Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第16話  エインヘリヤル

 聖杯戦争は英霊を呼び出して殺しあわせる、という点に目を瞑れば合計十四人が一つの街で繰り広げる極々小規模な戦いである。よって嘗ての第一次世界大戦のようなものと違い戦いが数年に渡って続くなどということは有り得ず、戦いは二週間前後で終わるのが常だ。どれだけ長引こうとも一か月が精々である。

 七騎全ての召喚が確認され、公式に聖杯戦争が始まって既に四日――――いや、日を跨いだので五日。聖杯戦争が二週間で終わると仮定した場合、もう残り九日しかない。しかも冬木まで戻るのに更にもう一日かかるとすれば残り八日だ。だがこの八日という時間も、調査に時間をかければどんどん短くなっていくだろう。最悪、調査が長引きすぎて聖杯戦争が時間切れになる可能性もある。

 そのことを懸念していた静重と璃正は、帝都につくや否や休む間もなく真っ直ぐにアルラスフィール・フォン・アインツベルンが殺害されたという現場へ向かった。

 

「ここがアルラスフィールが最期を迎えた場所、か」

 

 太陽の光も差し込まないビルとビルの間に挟まれた路地裏。そこでアルラスフィール・フォン・アインツベルンは胸から夥しい血を流したまま死んでいた。

 聖杯戦争で出た死体などといった戦いの痕跡は、教会スタッフにより素早く処理されるのが決まりである。だというのにこうしてアルラスフィールの遺体が残っているのは、言うまでもなく静重と璃正による調査のためだ。

 静重は痛ましげに目を伏せると、瞳孔が開きっぱなしになっているアルラスフィールの瞳を閉じてやる。

 浮浪者が夜風を凌ぐような場所で、御三家のマスターの一人が脱落したのだと思うと、静重としてはなんとも遣る瀬無い気分だった。璃正も膝をついてアルラスフィールのために十字をきる。

 だがいつまでも感傷に浸っている訳にはいかない。遠坂静重がここに来たのは供養ではなく調査のためなのだから。

 静重と璃正はアルラスフィールの遺体を調べるが、特に変わったところは見受けられない。魔術を使用して内部まで調べても不審な点はなかった。本当にただ単に殺されているだけで、他には何もされていない。けれど完全に何も分からなかったわけではなかった。

 

「ふむ……」

 

「何か気になる点が?」

 

「アルラスフィール嬢の胸元――――つまりその心臓を抉られた部分だが、微かに魔力の残滓らしきものが残っている」

 

「となるとやはり魔術師か、もしくはサーヴァントの仕業ですか」

 

「だろうな。尤もこんなことは調べる前から九割方確定していたことだ。サーヴァントをもつマスターに対抗できるのは同じマスターだけなのだからな。本命はここからだよ」

 

 遠坂静重は全身の魔術回路を起動させると、すっと地面に手をつけた。

 

「百聞は一見に如かずという諺もある。これを実践するとしよう」

 

 残留思念の再生は然程難しい魔術ではない。時間を飛び越え直接過去を俯瞰する過去視とは違い、これはあくまで現象の残り香を掻き集めて脳に読み込んでいるだけのこと。強化魔術のような基礎魔術よりは難しいが、ある程度の魔術師ならば難なくこなせる中級魔術だ。

 静重の魔術師としての階位は典位(プライド)。これは上から三番目の階位であり、事実上の最高位たる色位(ブランド)をもっている息子には劣るが、その力量が一流であることは疑いようがない。そしてその魔術のキレは魔術刻印を息子に譲って久しい現在もまるで衰えるところがなかった。

 

「――――Anfang(セット)

 

 魔術回路の起動。ただそれだけで詠唱すら省略して、静重は再生の魔術を実行する。だが、

 

「……駄目だな」

 

 芳しくない結果に静重は顔を歪めながら魔術回路をOFFにする。

 

「失敗ですか?」

 

「まさか。この程度の魔術に失敗するようでは、儂は時計塔に己の階位を返上するよ。魔術そのものは問題なく成功した。じゃが残留思念の再生は叶わなかった。否、出来なくされておったよ。こやつらのせいでな」

 

「っ! これは」

 

 聖堂教会の武力を担当する代行者でこそないものの、相応の修羅場を潜り抜けてきた璃正には武闘家として高い気配感知能力がある。

 だからこそ本来であれば魔術回路を持つ者や、霊視能力を持つ者にしか感じられない悪霊の気配に気づくことができた。

 

「残留思念という形のないものの記憶を、悪霊という同じく形のない記憶によって喰らわせ隠滅させておる。魔術師の中でも特に霊体を扱うことに長けた霊媒師の仕業じゃろうな」

 

