ただ一言、”美味しい”と   作:こいし

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八十四話

 1stBOUTを開始する際、誰を選出するかの段階。

 薊サイドも恋サイドも、取った選択肢は示し合わせたように同じだった。

 前に出てきた選手たちに騒然となる会場。お互いの陣営にいるメンバーも相手側の選択に驚きを隠せない様子だった。

 

 何故なら、前に出てきた三人の中に、薊と恋がいたからである。

 

 両陣営、大将が初手で出場してくるなど連帯食戟の歴史でも前代未聞だろう。この連帯食戟では敗北した料理人はリタイヤ―――次戦以降は一切関与することが出来なくなるのだから。

 それでも彼らが初戦で出場を決めたのは、お互いの確執は置いておいて、まずはこの学園改革の実権を握るに相応しい料理人であるかどうかを証明するためだ。

 

 薙切薊。学園総帥に就いたはいいが、その実力は肩書き上のものでしか目にしたことのない者がほとんどだろう。元十傑、雑誌にも載っていたほどの料理人……だがその実力はいかほどなのか?

 対して黒瀬恋。学園内でその実力を目にした者は多く、月饗祭で手にした名声や現代のSNSにおけるその発信力の強さも並々ならない。味覚障害の料理人、はたしてその実力は全学を代表して薙切薊に対抗できるほどなのか?

 

 力の証明を、する必要があった。この初戦で。

 

「考えることは同じのようだね、つくづく君は学生とは思えないな」

「代表を背負って立ってますからね、俺一人の戦いで済むならこうはいかないですけど」

 

 薊の後ろには1stBOUTの出場メンバーである、紀ノ国寧々と石動賦堂がいる。恋の後ろには幸平創真と叡山枝津也がいた。

 出場するメンバーに大将を入れるという方針は同じのようだが、薊側は一席と二席を温存しているあたり、1stBOUTでの確実な勝利を取りに来ているわけではないようにも思う。

 

 であれば、ここは創真や叡山にとっても踏ん張りどころだろう。向こうが抱えている十傑メンバーの中でも下位の二人が出てきているのだ。此処で負けようものなら、その上の司達には確実に勝つことが出来ないことの証明をするようなものである。

 

「とはいえ君と僕の勝負はあくまで最後まで互いが生き残っていた場合の約束だ……故に、今回は対戦相手はずらさせて貰うけれどね」

「勿論」

 

 ということで、対戦カードは以下の通り。

 

 黒瀬恋 VS 石動賦堂

 幸平創真 VS 紀ノ国寧々

 叡山枝津也 VS 薙切薊

 

 黒瀬の相手は十傑に返り咲いた元二年生最強と謳われた男、石動賦堂。かつて秋の選抜では、成長前ではあったものの久我ですら下したことがあるという料理人だ。

 薊の相手も元々は十傑に籍を置き、料理人としてコンサル業にのめり込まなければ、現十傑上位陣をいくらか食っていたかもしれないと評価される男、叡山枝津也である。薙切薊に嵌められ、その地位も名声も信頼も一度失ってしまった男が、今この瞬間の為に料理人としての姿を取り戻していた。

 

「勝つぞ、1stBOUT」

「たりめーだ! 任せな」

「ぶっ潰してやるよ」

 

 コックコートの袖を捲りながら声を掛けた恋に、手ぬぐいをぎゅっと頭に巻き付けながら創真は気合十分に返事をし、叡山も珍しく眼鏡を外して静かにそう返した。

 いよいよ、勝負が始まる。

 

 

 ◇

 

 

 各対戦の料理テーマは、事前のくじ引きで決まる。食材は上等なものが豊富に用意されているので心配はいらないが、此処で仮に相手にとっての得意料理が当たったのならその有利不利は明確になってしまうだろう。

 

 恋と石動賦堂のくじ引きは石動が譲ったこともあって、恋が引くことになった。既に創真と紀ノ国寧々は『そば』、叡山と薊は『鶏料理』とテーマが決まっており、それぞれ食材選びへと姿を消している。

