ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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八十三話

 連帯食戟成立から二週間―――ついに、その時はやってきた。

 

 全校生徒が一堂に集まった会場で、向かい合うのは黒瀬恋と薙切薊の二人。旧体制の競い合いの世界を望む者と、新体制で己の信念を貫き通したい者。互いにコックコートを身に纏い、研ぎ澄まされた集中力と澄んだ緊張感で火花を散らしている。

 会場は静かだった。

 無言でただ向かい合って立っている二人が生み出している緊張感に、息を飲むことしか出来なくなっているからだ。

 

 手首を持ってゆらゆらと揺らしながら立っている恋、腕を組んで微動だにせず立っている薊。この二週間の間に両者共出来るだけのことはしてきたらしく、その表情には一切の弱音や怯えはない。

 

「……ついにこの時が来たね、黒瀬恋。その面構えを見る限り、どうやらやるだけのことはやってきたようだ」

「そっちこそ、二週間前までとは一変して随分料理人らしい雰囲気になりましたね」

「それはそうさ、今日の僕は遠月学園総帥としてではなく……薙切薊という料理人としてここに立っているのだから」

「結構、手加減は必要なさそうですね」

 

 挨拶代わりにと、互いにお互いの調子を伺いながらさらに闘志を燃え上がらせる。やることは最早変わらない。あと数時間で勝敗がつく―――この遠月学園の未来が決まる。

 

 そうする中で、二人の挨拶が終わったのを確認したからだろう。司会役を任されていた女子生徒、川島麗が緊張感を露わにしながらも、開会の宣言をした。

 

 

《そ、それでは! これより、薙切薊新総帥率いるセントラルと、黒瀬恋率いる保守派による、連帯食戟を開始いたします!!》

 

 

 その宣言で、ぶるりと鳥肌が立つような感覚に襲われる会場内。いよいよ始まるのだ、この遠月史上、最も壮大で、最も異質で、最も強い料理人達の戦い……否、戦争が!

 

《まずは互いの陣営の選手紹介から! セントラル側からは、当然ながら現十傑が揃い踏み!》

 

 通用口から悠々と姿を現したのは、誰一人として笑みを浮かべず、薊同様に集中力を高めていた十傑の面々。触れれば針に刺されるような空気感に、川島麗は一瞬言葉に詰まりながらも一人一人紹介していく。

 

 

 第一席 司瑛士

 第二席 小林竜胆

 第四席 茜ヶ久保もも

 第五席 斎藤綜明

 第六席 紀ノ国寧々

 第九席 石動賦堂

 セントラル 白津樹利夫

 セントラル 鏑木祥子

 

 

 ここの薊を加えた計九名。

 第三席の女木島や第九席だったえりな、一色や久我といった面々を除いた分、セントラルから補填されたメンバーがいるが、それでも過半数が十傑上位勢で固められたこれ以上ない布陣。

 雰囲気からして格が違うとすら思えるその佇まいに、黒瀬恋側の生徒達も勝てるのかと不安になってくる。

 

「やぁ黒瀬、こうして対面するのは久々だな。まぁ茜ヶ久保は時折会いに行っていたみたいだが……調子は良さそうだな」

「どうも司先輩……そちらこそ、揃いも揃ってコンディションは良さそうですね」

「まぁな、悪いがこの戦いお前達に勝ち目は薄いと思う。この食戟に熱いわけではないが、どうやらこっち側もそれぞれできるだけ上げてきたみたいだからな」

「そうですか……でも―――」

 

 川島が黒瀬恋側の選手紹介をしていく声が響く。

 黒瀬の背後にあった通用口から、ぞろぞろと選抜されたメンバーがその姿を見せた。

 

 

「―――こっちはそれ以上に上げてきたみたいなので」

 

 

 セントラル側と打って変わって、入場した瞬間燃え盛るような熱気を感じさせるような闘志が会場に拡散された。

 澄み切った水面の様に静かな十傑達に対し、恋側のメンバーは焼き尽くすような業火を彷彿とさせる意志の強さを感じさせる。

 

