Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第18話  秘めたるもの

 アーサー王伝説にその名を轟かせた蒼い騎士と、幕末にて維新の旗を掲げた武士。

 歴史において決して交わるはずのない英雄達。それらが正面から対決するという奇跡こそが聖杯戦争の醍醐味である。

 キャスターとルクスリア。この二騎を比べた場合、英霊として格上なのは言うまでもなくキャスターの方だ。

 なにせキャスターの真名はアーサー王。神代の息吹を残したブリテン島にて、世界を滅ぼしうる魔物を相手に数々の武勲をたてた英雄の中の英雄。この世全ての騎士たちの頂点に君臨する騎士王だ。その信仰はもはや下手な神霊を軽く凌駕し、一神話体系の主神クラスに匹敵する。対してルクスリアはこの日本において如何に高名であろうとも、神秘の限りなく薄まった近代の英霊だ。純粋な神秘の強弱比べであれば、どうしても神代の英霊には一歩譲ってしまう。

 だが戦いとは別に格で競うものではない。

 ルクスリアは確かに霊格という点でアーサー王に劣るが、彼には世が世なら〝剣聖〟と称されても不思議ではないほどの剣の腕がある。

 それほどの技量をもちながら、幕末という修羅の世において、遂に日の目を見ることのなかった桂小五郎の剣。明治から大正を経た昭和の世にて、沈黙の大剣豪は漸く眠りより覚めた。

 

「ちっ!」

 

「はっ――――!」

 

 静謐な気魄はキャスターを圧倒し、繰り出される疾風の斬撃は空間をも両断する。ルクスリアの剣の技量は完全にキャスターを凌駕していた。

 キャスターは厳しい修練によって獲得した『心眼』でどうにかルクスリアの刃を防いで入るが、防戦一方でまるで攻めに転じることが出来ていない。このままではいずれルクスリアの刃がキャスターの首級を落とすだろう。

 遠坂静重はまだ生きていた頃のルクスリア(桂小五郎)と会って話したこともあるので、彼が素晴らしい剣術家であることを知ってはいたが、流石にこれ程とは思いもよらなかった。

 

(有り得ぬ……キャスターは並みの英霊ではない。アーサー王、騎士の王なのだぞ! それがこうも押されっぱなしとは)

 

 キャスターの技量が騎士王にあるまじきものなのか、ルクスリアの技量が高すぎるのが、或はその両方か。ともかく純粋に『剣士』としての両騎を比べた場合、キャスターのそれをルクスリアは完全に凌駕していた。

 実力が近い者同士ならば時の運で勝敗など幾らでもひっくり返るが、キャスターとルクスリアの間に横たわっている差は、並大抵の幸運でどうにかなるようなものではない。このまま切り結んでいてもキャスターの敗北は約束されているも同然だ。

 

「キャスター!」

 

 サーヴァントが戦いにおける剣であるのならば、マスターの役割は頭だ。静重はキャスターに指示を送るため名前を叫んだ。

 

「死にかけの耄碌爺がデカい声を出すな」

 

 だがキャスターは余裕を崩さず、皮肉げに口端を釣り上げる。

 

「キャスター……?」

 

「理解はしている――――当たり前だ」

 

 静重に指摘されるまでもなく、キャスターは自分の剣技がルクスリアの剣術に劣っていることを分かっていた。格上の剣士と幾度となく馬上試合で刃を交え、磨いてきた心眼がなければ今頃キャスターは聖杯戦争二番目の脱落者となっていたことだろう。

 キャスターが実力差を分かっていてなお危険を冒して刃を交えていたのは、ルクスリアという敵の大まかな力の程を体で確かめるためである。その確認も完了した。であれば後は自らの本分に立ち戻るだけだ。

 

「忘れたか? 俺は魔術師(キャスター)なんだぞ」

 

 スキル〝二重召喚〟。

 一つのクラスで二つのクラス別技能を併せ持つ事を可能とする、サーヴァントの保有スキルの中でも最も特異なものの一つである。これを持つサーヴァントは狂戦士と暗殺者、または魔術師と暗殺者というような具合に二つの特性を引き出す事が可能だ。とはいえ通常なら三騎士クラスとエクストラクラスを組み合わせに入れる事は出来ないのだが、キャスターはEXという規格外のスキルランクによってセイバーとキャスターの組み合わせを可能としている。

