Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録- 作:出張L
鬼柳大佐の命で秘密監獄へとやって来た戎次は、周りに気付かれないよう軽く溜息をつく。
マスターとして参戦するにあたって得た大尉の肩章も、軍服を着る本人の心中を反映してかどこかくたびれたようだった。
「お待ちしておりました、相馬〝大尉〟。例のものは奥に」
社交辞令的な柔らかい笑顔で戎次を出迎えたのは、この監獄の職員である柳瀬とかいう男だった。
初見で人を判断するのは良くない事という自覚はあるが、嫌な臭いの持ち主だと思う。強者には必要以上におもねり、弱者を甚振る事で自分を大きくみせようとする鼠の相が垣間見えた。
「……一つ聞く。奥っちゆうんは〝最下層〟んこつか?」
「勿論ですとも。ああいう特級の化物は奥深くに閉じ込めないと安眠できないでしょう?」
「そうか」
最下層ということは、そこにはあの男がいるのだろう。嘗て肩を並べた戦友であり、得難い友人であり、自分が引導を渡した男が。
気分は黄泉の国へ赴く伊邪那岐だ。変わり果てた友人の顔を見るかもしれない抵抗感はあったが、私情で命令を拒否する訳にもいかない。戎次は柳瀬の案内で秘密監獄で潜っていった。
潜るという表現を使った通り、秘密監獄は地上ではなく地下に造られている。イギリスはロンドンの時計塔とは比べるまでもないが、かなりの深さと難解さを誇る地下迷宮だ。地下一階ですら脱獄を断念させる牢獄は、下層へ潜る毎に厳重さを増していく。
数えるのも馬鹿らしいほどの階段を下り、幾つもの結界を通り、戎次が『最下層』へ着いたのは五分後の事だった。
まず鼻についたのは、肥溜めの底にいるかのような悪臭。壁と天井は呪いでも染みついているのか、否応のない圧迫感を与えてくる。
人間界とは思えぬ瘴気が、監獄内に充満していた。きっと赤ん坊をここに十分でも放置すれば、それだけで死んでしまうだろう。
生命の存在を許さぬのではなく、生命の存在を苦しめる魔界。日本という国を愛している戎次だが、こんな場所を作り出すような人間には嫌悪感を覚えた。
『なんだいここ? 魔術師が陰険な人種だってのは知識として知ってたけど、ここはもうそういう次元じゃないよ。正直さっさと帰りたいんだけど』
霊体のままライダーが不平を伝えてくる。その意見には戎次も全面同意だったが、首を横に振るわなくてはいけないのが軍人の務めだった。
「でけんだ。出るんは調査っちやらば見届けてからだ。……行くぞ、ごねとったらそんがとだけここにいる時間の長くなる」
『はいはい』
「ふふふ。生きた英霊と謳われた相馬大尉もこの生き地獄はお気に召しませんか? それは良かった、ここはそういう場所ですからねぇ」
「……監獄っちしてん有用なんは認める」
だがそれだけだ。ここが気に入らないという事実は変わらない。
柳瀬の先導で再び戎次は足を進める。件の
「おや、誰かと思えば相馬中尉じゃないか。いいや相馬大尉と呼んだほうがいいのかな」
「七日ぶりです。少佐」
魔術師達のトップである眼鏡をかけた男が出迎えると、戎次は姿勢を正した。
この男は第四魔導機関で戎次の上官だった人物。気に入らない人間だろうと礼は守らねばならない。
「相変わらず融通の利かなそうな顔しているねぇ。聖杯戦争のマスターに選ばれたんだって? 私も上官として鼻が高いよ。戦うことしか能のないお前にはうってつけだ。正に適材適所ってやつかな」
『(マスター。こいつ凍らせていい?)』
「(やめろ)」
主従間のラインを通じて念話をかけてきたライダーに、戎次も念話で返す。
この程度の嫌味で一々殴っていては、帝国陸軍で軍人などはやっていられない。
「けどもっと行動は迅速にして欲しいな。お前が遅いから、こっちはもう調査を開始しちゃったよ」
「……申し訳ありません」
一応鬼柳大佐から命令されてから直ぐに此処へ来たのだが、無駄な弁解は控えておく。どうせ藪をつついて蛇を出すだけだ。
それに魔術師としてはそこそこ優秀な男である。態々頭に血を昇らせて判断を鈍らせるわけにもいかない。
「これが
磔にされた巨体をはっきり視界に捉えた途端、戎次の脳内へ〝筋力値〟や〝耐久値〟といった
聖杯戦争に参加したマスターには、視認したサーヴァントの大まかな能力値が分かるようになる。しかしそれは聖杯戦争で呼ばれたサーヴァント限定のはずだ。もし
「どうしたんだい? 脳筋の癖して何か気付いたことでもあったのか?」
「……ええ」
戎次は
少佐は顎に指をあててワザトらしく考える仕草をすると、
「もしかしたら
「というと他にも分かったことが?」
「愚問だね。凡人ならいざ知れず私が調査して成果が出ないわけないじゃないか」
