Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録- 作:出張L
来日したアインツベルンのマスターが帝都にて殺害されたという情報が言峰璃正に伝わったのは、全てのサーヴァントが揃ってから六日が経過してのことだった。
「まさか御三家の一角がこのような形で真っ先に消えるとは」
七体の英霊を呼び出して殺しあわせるなんて荒唐無稽な儀式である。想像もつかないようなイレギュラーが起こることは覚悟していた。しかし流石の璃正もこればっかりは面食らう他ない。
頭を抱えているのは璃正だけではなく、璃正からの報告を聞いて真っ先に教会へ駆けつけた遠坂静重も同様である。静重は眉間に皺を寄せながら嘆息した。
「璃正神父。『器』の所在は、本当に分からないのかね?」
「ええ。残念ながら」
「そうか」
参加者である静重にとって別にアインツベルンのマスターが死んだことは悪いニュースではない。聖杯を巡るライバルが一人消えたことが喜ばしいくらいだ。問題なのはアインツベルンのマスターが持っていた『聖杯の器』が現場から消え去っていたという点である。
聖杯戦争は冬木市地下にある大聖杯だけでは成立しない。大魔法陣たる大聖杯と、脱落したサーヴァントの魂を莫大な
小聖杯のないまま聖杯戦争を続けたとしても、肝心の願望器も『根源』への道も開くことは出来ない。ただの骨折り損のくたびれ儲けに終わるだけだ。
「教会スタッフが太平洋上でアインツベルンの物と思われる船を発見しました。これを」
璃正が一枚の写真を静重へ渡した。
写真に写っているのは船上に転がっている死体の山。しかも全員が同じ顔で斧や槍などの時代錯誤な武器を持って斃れている。
聖杯戦争以外でも以前アインツベルンと交流する機会のあった静重には、それがアインツベルン謹製のホムンクルスであることが一目で分かった。
そしてもう一つ着目すべきは船上にホムンクルス以外の死体がないことである。
「戦闘用に調整されたアインツベルンのホムンクルスは一体一体が平均的執行者と同等クラスの強さを持っている。それがこうもあっさり虐殺されたということはまず間違いなくサーヴァントの仕業じゃな」
「恐らくアインツベルンの情報を掴んだ参加者の誰かが奇襲を仕掛けたのでしょう」
そしてアインツベルンのマスター、アルラスフィールはどうにか奇襲から逃れ帝都まで辿り着くも、そこで敵サーヴァントに追いつかれ殺害された。予想される筋道としてはこんなところか。
璃正の洞察に静重も渋い顔でうなずく。
「アインツベルンは御三家の一角。であれば相当強力なサーヴァントを召喚しておったろうに。それをホムンクルスの兵団ごと皆殺しにするなど、下手人はかなり強大なサーヴァントとマスターと考えて良いじゃろう。
抜け目なく『聖杯の器』を回収したことも踏まえれば、可能性として高いのは御三家のうちどれかじゃな」
遠坂のマスターである静重がそう言うという事は、消去法的に残る御三家は一つしかなかった。
「間桐がそのような蛮行をしたというのですか?」
「少なくともマキリの妖怪爺であれば勝つ為ならばどんな手段でも使うじゃろうな。じゃがその妖怪爺は此度も様子見を決め込んでおるし、この手の積極策は間桐らしくない。彼奴はもっとこう…………裏でじっくり腰を据えて陰謀を張り巡らせるタイプじゃし。
かといってマキリのマスターである狩麻嬢の仕業とも思えん。あれは妖怪爺と違って自尊心の高さと固定観念故に自ら選択肢を縮めるタイプじゃ。今頃はまだセオリー通りに自分の家で穴熊を決め込んでおるじゃろうて」
その証拠に間桐邸を監視していた使い魔は、未だに間桐狩麻とそのサーヴァントが動いた兆項を察知していない。このことからも今回の一件に間桐は関わっていないと判断していいだろう。
