Fate/reminiscence-第三次聖杯戦争黙示録- 作:出張L
「久しぶりに会ったってのに辛気臭ぇ顔してんなぁ。もっと嬉しそうな顔すりゃどうだ?」
閖夜の口から発せられたのは、陰鬱な監獄と同じ陰鬱な声だった。
「………………変わり果よった友達ば見て嬉しのるほど腐っちはおらん」
「ククククククッ。大したお人好しっぷりじゃねえかよ。そりゃそうだよな。なにせテメエときたら、俺みてえな国賊すら殺さねえ甘ちゃんだものな戎次ィ」
殺そうとしなかったのはそちらもだろう、という反論はしなかった。
閖夜は否定するだろうし、今となっては無意味なことである。
「怨んでいるんか? にしゃん敵になるこつば選んだ俺ば?」
「怨んでるに決まってんだろうが。テメエの中途半端な甘さを――――お蔭で俺はこの様だ。死ぬべき時に死ねないってのは、死ぬよりも痛ぇぞ」
閖夜の非難は鋭利な剃刀のようだった。
神代閖夜はその肉体に宿った特異性から、傷が残るという事はない。腕の欠損といった目に見える重症すら、時間が経てば元通りになってしまう。
けれど閖夜の精神のすり減り具合から、この監獄で彼がどんな目に合っていたかは戦友だった戎次には分かる。分かってしまうのだ……あの時、友を殺める事を躊躇った自分の決断が、友にとって最悪だったことが。
「……すまん」
「謝ってくれるなら丁度良い。なぁ……ここは一つ、忘れ物をとりにきたと思って俺を殺してくれねぇか? 陸軍の実験動物ってのは結構大変な御役目でな。休みが欲しいんだよ」
生きて生かす為に足掻いていた嘗ての閖夜ならば、決してしなかったであろう頼み。
自分は国と友を天秤にかけ、国を選んだ。しかし中途半端に友を切り捨てられなかったせいで逆に友を地獄へ叩き落してしまった。ならばここで閖夜を殺してやるのが、戎次が示せる唯一の友情なのかもしれない。
戎次の手が懐の拳銃へ伸びる。
「や、止めろ!」
「……少佐」
「そ、そいつは帝国陸軍の大切な金山なんだぞ! 生きてるうちにまだ掘り出さないといけないものが山ほどあるんだ! それに……ああ、とにかく! 友人とか国賊とかは興味ないけど、今そいつを殺されちゃ困るんだよ」
上官の命令など無視して引導を渡してくれ、と本音が狂おしいほど痛切に叫ぶ。
しかし中途半端な選択が齎した結果を今この瞬間に目の当たりにした戎次に、また同じような選択をすることは出来なかった。
友が地獄にいようと、もう相馬戎次に彼を救う権利などありはしない。この身命はもはや国へと捧げられてしまったのだから。
「相変わらずの忠犬っぷりだな」
「すいとーに言え。否定はせん」
「おいおい。勝手に話を終わりにすんなよ。テメエはこの退屈の中に降ってわいた娯楽なんだ……もう少し話をしようぜ。そうだ、いっそ殺すんじゃなくて俺をここから出すなんてのはどうだ?
テメエがこっち側につくんなら以前のような轍は踏むこともねえ。クククククッ。偉そうに踏ん反り返った老害共を皆殺しにすんのは楽しいぞ。実際にやった俺が言うんだから間違いねえ。くく、はははははははははははははは……」
「変わったな。昔んにしゃはちょこっと悪ぶったところはあったんよの、しょこまでいからしゃバリゃなかった。そいばってんしらごつばってん人殺しば楽しかやらなんやらっちゆうちゃうなこつはなかった。なんのにしゃば変えた――――っちゆうんは聞くまばってんなかこつか」
閖夜を変えてしまったのはこの監獄だ。腐った場所で精神の均衡を保つには、心を腐らせるしかなかったのだろう。
それでも露悪的止まりで、本当の悪には堕ちてないのが閖夜らしい。この牢獄も表面はまだしも根っこを腐らせる事は出来なかったようだ。
「その口振りじゃ返答は聞くまでもねぇみてえだな」
「当たり前だ。いっぺんにしゃば殺しゅ決断ばしておきなのら、いまぁ更になっちにしゃん味方になるなんて不義理ば働けば、どいでんに申し訳のたたん」
閖夜がこの国に対してクーデターを引き起こした日の事を、戎次は今に至るまで片時も忘れたことはない。
即断即決を信条としている戎次だが、あの日ばかりは最後まで悩んだ。友と共に国に叛くか、国に着いて友を斬るかの二つに一つ。
両方ともを傷つけずに終わる道はなかった。閖夜は説得程度で止まるような軟な覚悟ではないだろうし、逆賊を国が赦す事も有り得ない。
悩んだ末に戎次は――――国を選んだ。国の為に友を殺す道を選択したのだ。
