ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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七十八話

 あの後、薊の指示で極星寮まで戻ってきた車。

 そこから一人下りた恋は、薊と短い挨拶を交わす程度で寮へと戻ってきた。既に話したいことは話し終えたのだから、これ以上言葉を交わす必要はない。

 後は料理人らしく、皿の上で語るのみである。

 

 寮に戻ってくれば出迎える創真達と対面したが、少し考えを纏めたいと短く告げて恋は部屋へと戻った。決して悪い状況になったわけではないと告げてあるので、創真達も一先ずは心配はいらないと思っている。

 

「……」

 

 部屋の中で一人考える恋。

 状況は別に悪くなったわけではない。寧ろ分かりやすく決着を付ける場が設けられたことで、互いの陣営が自身にとって自分の主張を通す手段を得た形になった。薙切薊の真意や目的も知ることが出来た今、恋が思案している内容は食戟に関することではなかった。

 

 恋が考えているのは、この食戟で決着が付いたあとのことだ。

 

 仮にこれで薙切薊が勝利した場合。

 その場合は恋を含め、保守派に属していた生徒達は粛清対象として即退学になるだろう。解体が滞っていた全ての団体も軒並み解体され、薙切薊が理想とする学園統治が成就される。そして、残された薙切えりなは薊の理想の為に使い潰され、最終的には遠月を統べる者として"教育"されていくのだ。かつての洗脳教育の続きが、始まる。

 

 逆に恋が勝利した場合。

 この場合、薙切薊は遠月学園より去ることになる。彼に与した十傑、改革派の生徒達に関しては、退学とまではいかないが相応に立場が悪くなるだろう。少なくとも、十傑は保守派として戦った者に入れ替わるだろうし、総帥の座が空く以上そこにも誰かが就く必要がある。おそらく仙左衛門が戻ってくるか、あるいは―――……。

 

「今が勝負の時、かな……」

 

 ふと窓の外を見れば、雲が晴れて夜空に月が浮かんでいるのが見えた。

 外から差し込む月光に照らされて、恋は一つの決意をしようとしている。

 

 この食戟は別段問題ではない。勝とうが負けようが、恋の料理人としての道が絶たれるわけではないし、負ける気もさらさらないからだ。

 恋にとっての問題はこの食戟を最終戦まで勝ち抜いた時、薙切えりなが審査員となって自分の料理を食べるという点だ。

 

 それはつまり神の舌に挑むということ。

 

 薙切えりなに美味しいと言ってほしいという一念で此処までやってきた恋にとって、この事実がどれほどの意味を持つか、他の者には想像もできないだろう。

 

「!」

 

 するとそこへドアをノックする音が鳴った。

 恋は思考を打ち切って扉を開ける。すると、扉の向こうにはつい今しがた思考していた薙切えりながいた。足首までの長いスカート状の寝間着に身を包み、少し不安そうな表情で立っている。

 恋はそんな彼女を見て苦笑すると、そっと中へと招き入れた。元々えりなは彼の部屋で寝ることが強制的に決められたので、極星寮にいる間はここが彼女の部屋でもある。

 

 恋が扉を閉めると、部屋の中で立ったままのえりなはゆっくりと恋の方へと振り返った。

 

「……お父様と、どんな話をしたの?」

「……」

 

 少しの間を置いて、まず彼女が問いかけてきたのは、薊と恋がどんな話をしたのかということだった。

 帰ってきてから恋の様子がおかしいと思ったのは、きっとえりなだけではないだろう。それでもこの質問を投げかけることが出来るとしたら、きっと彼女だけだった。

 

 恋はその問いかけに対し、小さく溜息を吐き出してから、ゆっくり椅子をえりなの方へと向けて置いた。えりなも恋の意図を察してだろう、まずは落ち着いて話をする為に恋の置いた椅子へと腰を下ろした。

 もう秋も過ぎ去ろうとしている時期。恋はテーブルに置いてあったブランケットをえりなの肩に掛けると、自分は向かいにあるベッドに腰掛けた。

 

「……改革を進めるか否か、連帯食戟で決めることになった。向こうは十傑で構成されたセントラルのチームを出してくるだろうから、こっちも保守派で構成された最強のチームを作る必要がある」

「……それに勝ったら、お父様は手を引くってことかしら?」

 

