Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第14話  聖杯戦争終結

 もしも『大英雄』と呼ばれる条件が、たった一人で世界を変えるほどの力を持つ者を称するのであれば、エーデルフェルトのセイバーや間桐狩麻のアーチャーはその条件を満たしている。

 だがアーチャーことナポレオン・ボナパルトが行った『革新』をもって、英雄の時代は一つの終わりを迎えた。

 近代民主主義、科学技術の発達、人間全体の視野の拡大、大気に満ちる神秘そのものの減少。様々な要因で英雄が生まれ難くなった近代社会において、もはやナポレオンのような『大英雄』など生まれることなどは有り得ないはずだったのだ。

 だが此処に一人の例外がいる。

 ドイツ第三帝国首都ベルリン、総統官邸。その一室に佇む一人の男。

 彼には万夫不当の強さも、芸術域にまで昇華された軍略も、万人が平伏す叡智もない。

 だが彼には万人を扇動し、億人を鼓舞する悪魔的なカリスマ性があった。

 彼こそが偉大なるドイツ第三帝国の頂点に君臨する存在。並外れた行動力と扇動力をもって遂には一人で世界を変えるほどの力を得た人間だ。

 果たして彼が『英雄』として歴史に刻まれるのか、はたまた『反英雄』として歴史に刻まれるのか。

 それはこれより始まる大戦の結果次第であるが、人類史は確実にこの男のことを深く刻みつけるだろう。

 ある意味においてナポレオン・ボナパルトをも超えた偉人。

 人類史上最も恐るべき独裁者――――アドルフ・ヒトラーと。

 

「ジュリアス」

 

 ここに事情を知らぬ秘書でもいれば首を傾げたことだろう。

 総統アドルフ・ヒトラーは何某かの名を呼んだが、この部屋にいるのはヒトラー本人だけ。その呼びかけに応じる者は誰もいやしないのだから。

 だがそれはアドルフ・ヒトラーが名を呼び終わるまでのことだった。

 名前を呼ばれたことで、幻人は形をもって出現する。

 

「〝ジュリアス・カイザー上級大将〟」

 

「御前に」

 

 総統の呼びかけに、ジュリアス・カイザーは影のように応じた。アドルフ・ヒトラーは振り返ることもなく、窓から外を睨むように見降ろしながら続ける。

 

「……行くのだな」

 

「無論ですとも。我輩はそのために、まだ何の力も持たぬ一介の伍長に過ぎなかった貴方に声を囁いたのですから。人はそれを甘言と呼ぶのでしょうが、甘い言葉に苦々しい表情をされた閣下のことはよく覚えております」

 

「見た目が甘い果実でも、中身が腐っていれば誰でもそうなる」

 

「左様。だがしかし自ら食せずして、それが腐っていることが分かる者は稀でしょうとも」

 

「いい加減に鬱陶しいほど丁寧な口調を止めたらどうだ。お前にとって私はこれまで幾人も弄んだ一人、言葉という名の繰糸で操られている道化なのだろうが」

 

「――――いいえ、閣下。貴方は道化ではない。ましてや我輩が貴方の繰糸の主などと……。それは我輩のことを過大評価しすぎというもの。

 我輩はただ繰糸を視て、それに繋がった人間に近付いているだけに過ぎず、ただ眼が良いだけの男。

 我輩が声を囁かずとも、貴方は貴方の力だけでその地位になられたでしょうし、歴史に大きな変化などはなかった。世界という舞台劇の脚本を綴ったのが神であるならば、それを演じるのは舞台に立つ役者だ。

 我輩は観客、他と違うのは台本の内容を予め知っているということだけ。出来る事は野次を飛ばすのが精々。

 然り、道化とはこれ即ち我輩。我輩は永劫の箱庭にて、神の繰糸のなすがままに踊っただけの人間。自らが繰糸に繋がられていると自覚しながらも、それに抗う真なる英雄と比べることすらおこがましい矮小な存在に過ぎません。

 故に我輩の貴方に対する敬意は本物。あの眩き英雄王のように、あの尊き騎士王のように。我輩は貴方を尊敬している。我が親愛なる総統閣下(マインヒューラー)。どうか御身は我が我欲の成就をゆるやかにお待ち頂きたく」

 

「なにが観客だ、営業悪魔(メフィストフェレス)め。歴史に変化がないだと? ふん。少なくとも私の心象はお前という男のせいで大きく変化しているぞ」

 

「それはそれは。我輩の如きが御身の心を変えられたのであれば、確かに歴史を変えたと言えますな。ですがどうか御ゆるりとお待ちあれ。閣下により明確なる世界の変化をお届け致しましょう」

 

「黙示録、か」

 

「はい、閣下が望まれる千年王国(ミレニアム)は我輩の望む新天新地を成す過程で成就されることでしょう」

 

「部下の癖して上司の先を目指すとは慇懃無礼な男だ。が、好きにしろ」

 

 上級大将という階級も、結社の長という地位もこの幻人を現世に繋ぎとめる楔たりえない。

 それを知っていたが故にアドルフ・ヒトラーはこの幻人に一切の拘束を与えることはなかった。それはこれからも変わらない。

 ただジュリアス・カイザーという男は自分の目的のために全てを利用するだろうが、決して自分の害になる行為はしないだろうという確かな信頼。それだけがあれば十分である。

 