 最弱の魔術師(キャスター)でありながら、最優の剣士(セイバー)でもあるという矛盾。それこそがキャスターの強味であり、キャスターでありながら剣を主武装とする理由だ。

 そしてルクスリアの剣士としての力量がキャスターを上回っているならば、態々敵に合わして剣士(セイバー)に徹する必要性などない。剣を収め、魔術師として戦うだけのことである。

 

色欲(ルクスリア)。お前に剣を振り回すだけが戦ではないと教えてやる」

 

「っ!」

 

 黄金の剣を覆っていた炎が更に出力を増して、ルクスリアの道を塞ぐように壁を形成した。炎壁を目晦ましにして、キャスターは大きく後ろへ飛びのく。掌中の玉を逃した口惜しさに、ルクスリアは軽く舌打ちをして炎壁を両断した。

 形のない炎を空間ごと絶つことで容易く両断したのは剣豪の面目躍如であるが、ルクスリアに奔ったほんの微かな動揺をキャスターは見逃さなかった。

 キャスターの周囲から渦のように炎が湧き上がり、それらが飛礫となってルクスリアへと殺到する。

 

「癪なことを!」

 

 ルクスリアとてただ棒立ちで炎の飛礫を受けるほど阿呆ではない。歩法の極みたる縮地によって、音速で迫る炎を次々に回避していく。そしてどうしても躱しきれない極一部の炎だけを切り伏せながらキャスターとの距離を詰めようとした。

 

「そうだ、お前はそうするしかない。そうしなければ俺を殺せんからな――――嘆かわしい程に」

 

「――――!」

 

 ルクスリアはつい60年程前に没した、英霊の中でも極めて新しい存在だ。その時代には既に神秘は薄れて久しく、ルクスリア自身も魔術など聖杯によって与えられた知識で辛うじて知っている程度。魔術への耐性は皆無に等しい。

 通常の三騎士であれば強力な対魔力によって難なく弾いてしまう魔術すら、ルクスリアには致命傷足りえてしまう。これがルクスリアの最大の弱点だった。

 

「参ったな、これは。(これ)以外もあればどうにかなったのだが、無い物ねだりをしても仕様がない」

 

 キャスターは知らぬ事だが、正規のサーヴァントではなく人造英霊(エインヘリヤル)であるが故にルクスリアはハンデを背負っている。それによってルクスリアは自身の最強宝具を喪失しており、全力を出したいのに出せない苦労に嘆息した。

 戦いの流れは完全にさっきとは逆転していた。魔術を連発し弾幕を張るキャスターに、ルクスリアは完全に足止めされてしまっている。縮地による神速で距離を詰めようにも、心眼を駆使したキャスターが厭らしい場所に魔術を撃ち込んでくるせいで上手くいかない。

 

「無いものねだりをしても仕方ないなら、有るもので足掻いてみよう」

 

 窮地に陥った時、変に奇策を弄するのは悪手である。窮地だからこそ逆に基本に立ち戻る事こそが肝要だ。最強宝具を持たないルクスリアにとって最大の武器は自分の剣技だけである。ならば余計な事は考えず、ひたすら剣に集中すればいい。

 目を細めたルクスリアは真空ごと炎を薙ぎ払うと、刀を一度納刀した。

 刃のようなルクスリアの目が更に細く鋭くなる。

 それが〝照準〟であるとキャスターが悟った時には、ルクスリアは動いていた。

 

〝居合〟

 

 剣術について多少なりとも知識のある人間ならば一度は聞いたことがあるだろう。

 鞘から刀を抜き放ってから敵を切るのではなく、鞘に納めた刀を迅速に抜き放つと同時に敵を斬る。それが剣術と共に武芸十八般に名を連ねる抜刀術だ。

 本来居合とは座って行うものであるが、桂小五郎が免許皆伝を得た神道無念流には、座った状態で行う技は無く立った状態の技のみがあるという。

 

――――即ち〝立居合〟。

 

 そして技を極めた真の剣豪の抜刀術は、神仏すら刃の行方を見失うという。

 西洋圏の英霊であるキャスターには当然抜刀術についての知識などない。サーヴァントは召喚の際に聖杯から現代の知識を与えられるが、それはあくまで活動に支障が出ないようにする必要最小限のもの。神道無念流や抜刀術についての知識を聖杯は与えてくれはしないのだ。

