ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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七十九話

 連帯食戟を行うに当たって、恋は自分のチームを作らねばならなくなった。

 そこで一先ず彼が集めたのは、彼が知る限り高い実力を持った料理人達である。

 

 極星寮の広い厨房には今、恋や創真達極星寮の面々の他に、えりな、緋沙子、アリス、黒木場、葉山、美作、叡山、タクミ、イサミ、郁魅、久我といった、現在校生の中でも選りすぐりの料理人達がいた。

 更に言えば此処には、葉山の付き添いでやってきた汐見潤や、急な話にも拘らず自分にも無関係ではないからと足を運んでくれた幸平城一郎。東京支店の定期視察に丁度来日していた四宮小次郎に、元遠月総帥である薙切仙左衛門といった卒業生たちもいる。

 

 正直、なんだこのメンツはと思う在校生の面々だったが、寧ろこのメンツを一挙に集めた恋の人脈が強すぎた結果であった。実はこの男、夏休み中共に料理をしていた城一郎は勿論、スタジエールの際にはサラッと卒業生たち全員と連絡先を交換していたのである。当然、この場にいない堂島達とも連絡を取れる。

 創真達はその事実を知った時、そのコミュニケーション能力なんなの? と、恋に対し畏怖を覚えたくらいだ。

 

「あぁ……ったく、学生時代から危なっかしいとは思ってたが、薊の野郎ここまでとはな」

「城一郎さんが原因ですよ」

「わってるよ恋。だからわざわざ来たんじゃねーか」

「というか黒瀬、急に連絡してきたかと思えば、どういう用件なんだ? 明日の夕方までに帰る予定だから今日一日くらいは時間はあるが、正直学園内のいざこざに俺は関与出来ねぇぞ?」

「そこはまぁ、これから説明します。わざわざ来ていただいてありがとうございます、四宮シェフ」

 

 あのお調子者の久我や動じない創真、そしてえりなですら置いてけぼりにして、城一郎や四宮と対等に話している恋。

 その姿を見て、創真達はこそこそと驚愕を共有している。

 

「ねぇ、黒瀬の奴、なんか凄い人達とコネクション繋げてない?」

「というか丁度空いてたからと言って、電話一本できてくれる関係なんだ……あの人合宿でもいた四宮シェフよ? 最近東京にも支店を出して、滅茶苦茶有名になってるし」

「そのほかの卒業生とも繋がってんだろ? ……堅実に将来の道切り開いてんな」

「流石は恋君ね♪ ついでに言えば、私のお母様……薙切インターナショナルの総括にも気に入られているし、モチロン連絡先も交換しているわよ?」

「待て待て、頭が追い付かん」

「そういえば、スタジエールで一緒だった従者喫茶でもスタッフ全員と連絡先の交換を求められていたな。俺も流れで交換してしまったのだが……」

「そもそも、黒瀬は現十傑のほぼ全員と連絡先を交換してるぜ? 俺の調べた限りじゃ、幸平の親父さんと一緒にいた時期に、有名な芸能人や美食家、料理界での出資者とも何人か繋がってるし、スタジエールで四宮シェフの店にいた一流料理人達やスタッフ達とも繋がってるみたいだぜ」

「そんなことを言いだしたら、俺と黒瀬が組んでからどれだけの美食家やインフルエンサーが俺を通してアイツにコンタクトを取ろうとしたことか……確かにコンサル業はやってるが、俺はアイツのマネージャーじゃねぇってのに」

「もしかして黒瀬って……かなりの有名人になってる?」

「月饗祭がデカかったな……今となっちゃアイツの発言一つで、それなりの影響力があると思うぜ」

 

 目の前の光景に留まらず、アリスから、美作から、タクミから、叡山から、ぽんぽんぽんぽんタケノコの様ににょきにょき出てくる新情報。恋の人脈は留まることを知らず広がり続けていく宇宙の様だった。

 すぐ近くで生活していた同じ寮で同級生の恋が、いつのまにか遠い存在になっていたと知って真っ白になる悠姫。恋の料理人としての実力の高さにばかり目がいっていたが、そもそも黒瀬恋という人間は、とんでもないカリスマを秘めた人格者であることを忘れていたらしい。

 

