ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

82 / 93
いつも感想、誤字報告、ご指摘ありがとうございます。


八十二話

 翌日から、恋が集めたメンバーは放課後になると極星寮の厨房に集まるのが当たり前になった。恋の作った再現料理に打ち勝つための術を研究し、想像し、形にするためのディスカッションが始まったのだ。

 ああでもない、こうでもないと、各々のアイデアで料理を作り、お互いに試食をして意見を交換して、また次の料理を作る。その繰り返し。

 

 既に一週間という時間が経っていた。

 

 創真が大衆料理店らしい自由な発想で形にした料理も、葉山の嗅覚やアリスの科学的なアプローチから否定される。

 葉山の嗅覚にアプローチした料理も、美作のトレースの範疇だったり、久我の香辛料の知識から否定される。

 黒木場の破壊力満点の料理も、恵や叡山の繊細な料理の前に否定される。

 

「葉山、これはどうだ?」

「……これじゃダメだな。香りのインパクトはかなりのものだが、その分その他の粗さが目立つ」

「一色先輩、ここが上手くいかなくて……どうしても雑味が消せないんですけど」

「なるほどね。そういうことなら、この工程をオリーブオイルを使ってやってみたらどうかな?」

「やってみます!」

「ちょっとリョウ君! 仕事が適当になってるわよ? もうへばったのかしら?」

「そんなわけないだろうが!!」

「んまっ! 言葉遣いも荒くなってるわよ!」

 

 今までは競い合っていた料理人達が、十傑を倒す為に一丸となって互いを引っ張り上げている。より上に、より良い物を作る―――その一心で。

 

 四宮や城一郎に教わったことは、真新しいことばかりではなかった。

 寧ろ自分達も分かっていたことの方が多かったが、それでもその理解度、汎用性、付随知識は桁違いに深まったように思う。やはり自分達が無自覚に使っていたものをしっかりと理解することが、料理にも奥深さを持たせることに繋がったのだ。

 

 この厨房には今、各々が持つ武器や知識、感性、アイデアがオープンに広げられている。それぞれがこの放課後までに収集してきた知識が、培ってきた技術が、磨かれた感性が、互いの料理を刺激しそのクオリティを大幅に引き上げていく。

 

「! これは良い線いっている気がするな」

「確かに! 凄いよ創真君!」

「へへ、さっきの皿で皆に指摘されたことを俺なりに改善してみたんだ」

「この皿ならなんとか十傑と対等に戦えるかもしれないわね♪」

「だが、対等じゃまだまだだ。勝つためには、もっと強い皿が必要だぜ! この俺の様になぁ!! 新作だ食ってみろ!!」

「っ! 黒木場君の皿も随分とクオリティが向上しているね! 凄いよ!」

「これは先輩として、俺も負けてられないね☆」

 

 気合いは十分。

 料理人として厚い経験と才を持って磨きあげてきた実力は、食戟とは言わずとも原石同士のぶつかり合いで急激に成長を遂げていた。スタジエールで学んだこと、各々が得てきた気付き、失敗から学んだこと、恥を投げ捨て、プライドを圧し折って、その全てが曝け出し、共有すること。

 その結果が、少しずつ結果に表れていた。

 

 だが、それでも恋の再現した料理にはまだまだ及ばない。

 成長していく彼らなら、全力状態に入れない十傑に食い下がれるかもしれない。けれど、それでも創真達が仮想敵として見ているのは恋の再現した全力状態の十傑の料理なのだ。

 

 一つの世界観すら感じさせる、まさしく料理人の顔が見える一皿。

 

「(けどまだだ……技術や知識を駆使することは大前提の話)」

 

 創真は現時点で自分が出せる最高の皿を前に、眉を潜めて考える。この段階で満足していては、恋の求める水準に全く満たないと理解していた。

 

「(恋君はその領域で極致に至っている料理人……そんな大前提の段階で勝負しようなんていうのは、甘いわね♪)」

 

 アリスも創真や黒木場の皿から更なるアイデアを飛ばし、今までの自分の殻を破るべく集中力を高めていく。恋がこのメンバーを集めたのは、十傑の領域へと踏み込める者だと評価しているからだ。