 この二人のくじ引きは最後だったのだ。

 

「ようやくお前と戦う時が来たな、黒瀬恋」

「石動先輩、やっぱり薊総帥に付いてたんですね」

「ハッ、お前には一発で見抜かれたけどな」

「まぁいいですよ、もう裏での駆け引きは必要ない段階ですしね」

 

 恋がくじ引きに手を突っ込んで、一枚カードを引き抜く。

 そこには『イタリアン』と書いてあった。恋が石動にそのテーマを見せると、石動は少し目を丸くさせて、次の瞬間には不敵に笑いだした。

 

「よりにもよってイタリアンを引くとは、お前がついてねぇのか……それとも俺がついてるのか……黒瀬、イタリアンは俺の得意料理だ!! 無論慢心はしねぇ、俺の全力で叩き潰してやるよ」

「なるほど……それは都合が良いな」

「なに?」

「苦手なテーマだから負けました、なんて言い訳されちゃたまらないからな」

 

 恋の口調が敬語から素のものになっている。

 勝負が決まり、テーマが決まった今、此処にいるのは先輩後輩ではなく一人の料理人同士。対等、故にこそそこに敬いや遠慮など必要ない。

 

 純粋にぶつかって、勝った方が勝つ。

 

 そんな恋の雰囲気の変化に石動は得意分野が当たったことの喜びも萎んでいき、ただ単純に……恋という料理人と戦うのだという強い闘志だけが湧き上がってきた。

 

「……掛かってこい黒瀬―――勝つのは俺だ!」

「上等だ……おこぼれで十傑に返り咲いたその身の丈、しっかり暴いてやる」

 

 恋と石動の間に火花が散った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 あの日、俺は全てを失った。

 十傑の座に上り詰め、あらゆるコンサル業で荒稼ぎし、その地位に驕らず堅実な実績を積みかさねることでこれ以上ない人生を歩んでいた筈だったのに。

 あの男が声を掛けていた時、俺は更なるチャンスが舞い込んできたと思った。料理人として料理業界の躍進など欠片も興味はなかったが、それでも業界の変化に対して最先端を行けるということは、誰にも踏み荒らされていない餌場を独占することが出来るようなものだ。この俺がその絶好の機会に賭けない筈がない。

 

 成功させるつもりだった。この俺に失敗などありえない。何者も障害になどなりえないと確信していた。

 

 けれど失敗した。気付けば全ての責任を背負って俺の地位は失墜していた。落ちるところまで落ち、別に自分達の地位や実力が向上したわけでもねぇのに、失敗した俺を格下と決めつけ見下してくる奴がわんさか増えた。

 黒瀬の奴が俺の想像していた以上の料理人だったのが、そもそもケチがついた原因。あいつは味覚障害の料理人……だからこそ超一級品の調理技術を身に付けた男―――しかし、奴の恐ろしい点はそんな所じゃあない。

 

 そもそも黒瀬恋という男は料理人としてではなく、いや、人間として恐ろしいのだ。

 

 どこの世界に、味覚障害を抱えながら料理人を志そうという子供がいるのか。

 どこの世界に、ハンデを抱えながら世界に通ずる調理技術を習得する人間がいるのか。

 どこの世界に、そのサポート技術で料理人を化けさせる料理人がいるのか。

 

 どこの世界に―――薙切という名を前に此処まで優位に事を進める学生がいるというのか。

 

 奴は料理人という前に、一種のカリスマだ。

 かつてのナポレオン、ローマ皇帝、織田信長といった絶対的英雄の資質を持った人間に違いない。人を魅了し、人を率い、人に愛され、人を動かす……そんな魅力を持った人間なのだ。

 なによりその身に秘めた覚悟の重さが違う。

 

「叡山、君と会うのは久々だね……少し痩せたかな?」

「……俺はテメェの顔を一瞬たりとも忘れたことはなかったぜ、薙切薊……この瞬間をずっと待っていたんだからな」

 

 食材を選んでいる最中、不意に薙切薊が話しかけてくる。自分が俺に何をしたのかも忘れたような顔で、いつも通りの不敵な笑みを浮かべていた。本当に心の底から腹立たしい野郎だ。