 恋の説明に、えりなはそう問いかける。

 食戟で決める―――その方法自体はおそらくえりなだけではなく、他の生徒達もきっと納得のいく話だろう。料理人らしく、公平なジャッジの下料理で勝負を決めるのだから。

 そこで恋の作る現状考えうる最高のチーム。この選抜にはおそらく秋の選抜優勝の葉山や、追随する実力を持つ黒木場や創真、アリスも候補に入るだろう。二年生を含めれば、選択肢は更に広がる。

 

 えりなは勿論、自分も恋の力になるつもりで考えていた。

 だが……、

 

「そういうことだな。ただし、えりなちゃんも十傑だからね。仮にも薊総帥が統治する学園で十傑という学園運営に関わる立場にいる以上、俺が作るチームに君を入れるのは認められないだろう」

「なっ……!」

 

 恋はえりなをチームに入れられないと断言した。

 理由としては現在薊を総帥とする学園で十傑に所属する以上、立場的には向こう側の人間であるからだ。つまり、現在十傑の立場にいる人間は、十傑を辞めない限りは全員恋のチームには入れない。

 だが、恋がえりなをチームに入れない理由はもう一つあった。

 

「それに、君は怯えてる。真向から薊総帥と対立する覚悟がないのなら、仮にチームに入れられたとしても、俺は君をこの食戟から遠ざけたと思う」

「っ……」

 

 薙切えりなは薙切薊への恐怖を克服できていないからだ。

 かつて施された洗脳とも取れる教育に支配され、精神的なトラウマから薊を前にすると足がすくむほどの恐怖に囚われてしまうえりな。そんな調子で、まともな料理が作れるとは到底思えない。

 恋は別にそれを責めたりはしない。

 怖いものは怖いと思って当然だ。それをどうにかしろと強制することは、誰にも出来はしないのである。故にこそ恋はえりなをこの食戟から遠ざけた。

 

 恋の言葉にぐうの音も出ないえりなは、自身の勇気の無さに歯噛みする。

 そもそも、薙切薊への恐怖に立ち向かうことが出来ていたのなら―――夏休みの直前、恋の告白を受け入れることが出来たのだ。

 

 未だに恋へ返事が出来ていない以上、何を言おうとえりなの言葉に説得力はない。

 

「でも……私を除いて、現行十傑の先輩方に勝てる人材なんてそうはいないでしょう? 一色先輩や久我先輩だって十傑である以上はチームには入れないのだし、一年生だけでチームを組むつもり?」

「その辺は大丈夫だよ。こっちには俺を始め、葉山や創真、タクミ、美作、アリスや黒木場、頼れる奴はいっぱいいるし……なにより―――叡山先輩もいる」

「!」

「それに、こっちのチームに入れられないからといって、久我先輩や一色先輩が向こうのチームで出てくることもないよ。十傑の中に俺の内通者がいることを考慮すれば、改革の賛同者でない上に俺と交流の深い一色先輩や久我先輩をわざわざ起用する危険を冒すことはしないだろうから」

「けど十傑上位の先輩方は残っているわ。恋君の実力は確かに十傑にも劣らないと思うけれど、葉山君やアリス達が味方したからといって勝てるとは思えない!」

 

 だが、それでもえりなは食い下がる。

 恋の実力はそれこそ、この学園内に留まらないほど高い。おそらく一対一なら第一席である司をも倒しかねない調理技術を持っていると断言できる。

 しかし連帯食戟はチーム戦だ。

 選出メンバーによっては連戦することだってあるし、恋一人が勝っても他が負けてしまえば敗北することだってありえる。そんな条件で互角の勝負が出来るとは到底思えない。

 

「それでも勝つしか道はない」

「無茶だわ!」

「そうかな?」

「そうよ!」

「―――神の舌に美味しいと言わせることより、難しい?」

「!?」

 

 そこで初めて、えりなは恋の目を見た気がする。

 彼はジッとえりなの目を見つめていた。金色に煌めく、その強い瞳は負ける気なんてサラサラないと主張していた。神の舌に美味しいと言わせること、それ以上の試練などなにもないと言い切る様に。この戦いに勝つことなんて、何でもないことの様に。

 

 恋はえりなが来る前に考えていたことを思い返し、ふと笑みを零した。

 

「実はこの食戟……最終戦には薙切薊総帥が自ら腕を振るうことになってる。相手は俺……審査員は君だ、えりなちゃん」

「なっ……!?」

 

 驚愕の事実にえりなはガタッと音を立てて立ち上がる。

 かつて恋を傷つけた幼い日より、食の判定においてえりなは嘘を吐かない。それは薙切薊と黒瀬恋の審査員を務めたとしても変わらないだろう。

 