 まぁ、上流階級の人間である薙切えりなに好意を寄せられているのだ。そもそも当然と言えば当然のことである。

 

「ま、かの有名な城一郎シェフに会えたのは光栄だったから、いいけどな」

「ん? ハハ、こっちこそその若さでプルスワール賞まで獲った四宮シェフが恋と知り合いとは、正直驚いたぜ」

「どうも」

 

 そんな悠姫たちの会話を他所に、城一郎と四宮もここぞとばかりに挨拶を交わす。

 この業界の者であれば、正直夢の共演と言わんばかりの光景だった。

 

 さて、それはさておき恋はこの場に集めた全員の前に立つ。

 恋が前に出たからだろう、全員が視線を恋へと向けて静かになった。

 

「まずは皆集まってくれてありがとう。事前に軽く伝えた通り、今後この学園の改革の進退を決める食戟を行うことになった。ただ普通の食戟とは違い、今回行われるのは連帯食戟だ」

「連帯食戟?」

「ざっくり言えばチーム戦ってことだ。両陣営それぞれメンバーを用意し、五本勝負をする。今回は一戦につきそれぞれ数名の料理人を出して食戟を行い、多く白星を獲った側の勝利という勝負だ。それを五戦やることになるわけだ」

「……つまり、セントラルの十傑を全員倒さないといけないわけか」

「十傑相手に三本先取……つまり選出メンバーの内の最低でも六人が勝つ必要があるってことだよね?」

「いや、体力が続くなら連戦で同じ人が出場しても良いからな。相手との相性もあるが、戦略次第では有利な勝負を仕掛けることもできるんだ。それがこの連帯食戟のポイントだな……普段の食戟と違って、必ずしもベストコンディションで戦えるわけじゃない」

 

 恋の説明になるほどと頷く創真達。

 連帯食戟は料理人同士の戦いではあるが、そこには戦術もあり、戦う料理人同士の相性次第で覆る結果もある。十傑が相手とはいえ、必ずしも負けるとは言い切れないのだ。

 

「それで、此処に集めたってことは……此処にいる中からチームを作るってことなのか? 随分と人数がいるが……」

「そうだよ葉山。まぁ連帯食戟においてチームの人数は規定がない。向こうは十傑に加え何人かの料理人で構成されたチームを出してくるだろうけど……別にそれ以上の人数を用意してもいいんだ。なにせ連帯食戟は五本先取とはいえ、その形式は勝ち抜きトーナメント式だからな」

「つまり……出場して負けた選手はその後の戦いには参加できないってことか?」

「その通り」

 

 ざわつく一同。

 連帯食戟―――任意の人数で戦う特殊な食戟。勝ち抜き制であり、負けた者は以降の食戟には参加できない。選手同士のサポートが認められており、文字通りチームワークでの勝負になる。

 

「そして今回の最終戦……つまり五回戦だが、こっちが二本取って最終戦まで縺れ込んだ場合、そこに薙切薊総帥が直々に出場することになっている。相手は俺を指名されていて、審査員は薙切えりなだ」

「なっ!? 総帥自らが!? それありなの!?」

「生徒じゃねぇのにいいのかよ!」

 

 全員を宥めながら、恋は話を続ける。

 そもそも連帯食戟は殲滅戦だ。どちらかの料理人が全滅するまで勝負を続けるのである。極論、一人でも相手チーム全員と連戦して勝てる者がいれば勝てる勝負なのだ。まぁそこまでのスタミナがあるものなど早々いないが。

 

 このルールを考慮すると、恋側のチームは恋のサポートを常に使い続けるわけにはいかなくなる。

 最終戦まで縺れ込んだ時、恋のスタミナが尽きていてはいけないからだ。もっといえば、改革派の生徒達を納得させるためには、この場にいる全員をチームとして出場させることは出来ない。数で押し切ったと思われては、勝利してもそこに禍根が残すわけにはいかないのだ。

 

「ともかく、此処に集まって貰ったメンバーの実力、得意分野、相性を考慮して、勝つためのチームを編成したい。そうだな……俺を含め大体八人くらいのチームを作るつもりだ」

「敵は十傑と薊総帥なんだろう? 相性を考慮したとして、勝てる見込みはあるのか?」

 