 

 幸平創真

 葉山アキラ

 一色慧

 久我照紀

 黒木場リョウ

 田所恵

 薙切アリス

 叡山枝津也

 

 此処に黒瀬恋を加えた計九名。

 恋の選抜した、最高戦力である。こちらにも十傑であった久我や一色、叡山がメンバーに入っており、恋も加えればセントラル側にも引けを取らない布陣であることは、会場の誰もが感じ取れた。

 

「……みたいだな」

 

 そしてそれは司も感じ取ったのだろう。少し面食らったようだが、面白いとばかりに笑みを浮かべながらそう返した。

 残念ながら選抜されなかったタクミや美作、緋沙子といったメンバーは、観客席からこの戦いを見守っている。悔しそうな表情をしているが、それでもこの選抜に文句はないのだろう。後は託すばかりだ。

 

「こっちに与していない第三席の女木島に声を掛けるのかもと思っていたが、そうしなかったんだな」

「まぁ、選手として出てもらうには説得が難しそうだったので……でも、この戦いに女木島先輩が関与していないわけでもないですよ」

「……何かありそうだな」

 

 不敵に笑う恋になにやらゾッとするものを感じるが、尚も自身の勝利を信じて疑わない司は同じように笑みを浮かべながら背を向けた。

 恋も司も、互いのチームの待機スペースへと移動する。厨房を挟んで、両チームが向かい合う形になる。

 

 それを確認した川島が、今回の連帯食戟のルールを説明し始めた。

 

《今回の連帯食戟は、所謂殲滅戦!! ワンバウト三対三で勝負をし、敗北した者からリタイヤ! リタイヤした選手は次バウト以降の試合には参加できません! 最終的に相手チームの料理人全員を敗北させた方の勝利となります!》

 

 つまり、チーム対抗の勝ち抜き戦だ。最後まで立っていた料理人がいるチームが勝ちという、至極分かりやすいルールである。

 連戦すればスタミナも削られるし、溜まった疲労が悪影響を及ぼせば実力差が覆ることだってあり得る以上、誰を出場させるのかの戦略もしっかり考えなければならない。それが連帯食戟の最大の特徴だ。

 

《そして、今回の食戟を審査する審査員をご紹介いたします! WGOの執行官の方々です!!》

 

 そして現れた審査員が、更にこの会場を騒然とさせた。

 WGO―――"World Gourmet organization"

 全国に構えられた全ての料理店を最高三つ星で評価を付ける審査機関であり、一つ星でも付けばその料理人の評価は桁違いに跳ね上がる。その全ての評価を明記した教典があり、料理人の業界では知らぬ者などいないほどの最高機関だ。

 

 そのWGOから、審査員として執行官が派遣されたのである。

 

 現れたのは黒髪ロングヘアーでクロスするように頭上に巻かれた白いリボンが特徴的な女性、黄色いスーツに身を包んだ黒人の男性、青いスーツに身を包んだ金髪白人の男性の三名。各国の料理店を審査するだけあって、やはり所属する者の人種も様々なようだ。

 

「どうだい黒瀬恋、これ以上ない審査員だろう? 彼女達であれば、一切の贔屓なしに目の前の皿を評価してくれる……不満はあるかな?」

「ええ、まさかこんなところで気が合うとは思いませんでした」

「? どういうことかな?」

「WGO―――ええ、勿論知ってましたよ……つい最近縁があった場所ですから。まさか、同じ場所に声を掛けていたとは思わなかったです」

「……?」

 

 悠々不敵に恋に声を掛ける薊に、恋は少し呆気に取られながらも笑みを返した。

 もちろん審査員に不満などあるはずがない。これ以上なく公平な審査が為されるだろう。薊が八百長での戦いを望んでいないことも十分伝わってくる、最高の人選だと賞賛することもやぶさかではない。

 

 だがこの二週間の間で、恋もまたこの戦いに向けて根回しをしていたのだ。神の舌を満足させられなければ勝利出来ないこの戦い、薙切薊と黒瀬恋の間にある確執を解消するためのこの戦い――――であれば、この場にいなければならない人物がいるはずだと。