 恋の腕は知っている。だが、薊の実力も知っているのだ。

 それを比較して、恋が薊に勝利する可能性はどれほどか―――えりなの顔は青褪める。

 

 

 

「そこで俺は、君に美味しいと言わせてみせる」

 

 

 

 は、と息が止まるような言葉だった。

 恋の目を見れば、それは嘘でも冗談でもない言葉だと言わんばかりに、闘志が伝わってくる。えりなは何故今そんなことを言うのかと思ったが、ふと考えて気付いてしまった。

 

 この食戟で恋が負けた場合……恋とえりなはもう二度と会うことは出来なくなるという事実に。

 

 だからこそ恋は全力で勝つつもりだし、敗北が許されない以上、ここで神の舌に美味しいと言わせる料理を出さなければならないと理解している。その瞬間が、今生えりなに料理を振舞うことが出来る最後の機会になるかもしれないのだから。

 えりなはその全てを理解して、どうしようもない理不尽に怒りすら覚える。薙切薊が来た段階で、恋が行動しなければ、今頃生徒達の大切な居場所や将来の創造性が奪われていた。恋がいなければ、粛清という体で退学させられる生徒も多かっただろう。

 

 恋がいたからこそ、この食戟で決着がつくまで、全てが守られたのだ。

 

 そしてこの学園に恋がいたからこそ、恋とえりなは再会し、引き裂かれるかもしれない状況になった。

 

「……どうして、こうなるのよ」

「えりなちゃん……」

「私は薙切の名を持つ人間として、神の舌を持つ人間として、相応しい実力と振舞いを身に付けるために必死に努力してきたわ! 貴方だって、此処まで血の滲む様な努力をしてきたからこそ、今ここにいるのに! どうして……こんなことになるのよ」

「……まだ負けると決まったわけじゃないだろ」

「現十傑上位勢とお父様を相手に、保守派の十傑や私の力も無しにどうやって勝つというの!? 葉山君や幸平君、アリスや黒木場君、この極星寮の人達の実力は知ってるわ! もしも彼らなら勝てると思っているのなら、十傑の実力を甘く見過ぎよ! つい先日の月饗祭で、貴方が一番理解した筈でしょう!?」

 

 えりなの言うことは尤もだった。

 食戟で決めることは仕方ないと思う。けれど明らかに勝算が低すぎるのだ。

 月饗祭で幸平創真は久我照紀に挑み、日間売上で一度勝ったものの、結局料理で勝つことは出来なかった。どころか、四川料理では敵わないと悟ったからこそ、搦め手のメニューとサポートメンバーの獲得、久我の客を奪うという作戦を立てたのだ。

 

 つまり、料理人としてであれば、創真は久我との料理勝負から逃げたと言っても過言ではない。

 

 選抜準決勝出場選手である創真ですらそうだったのだ。

 将来はどうか分からないが、現段階で優勝者である葉山を含め一年生が十傑に勝るなど、えりなには到底思えなかった。 

 恋はその言葉を聞いて、確かにそうだと思う。

 月饗祭でいくつかの十傑の店のサポートに入った恋は、その実力を間近で体験した。その感覚でいえば、十傑上位勢に創真達が勝てるかと言われれば、首を縦に振ることは出来ない。

 特に司瑛士や茜ヶ久保ももの実力は、最早卒業生に近い領域にいると感じるほどだった。唯一無二のセンスとそれを活かす調理技術、アイデア、レシピ……その全てが現一年生よりも上。

 

 このままなら、勝利の目は万に一つもないだろう。興奮した様子のえりなに恋は少し口を噤んでしまう。

 

 だがそれでも、やるべきことは変わらない。

 

「……それでも勝つ。戦わなきゃ大事なものを守れないから」

「無理よ……」

「なら証明するよ」

「?」

 

 立ち上がったえりなの目に浮かんだ涙を、指で拭いながら恋は優しく笑った。

 

「十傑が相手だろうと、俺達は戦える―――泥臭い競い合いからしか生まれないものが、どれだけ凄いのかを」

 

 戦いは、食戟の前から始まっている。

 恋は作るつもりなのだ…………高い実力の料理人を集めた最良のチームではなく……

 

 

 ―――勝つためのチームを。

 

 

 




難産すぎる……汗
恋君が食戟前に何か始めるようです。

感想お待ちしています✨



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