 ならば、その先を目指さなければ嘘だろう。

 

「(黒瀬ちんの再現した料理の中には、俺の全力状態もあった。それを俺一人でも作れるようにならないと意味がない……それじゃあ司さんには、勝てない!)」

 

 久我もそうだ。

 久我はこの中で唯一、再現料理の中に自分の料理があった料理人だ。月饗祭で味わったあの最高の集中状態は、本当に凄まじかった。理想をそのまま現実にすることが出来る感覚―――あの状態に入ったなら、何でもできるとすら思えたほどに。

 だがきっと、それは恋のサポート無しでは入ることは出来ないだろうことは、久我自身も理解していた。

 

 けれど、限りなく近い領域には迫れる筈だ。

 

 ――――もっと

 ――――もっと

 ――――もっと

 ――――もっと!!!

 

 成長しようとする意志は強く、止まらない。

 彼らは無意識だった。無意識に、黒瀬恋という料理人の覚悟に奮い立たされていた。恋の覚悟を知っているわけではないし、気づいているわけでもない。ただ、恋という料理人に期待されている事実が、個々の心を奮起させていた。

 

 料理人としての実力ではなく、彼の料理人としての在り方が尊く、そして尊敬に値する人間だったから。

 

 

「―――……ちょっと、いいかしら?」

 

 

 するとそこへ、不意にそんな声が掛かる。

 全員が厨房の入り口へと視線を向けると、そこには妙に真剣な表情を浮かべた薙切えりなが立っていた。

 

 この一週間、朝早く寮を出ては、遅くまで帰ってこないようになった彼女。その様子にどうしたのかと疑問を抱いていた者は多かっただろうが、緋沙子には何か説明をしているらしく、彼女が大丈夫だと言ったので心配はしていなかった。

 

 そんな風に隠れて何かをしていたらしい彼女が、不意に姿を見せたのである。

 どうしたのかと、全員が料理をする手を止めたのもおかしな話ではなかった。

 

「ふー……少し、頼みたいことがあります」

 

 彼女は息を整えるように、気持ちを落ち着かせるように一呼吸置いてから、そう言った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 極星寮でそんなことが起こっている中、逆にセントラルの十傑の面々もまた、己の料理に向かい合っていた。

 誰もいない自身専用の厨房で、司瑛士は一人、イメージを膨らませる。

 

 別に恋達と食戟で戦うからではない。

 彼にとって、この食戟は別段どうなろうと興味はなかった。負けるとは思っていないし、勝ったところで別に得られる改革が進むだけで自分に何か得があるわけでもない。少し環境が自分に都合のいいものに変わるだけだ。

 

 彼が自分の料理に向かい合っているのは、単純に自分の料理を高めていくため。黒瀬恋のサポートを受けて体感した、全力状態の自分の実力―――その一端でも掴み取るための研鑽である。

 

「すぅ―――………」

 

 大きく息吸い込み、閉じられた瞳の奥で集中力を高めていく。

 恋がサポートすることで料理人から省かれるものは、工程の中にある無駄な動きと、それに付随するストレスや雑念だ。無駄な動作を省くことは、人に腕が二つしかない以上限界がある。

 けれど、雑念やストレスは自分自身の中で生じる感情的ノイズであって、それは心の持ちようで限りなく減らせると考えたのだ。

 

 しかし言葉にするほど簡単ではない。

 

「―――さぁ、俺の皿に宿っておくれ」

 

 集中力が限界まで高まったところで、まるでスイッチを設置するように、料理中にいつも思っている言葉を口にする。

 恋が齎してくれる超集中状態とは天と地ほどの違いがあるが、それでも己一人で到達できる限りの集中状態をいつでも発揮できるように、司は集中スイッチを作ることにしたのだ。

 

 無論これは周りに雑音がなく、人の視線もなく、食戟の緊張感もないフラットな状況で作り上げたものだ。スイッチがあるからといって、衆人環視の前でこの状態に入れなければ意味がないのだが。

 

「……!」

 

