Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第20話  最初で最期

 ここにきての遠坂冥馬の登場は静重側とナチス側に正反対のベクトルの大きな衝撃を与えた。

 ナチス側、つまるところルクスリアに奔ったのは戦慄。他のサーヴァント達と比べても時代が新しく、現代に近い英霊であるルクスリアは、通常のサーヴァントほどマスターを侮る傾向が少ない。だからこそマスターはサーヴァントに劣るもの、という固定観念を抜きにして遠坂冥馬の攻撃を脅威と認識して、回避することが出来た。

 だがもしもここにいたのがルクスリアではなく、現代の魔術師達を下に見る極普通のサーヴァントであればどうなっていたか。

 冥馬の投げつけてきた宝石の魔力も、その飛来してきた速度も、その全てが英霊の業と比較しても劣ることのないものだった。自分以外の人造英霊なら流石に死ぬことはないにしても、ダメージを受けることは避けられなかっただろう。

 

(遠坂冥馬……発言を信じるなら静重の倅か。マスターはサーヴァントには決して勝てないのが聖杯戦争の鉄則であり常識。だからこそマスターは己のサーヴァントをもって敵対サーヴァントを駆逐する。そんな常識はマスター連中に聞かされてはいるが)

 

 ルクスリアの脳裏に過ったのは、自分の直接のマスターであるベルンフリートだ。

 マスターであるベルンフリートは魔術師であると同時に500年以上の時を生きた死徒であり、サーヴァントとも正面からやりあえる強さをもっている。ナチスの他の面子にしても一癖も二癖もある連中ばかり。

 世の中というのは何事も例外ありきだ。マスターはサーヴァントに勝てないという常識から外れた例外の一人がベルンフリートであり、遠坂冥馬という魔術師なのだろう。ルクスリアは遠坂冥馬という新たな敵を、脆弱な魔術師ではなくサーヴァント級の脅威として認識した。

 またルクスリアがそう判断している頃、キャスターの方も高速で頭を回転させていた。

 

(静重の顔に驚きはあるが、あの珍妙な格好をした魔術師(メイガス)に対する警戒心は皆無だ。どちらかといえば用心深い性質の静重がまったく警戒しない相手ということは、奴が静重の息子というのは間違いないと判断していい。

 いやあのケバケバしい格好の男が静重の息子なんていうことはこの際どうでもいい。重要なのは――――)

 

 遠坂冥馬がルクスリアを攻撃したこと。つまり遠坂冥馬がルクスリアの敵であるということだ。

 正面のルクスリアに、遠方の憤怒(イーラ)なる弓使い。二対一で絶体絶命かと思われていた時、都合良くサーヴァント級の実力を秘めた魔術師が現れた。

 何もなせぬまま惨めに脱落することを覚悟していたキャスターに一筋の光明が差す。

 遠坂冥馬が味方というのならば、こちらの戦力は二対二の同数。流石に遠坂冥馬が宝具をもつサーヴァントと互角とは思えないが、取り敢えず防戦に徹すれば足止めは出来るだろう。

 その間にもう片方をどうにか出来れば、ここを切り抜けることも不可能ではない。

 

(残る問題は……マスター、か)

 

 ぎりぎりで死の手前で堪えているが、静重の命はもう長くない。

 静重が現役の当主であれば『魔術刻印』が延命のために治癒魔術を行使することで持ち堪えられたかもしれないが、静重は既に当主の座を譲った身。その体に魔術刻印はない。静重を死から守っているのは、彼自身の魔術回路と強靭な精神力だけだ。しかもこの期に及んで静重はサーヴァントへの魔力供給を停止してはいないため、自分への治癒魔術の効率が悪くなっている。

 絶体絶命を逃れ、一筋の光明が差したところで窮地であることには変わりない。

 キャスターの脳裏に思い浮かぶ選択肢はある。その選択をとれば、この場を切り抜けることは出来るかもしれない。けれどそれは遠坂静重のサーヴァントであるキャスターには、間違っても進言することの出来ないものだった。勝つためには自分が汚れる覚悟はとうに出来ているが、キャスターにも騎士として譲れぬ一線というものはある。それは完全にその一線を踏み越えるものだった。

 だがキャスターは少しばかり遠坂静重という魔術師を侮っていた。

 キャスターに進言されるまでもなく、静重は息子を見た瞬間にその選択肢を思い浮かべており、そのために治癒へ回す魔力をカットしてまで魔力を溜めていたのだから。

 

「令呪をもって……我が騎士たるキャスターに……遠坂三代目当主が命ずる――――」

 

「静重? まさか、お前」

 

「行け、射手(イーラ)のもとへ」

 