「間桐でないとすると、残る御三家は『遠坂』のわけじゃが……それに関しては璃正神父、君が潔白を証明してくれるじゃろう」
「はい。貴方には難しい行動だったことは断言できます」
「難しい、かね? 皆無とは言わぬのだな」
「はい」
璃正は遠坂静重がサーヴァントを召喚してからも、彼とそのサーヴァントと何度か直接言葉を交わしている。時間的に太平洋上のアインツベルンを襲撃して、小聖杯を奪取するなんて芸当は難しいだろう。
尤も可能性はゼロではない。遠坂静重は人間的に好ましい人物であるが、まだ出逢って一か月も経っていない人間を盲信するほど璃正は阿呆ではなかった。璃正は遠坂静重を容疑者から完全に外さず、限りなく白に近いグレーという位置に留めておく。
(はてさて。戦いが本格化する前から戦いそのものが瓦解する危機を迎えたわけだが、中立の監督役としてはどういう対応をとるのが正しいか)
こういう場合、大抵は過去の前例を参考にして対応策を考えるものなのだが、生憎と監督役が置かれるようになったのは此度の第三次聖杯戦争が初。よって聖杯戦争を運営する上で役立つ前例などは皆無に等しい。よって過去ではなく現在の自分を頼りに、今後のスタンスを決めていかねばならない。
まだ二十代の璃正には些か重すぎる責任であるが、一度引き受けた仕事を途中で投げ出すのは道義に悖る行いだ。例えどんなイレギュラーがあろうと監督役として聖杯戦争を『運営』していかなければならないのである。
暫しの思考の後、考えを纏めた璃正は遠坂静重――――最も信用できるマスターに対して口を開く。
「静重殿。事態を解決するまで聖杯戦争を一時中断したいと思う」
「ほほう。だがマスター達が素直に従うかね? 儂が言うのもなんだが、この戦いに参戦するような魔術師は一癖も二癖もある連中ばかりだぞ」
「承知しております。しかし戦いに参加しているマスター達も聖杯が手に入るか分からない状況下で命懸けの殺し合いをするほど愚かではないでしょう。
兎にも角にも『聖杯の器』の所在を確認しなければ、これからの戦いを運営していくことも儘なりません。とはいえ一連の事件がマスターによって引き起こされた可能性が高い以上、調査にもサーヴァントが必要です。だが中立の我々はサーヴァントを所持していない。
そこで静重殿。私は聖杯戦争の監督役として、御三家の先代当主である貴方に依頼する。どうか調査に貴方のサーヴァントを貸して頂きたい」
聖杯戦争において監督役が特定のマスターに肩入れするのはルール違反であると定められている。よって璃正はマスターである静重にではなく、御三家の先代当主としての静重へ依頼した。
無論こんなものは詭弁以外のなにものでもない。だが政治にはこういうことも必要であると璃正は弁えていた。
「サーヴァントを貸すのは良いが二つ条件がある」
「聞きましょう」
「まず一つ。調査には儂のサーヴァントだけではなく儂自身も同行する。キャスターが儂から離れ別行動をとっている隙を、血の気の多いマスターが狙わんとも限らんのでな」
「仕方ありませんな。してもう一つは?」
「儂の一存だけでは決められん。キャスターの意思も確認してもらいたい」
そう言うと遠坂静重の背後に粒子が集まり、それがやがて一人の蒼い騎士を形作った。
銀色の甲冑に身を包んだ蒼い騎士は、璃正達を馬鹿にするように鼻を鳴らすと、
「阿呆。不要な確認作業なんてする必要はないだろう。俺が自分より弱い魔術師なんぞに従っているのは聖杯が欲しいからだ。俺も無駄働きは御免だからな。戦いを始める前にちゃんと賞品の無事を確認しておきたい」
「――――決まりだな」
