Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録-   作:出張L

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第24話  意地の決断

 一口に死と言っても、何によって〝死んだ〟と定義するかは様々であると神代閖夜は思う。

 例え心臓が動き、呼吸を続けていようと、脳味噌が停止して植物状態になっていれば、それはもう死んだも同然だ。生きているとは言えない。

 無人島に漂流して、その後の人生を外界と一切関わることなく自給自足の生活を営んだ人間がいるとすれば、それはもう社会的には死んでいるといえるだろう。

 日々になんの情熱を抱くこともなく、同じ動作を淡々と繰り返す人間は心が死んでいる。従属するだけの奴隷は精神が死んでいる。

 脳の死、社会的な死、精神の死、心の死。

 生命としての死を除けば、死というやつはわりと世の中に溢れているものだ。

 故に〝生きる〟ことは容易くても〝生き続ける〟ことは存外難しい。人間、生きていれば誰しも『死んだような日々』の一つや二つは送ったことがあるのだから。

 その論調でいけば自分などは〝死に続けている〟人間といっていいだろう。

 帝都某所にある秘密監獄。そこは魔術師や怪物などといった、世界にとって表沙汰に出来ない怪物を収容するための施設だった。

 閖夜が収監されているのは、その最深部。地獄そのものの監獄内における最下層である。

 地獄の最下層だけあって、そこには一切の自由がない。

 閖夜の両手両足を繋ぐ鎖は、肉体的のみならず精神をも蝕み、徹底的に気力を奪っていく。食事は一日一回の妙な色をした魔法薬を強引に流し込まれるだけだし、排泄だって一日一回の監視つきである。前に看守へ『どうしても我慢できなくなったらどうすればいい?』と尋ねたら『垂れ流せばいいだろ。掃除はしてやらんがな』と応えられた。きっとまともな神経の持ち主なら五時間で発狂するだろう。閖夜は意地で垂れ流しもしなければ、狂ってやりもしなかったが。

 かなりの数の異端者を幽閉している秘密監獄だが、この最下層にいるのは閖夜一人だけである。それは単純な理由で、ここに閉じ込められるような連中は、即座に殺処分されてしまうがためだ。閖夜が例外的に収容されて一年も生きているのは、神代閖夜の肉体が帝国陸軍にとって大切な研究対象だからである。

 だが閖夜はそれを喜びなどはしなかった。寧ろ拷問すら生易しい悪趣味な〝実験〟をされるくらいならば、さっさと殺された方が一兆倍マシである。

 自殺でも出来ればいいのだが、生憎と死ぬ自由すらないのでそれも不可能だ。

 生きる自由も死ぬ自由もなく、死に続けている神代閖夜。

 そんな閖夜が出来るのは、延々とくるか分からぬ脱獄の機を伺うことだけ。往生際が悪い云々の話ではなく、それくらいしか意識を保つ術がないのだ。もっともどうせ長くとも後一年の辛抱だが。

 

「――――――ん?」

 

 唐突に熱された鉄を押し付けられたような熱みが、閖夜の胸を焼いた。

 また研究者が予告もなく実験でも開始したのかと思ったが、どうも様子がおかしい。近くに研究者の気配を感じないし、実験の痛みとは根本的に違うような感覚があった。

 首を胸元へ向ける。

 

「なんだ……こりゃ……」

 

 そこには神を否定する逆十字の赤い刻印が刻まれていた。

 朧げな意識の中、刻印から魔力らしきものを感じ取る。西洋魔術師の魔術刻印にも良く似ていたが微妙に気配が違う。実物を見たことはないが、聖人に刻まれるという聖痕に近いイメージだ。

 どうして自分にいきなりこんな意味不明な刻印が刻まれたのか。そもそもこれの正体はなんなのか。残念ながら閖夜にそのことを考える時間はなかった。

 急に慌ただしくなる監獄内。見れば大勢の魔術師が緊張した様子でなにかを運んできているようだった。

 

「気を付けて下さいよ皆さん。かなり高度な封印が施されてますが、もしそれが解ける事があったりしたら我々どころか東京中が全滅ですから」

 

「りょ、了解ですっ!」

 

人造英霊(エインヘリヤル)……暴食(グーラ)…………ふふっ、これはこれは…………」

 

 ニヤニヤと笑いながら指示を出しているのは、この監獄の職員である男。名は確か柳瀬とかいったか。暇潰しに暴行を加えられたのでよく覚えている。

 連中が運んできているのは『人間』のようだった。それも地獄の最下層へ送られてくるだけあってとんでもない『怪物』である。

 

(……ククッ)

 

 知らず閖夜の口元は弧を描いていた。

 あの暴食(グーラ)とかいう怪物に、謎の刻印。なにやらキナ臭い事が始まりそうな予感がする。サイコロの出る目によっては脱獄も出来てしまうかもしれない。

 遠い冬木の地下にて、大聖杯が脈動した。

 

 

 

 執務室の椅子に腰かけた鬼柳大佐は、いつも以上に眉間に皺を寄せながら、半ば投げやりに読んでいた書類を机上に放った。

 その書類は先日第四魔導機関が押収したコンテナより見つけ出したもの。暴食(グーラ)についての実験報告書だった。

 

「さて、フランチェスカ。お前を殺さないでおいてやったのが正解だったと証明してみろ。人造英霊(エインヘリヤル)とは……暴食(グーラ)とはなんのことだ?」

 

「んー、知らない」

 

 とぼけた応えを返したフランチェスカに、反射的に鬼柳大佐は発砲していた。

 わおっ! とわざとらしい悲鳴をあげながら銃弾を躱すフランチェスカ。腐っても数百年以上を生きる化物らしい。鬼柳大佐は軽く舌打ちした。

 