 残留思念の再生は中級魔術だし、それを隠匿する事も然程難しい魔術ではない。けれど残留思念を完全に『隠滅』するとなると話は別だ。

 ラジオに例えれば分かり易いだろう。ラジオの音を止めるには単にスイッチをOFFにすればいいだけのことだが、ラジオの電波そのものを消し去る難易度はその比ではない。

 少なくとも遠坂静重では残留思念を消し去るなんて芸当は不可能だ。思念を記憶していた場所を纏めて吹き飛ばせば出来なくはないが、現場に殆ど手をつけずに思念だけを消し去るなんて芸当は出来ない。

 

(これほどの事をやる魔術師だ。最低でも典位以上の霊媒師だろうて。自分ではなくサーヴァントにやらせたという線も考えられなくはないが、こういう事に最も秀でたキャスターは儂のサーヴァント。可能性は低かろう)

 

 霊基盤により確認できたサーヴァントは狂戦士(バーサーカー)が不在で、代わりに復讐者(アヴェンジャー)なるイレギュラーサーヴァントが呼び出されていることを除けば基本的なラインナップだった。その中にこれほど高度な隠蔽を行えるクラスはキャスター以外存在しない。

 周囲に飛び交っている悪霊達を、魔術で軽く捻り潰しながら、静重は深刻な表情で魔術師としての分析を璃正へ伝える。

 

「思念の抹消に悪霊を用いていることからも、下手人は霊媒師なのは確実。或は完成された万能性を誇る魔術師という線も考えられるが…………それよりも警戒すべきなのは」

 

「聖杯戦争の肝が『聖杯の器』であると見抜き、誰よりも先んじてアインツベルンを襲う行動力と情報収集力。更には自らの痕跡をも完全に消し去る慎重さをも兼ね備えた魔術師、ということですな?」

 

「うむ」

 

 考えれば考えるほどに、静重と璃正の心中で未知の魔術師の脅威が膨らんでいく。

 聖杯戦争は元々始まりの御三家が多くの点で優位になるよう仕組まれた、公平な戦いとは名ばかりのデキレースであったが、この一件のせいで完全に戦いの流れは未知の魔術師のものとなってしまった。聖杯戦争始まって以来の大失態、御三家の面目丸潰れである。

 

「は、あッはははははははははははははははははははははははははははははははは! 凄い凄い、大した推理力だ。そんな搾りカスみたいな場所からでも情報は引き出せるものだね」

 

 暗闇から這い出るように響き渡った声に、静重と璃正は硬直する。愛憎がぐちゃぐちゃに入り混じりながら、強引に蓋をした――――人間として不安を覚えずにはいられない、正気の皮を被った狂気の声。

 心臓に杭を突き刺されたかのような悪寒を覚えた二人は、同時に声の発生源へ振り向くが、そこには何もない暗闇が広がっているだけだった。

 だがしかし静重も璃正も決して何もない虚空から目を離すことはなかった。確かに姿は見えないが――――〝そこ〟にいる。闇に溶け、虚空を気取った魔物が。

 

「何者だ? 姿を隠しておらんで姿を見せぬか。さもなければ貴様の気配がある方向を纏めて消し飛ばすぞ」

 

「――――良いよ。そういう強気は嫌いじゃない、大好きだ。オレのような畜生が恐れ戦き敬意を払うべき英雄の香りがする」

 

 瞬間。何もない虚空にどこからともなく現れた無数の蝙蝠が集まり出す。千を超える蝙蝠の群れは喧しく羽音を鳴らしながら、徐々に人の形を作り上げていった。

 やがて全ての蝙蝠が溶け合って浮かび上がってきたのは白貌の魔人。双眸は人ならざる化物であると示すかの如く朱く、髪と肌は色素という色素を絞り出してしまったかのように白い。

 なによりも目に付くのは男の纏う服と腕章である。

 漆黒の軍服に、鍵十字(スワスティカ)の腕章とくれば見間違うはずもない。

 あの悪魔的カリスマをもつ男に率いられ、世界に挑もうとする髑髏(トーテンコップ)の軍勢――――ナチス親衛隊だ。

 

「ナチスが魔術協会と戦争をしていることは息子から聞いていたが、まさかこの戦いにも介入してきたか! しかも死徒をマスターとして擁立してくるとはのう」

 

「ゼルレッチを祖とするだけある。オレがなんなのか一目で看破したようだね」

 

 儚げでありながら香しいまでの耽美な色香を放つ美少年は、天使のような純真さで邪悪に微笑む。

 

「自己紹介しようか。俺は吸血鬼(ドラキュラ)。ナチスの軍人としての名前はベルンフリート・V・D・ローゼンハイン。地に堕ちて、もう空に手を伸ばす視覚すら失った惨めで愚かで――――だけど人間を軽く踏みつぶせる力をもった、愚図な人間共の捕食者であり、君達の敵だよ。

 けど一つ訂正するとオレは〝聖杯戦争〟のマスターじゃない。うちの組織がこの戦いに介入しているのは確かだけど、聖杯戦争のマスターとしての参加者はダーニックだけだ」

 

