Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第23話  第八の契約

 遠坂静重が死に、マスター権が冥馬へと移ったことはイーラと戦うキャスターにも感じ取れた。

 魔力供給が再開されキャスターの炉心を魔力が満たす。供給ストップによる弱体化の影響は消え去って、静重がマスターだった時以上の力が湧き上がってくる。

 しかしそれが自分の不甲斐なさによって齎されてしまった結末と理解しているだけに、キャスターの貌には怒りの念だけが浮かび上がっていた。

 

「憎いか、キャスター?」

 

「なにを莫迦なことをほざいている。憎いか、だと? 阿呆め。所詮はマスターなんぞ聖杯戦争に勝つ為の仮初の主。死んだところで、どうしてサーヴァントが怒らなくてはならん」

 

「怒っているさ。なにせ鏡写しだ」

 

 サーベルを振る手を緩めることなく、イーラは自嘲する。

 

「敵や運命や他の何よりも――――自分こそを焼き尽くしたいと欲する自責、ぶつけどころのない憤怒の罪過。その顔は嘗ての俺そのものだ」

 

「生前に主君を失った口か? 己の失態で」

 

「いいや、それほど大層なものではない。もっと阿呆らしく、口にするのが恥ずかしくなるほど馬鹿らしいことだよ。自分への怒りを抑え込んで、現実に向き合う貴殿と俺は違った……」

 

 過去を回顧しているのか、イーラの双眸が現在ではなく過去へと馳せられる。

 七つの大罪が一つ、憤怒という器に宿った英霊は過去を懐かしみながら、過去の自分に対して激怒していた。

 キャスターはイーラの正体についてまったく心当たりはないが、恐らくは自分で自分を()した口だろう。この手の人間を何度か見たことがあるからキャスターには分かる。

 そしてイーラの言う通りキャスターはマスターが死んだとしても、責任をとって自刎しようと思うほど往生際が良くない。キャスターが命を賭けてイーラの首級を狙いに行くか、それとも――――と、思考を巡らせていると新たなるマスターよりの命が届いた。

 

〝キャスター。お前の新しいマスターになった遠坂冥馬だ。最初の命令を伝える〟

 

 やはりというべきか新たなマスターとなったのは静重の子である冥馬。

 まだキャスターは『遠坂冥馬』をマスターとして認め契約してはいないが、この緊急事態でそんなことをしている時間はない。仮契約ということで遠坂冥馬を仮のマスターとして受け入れ、その命令に従うことを良しとする。

 

〝その場から離脱し、帰還しろ〟

 

 マスターからのオーダーは撤退。

 ラインを通してマスターの思念を読み解く限り、遠坂冥馬はあのルクスリアの腕と刀を奪うという大戦果をあげたらしい。

 であるのならば敵の戦力が如何とも知れぬ今、一度撤退するのは悪い選択ではないだろう。

 マスターである冥馬が戦果をあげておきながら、サーヴァントである自分が大した戦果を出していないことに思うところがないわけではないが、そんな些事に囚われて大局を見失うほどキャスターは暗愚ではなかった。

 

「この場で貴様のむさ苦しい顔を消しておきたいところだったが、喜べ。俺のマスターが帰ってこいと仰せだ」

 

「……マスター? 成程、もう新たな主人を見つけたのか」

 

「まぁ賢い俺としても、貴様みたいな幸薄野郎の相手なんぞ願い下げだ。幸薄な女なら適当に口説き落とす楽しみもあるが、相手が男ではいきり立つものもない。見逃がしてやるからさっさと失せろ」

 

「騎士の王ともあろう人物が、これほど口が悪いとは思わなんだぞ。しかしキャスターくん、俺がこの場で雌雄を決しようではないか――――と、提案したらどうするつもりかね?」

 

「忘れたか? サーヴァント同士の本番が何なのか」

 

 キャスターはこれ見よがしに黄金の選定剣を翳す。

 英霊が自身と共に伝説を築き上げた武器、或いは英霊の偉業や伝承そのものが奇跡として具現化したもの。

 それこそがサーヴァントがもつ宝具であり、サーヴァントの本当の戦いとは宝具のぶつかり合いを差す。

 イーラの予想外の剣技に押されたキャスターだったが、未だキャスターは自身が隠し持つ宝具をまったく晒していない。対してイーラの方は主武装であった弓矢を失い、あるのは何の特異な力も持たぬサーベルが一振り。