「本当のことを、言え」

 

「相変わらず冗談が通じないね、そんなんじゃ肩こるでしょ? けど今回は私、本当に知らないんだけど」

 

「……〝結社〟の一員だと自白したのは、聞き間違いだったのか?」

 

人造英霊(エインヘリヤル)っていうものを知らないのは本当の本当だよ。神様に誓って!」

 

「尚更信用できん」

 

 そもそもフランチェスカは神なんて信仰していないだろう。本人に確認をとっていなくても、命を賭けて断言できる。

 

「けど人造英霊(エインヘリヤル)は分からないけど、デミ・サーヴァントについては知ってるよ?」

 

「……詳しく聞こうか」

 

「あのね。元々サーヴァントを兵器として運用する構想自体は結社の結成初期からあったんだ。純粋な火力じゃ近代兵器の方が強いけど、サーヴァントって物理攻撃が一切通用しないでしょ? 例え地表を真っ新にしちゃう新型爆弾だろうと、この世全てをドロドロのグチョグチョにしちゃう毒ガスだろうと、それに魔力が宿っていないなら一切ダメージゼロ!

 これってよくよく考えると凄いことじゃない? もしそんなサーヴァントを何人も戦術的に戦線投入できたら、どうなると思う」

 

「……!」

 

 銃弾どころか戦艦の艦砲すら一切通じない、万夫不当のサーヴァントが群れをなして襲い掛かってくる。

 悪夢だ。それしか例える言葉が見つからない。

 サーヴァントは人類最強の兵器という意味を、鬼柳大佐は改めて理解した。

 

「けど英霊そのものを使役するとしたら、運用するのが大変でしょ。例外もいるけど往々にして英霊は我が強いから、指示に従わない可能性だってある。

 だったら英霊そのものじゃなくて、自分達に都合の良い人格をもった『人間』に、英霊の力だけを憑依融合させればいい。そうすれば運用だって楽でしょ」

 

「それがデミ・サーヴァントだと?」

 

「うん♪ 素知らぬ顔してるけど他人事じゃないでしょ。一人で世界を変え得る〝英雄〟を、安定生産する構想は列強ならどこだって持ってるもんねー。

 アメリカは科学的に超人兵士を生み出そうとしてるし、イギリスはずっと前から〝最果ての塔〟を使える人間作りに熱心だし、ロシア帝国じゃラスプーチンがあれこれしてたし。あ、ロシアの事については言うまでもなかったかな」

 

「なんのことか、分からないな」

 

「とぼけちゃってぇ~。〝東郷計画〟だったっけ? 他国の技術を発展させることに関しては、君達の国の右に出るものはいないね」

 

 フランチェスカはなんでもないことのように喋っているが、それらは全てその国にとってのトップシークレットだ。魔術師であろうと簡単に掴めるような情報ではない。

 改めてフランチェスカという化け物の情報網の凄まじさを思い知らされた。

 

「……御託はいい。それよりデミ・サーヴァント計画はどうなった?」

 

「頓挫したよ。理論的に不可能と分かってね。けど英霊の兵器運用っていう構想は続いていたっぽいから、人造英霊(エインヘリヤル)ってのはその結果かも?

 なんなら私を暴食(グーラ)って子の所へ連れて行ってみない? そしたら何か分かるかもよ? かもよ?」

 

「却下だ」

 

 フランチェスカの知識は第四魔導機関研究員の誰よりも深いだろう。彼女の見識をもってすれば、人造英霊(エインヘリヤル)について詳細な情報が分かるかもしれない。それは認める。

 だがそのメリットと、フランチェスカを人造英霊(エインヘリヤル)という目に見えた爆弾に近付かせるリスクが釣り合っていない。鬼柳大佐は聖杯戦争において絶対にフランチェスカを直接的に関わらせないと決めていた。彼女に求めるのはあくまでアドバイサーとしての役割だけだ。

 

「ケチだな~。けどけど、どうするの? 暴食(グーラ)っていうのは『七つの大罪』の一つのこと。この意味が分からない大佐くんじゃないでしょ」

 

「弁えている」

 

 もしも人造英霊(エインヘリヤル)とやらが『七つの大罪』に対応しているのならば、人造英霊は他にまだ六騎いる計算となる。

 ナチスが六騎の人造英霊を使って聖杯戦争に乗り出してきたのだとすれば、帝国陸軍の総力をもってしても勝てないかもしれない。ましてや陸軍の一組織に過ぎぬ自分達では尚更だ。

 

「だが逆に考えれば幸運でもある。暴食(グーラ)を接収したことで、我々は人造英霊(エインヘリヤル)なる存在について知る事が出来た。これは大きい。知ってさえいれば対策もとれる。

 それにもしもだ。もしも暴食(グーラ)をこちら側の戦力とすることが出来れば……どうだ? ナチスでさえ手の付けられなかった怪物を支配することが出来れば、我々の勝利は確かなものになるのではないか?」

 

「そのために―――――戎次くんとライダーを暴食(グーラ)の所へ行かせたわけだ」

 

 無言で肯定する。

 対ナチスのためにも暴食(グーラ)の詳細な調査は必要だ。けれどなにかの拍子に暴食(グーラ)の封印が解けて暴れ出しでもすれば、事は鬼柳大佐の首程度では済まない。

 もしもの時に暴食(グーラ)を抑えるためにも、相馬戎次とライダーの二人には調査に参加してもらう必要があった。

 

「ここは我々の国だ。同盟国だろうと、他国の勝手にさせてたまるか」

 

 それはただの一度として他国に征服されず、独立を保った皇国の軍人としての意地だった。

 

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