自信満々に胸を張り少佐は意気揚々と説明する。
「こいつがサーヴァントのように〝英霊〟の力を持っているのは間違いないけど、クラスを器に召喚されるサーヴァントと違って『生身の人間』を器にして召喚されているみたいだ」
「生身!?」
「表現としては〝憑依〟が近いかな。たぶん器にされた人間の意識は、憑依された英霊に喰われて魂すら残ってないだろうね」
非人道的だと普通の人間ならばナチスを非難するべきなのだろう。
だが自分の国が似たような事をやっているという事実を知るだけに、戎次としては沈黙する以外になかった。
「けどそこらの凡庸な人間が英霊の器になれるとは考えづらいし、きっと中身も弄られてると思うんだよね。そこで君の出番さ」
「俺の?」
「中身を調べたいんだけど、英霊が宿ってるだけあって並みの刃物じゃ傷一つつけられないし、霊視だって効果薄いんだよ。だからさ、君の村正で一つ腹を掻っ捌いてくれないかな」
戎次の愛刀である村正は『魔を断つ』という呪いをもった妖刀である。不死性や加護を無視して両断することが可能だ。
「……了解」
まさか自分が外科医師の真似事をする羽目になるとは、と内心で嘆息しながら村正を鞘より抜く。
戎次の技量をもってすれば動けない相手の腹を掻っ捌くなど、目を瞑っていても出来る些事だ。村正で
刃が
「――――――むっッ!」
「■■■■■■■■■■■■■!!」
直感的に生命の危機を感じ取った戎次が腕を引き戻した瞬間、磔にされていた
関東大震災の再発……それを予感させるほどの振動が監獄を震わす。眠りより覚めた双眸は、血のように赤い狂気に冒されていた。
「ひ、ひぃ! な、ななななななななななななんだよこれぇ!?」
生板の上の鯉が竜に化けたことで、少佐は尻もちをつきながら見っとも無い醜態を晒す。
それを馬鹿にはすまい。少佐はこの場ではまだ度胸があるほうだ。なにせ少佐以外の魔術師は全員泡を吹いて失神している。
意識を保っているのは戎次とライダーと、後は柳瀬だけだった。もっとも柳瀬の方も悲鳴が声になっていないだけで、少佐と似たような醜態を露呈しているが。
「――――あのね。アンタ達、男でしょ。しかも軍属の。少しは落ち着いたらどうだい?」
呆れたようにライダーが実体化する。
「お、お前サーヴァントか!? 何を指をくわえて見てるんだよ! そいつが私達を殺そうとしてるんだぞ! さっさとそいつを殺せぇ!!」
「だから落ち着けって。良く見なよ。殺そうとしてるって、何処の誰が?」
「目の前のこのデカいのに決まってるだろ! …………って、あれ?」
ライダーに指摘されて漸く少佐も気付く。
「ど、どうなってるんだよ? なんでこいつ……元通りになってるんだ?」
「きっと〝攻撃〟を受けたことで、防衛本能でも働いたんじゃないかい? だから攻撃がこなくなってまた眠りについた。ふふふふ、戎次が直前で刀を引き戻して命拾いしたみたいだね。ここにいる全員」
「……〝全員〟?」
ライダーの意見には同意見だったが、聞き逃せないことを彼女は口にした。全員というのが言葉通りならば、それはライダー自身も含めているようではないか。
「比喩じゃないよ。さっきこいつが目覚めて分かった。こいつは私より強い。たぶん真っ向勝負じゃ勝ち目はないだろうね」
ライダーはその特異過ぎる出自から『客観的視点』においては並みのサーヴァントよりも上だ。そのライダーが言う事なのだから確かなのだろう。
七つの大罪が一つ、暴食。
聖杯の寄る辺に招かれし七騎の英霊と、七つの死に至る罪。
人造英霊がこれらに対応しているならば、ナチスは暴食以外にまだ六騎の英霊を有しているということだ。流石に六騎全員がグーラと同等の強者とは思わないが、もしかしたら中にはグーラよりも強い英霊だっているかもしれない。
敵の余りの強大さに戎次の額にも汗が滲んだ。
「クッ、ククククククククククククッ……」
「!」
背後よりかかる声。
柳瀬や少佐でも、ライダーのものでもない。暴食の幽閉されているのとは丁度反対側の牢で、一人の囚人が笑っていた。
「久しぶりに面見たら…………なにやら良からぬものと関わってるみてえだな…………戎次」
歯を食いしばる。ここに行けと命じられた時より覚悟はしていたことだ。自分の業と向き合うように、戎次は背後を振り向く。
嘗て黒かった髪は色素が抜け落ちたような白髪と化し、覇気に満ちていた表情からは生気が喪われている。肌は死人のように濁り、体は骸骨と見間違わんばかりに痩せ細っていた。
それでも人を喰ったようでいて正直な目が、その男が戎次の知る人間と同一人物だと教えてくれている。
「……閖夜」
友の名を呼ぶ。
神代閖夜は再会を祝うように、口端を釣り上げた。