたし、サポートしながら色々勉強させていただいていたので。お客さんにはそれとなく事情をお伝えして、俺が作ることを承諾した方のみ提供させて貰う形で営業しました」

「……そう……ありがとね」

 

 ももが倒れた後、恋くんは最大限現場の指揮を執ってくれたらしい。無事に営業を終わらせ、客への対応も誠実で好感が持てる。彼の腕ならももの作ったレシピを高水準で作り上げられるだろうし、多少の批判は受けるかもしれないけど、尤も被害が少ない形で納めてくれていた。

 

 ポケットからスマホを取り出してSNSを開いてみる。

 そしてエゴサで軽く評判を攫ってみると―――そこには称賛の言葉がずらりと並んでいた。閉店間際のコメントでも悪評や批判は一切見当たらない。

 

「これ……」

 

 ―――第四席のスイーツ店、最高! 将来世界的なパティシエになるだろう

 ―――茜ヶ久保ももの作る可愛さは底知れない。私は今日天使を見た

 ―――第四席が途中で倒れたみたいだけど、正直その後に出てきたスイーツのクオリティに劣化が見られなかった。黒瀬恋という子が事情を説明してくれたけど、とても誠実な対応がとても好感を持てた。

 ―――黒瀬恋がサポートに入ると聞いて少し奮発したが、大当たり。出費以上の価値がある料理だった。

 

 ももへの評価と恋くんへの評価が半々、ももが若干多いかなって感じだけど、そこには批判的な意見が一切ない。元々私のファンが多かったのもあるんだろうけど、これは想像以上だった。

 

「恋くん……これは一体」

「……もも先輩が倒れた時点で、店を閉めるか、事情を説明して終了時間まで営業するかの二択で、スタッフ全員が俺の指揮でなら続けられると言ってくれたので、続けました」

「……」

 

 恋くんはももが見せたスマホの画面を見て、苦笑しながらそう説明してくる。

 確かにそうだった。

 ももが倒れた以上、店を即閉店しても良かった。それはももの責任だし、恋くんやスタッフの責任にはならない。客からの批判も、ももが受け止めて当然の事態だった。

 

 それでも恋くんは最後まで営業することを選び、そして最高の結果を残してくれていた。ももが気を失っている間に、ももの店を支えてくれていた。

 恋君はぼんやりするももの目を見て、少し照れくさそうに言う。

 

 

「そして営業する以上は―――もも先輩の店に泥を塗るような真似はしません」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、私は思った。

 

 

 ―――ああ、この人を自分のものにしたいと。

 

 

 




もも先輩の、実力的に恋のサポートに飲まれてはいないけど、溺れている感じが伝わっていたら嬉しいです。

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