 そしてスイッチを入れた司は、凪いだ水面の様に波の立たない心で調理を開始する。作るのは、月饗祭の時に恋と一緒に作った料理だ。あの一皿に一人でどれだけ迫れるか、それが今の司の目標だ。

 集中力は絶やさず、流れる様な動作で調理を進めていく。

 こうなると本当に些細なラグで集中力が乱れてしまう。恋との調理で最高の集中状態を知ってしまっているからこそ、その差にどうしてもストレスが発生してしまうのだ。

 

 結果、出来た料理に司は満足いかなかった。

 

 その完成度は、今までの司からでは考えられないほどに高い品だった。一人で作りあげたのであれば、十分全力状態に迫るクオリティと言える。

 だが、それでも並ぶことが出来ていないのは、本当に一枚の壁を越えられていないような感覚を残す。

 

「ふぅ……流石に今の俺ではこれ以上は難しいな」

「んーにゃ、十分良い仕事してると思うぜ?」

「……竜胆、いつからいたんだ?」

「調理が中盤くらいの時かな」

 

 すると、溜息を吐いた司の呟きに帰ってくる声があった。

 視線を向ければ、そこには小林竜胆の姿がある。どうやら集中していたせいで彼女が入ってきたことに気付かなかったらしい。となれば、調理に入ってしまえば人の目が合っても集中が途切れないことが証明されたようなものだ。

 

 故に、司も竜胆の勝手を強く責めたりはしなかった。

 

「そうか……勝手に食べるなよ全く……黒瀬と作った品と比べて、どうだ?」

「ん……どっちも美味かったけど、やっぱ前の奴の方が上だな。比較するとどうしても粗さに気付いちまう」

「だろうな……全く、黒瀬のサポート能力には舌を巻くよ」

「そりゃ、一人より二人の方が出来ることは多いから仕方ないんじゃねぇか? 寧ろ単独で此処までの品が作れるのは十分凄いことだと思うけど」

「ああ、俺も無理に高望みはしないさ。けれど、あの感覚を知ってしまっているとどうしてもな」

 

 欲張りになってしまう。その言葉を苦笑と共に飲み込んだ司に、竜胆も笑みを零した。

 人間とはとにもかくにも欲張りな生き物だ。その感情は仕方がないものである。

 

「そういえば、茜ヶ久保のやつが黒瀬に食戟を申し込んだらしいぜ?」

「は?」

「勝った方が負けた方の人生を貰うって条件で」

「黒瀬が受けたのか?」

「んーにゃ、断られたってさ。随分不機嫌そうにしてたぜ」

「なんだ……まぁ流石の黒瀬でもそんな勝負には乗らないよな」

「でもそれが余計アイツの火をつけたみたいでな、お前と同じように一心不乱に料理してたよ」

 

 かんらかんらと笑う竜胆に、司はそうかと返す。

 セントラルの十傑達は別に今回の連帯食戟に熱いわけではない。けれど黒瀬恋という存在が影響を齎しているのは、保守派の面々だけではないらしい。十傑側も、期せずして己を高める行動に出ている。

 結果的に、それは連帯食戟の準備へと繋がっていくだろう。

 

「この食戟に勝ったらどうするつもりなんだ? 司」

「どうもしないよ。黒瀬に関してはこの学園に残すように総帥に言ってあるからな……あちらが敗北した場合、黒瀬も負けた手前勝手な行動は出来なくなるだろうから……そこで改めて勧誘を掛けるべきかとは思っているよ」

 

 お前も諦めてないじゃねーかと苦笑しながら、竜胆はいつのまにか完食した司の皿の上に食器を置く。

 

 恋と薊の対立から始まったこの食戟。

 セントラル側も、恋側も、モチベーションの方向は別として、同じように己の腕を磨いている。戦いの果てに勝利の女神はどちらに微笑むのか、恋と薊の確執はどうなっていくのかは、誰にも想像できない。

 

 

 食戟の日は、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 




ようやく食戟に入れますね。

感想お待ちしております!✨




自分のオリジナル小説の書籍第②巻が発売中!

また、Twitterではハーメルン様での更新報告や小説家になろう様での活動、書籍化作品の進捗、その他イラスト等々も発信していますので、もしもご興味があればフォローしていただければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。