「にしゃは闇ん中にいる奴等に光ば見しぇてやり鷹ったんちゃろう。上層部にいる一部ん腐った連中ば殺してな。確かににしゃん計画の成功していれば、闇しか知らぬ者は光ば知れ鷹もしれん。
やけどな、そーなればこん国は乱れる。そいで国の乱れて犠牲になるんは、光ん中にいた無関係ん大多数ん人間だ。そいば許容したばい時点で、おれん道っちにしゃん道は違えとったんだ、
「光の中で何も知らずに幸福を甘受する連中のために、不幸のどん底にいる人間には不幸を味わわせ続ける。いつの世も変わらねぇな」
「……なして早まった真似ばしたばいんだ。クーデターなんてしゅる必要はなかった。にしゃはおれんごと戦うしか能んなか兵隊っちはちごうとる。にしゃなら……ぴしゃーっと時間ばかければ、きっっちこん国ん天辺までいっち、世界ば変えられたちゃろうに。なんのにしゃば駆り立よったんだ?」
生きた英霊などと不相応に持て囃されているが、結局のところ自分はただの戦士でしかなく、とてもではないが未来を切り開ける器ではない。自分のような男が切り開けるのは血路くらいだ。
しかし閖夜は違う。頭の良さは腕っ節の強さなんていう目に見える能力ではなく、根源的な魂の輝きが他の人間とは比べものにならなかった。相馬戎次には出来ずとも、神代閖夜ならばきっとこの国――――いや、世界の未来だって変えられただろう。戎次には不相応の大尉という階級だって、閖夜なら存分に使い潰した筈だ。
「さぁな。最近物忘れが酷くてな。……自分がなんで必死こいて刀振り回していたかなんて碌に覚えちゃいねぇよ」
「しらごつば吐くな! 幾ら腐りきろうっち、にしゃの仲間ん命ば失った戦いば忘れるわけのなかちゃろう!」
「――――無駄ですよ、相馬大尉」
牢屋を突き破る勢いで叫ぶ戎次に、柳瀬が止めるように割って入る。
「……なにが、無駄か?」
「我々も生き残りの仲間の居場所や、こいつが手引きして逃がした実験体の行方などを聞き出すため念入りに〝やった〟けど無理でしたから」
「やった?」
「拷問ですよ、決まってるでしょう。色々やりましたよ。指を折ったり切り落としたりといった一般的なものから、実験を兼ねての麻酔抜きでの解剖まで。
実験の方には十分成果は出ましたが、肝心の情報についてはさっぱりでしてね。魔術による暗示の類にも抵抗してきましたし。流石にこいつの元部下を目の前で犯させた時は、こいつもかなり堪えていましたけど」
柳瀬は胸糞悪い事を自分の成果を誇るようにペラペラと喋っていく。
戎次はこれまで腹立たしい上官を多く持ったことを始めて感謝した。そこで耐性をつけていなければ、自分は今頃この男の首を切り落としていただろう。
視線を閖夜へ向ければ、この胸糞の悪い話に彼は眉一つ動かしてはいなかった。きっと感情を露わにする気力すら摩耗しつつあるのだろう。
だが消そうとしても消し切れない静かな〝怒り〟が漏れている事が、柳瀬の語る所業が真実であると裏付けていた。
「相馬大尉は確かこいつの元同僚でしたね。だったら何か弱味だとか聞いてはいませんか? 今後の参考にしますので」
「黙れ」
「はい?」
「黙れっち言うている。にしゃは救おろうんなか下種ばってん、腹立たしい事に国益っちなる男だ。やけん殺しゃなかちゃう我慢しとる。やけどおれん理性にも限界っちゆうもんのあっけんぞ。……だけん、死にたくなければ、おれん耳のたう範囲で喋るな」
「おっと失敬。相馬大尉のような御方はこの手の話が嫌いでしたね。私の周りに貴方のような人間がいないので忘れて――――」
「警告する」
よく回る柳瀬の口は、嗜虐の快楽を超えた死の圧迫によって塞がれた。
柳瀬の眼球の薄皮一枚のところに突き付けられた刃。その切っ先からは呼吸を忘れるほどの殺意が発せられていた。
「次は、ない」
「…………え、ええ。肝に銘じておきましょう」
数えきれない非人道的実験で死に触れてきたからか、柳瀬は取り乱す事こそしなかったが、恐怖を隠し通す事は出来ず、額には冷や汗が滲む。
だが恐怖によって漏れ出たのは冷や汗だけではなかった。戎次の独特の嗅覚は、もっと別の腐臭も敏感に嗅ぎ取る。
それを確かめようと戎次が柳瀬を精神的に追い込もうとした時だった。
猛然たる音をたてながら、地下監獄全体が揺れる。
「戎次。気を張りな」
実体化したライダーが重々しく口を開いた。
「たぶん、サーヴァントの襲撃だ。それも一騎じゃない……二騎だ」