キャスターの意志を確認した静重はゆらりと立ち上がる。
「ここから帝都までは大体一日はかかります。直ぐに出発しましょう」
「まったく老骨に長旅は辛いというに。こんなことならルーラーでも呼ばれてくれれば楽なのじゃがな」
「ルーラー、ですか」
「ああ。聖杯戦争の形が御三家も予期できないほどに歪んだ時、もしくは聖杯戦争によって世界が危機に晒される時のみ、大聖杯が『抑止力』を利用して召喚させる中立の審判じゃよ」
「……そういえば渡された資料にのっていましたな。なんでも聖杯戦争を治めるため通常のサーヴァントにはない数々の特権を持っているだとか。確かにそんなサーヴァントがいれば私の仕事もやり易くなる」
「ま、ぶっちゃけ聖杯戦争自体が御三家のデキレースになるよう作ってあるから、絶対中立の審判など普通は邪魔なだけなんじゃがな。こういう時はルーラーが欲しくなるわい」
なにかとんでもない爆弾発言が聞こえたような気がしたが、折角助力を得られたのに藪をつついて蛇を出すこともない。璃正は何も聞かなかったことにして、部下の運営スタッフ達に列車の手配を急がせた。
向かうは帝都・東京。この大日本帝国の中心地、東の都だ。
同時刻。
ドイツから『何か』が日本に密輸されてくるという情報を掴み、件のコンテナを接収した第四魔導機関所属の魔術師達は、自分達の予想を遥かに超える存在に圧倒されていた。
幾重にも物理・魔術的な封印が施されたコンテナ内部は、さながら牢獄のような作りになっていた。そしてそれが『牢獄』であるのならば、輸送されてきたのは物ではなく人である。しかし第四魔導機関の魔術師達の全員が、それをただの人間と思う事は出来なかった。
はち切れんばかりに膨張した魔力。天を衝く巨体は2mを超え、鋼よりも硬く磨き上げられた筋肉は大砲だって弾き返すだろう。両腕に装着されている白銀のガントレットなど、第四魔導機関が有する様々な魔術品とは比べものにならない神秘が宿っていた。
これは仮定だが、もしこの怪物が暴れ出せば、装甲連隊だろうと止める事は叶わないだろう。しかし怪物は鎖で磔台に縛り付けられており、目蓋も死んだように閉じられている。よく観察すれば磔台と鎖からは、ガントレットを超える神秘が宿っているようだった。これだけの『封印』が施されているならば、いきなり目覚めて暴れ出すという事も恐らくはないだろう。
「だが何だというのだこれは? ナチスの作り出した生体兵器……いや、だとしても何故よりにもよって我が国に」
「主任! 中よりこんなものが!」
「見せろ」
部下の一人が見つけ出してきた資料を、引っ手繰るように奪い取り目を通した。
ドイツからの密輸品なので文章もドイツ語だったが、幸い語学には堪能なので問題にはならなかった。
「……〝我々結社は『
英霊に聖杯。どちらも魔術師としては重要な意味を持つ単語だ。
気になった主任は更に書類を読み進める。
「〝だが魔力供給を必要としない『
手が震える。書類の最後にはこれまでとは別人の筆跡でこう書かれていた。
「〝時として人は貪り、多くを喰らった。此れこそ七つの死に至る罪が一つ、暴食である〟」
この書類を素直に受け取るのならば、ここで封印されている怪物の正体は英霊ということだ。英霊を呼び出すだけでも凄まじい事なのに、それを更に狂化させるなど発想からしてぶっ飛んでいる。
しかも最悪なのはこれが『特攻兵器』で『日本』に密輸されてきたということだ。もしナチスがこれをこの国で使うつもりなのだとすれば、一体それはなんのためなのか。
「そういえば相馬中尉が鬼柳大佐の指揮下で妙な儀式に参加すると言っていたな」
どちらにせよこれは一研究員の自分に判断できる領分を超えている。
上層部に報告し判断を仰ぐ必要があるだろう。