「お前に首輪はかけておらんし、かけられるお前でもない。励めよ」

 

「ああ……」

 

 付き合いの長さに比例しない、短く簡素な激励。だが氷のように冷たい中に感じる微かな暖かさは、ジュリアス・カイザーを感激させるには十分のものだった。

 

「なんとも愛しいことを言ってくれるな、アドルフ・ヒトラー。思わず抱きしめたくなったぞ」

 

 素朴な美青年、ナチスの将官、宮廷魔術師、営業悪魔。これまで晒してきたいずれの顔とも違う、傲慢な貌をジュリアス・カイザーは覗かせる。

 これに初めて振り返ったアドルフ・ヒトラーは腹立たしげに、

 

「ゲシュタポの牢にはまだ空きがあるぞ?」

 

 この国ではそういった嗜好は根絶の対象である。貴様がそういった趣味の持ち主であれば考えがあるぞ――――そう含ませながら睨みつける。

 ジュリアス・カイザーも自分が浮かれ過ぎていることに気づき、元の道化師然とした雰囲気を被りなおした。

 

「失礼。不敬、謹んで詫びさせて頂きます。余りにも嬉しい言葉を賜り自制心を失ってしまいました。こんな気持ちになったのは、いつ以来か」

 

「もういい。さっさといつものように消えろ。私は忙しい。お前の戯言に構う暇はない」

 

「御意。ではこれにて」

 

 現れた時が現れた時ならば、去る時も幻の如くだった。

 ジュリアス・カイザーという存在は世界から消失し、総統アドルフ・ヒトラーだけが残る。

 

「人間、か」

 

 アドルフ・ヒトラーが漏らした呟きは、静寂の中に溶けていった。

 

 

 

 こんなことになる筈ではなかった。

 何度目になるか分からぬ苛立ちを吐き捨てながら、アルラスフィール・フォン・アインツベルンは夜の帝都を駆ける。

 

「はぁ……はぁっ。こ、ここまでくれば……」

 

「安心、か?」

 

「っ!」

 

「甘いぞ。私の仕事から逃れたければ、時速が60kmは足らんぞ。戦うのは専門外だが、一応は最速を冠しているものだからな」

 

 清浄な白衣に身を包んだ槍の英霊、ランサーは退屈に言った。

 

(……なんで。なんで、どうして。こんな、ことに……ッ!)

 

 血の涙を流すほどの苦渋に顔をゆがめ、アルラスフィールは下唇を噛む。

 ドイツにあるアインツベルンの居城から、冬木へ向かう経由先として帝都へ来たアルラスフィールに待っていたのは、ナチスドイツの奇襲だった。

 地雷、爆撃。武装親衛隊による包囲。

 とても聖杯戦争とは思えぬ一斉攻撃を喰らい、先ずアルラスフィールが引き連れてきたホムンクルスの兵団は半分が死んだ。

 その代償に敵の兵団と兵器を潰すことには成功はしたが、その次は本命たるサーヴァント(ランサー)の襲撃である。

 このまま戦ってもランサーには勝てない。そう判断したアルラスフィールは残存兵力の半数をランサーの足止めに残し撤退。帝都の街中へと逃げ込んだのだが、驚くべきことにランサーは数分も経たずにホムンクルス達を突破してきたのだ。

 そしてアルラスフィールは完全に追い詰められている。

 残っているホムンクルスも先ほどの一戦で負傷している者が多く、とてもランサー相手に勝てるとは思えない。

 ホムンクルス達の司令塔であるアルラスフィールは、マスターとしての適性は最高峰でも戦闘力は皆無。

 これでせめて肝心要のサーヴァントさえまともならばどうにかなったものを。あんなサーヴァントを召喚させたアハト翁への怒りで、アルラスフィールの頭は沸騰しそうだった。

 

「お嬢様、お逃げ下さい」

 

「ルネ……!」

 

 アルラスフィールの近侍であるホムンクルスが進言する。

 

「お嬢様とお嬢様が持っておられる『器』さえあれば、アインツベルンの悲願成就の芽は潰えません。ですから、どうか」

 

「駄目よ」

 

「お嬢様!?」

 

「貴方達を置いて逃げるのが厭と言っているんじゃないわ。アインツベルンの悲願のためなら貴方達を切り捨てることを厭わないし、私の命を捨てることだって同じ」

 

 なにせ最初からそういう風に造られたのだから。第三次聖杯戦争に勝つために。ただそれだけを果たすために。

 だからアルラスフィールがルネの進言を退けたのは別の理由から。

 

「貴方達を残した程度じゃ、私は逃げ切ることはできないわ」

 

「……!」

 

 半数のホムンクルスを残して稼げた時間は約1分。であればもう残り半分を残しても稼げるのは1分だろう。

 

「だからもう一工夫加えるわ。アルラスフィール・フォン・アインツベルンが令呪をもって我がサーヴァントに命ず。アヴェンジャー、ルネ達と共闘してランサーを足止めしなさい!」