 故に薙切仙左衛門に話を聞き、働きかけたのだ。

 

 黒瀬恋が、いると確信していた薙切えりなとは別の……"神の舌"に。

 

 

「―――相変らず、陰気な面よな……薊」

 

 

 その言葉が響いた時、薙切薊の表情が凍り付いた。

 振り向き、其処に居た人物を視界に入れた瞬間、ここまで悠々としていた表情に初めて強い感情が溢れた。焦りや不安、動揺、困惑、全部がぐちゃぐちゃになって顔に出てくる。

 そこにいたのは、着物を着たマロ眉の女性だった。どこか雰囲気が凛としている時のえりなにも似ているその女性は、WGOの審査員達よりもずっと雰囲気がある。

 

「真凪……!?」

「そこの小僧にこんな場所に引っ張り出されて何かと思えば……お前と顔を合わせることになるとはな」

「……何故だ、何故彼女が此処にいる!! 黒瀬恋!?」

 

 古風な話し方をする女性は、薙切真凪……薙切薊の妻であり、えりなの実の母。そしてなにより、えりなと同じく『神の舌』を持ち、WGOの全執行官を統括する、特等執行官である。

 恋が彼女を引っ張り出してきたことで、薊は動揺のあまり声を荒げてしまった。

 

「神の舌を満足させるかどうかの戦いをするんだ……えりなちゃん一人の審査じゃ平等とは言えないでしょう? 俺は勿論信頼しているけれど、それはこの会場の生徒達には分からないことです。俺と仲が良いと周知されている彼女の審査が仮に俺を勝者としたとして、その審査に彼らが納得できるかどうか分からないのが理由の一つ」

「……!」

「もう一つは、俺と貴方の間にある確執を全部まとめて解消するなら……関係者は全員いた方が良いでしょう? 俺にとってのえりなちゃんがそうであるように、貴方にとっての薙切真凪さんにも同席してもらいたいと思っただけです」

「彼女にも審査をさせようというのか君は……?」

「違いますよ……そんな権限は俺にはない。あくまでこの場に来てもらっただけです……まぁ、食べてみたいと仰られたなら、それを止める権限も俺にはないだけです」

 

 つまり恋は、神の舌を満足させるだけの品を作らなければならないこの戦いで、互いに取って大切である二人の神の舌を用意したのだ。過去に何があったのかは知らないが、それでも薙切薊がこの改革を起こそうと思った初期衝動には、この真凪の神の舌が関与していることは確かだったから。

 神の舌を巡る二人の男の戦いで、その重要人物が蚊帳の外というのはおかしな話である。

 

「……本当かい、真凪」

「ああ、そうじゃ。まぁ、精々遠月学園の一生徒が作る料理故に食す気は毛頭ないが……神の舌を唸らせる品を作ると豪語するのだ―――それなりの品を出さないとただではおかぬぞ」

「……なるほど」

 

 真凪は退屈そうに審査員席の椅子に座った。身体が弱いのか、少々痩せ気味の彼女だが、その佇まいと滲み出ている迫力は本物である。

 審査員として呼ばれた執行官たちは、審査員席に座るのも躊躇して、結局真凪の後ろに立って控えることを選んだようだった。

 

「……いいだろう黒瀬恋、君の覚悟も十分伝わったよ。最終戦でもしも僕と君が戦うことになったのであれば―――二人の神の舌、どちらも魅了した方が勝ちだ」

「望むところです」

「此処までやれば平等性や公平さに文句を言う者は誰一人としていないだろう。さぁ、勝負を始めよう……この連帯食戟で勝利した者こそが、この遠月を担う新たな光となる」

 

 戦いが始まる。

 全ての選手のベストコンディションである今、苛烈な戦いが期待される第一戦目が。

 

 

 ―――"1st BOUT" 開戦。

 

 

 

 




ということで、BLUE編はやりません。
感想お待ちしております!✨





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