 白貌の死徒ベルンフリートの視線は静重でも璃正でもなく、明らかに霊体化したキャスターを貫いていた。どうもあの死徒には霊体化して不可視となっているサーヴァントの姿をも視認できる『目』をもっているらしい。

 それもその筈。ベルンフリート・V・D・ローゼンハインといえば死徒の中でも上位の実力をもった正真正銘の怪物。知名度であれば死徒の中でも随一、思想面で相容れないせいで27祖に名を連ねることこそなかったが、吸血鬼としての実力は決して彼等に劣るものではないという。それほどの実力者であれば霊体を視る目をもっていたとしても不思議でもなんでもない。

 

「ベルンフリートと言ったな、吸血鬼」

 

 相手が聖堂教会と不倶戴天の敵たる吸血鬼なせいで、監督役にあるまじき敵愾心を込めた声色で璃正が言う。

 

「ああ言ったとも、人間」

 

「単刀直入に聞く。これをやったのは貴様か?」

 

「Yes――――というのは半分正解で半分不正解かな。オレ自身はこの件に関して一切手を下してないよ。オレは閣下より与えられた駒をロディウスのやつに貸してやっただけだ。聖杯の器を奪ったのも、コソコソ証拠隠滅なんて狡いことをしたのも全部ロディウスだよ」

 

 少佐の階級章を指で叩きながらベルンフリートが言った。

 

「ロディウス……まさかロディウス・ファーレンブルクか!?」

 

 ドイツに拠点を置く名門ファーレンブルク家の出にして『悪魔公』という異名で恐れられた封印指定の魔術師だ。封印指定クラスのロディウスであれば、悪霊を用いての証拠隠滅など造作もないことだろう。

 しかも先程ベルンフリートが言っていたダーニックという男は、若くして既に色位の階位を得たという新進気鋭の天才魔術師である。

 どうやらナチスは相当本腰を入れて聖杯戦争に関わってきているらしい。

 

「魔術師としてそこそこの腕は持っているし、階級的には一応のオレの上官ということになるんだろうけど…………所詮は『人間』の枠を出ないつまらない男だよ。まぁただの人間にしては不相応なほどの意志の強さは珍種と言う他ないけどね。

 オレ自身はダーニックが欲する『聖杯』も、総統閣下(マイン・フューラー)が望む千年王国(ミレニアム)も、閣下の求める新天新地も興味はない。オレが求めているのは、五百年前から変わらない。こんな卑屈で無様で醜く汚らわしいオレの始まりを、情け容赦もなく終わらせてくれる素晴らしい勇敢さだ。

 さて、君達は遠坂静重と言峰璃正だったね? 君達は、どうかな」

 

「――――っ!」

 

「オレの期待に、応えてくれるかい?」

 

 風がざわめく。最初からそこにいたのか、それとも途中から紛れたのか。

 柳のように風に溶け込んで、気配を隠していた男がベルンフリートの前に現れた。

 

「これが人造英霊(エインヘリヤル)。聖杯に頼らずに、英霊をこの世に具現化させる奇蹟。結社の長たる閣下が我等に下賜した七つの駒が一つ、その()の名は色欲(ルクスリア)

 

「なっ……っ!? 馬鹿な、聖杯を用いない英霊召喚など……出来るわけがっ!?」

 

 人造英霊(エインヘリヤル)など有り得ない――――という魔術師として当たり前の常識も、実際の目の当たりにすれば吹き飛んでしまう。身を包む服装こそナチスの軍服であるが、内包している神秘の量は間違いなくサーヴァントのそれだ。

 だがそれ以上に遠坂静重には、その男が『英霊』であると絶対的に信じるだけの理由があった。

 手が震え、歯がカチカチと鳴った。

 聖杯戦争ではサーヴァントは真名を隠して、クラス名で呼び合うのが基本である。真名が露見すればその英雄の経歴や弱点、その全てが露見してしまうのだから当然だ。

 しかしながら如何にクラス名で呼び合おうとも、真名を隠すのが極めて難しい英霊もいる。アーサー王のように宝具の造形が余りにも有名過ぎる英霊もその一例であるし、自分の顔が『写真』という形で現代に伝わっている英霊の場合は、その写真を見た者に出逢えば一目で真名を看破されてしまうだろう。

 ベルンフリートが自らの駒と呼んだルクスリアは正にその典型的な事例だった。

 五尺八寸の立派な身體、美しさと静観さが調和した見事な容貌。そして腰に下げるは、莫大な魔力を秘めた妖刀。

 

「……驚愕を隠せぬよ。明治はとうに終わり、大正を過ぎ、昭和となった今世に御身が降り立つとはな」

 

 静重の視線を受けて、ルクスリアは目を細める。

 

「木戸孝允――――いや、その若々しい容貌から察するにこう呼んだ方が宜しいか。維新三傑が一人、桂小五郎……!」

 

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