 葉山の問いかけに、全員の注目が集まる。

 薊は恋が相手をするとしても、相手は十傑だ。おそらく月饗祭で最も十傑の実力を知った恋から見て、勝算がどれほどあるのか気にならない筈がない。

 

 恋はその視線を受けて、軽く溜息を吐きだす。

 そして率直な意見を述べた。

 

「現時点じゃ、万に一つも勝算はない」

「……俺達じゃ、敵わねぇってことか?」

「そうだよ黒木場。実際、今の段階じゃ現十席の石動先輩くらいには勝てるかもしれないけど、上位勢には勝てないだろうな。特に第四席のもも先輩から上は、別格と考えて良いと思う」

「じゃあどうするの? 恋君」

「この連帯食戟が行われるのは、二週間と少し後だ。それまでにチームを鍛え上げる」

「どうやって?」

「俺と戦ってもらう。月饗祭で十傑のレシピや技術は学んだからな、見たことのある料理の再現くらいならできる……まずはそれに勝てる実力を身に付けて貰いたい」

 

 恋が月饗祭で十傑の店を巡ったのは、この時のための布石でもあった。

 あの時点で、恋は薊がなにかしら仕掛けてくることを予想しており、十傑メンバーに賛同するよう根回しをしていた。そして薊との決着を付ける際には、おそらく食戟になる可能性が高いことも理解していたのだ。

 つまり恋は、十傑を相手に食戟で戦うことになる可能性を予測して、十傑の技術や実力を間近で見るために月饗祭で動いていたのだ。勿論、自身の影響力や発言力の向上も狙っていたが、先を見越して敵情視察も兼ねていたのである。

 

 今の恋であれば、十傑の面々が作り上げたレシピや潜在能力を全て解放した状態での実力を知っている以上、十傑以上のクオリティでそれらを再現することが可能。

 無論そこから工夫やアイデアを加えることは出来ないのであくまで再現でしかないが、それでも全力状態の十傑の再現が出来る時点で十分脅威だ。恋のサポートがない以上、この再現だけでも十傑に勝つことが出来ると言っても過言ではない。

 

「つっても我武者羅に勝負するだけじゃ……」

「なるほどな、だからこそ俺らを呼んだんだな? 黒瀬」

「その通りです、四宮シェフ……城一郎さんと四宮シェフには今日一日だけでも、皆に料理の指導をしていただけたらと思いまして」

「ま、今回のことは俺の責任でもあるからな。俺は構わねーよ」

「チッ、正直学生の指導なんざ今更だが……まぁいい。授業料として今度東京支店に臨時スタッフとして働きにこいよ、黒瀬」

「ありがとうございます」

 

 そしてその再現料理に勝つための指導を、四宮と城一郎に頼む恋。メンバー全員それぞれの持ち味がある以上、その指導法は異なるだろうが、実力的にも世界レベルのこの二人であれば一日だけでも十分為になるものを与えてくれると考えたのだ。

 更にダメ押しとばかりに、恋はえりなと仙左衛門の方を見る。

 

「……なるほどな、その評価を儂らにさせようということか……全く、一体どこまで手を打っているのか」

神の舌(わたし)とお爺様の評価であれば、確実な優劣が分かるということね……」

 

 えりなはチームには入れられない。けれど協力する意思がある以上、恋もその力を借りることに躊躇いはない。また仙左衛門も恋と協力して薊を誘い込んだとはいえ、えりなの件を恋に任せた手前、ここで協力しないという道はないだろう。

 恋による全力状態の十傑の再現料理、城一郎と四宮による料理指導、神の舌を持つえりなと食の魔王である仙左衛門の確実な審査、これだけのものをサラッと根回しして用意する恋の手腕には、流石にこの場にいる全員が脱帽だった。

 

 

 

「この特訓を経て、俺達のチームメンバーを決定したいと思う」

 

 

 

 恋の不敵な笑みに、この勝負への本気度を感じる創真達。

 遠月学園による数々の試練を乗り越えてきた創真達だったが、退学も何も掛かっていないこのメンバー入りを掛けた特訓こそが、桁違いの試練に思えた。

 

 




恋君の根回しが光りまくる回でした。
叡山先輩はこの状況を作った恋に、薊対策の際俺必要だったかな?と内心凹みがち。

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