 

 アルラスフィールの莫大な魔力が令呪へと流れ込み、それが絶対命令という形で実現する。

 

「く、あは、ひゃーひゃはははははっはははははははははははははははははははははははははははは!!」

 

 アルラスフィールの隣に実体化したのは、姿形の掴めぬ黒い人影。

 事実上の『死ね』という命令を受けたアヴェンジャーは、咆哮するように狂った笑い声をあげる。

 

「りょーかいりょーかい。それが命令なら従いますよ、マスター」

 

 聴くだけで吐き気を催す口調でアヴェンジャーは言う。

 アヴェンジャーの真名はこの世全ての悪(アンリ・マユ)。反英雄の極致にして、最悪の悪霊だ。だがアヴェンジャーの霊格は矮小で、とてもではないがそんな大層な英霊には見えない。

 それもその筈である。アヴェンジャーの正体は太古の昔、村人全てが善であるために、唯一人だけこの世全ての悪を押しつけられた人身御供。

 嗚呼、その境遇には同情もしよう。アヴェンジャーがどういうものなのか知った時、人造の生命であるアルラスフィールすらが哀れに思ったほどだ。

 けれどことサーヴァントという枠で語るなら、アヴェンジャーは最弱のサーヴァントである。英霊が象徴とする宝具を何一つ持たず、全てのパラメーターが最低で、碌に戦う力を持たない。

 何よりも最強を欲するアインツベルンに、史上最弱のサーヴァントを宛がう。

 これが神霊を招くという禁忌に手を出したアインツベルンに、聖杯が下した罰だった。

 

「お嬢様、幾らアヴェンジャーが役に立たないとはいえ、サーヴァントをここで……?」

 

「このまま私達だけ逃げても、どうせ追いつかれて終わりよ。どうせ全滅するくらいなら、せめて――――!」

 

 アルラスフィールは自分が脇に抱えた白い箱に視線を落とす。

 この中に収められているのは『聖杯』だ。呼び出した英霊達の魂を回収し、天の杯に至る為の鍵。自分達が全滅しようとも、これだけは守りとおさなければならない。

 

「分かりました。どうかご無事で」

 

「ええ。足掻いてみせるわ」

 

 自分のサーヴァントも兵隊も置いて、アルラスフィールは一人だけ戦場から逃げ出した。

 それと同時に令呪の魔力により肉体のリミッターを強引に外されたアヴェンジャーが、バーサーカーの如く暴れまわる。これには流石のランサーもアルラスフィールを追うことを中断しなければならなかった。

 これでランサーの足をとめた。このまま冬木に辿り着き、聖杯を監督役に届けることができれば、正常に聖杯戦争を行うことができるだろう。

 

(アインツベルンの手で天の杯を成就できないのは口惜しいけれど、連中の手に渡るくらいならば……もう他の御三家による成就でも、構わない!)

 

 それはアルラスフィールが絶望の淵で見出した微かな希望だった。

 

「悪ぃな。女相手にこんな事を言いたかねえが、テメエはもうどん詰まりだよ。逃げ場はねえ」

 

「――――!」

 

 運命の女神というやつは残酷だ。絶望から逃げ出し漸く希望を抱いたところで、逃れようのない極大の絶望を与えるのだから。

 背中から悪魔を思わせる翼を生やし、月を背負うは漆黒の軍服を纏った魔人。月明かりを反射する毒々しいほどの白髪白貌。その中にあって不気味なほどに目立つ紅の眼。明らかに『人間』ではない。

 そして魔人は一体だけではなかった。白貌の魔人を中心に、いずれも軍服を纏った五騎の魔人がアルラスフィールを見下ろしていた。

 聖杯戦争用に造り上げられたアルラスフィールだからこそ分かる。この六人、全員が英霊だ。

 だが何かが違う。根本から聖杯戦争で呼ばれるサーヴァントとは異なっている。

 

「なんなの、貴方達は? こんなもの、私は知らないっ!」

 

「英霊だよ。お前等のよく知る偉業をなして『座』に招かれた英雄の魂だ。つっても聖杯に呼ばれたサーヴァントじゃねえがな。連中に言わせりゃ人造英霊(エインヘリャル)ってところらしい」

 

傲慢(スペルビア)

 

「無駄話をせずにさっさと殺れってか、嫉妬(インウィディア)。そんなにマスターの命令が大事ってわけかい」

 

 漆黒の軍衣を着物に改造した(嫉妬)に窘められ、傲慢と呼ばれた男は肩を竦める。

 

「じゃあな、ホムンクルス。まだ始まって四日だが、第三次聖杯戦争はこれで終わりだ」

 

 翼を生やした魔人の手がアルラスフィールの心臓を貫く。思考は真っ白に染まり、視界は真っ赤に染まる。

 遠くでホムンクルス達が戦う喧騒が聞こえてきた。きっと彼女達は自分を逃がす為に今もあそこで命を掛けているのだろう。それが申し訳なくて、けれど謝意を届ける力もなくて。

 アルラスフィール・フォン・アインツベルンは死の奈落に沈んでいった。

 

 

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