 

 おそらく、この薙切薊も黒瀬同様一種のカリスマを持った男だ。でなければ此処までの行動を取ることは出来ない。

 だが俺からすればこの薙切薊のカリスマは黒瀬恋に劣る。あいつはブレない。信念があり、相応の覚悟を持っている。料理人として、奴ほど完成した人間はいないだろうとすら思う。時間を掛けて実力を高めていけば、世界に羽ばたくに違いない。

 

 だから俺はアイツに賭けた。

 

「君が僕を恨むのは致し方ないことだとは思うが、それでも君も同意の上で進めていたことだろう? それが手のひらを返したように黒瀬恋の味方に付くとは、随分と腰が軽いことだ」

「なんとでも言えよ、俺はいつだって勝つ方にベットする。だから今回お前は負ける……黒瀬恋は次代の遠月を担う料理人だ」

「……以前の君とは随分変わったようだね。君という人間がまさかそこまで一人の人間に惚れ込むとは思わなかったよ」

「遠月の未来とか、料理業界の発展なんかにゃ興味はねぇよ……今も昔も、俺の興味は金になるかどうかだ!」

「だが……」

「そのためにはお前が邪魔だ……俺をコケにしたツケを支払ってもらうこともそうだが、黒瀬と組んだのはその為でしかねぇ―――まぁ、お前を消した後に奴で金儲け出来るって考えがないわけじゃないけどな」

「なるほど……あくまで君は拝金主義を貫いていると主張するわけか、なら精々そのまま健闘するといい」

 

 薙切薊は興味を失ったように食材選びへと集中しだす。

 俺の言葉が何も響いていないことはよくよく伝わってくるが、それでいい。こいつが俺にとってどれほど金になる人材でも、今後組めるとは到底思えない。邪魔な奴は排除する。今回はそこに復讐心が加わっているだけだ。

 

 俺は食材に向き合う。

 奴に陥れられた時からずっと、俺は黒瀬に協力しながらも料理人としてのスキルを磨いていた。黒瀬も分かっていたように、俺も最後の最後には食戟がものを言う戦いになると予想していたからだ。

 正々堂々、料理人として料理で勝つ―――これ以上に確実で、覆しようのない勝利はない。小細工はなし、卑怯な手も使わない。

 

 俺の料理で、愚直に勝つ。

 

 それが今回最もスマートなやり方だから。

 

「……」

 

 一つ一つ食材を吟味して、俺は頭の中で作る料理を構築していく。テーマがついさっき決まった以上、この食戟は即興で作り上げる料理対決……つまりは料理人としての経験と地力が強く結果に影響する戦いだ。

 となると今回全員が十傑並の実力を持っていたとすれば、単純にこの学園で三年間戦い抜いてきた三年生が幾分有利だろう。たった一年でも、磨いてきた経験と時間は桁違いだ。

 

 幸平の様に幼い頃から現場に立っていた者もいるが、積み重ねてきた時間の質と密度は別の話だ。

 だからこそ、今回コンサル業にのめり込んで料理人としての研鑽を怠ってきた俺にはかなり敗色が濃い。ましてや相手は薙切薊、勝算は限りなく薄いだろう。

 

「俺がやるべきことは……」

 

 ならば俺がここでチームの勝利の為にやるべきことは、出来ることなら勝つこと。そしてそれが出来ないのならば―――この後の戦いに向けて、こちらにとって有力な要素を繋げることだ。

 俺が勝つことではなく、この食戟に勝つことに徹することが俺のやるべきことである。

 

「よし……」

 

 俺は頭の中でやるべきこと、作る料理を構築し、その為の食材を手に取っていく。

 大局を見ろ―――俺達がこの連帯食戟で勝利するための最善の一手。相手は敵の大将なのだから、そこに対して自分が出来ることを探せ。

 

 黒瀬恋の勝利が、俺達の勝利なのだから。

 

 

 




各勝負、どうなるでしょうか。
感想お待ちしております!✨





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