 けれど生前数多くの高名な騎士達と剣を交えたキャスターは、経験則でルクスリアが繰り出そうとしているのが『遠距離攻撃』であると察知し、全神経全意識を回避という一点に傾ける。

 音が、鳴る。

 抜刀音が響いた瞬間、攻撃は完了していた。

 雷すら追い抜く速度の抜刀は、真空の刃を生み出す。空間をも絶段する真空刃の前には、如何なる合金も――――鋼すら受け止めること能わない。。

 となればルクスリアの繰り出した神速の抜刀術から逃れる方法は回避するくらいしかないのだが、これを躱すには最低でもBランクに達する敏捷性が必要となる。キャスターの敏捷性は平均的なCランク。回避は間に合わない。

 

「……ほぉ」

 

 故にキャスターが真空刃から逃れ得たのは、手に握った黄金の剣が鋼に勝る硬度をもっていたからに他ならない。

 王を選定する黄金の剣。カリバーンは真空刃の直撃を防ぎながら刃には傷一つなかった。

 

「火廣金すら斬るだけの自信はあったのだが、まったくの無傷とはな。やはり世界は広い。少々覚えのある剣でも夷狄――――いや、英国には砕けぬ伝説があるか。

 アーサー王、遍く全ての騎士が理想とする誉れ高き騎士王。その剣は我が国の神器にも並ぼう」

 

「…………」

 

「だが剣の凄まじさに貴様の技量がまるで釣り合ってない。豚に真珠とはこのことだな。剣士(セイバー)ではなく魔術師(キャスター)なのも大方そのあたりが原因とみるが」

 

「阿呆。こちらの手の内を自ら明かすはずがないだろう。ぐだぐだと喋っている暇があるんなら向かってきたらどうだ? 貴様程度の腕では騎士王に勝てんがな」

 

「抜かしたな、キャスター」

 

 そう言いながらルクスリアの貌には微かな喜びがあった。

 ルクスリアには仮初の主君たるベルンフリートにも明かせぬ目的を抱いてこの聖杯戦争に介入している。しかしながら聖杯戦争はルクスリアの想像以上のものだった。伝説に刻まれし英雄との戦いは、ルクスリアの奥深くにある闘争心を呼び覚ますには十分だった。

 剣に実力が釣り合っていないと言ったが、それはあくまでカリバーンという至宝と比べてのこと。キャスターの技量は十分英霊と呼ぶに相応しい領域に達している。あの幕末にもキャスターを超える剣士となると、四大人斬りや新撰組の隊長連中くらいしか思い当たらない。

 

(最弱と呼ばれるキャスターですらこれほどなのだ。セイバーとして召喚された英霊はどれほどの益荒男なのだ)

 

 桂小五郎は彼の近藤勇すら認める力量をもちながら、立場故に生涯一度たりとも剣士として戦うことが出来なかった。他の同志が攘夷倒幕に心燃やしているからこそ、桂は一人だけ軽挙を慎み冷静さを保たねばならなかった。全ては列強に肩を並べるという大望を掲げた己が志を全うするために。

 けれどもしも二度目の生があるのならば――――その時は大望や大志もなく、一人の剣士として存分に戦ってみたい。

 英霊は生前の後悔ではなく未練にこそ執着するというのであれば、それこそが桂小五郎の未練なのだろう。

 

(儘ならないものだ)

 

 そういう欲求は確かにあるが、悲しい事に死んだ後でも責任感を放り捨てられないのが桂小五郎が苦労人たる所以だった。

 例えその願いが自分の置かれている立場であれば、望めば容易く手に入るものであることも。それ以上に桂小五郎はこの国を愛しているのだ。

 如何にナチスの走狗と成り果てようと、桂小五郎という英傑の魂まで汚せはしない。自己の命にすら勝る志をもつからこその志士だ。こればっかりは幕末に生きた全ての人々のためにも曲げるわけにはならぬ絶対のことである。

 ルクスリアは敢えて修羅となって、己の『宝具』を解放する決断をした。

 失ったのは最強宝具であって、もう一つの宝具は自分の中に残っている。

 キャスターが耐えればそれで良し。耐えられなければ、その時は主人の信用を得るための礎となって貰うだけだ。

 だがルクスリアの『宝具』が解放される直前、彼方より飛来した魔弾が、遠坂静重の身体を無慈悲に貫いた。

 

 

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