 キャスターが宝具というジョーカーを切った場合、形勢はいともあっさりとひっくり返ることになるだろう。

 イーラは一度目を瞑り、

 

「良かろう。退くがいい、キャスター」

 

 瞑っていた目を開いてイーラが言った。

 

「元々ルクスリアと君の戦いに横槍を入れたのは俺の独断。実のところ俺のマスターもさっきから帰ってこいと慌てふためいていてね」

 

「主人の命令を無視して戦いを始めた挙句に、帰還命令も無視とは大した騎士がいたものだな」

 

「将たるもの軍にあれば、君命も受けざる所あり……。主君の命を遵守するだけが忠臣ではない」

 

「物は言いようだな」

 

 ともあれイーラが剣を下ろすのであれば、キャスターとしては否もない。万が一イーラが変な気を起こして、逃げる背中に襲いかかってきたとしても、伊達に魔術師の英霊を名乗っているわけではないのだ。対処法は幾らでもある。

 キャスターはビルから飛び降りると霊体化して新たなマスターの下へと向かった。

 

 

 

 流石にサーヴァントだけあって移動速度一つが並み外れている。撤退命令を出してから十分と経たないうちに帰参を果たしたキャスターを見て冥馬はそう思った。

 蒼い騎士は静重の亡骸に一瞥してから、視線を冥馬へと移す。

 先程は激戦の最中だったため特に意識することはなかったが、目の前に彼の騎士王がいるのかと思うと、例えサーヴァントであろうと僅かに緊張した。

 

「さっきは挨拶どころか言葉を交わせなかったから改めて。遠坂冥馬、遠坂の四代目だ。そして静重の息子でもある。戦死した亡き父に代わりマスター権を引き継いだ。異論があるなら今のうちに。不協和音を取り除くのは早ければ早いほど良いんだから」

 

「――――異論は…………ない」

 

「なら俺をマスターとして認めるのか?」

 

「静重がこんな序盤も序盤で死んだのは、俺にも責任の一端がある。残りの令呪ニ画もあることだし、サーヴァントとしては従うさ。

 魔術師としての力量は俺に送られてくる魔力供給が証明しているし、あのヅラ野郎の腕を叩き切って刀まで奪ったということは戦いもそれなりなんだろう。

 内面までマスター適正抜群なのかは知らんが、それは戦いの中で観察していくとするさ。俺かお前がくたばるまではな」

 

「…………璃正」

 

「耐えられよ。御父君は耐えた」

 

「そうか」

 

 すらすらと流れるように出てくるキャスターの慇懃無礼な言葉を、冥馬はどうにか呑み込んだ。

 キャスターの先程の弁を意訳すれば、

 

『静重様がこんな序盤で死んでしまったのは、この私めの失態でございます。マスターの証たる令呪がマスターの息子である冥馬様の腕にあるのであれば、私もサーヴァントとして忠誠を捧げましょう。

 マスターが魔術師として素晴らしい御方なのは、私めの身に流れる魔力こそが証明。また桂小五郎から腕と刀を奪い取った力量、感服致しました次第でございます。

 つきましてはマスターの尊き御心を、戦いの中で不遜にも見極めさせて頂きたいと思う所存なのですが宜しいでしょうか?』

 

 と、このようになるだろう。

 脳内でこんな事を馬鹿丁寧に喋るキャスターを想像した冥馬は、余りの似合わなさに吐き気を覚えた。

 

「ナチスにベルンフリート、そして人造英霊。まったく今度の戦いは何がどうなっているんだか」

 

「溜息をつきたいのはこちらだ。俺は敵が六人のサーヴァントと魔術師と聞いて召喚されたんだ。なのに人造英霊なんて連中まで相手にせねばならんとは聞いていないぞ。詐欺だ、特別手当を寄越せ」

 