 聖杯戦争に招かれしマスターにのみ与えられる三度の絶対命令権。それが遠坂静重の命を吸い取って、最初で最期の奇跡を実現させた。

 ルクスリアが静重の目論見に気づくが遅すぎる。遥か遠くでイーラが次弾を装填したが鈍過ぎる。

 遠坂静重が命令し終えた瞬間、間髪入れずにキャスターは魔弾の射手との距離をゼロにしていた。

 キャスターの視界に映り込むのは、今正に次弾を静重に放とうとしていた黒髪の弓使い(イーラ)の背中。

 

「静重……ッ! 命を、捨てるか……!」

 

 ただでさえ死ぬ寸前だというのに、更に令呪まで行使してしまった以上、静重の助かる確率は完全なるゼロとなった。この世のどんな名医だろうと魔術師だろうと匙を投げるだろう。

 自らの命を犠牲にして命令を下したマスターに、サーヴァントであるキャスターが報いれることはなにか。考えるまでもない。マスターの命を奪った不逞な輩を、選定の刃で切り殺してやることだけだ。

 迷っている時間はコンマ一秒とてありはしなかった。

 操る人間の意思を反映してか、太陽よりも眩く輝く黄金の刀身。

 キャスターは躊躇なく、選定の刃でイーラの命を獲りにいく。

 

「チィ!」

 

 腰にあるサーベルを抜いている余裕はないと素早く判断したイーラは、咄嗟に弓で剣を受け止める。

 黄金の刃に弓が耐えきれたのはほんの数秒だった。その数秒でルクスリアの刀と同じく、最古の鍛冶師が鍛えた弓は粉微塵に砕け散る。

 

「逃がさん」

 

「逃げんさ。剣を抜く時間は稼いだ」

 

 イーラの喉から発せられたのは、若々しさと老練さの混ざりあった声だった。イーラは腰からサーベルを抜き放つと、キャスターの選定剣を真っ向から迎撃した。

 選定剣とサーベルが鍔迫り合う。

 最初から剣を受け止めることを想定されているサーベルは、弓とは違いカリバーンと鍔迫り合っても砕ける様子はない。ルクスリアの刀と比べればランクは数段落ちるが、そのサーベルも鍛冶師の作であることは明らかであった。

 

「弓使いが剣を頼るか、イーラとやら」

 

「鏡を見ていいたまえ。剣使いの魔術師(キャスター)に言われたくはない……なァッ!!」

 

 イーラの渾身の薙ぎ払いに、力負けしたキャスターは弾き飛ばされた。余波で切られた頬から滴る血を、キャスターは袖で拭う。

 息をつく間もなくイーラが攻勢に転じた。

 サーベルを自分の手足の如く自在に操りながら、キャスターの首を刈り取りにくるイーラ。キャスターは心眼を総動員して剣を受け流しながら、心の中で軽く舌打ちした。

 このイーラなる人造英霊(エインヘリヤル)。弓の腕が怪物なのは先の攻撃で承知していたが、剣の方も相当の腕前だ。

 剣技もそれを振るう膂力も剣士(セイバー)と言われてもまるで見劣りしない。まごうことなき豪傑だ。もしかしたらルクスリアとも互角に張り合うかもしれない。

 

(仮にも〝騎士王(オレ)〟より強い剣士がゴロゴロいる聖杯戦争とはな。これでは立つ瀬が……ない!)

 

 剣で自分より勝る相手であればキャスターのやることは変わらない。ルクスリア相手にもやったことだ。

 即ち剣に魔術を織り交ぜる。

 

「焼けろ、灰も残さずに」

 

 キャスターの掌から鉄すら溶かし尽くす火炎放射が放たれた。

 ルクスリア同様、剣の覚えはあっても魔術の覚えはなかったらしいイーラは、火炎の対処に足をとめた。

 

「なんと火計とは。剣士ではなく魔術師(キャスター)というのは伊達ではないらしい。といっても対応できんほどではないな」

 

 右に飛んで火炎を回避したイーラは、サーベルの切っ先をキャスターに向けながら鼻を鳴らす。

 

「――――だが俺の弓を砕くとは見事だ。嗚呼、勘違いしてくれるな。お前を称賛したわけではないぞ」

 

「言わずとも、それくらい、分かっている」

 

 イーラから弓を奪えたのは、静重が自らの命を令呪に吹き込み命令したからだ。そうでなければキャスターは、このイーラの下に辿り着くことすら出来なかっただろう。

 故に真に称賛されるべきなのはキャスターではなく遠坂静重。それは誰よりもキャスターが一番良く理解している。

 その時だった。キャスターに送られていた魔力供給がピタリと止んだ。

 

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