「そういうのは連中の方に請求して欲しいじゃないの。俺の財布は余裕ないんだから。あんまり請求が五月蠅いと踏み倒す羽目になっちゃうだろ。物理的に」

 

「いきなりマスター不適合の証拠を一つ見つけたぞ。暴力で請求を踏み倒すなど野蛮の極みだ。貴様はあれか? 暴力で全てが解決すると思っているチンピラか? 俺のマスターであるのなら口先で丸め込むなりなんなり……ともかく優雅にして欲しいものだな。少なくとも静重はまだマシだったぞ」

 

「人を野蛮人みたいに言うなんて酷いじゃないの。ちゃんと両方使ってる」

 

「キャスター、それに冥馬も。そこまでにしておかないか。イーラは退いたようだが、まだ他にも人造英霊が潜んでいるかもしれんのだぞ。静重殿の御遺体と共に、どこか安全なところへ」

 

「この帝都に果たして安全な所なんてあるのか疑問だが、そうだな。幸いここは家康公が都と定めた地。京都ほどではないが、そこそこの霊地は多い。そのうちの一つを適当に占領して陣地でも作るとしようか」

 

「占領とは……それが仮にも御三家のマスターたる人物の言動ですか」

 

「仕方ないだろう。俺は帰国したばかりで今晩寝る場所すらない有り様だぞ。〝安全な所〟の心当たりなんてまったくない」

 

「はぁ。仕方ありませんな。確かこの帝都にも我々の息がかかった教会があります。そこへ行きましょう」

 

「おお。やはり審判は抱き込んでおくと色々お得だな」

 

「…………」

 

「冗談だ、だから恐い顔は止めてくれ」

 

 どうして父が監督役と二人でこの帝都に来ていたのか、冥馬には璃正とキャスターに訪ねたいことが山ほどあった。だが璃正の言う通りどこにナチスの目があるか分からない場所で、呑気に立ち話するなど愚の骨頂。教会の貸しを作ることになるが、璃正に従って教会へ行くのがベストだろう。

 そう判断した冥馬が璃正に付いていこうと足を踏み出した、丁度その瞬間だった。

 

「――――ッ!!」

 

 未だ嘗て観測されたことのない巨大な召喚反応。魔力の奔流は渦を巻いて天へ昇る。

 事此処に至り大聖杯が呼び寄せた最終サーヴァント。

 呼ばれし器は何か?

 セイバーか、ランサーか、アーチャーか、ライダーか、キャスターか、アサシンか、または此度は呼ばれることのなかったバーサーカーか。或いはアヴェンジャーが再臨するというのか。

 全て否である。

 霊基盤によって示されるは裁定者――――即ち、ルーラー。

 派手な着物を自らの返り血で朱に染めて、運命が定めた受け皿は瞠目する。

 

「サーヴァント、ルーラー。召喚に従わされ参上した」

 

 聖杯によって招かれしは、一人の少女。

 がしゃんと、少女が地上に降り立ったことで鎧の音が不気味に反響する。

 世界が凍てついた。

 少女が召喚されたことではない。跡形も残らぬほど蹂躙され犯され、運命によって破滅を迎えながらも、決して黒く染まることのなかった聖女。それが今や黒く汚染され、醜悪とすら言える笑みを貼りつけていることに世界そのものが慄いているのだ。

 神代閖夜(かみしろゆりや)ははだけた胸元から逆十字の刻印を覗かせながら、薄れゆく意識を必死に繋ぎとめ、堕ちた魔女を睨む。

 

「――――問いましょう」

 

 世界が望んだ通り魔女と成り果てた少女は、嗤うように契約の言葉を口にする。

 

「貴方が私を呼び出した愚かな魔術師さん?」

 

 聖杯により招かれし七騎の英霊、大罪の器に宿りし魔人達。そして第八クラス、ルーラーの降臨。

 未来の黄金は笑い、過去の白金は微笑む。

 

『久しぶり、ユリヤ。ようこそ、ルーラー』

 

 聖杯に招かれし魔術師達と、誉れ高き英霊達。

 鉤十字の旗に集いし魔術師達と、大罪の魔人達。

 そして審判者ルーラーと神座閖夜。

 これをもって黙示録の戦いは真に開幕を告げた。

 

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